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第八話「黄泉比良坂を突き抜けろ!」

■アルス:五月十一日、00:01



 カディを乗せ、ブルブリッツを走らせるオレはバックミラーで追いかけてくる三人を視認する。

 エンクスは頭が二つだけになった機獣ケルベロスに跨り、

 土門は蛇を模る機獣アポピスの背に立ち、

 それらを召喚したレンダは、獅子頭の女神セクメトの胴体に乗っていた。


「速度はコッチのバイクの方が早いけど、引き離せないみたいね」

「ここがサーキットだったら全力でぶっ飛ばすけど、瓦礫やら角材が落ちている悪路だと自滅しそうだ」

「自滅を恐れて、あの人達に勝てる?」

 カディは状況に不釣り合いな程、ニヤリと微笑むと、オレの波打つ心が不思議と収まった。


「そうだね。全開だ!」

「えぇ、全開の絶対無敵よ!」

 ブルブリッツは加速し、オレたちは疾走する。


 後方を走るレンダも、直線での速度では勝てない事は理解していた。

「単純なスピード勝負では勝てないわね。でも召喚された機獣の能力は、その不利を凌駕する!」

「そんなのに付き合う気はないわ!」

 カディの身体から白い煙が吹き出す。

「催涙ガスだ。存分に泣いて謝れ!」

「知ってる? セクメトの殺戮する息吹を」

 獅子頭の女神は口を開いて思いっきり息を吸うと、その何十倍の勢いで吐き出し、催涙ガスを散らした。

「ソニック・ブレス。女神の吐息はガスを散らせるし、範囲を狭めれば――」

「ヤバイ!」

 機体を左に傾けると、半瞬前まで頭のあった場所に見えざる弾丸が疾り抜けた。その衝撃でオレの右耳の鼓膜が破れて血が流れる。

「このように前を走ってくれるなら、狙い撃てばいいだけ…って、聞こえてないか」

 レンダが何かをゴニョゴニョ言っているが、よく聞き取れない。


「アルス、左後方!」

 カディはオレの耳を修復しつつ、敵を指摘する。

 いつの間に蛇型機獣アポピスと土門が喰らいついていた。

 この機獣は、蛇のように胴体をくねらせて地上を走るのではなく、磁場を展開してホバーリングしつつ後方にプラズマを放出するMHD推進式だ。

 地上を滑るようにして動くこの機獣は、動きが読みづらい。

「少年、折角なのでこのアポピスなる《口寄せ蛇》の力を使わせて貰う」

「ご随意に!」

 オレはスピードを一瞬緩めつつ右手から魔剣『心炎』を出し、蛇の頭を目掛けて振るう。素体はシンジだが、それに構っているヒマはない。

 攻撃はアポピスの首から垂れ下がっていた銀色のベールが蠢き、形状を変えて頭部を覆うように硬質化し、キンッという金属音と共に剣は弾かれた。

「形状記憶型の流体金属か!」

 すると今度は細長い触手形態をとり、中空で風切音を残して振るわれた。

 それを辛うじて『心炎』で防ぐ。

「そのベールの名は宝具『ヌンの神慮』。液体金属を任意の形状に変えて硬質化させる事で、攻防両方に使用する」


 触手というより、これはムチだ。

 ムチなら間合いを詰めるのが上策だが、それは相手が単体の時だ。

 おまけに土門が棒手裏剣を持ち、必殺のタイミングを計っている。


「アルス! 後ろから二人が来るわ!」

「分かってる。カディは催涙ガスを張り続けて。こちらは一旦、アポピスから距離を取る」

「やってるわ!」

 セクメトのソニック・キャノンを使わせないためには、常時ソニック・ブレスを使わせなければならない。

 だが、これは対処療法だ。問題の根本的解決にはならない。


「アルス、大型機獣の召喚時間は平均で三十分程よ。ただし、召喚者がナノマシンを直接手で触れて供給し続けた場合は別」

「つまりは、アポピスとケルベロスはあと二十分くらい耐えればいいのか」

「見た所、ケルベロスは三体分の機獣を融合させたと思うわ。徐々にサイズを縮小させる事で延命させている。さっきの会話でナノマシンを補給されたのは痛いわね」

 これはオレへの非難でもある。返す言葉もない。

 つまり、ケルベロスは多少のパワーダウンがあっても、もう少し長く留まると考えるべきか。

 土門は何故か攻撃してこない。アポピスに任せきりだ。

 その時、オレの左側の壁が開けた。

 と同時に青くなる。

「ヤバイ! 正面は左のUの字カーブだ!」


 左は吹き抜けであり、下は相当に深そうだ。ここからは底が見えない。

 ケルベロスがスピードを上げ、一気に並ぶ。

 カーブ中はどうしても失速する。このタイミングを狙ってくるか。


「左にアポピス、右にケルベロス、そして背後にはセクメトとボクが迫る! さぁ、このターンをどう凌ぐ?」

「もちろん、知恵と勇気!」

 オレは叫ぶと、まずブルブリッツを右に振って背後からのソニック・キャノンをかわす。

 続けて左手に持つ『心炎』に闘気を込め、右から左へ勢いをつけて土門とアポピス目掛けて《大海嘯》を放った。


「効かぬ!」

 土門の騎乗する蛇神は自身の宝具『ヌンの神慮』で薄いが頑丈な壁を形成し、闘気の大奔流を防ぐ。

「『心炎』で増幅した闘気でも打ち破れないのか!」


 一方の右側では、カディがスピアでエンクスの連突きを捌くが、かなりきつそうだ。

「カディ! 第二ターンでのお前とのユニットは楽しかったぞ! ガヴァビスといい、気の良い味方が敵になるのは永い時間を生きるシグリヴァの宿命だが、遣る瀬なさは百年経っても無くならないな!」


 エンクスはフリーだった右手から黒く鋭く尖った棒『黒釘』を投擲し、カディはギリギリで弾くが、隙が生まれた。

「かかれ、ツヴァイ!」

 エンクスが嗾けると、二つあった頭の内の一つが身体から分離し、ケルベロスは二体となり、カディに襲い掛かる。


「くれてやる、この右手を!」

 カディはこの分離攻撃を防ぎきれないと判断し、迷わず握った右拳を、大口を開ける地獄の番犬の口に突っ込み、ケルベロスは遠慮なくガブリと飲み込んだ。

 カディはスピアを短く持ち、右手に噛みつくケルベロスを突こうとしたが、機獣は素早く右手をもぎ取り離れていった。


「カディ!」

 思わず声を掛けたが、カディは脂汗を流しつつも、ウィンクをしてみせた。

「……なんとかね」


 現在、カディは痛覚遮断アプリを使用中だが、気分の悪さだけはどうしようもない。何より身体の一部を取られたという心理的ダメージは大きい。

 カディは右手を修復しつつも、背中からの催涙ガスを止めない。お陰で背後からの攻撃を緩めてくれる。

 それでも、元気印の褐色少女は力強く笑う。


「なんとか作戦通りよ。そっちは仕込めた?」

「バッチリさ! あとは待つだけ」

 オレもカディに笑って返し、間もなく突入するUの字カーブに備える。


「なら、私からいかせてもらうわ」

 右を見れば、ケルベロスは再び融合し双頭の犬となっていた。

 ツヴァイと呼ばれた犬頭は、クチャクチャとカディの右手を咀嚼中である。


「美味しい? 私の右手。当然よね。なんて言っても“アレキサンドリア小町”って云われた私の右手だもの。『美味しい』って言葉以外はNGよ」

 自分の手が喰われて美味しいかと聞くカディも、相当な根性だ。

 それとも、これこそ彼女の本領か。

 それにしてもなんだよ、その“アレキサンドリア小町”って。


「私は体内のナノマシンで薬物を精製出来るけど、化学薬品も同様よ」

 エンクスは言わんとする意味にすぐに気がつく。

「ツヴァイ! すぐにその肉を吐き出せ!」


「美少女の右手を『肉』呼ばわりなんてあんまりね。こういう時は、こう言うべきよ。『最期の晩餐、じっくり味わいなさい』ってね」


 ケルベロス・ツヴァイの口内でカチリと音がした瞬間、頭部は爆発し、その衝撃で残ったもう一つの頭は気絶し、右に転倒する。

 爆発の衝撃はエンクスにも響き、咄嗟に防御姿勢を取れず、機獣と共に時速百キロオーバーで地面に叩きつけられた。


「エンクス!」

 土門は叫ぶが、オレが『心炎』の切っ先を向けると、注意をオレに戻した。

「他人の心配をしているヒマはないよ。オレの《大海嘯》を防いだのは見事だけど、それは想定済み。オレが欲しかったのは、ベールで防がれる事による視界の遮断だ」

「……ッ!?」

 土門もオレの意図に気付いたが、周囲を探らせない。魔剣に闘気を込め、観法をオレから外した瞬間に狙い撃つ。

 土門もそれがわかるので、右手に持つ棒手裏剣を投擲出来ず、睨みつけるだけだ。


「さっきの《大海嘯》を放った時に、オレは《錬成刀》を一緒に投げていた。ただしそれはブーメラン型。ブーメランは自身の回転と遠心力で加速する」

「土門ッ、後ろ!」

 レンダの注意とほぼ同タイミングで加速したブーメランが土門の背中に迫るが、アポピスの『ヌンの神慮』によりオートで防がれる。

「しまった!」

 忍びが悔いを口にするのはご法度であるが、二度同じ手を喰らう事が余程に悔しかったのだろう。

『ヌンの神慮』が背後のブーメランを防いいだ事により、土門の視界を遮り、尚且つオレの追撃に対して宝具が対応しきれなかった。


「響派九月流《大海嘯》!」

 狙うはホバーリングしているアポピスの底面。『心炎』で増幅され撃ち出された闘気は底面の磁場を貫き、白い腹を焼いた。

 アポピスはバランスを崩し、ハイスピードのまま右に転倒した。


「ヌゥッ!」

 土門は転倒するよりも早くアポピスから飛び降り、エンクスに続いてダメージを負う事を期待したが、『ヌンの神慮』が土門の足元に伸び、無傷で着地させた。


「あの宝具、凄くいいプログラムで稼働していわね」

「あぁ、でもこのまま距離を取れば二度と見ることはない。カーブに入るけど、右手の修復はどうだい?」

「ナノマシンの活動を催涙ガス生産に傾けている分だけ遅いわね。増殖限界にひっかかっているわ」

「了解。曲がりきったら加速して引き離す。それまでガマンして」


 ブルブリッツは左カーブに入り、順調に進む。

 右側に並ぶ地下都市の残骸は、それはそれで乙である。

 廃墟マニアのセレナがいれば喜んだだろう。

 左の吹き抜けも、景色としては素晴らしく、なんか蛇みたいなのが飛んでるようにも見えて………………ん、蛇?

 カディが叫ぶ。

「アルスッ、アポピスと土門が吹き抜けの上を飛んでいる!」

「飛行能力か!? いや、あれは飛んでるんじゃない! 走っているんだ! ただし糸みたいに細い道を!」


「大正解。ボクのアポピスに装備された『ヌンの神慮』は命じた形状をとり、通電すると強度を保てる」

 アポピスは流体金属を反対側に繋いでサーカスの綱渡りのように、ただし猛スピードで危なげなく渡りきる。


「ヤバイね。先回りされた。アレを使われる」

 道の中央に立った土門は屈み、地面に手をつき大量のナノマシンを注入している。

「土遁《昇流障壁》!」

 地面から壁がせり上がり、道は封鎖された。

 またもや前門の虎に後門の狼。

 くそ、こんな展開ばかりありか!?


「アルス」

 その時、カディがまだ修復中で指が生え揃っていない右手を、そっとオレの頬に当てる。


「私達のコンビは絶対無敵。だから負けなんてないわ。そうなんでしょ?」

 後ろに視線を向ければ、カディは柔らかい眼差しでオレを見つめていた。

 それは優しさというよりも慈愛に満ちて、オレの緊張した肩が下がる。

 いつしか、アクセルも緩めていた。


「そうだった。どんな罠だって関係ない。なぜならオレ達は絶対無敵。当然の如く噛み砕く。地獄への道でも走破して現世に戻ってくる!」

 カディはニッコリ笑う。

「ええ、貴方と一緒なら黄泉比良坂よもつひらさかだって一息で駆け抜けるわ」

 お互い微笑み返し、視線は前を向く。


「カディ、覚悟の装填は充分か!?」

「全弾装填済み! いつでも狙い撃つわ!」

 修復が完了した右手で、壁の向こう側を撃つ仕草を見せるカディ。

 なんて可愛くてカッコいいんだろう。

 不安がないなんて有り得ないのに。

 カディは絶対に死なせない。


 何故なら――


「アルス、レンダが追いつくわ!」

「催涙ガスは解除しろ!」


 ――オレは相当に、カディが好きになっているから。


 セクメトを駆るレンダは小細工無しの一直線に向かってくる。

 自信がかるのか楽観的な性格なのか、恐らく両方だろう。

 オレの勘でいえば、あの機獣セクメトは真価を発揮していない。


 これまでの戦闘でレンダの性格は把握できている。

 享楽的でありながら、自分を縛るルールを作って遵守する自己形成能力とバランス感覚。

 ドリャクエのように仲間を集めて共闘する事を楽しみつつ、自分の力を信じるが故の単騎突撃は、孤独が染み付いた孤独ボッチプレイヤーのサガが透けて見える。

 見えるだけに、切り札を隠しているのも見えてしまう。


 しかし、切り札ならこちらにもある。

 このブルブリッツには『バーストモード』が装備されている。

 それはエンジン内で急激に磁場を増幅させて後方に吐き出す事で、急加速を得ることが出来る。

 しかし、これを使うとエンジンがカブり、その後はまともに走れなくなる。

 つまりは一回だけの制限ギミックだ。

 できれば使いたくないけど、出し惜しみはしない。

 今、オレの背中にはカディがいる。

 この娘はだけは、絶対に守りきる。


 ブルブリッツをターンさせ、レンダと正面向きとなり、アクセルを全開にする。

 カディは背中から催涙ガスを吹き出させ、背後の壁の向こう側にいるはずの土門を牽制する。

 後方に白い煙を残して疾走するブルブリッツは、映画で見た数千年前のガソリン式バイクさながらだ。

 レンダもこれ以上ないほどに楽しそうだ。

 健康な白い歯を見せて、笑っている。


 オレとカディ、そしてレンダはそれぞれが手にする武器を構える。

 武器を持っての正面対決は古式馬上決闘ジョストか。

 いいね! 最高だ!


「「「いくぞ!!!」」」


 三者の掛け声が重なり、一秒後、両者の右側ですれ違う。

 オレの斬撃は、セクメトの振り上げた右腕を切り飛ばす。

 カディとレンダの一撃は激しい音と共にぶつかり合い、カディのスピアを砕かれた。


「あぅッ!」

 両者はすれ違い、オレは少し距離を取ってからブルブリッツを左にターンさせる。


 この時、ターンせずに来た道を戻って逃げるという選択肢があった。

 でも、それはしなかった。

 別にレンダの熱がうつったわけじゃない。

 オレが一から組み立てたセレナのブルブリッツでここまで走り、戦略的撤退を選択する事が、次回の会敵時において精神的風下に立ってしまう気がしたからだ。

 つまらない事なのかもしれないけど、そう思ったならそうしようと思った。


「カディ!」

「大丈夫だけど、武器をなくしたわ。あの薙刀はポピュラーな振動刃型の宝具よ。まともにぶつかれば結果は同じ。貴方の魔剣でもどうなるか……!」

「カディ掴まれ!」

 セクメトからのソニック・キャノンは真っ直ぐオレ達の胴体部を狙ったが、ブルブリッツを地面スレスレまで倒す事で回避する。

 間髪入れず、セクメトはダッシュをかける。

 今度はオレから見て左側で接触する気だ。

 威力の弱いソニック・キャノンを連射することで、オレが左に寄る事を許さない。

 あくまで正面からの対決に拘るのか。

 右利きのオレには不利だけど良いだろう、乗ってやる。


「カディ、ハンドルを頼むッ」

「ッ!? 了解ッ! 遠慮なく私の背中を使って!」


 さすがカディだ。

 よく言わないでも、オレの意図に気がついてくれた。


 オレはシートの上に立ち上がり、カディが背を伸ばしてハンドルを取る。

 立ち上がったオレの右足はメーターの上に。

 そして、もう片方の左足はカディの背中を踏みしめる。


 他の誰でも、このブルブリッツはオレとセレナ以外にはハンドルに触らせないけど、カディだけは別だ。

 これは緊急避難ではなく、信頼出来る仲間にマシンを預ける。




■カディ:五月十一日、〇〇:一二



 全く、なんて男だと思う。

 絵的に凄いアングルよね。

 こんな美少女の背中に遠慮なく足を乗せる男なんて、アレキサンドリアにはいないわ。

 でも不思議と腹が立たない。

 それは、アルスが必死に私を守ろうとしているのが分かるから。

 きっと、彼は私の事が好き、なんだと思う。

 私も君の事、ちょっとイイかなって思えるわ。


 少なくても、今は、貴方と共に、この黄泉比良坂を駆け抜けるよ。




■アルス:五月十一日、〇〇:一二



 獅子頭の女神セクメトとの距離約四十メートル!


「セクメトが持つ真の力を見よ! 太陽神の愛娘よ、不敬なる愚者への鉄鎚、その息吹は神託なり! 《神威侵塵》!」


 さっきまでのソニック・キャノンとは違う!

 超音速で吐き出されるセクメトの息吹の正体、それは面攻撃による《分子破塵ミスト》だ!

 衝撃波の中に、ジン・アルビオンが使ってみせたナノマシンによる分子レベル崩壊現象。

 衝撃波に分子崩壊。

 どちらかだけでも必殺な一撃を融合させた、正にオーバーキルと云うに相応しい神の一撃!

 それに対し、あえて言うならば。

「過剰な威力はただの殺戮にして、目指す極地に非ず! 魔剣『心炎』よ、我が闘気を極限にまで高めて引き出せ!

 響派九月流《大海嘯》ォッ!」


 カノンがネットで調べてくれた情報によれば、魔剣『心炎』は精神工学の粋を集めて製作されたという。

 その能力は二つあり、所有者の脳に働きかけ小脳を通じて普段眠っている力、『潜神力』を引き出す。

 もう一つは、闘気を増幅させ爆発的な出力を生み出す力。

 普通の人間が『潜神力』や闘気を大量に使用すると、肉体への負担は大きい。

 ただし修復及び復元力の高いシグリヴァで、かつ修復力に特化したタイプ・マークアイン『スクルド』であるなら、『心炎』の力を極限まで使用出来る。


 オレはリミットを解除し、魔剣が高めてくれた闘気を一気に解放した。

 セクメトの息吹と正面からぶつかり合い、そのまま時速百キロで距離を縮める。

 カディの背中に立ち、オレの身体を支えて踏ん張る左足は、踏みしめているカディの服を破り、皮膚を突き破って血を吹き出させる。

 カディは前傾姿勢のまま、ひたすら正面を見据えてアクセルを全開にする。


 両者の距離は約四十メートル。

 相対速度は時速約百二十キロ。

 接触まで約一秒。


 しかし!

 その一秒が果てしなく永い!


 凡てをバラバラにし、塵に換える超音速の吐息に対し、オレも闘気を超音速で、それも大出力で放ち相殺する。

 だが、闘気を超音速で放つ業は難易度Sランク。ましてオレは実戦経験ゼロに等しい十六歳の高校生だ。

 何故こんな賭けに出たのだろう。

 何故これが出来ると思ったのだろう。

 普通に考えて、ムリだろ、これ?


 決まっている。

 これしかカディを護りきれないと確信したからだ。


 感覚的エントロピーが緩やかに傾斜し、残り時間一秒が果てしなく引き延ばされる中、魔剣『心炎』の効果で限界まで闘気を引き出しても、オレのナノマシンは増殖制限に抵触し、修復機能は停止する。

 同時に肉体には加速度的にカロリーが失われる。

 両者の衝突点が僅かに近づく。

 闘気は保つか?

 保たなければ、神の息吹でバラバラにされつつ塵に成り果てる。

 保っても、セクメトとレンダが拳と薙刀を振り上げている。


 ダメかもしれない。

 でも、諦めない。

 女神の微笑みが、どちらを向くか確認するまでは!


「アルス! 私のナノマシンを全て託すわ! これで突き抜けて!」

 血が噴き出す程に踏みしめたカディの背中を通じて、オレの体内にカディのナノマシンが入ってくる。

 それは真夏の焼き尽くすような陽射しの中で、差し出されたキンキンに冷えたコーラのように清涼感に溢れていた。

 オレのコンディションは瞬時に回復し、闘気量の上限値を引き上げた。


「突き抜けろォッ!」

 全身から噴き上がった闘気を圧縮して解放。

 セクメトの息吹を押し返し、貫き、そして頭部に闘気をぶち当てた。


 ジュオッ!


 セクメトは闘気で頭部を焼かれつつ、左ラリアットをすれ違いざまに繰り出す。

 魔剣を真正面に伸ばしている状態のオレに、この太い腕は捌けない。


 なら、かわすまで!

 リンボーを潜るかのように、上体を限界まで反らし、鼻先を掠めるラリアットを至近で見た。

 次の瞬間、オレを狙い定めるレンダの瞳とぶつかり、瞬きするよりも早くオレ達は邂逅する。

 レンダが繰り出す宝具『岩融』の一突き。

 対して、オレは反らした上体をバネ仕掛のように反動をつけて起こしつつ、伸ばしたままの魔剣を突き出す。

「響派九月流《渦落とし》!」

 互いの宝具が交差した時、オレは突き出した魔剣『心炎』を『岩融』に当てつつ、軸を九十度回転させる事で薙刀の軌道をずらす。


「ッ!」

 業は完全には決まらず、薙刀はオレの左肩の肉を削いだが、オレは気にせず『心炎』を左に薙いだ。

 力の篭っていない一撃なので斬る事は出来ないが、刀身にナノマシンを込めることで、レンダの胴体を袈裟懸けに《桜濫》を決めた。


「あぅッ!」

 たまらず悲鳴をあげたレンダの胴体から、桜の花びらが散る。

 花びらに換えられた部位から血を迸らせ、レンダはセクメトから落ちそうになるが、獅子の鬣を掴み持ちこたえた。


「レンダ、そのまま真っ直ぐ進め!」

 正面の壁の向こうから、土門が叫ぶ。

 壁の向こうから何かするつもりかと思えば、突如として壁が無くなった。

 いや、正確に言えば、壁を構成していた土が別の形態に変った。


 それは『巻ビシ』。

 土門の使用する巻ビシは直径約五センチ。中心部から鋭く尖った鉄片が全方位に向かっている。

 本来の使い方は、敵が通過予定ルートや、逃げる時に背後に撒く事で進行を妨害する。


 土門は道を塞いでいた壁を、約一万個の巻ビシに変換し、自身の頭上で渦巻くように高速回転させた。


 それはさながら黒い竜巻!

 ブブブゥ、と大量のスズメバチが威嚇するかの如く、不気味な音を奏でる。

 これはマズイ。

 あんなのを頭から叩きつけられれば、確実にミンチにされる。


「黒き鉄群を以って微塵に破砕せしむ。土遁《旋鬼殲潰》!」


 渦巻く巻ビシが、恐音と共に降り注ぐ。

 オレはカディの上に被さり、カディの手の上からハンドルを握ってアクセルを全開にする。

「カディ左だ!」

「でも左は吹き抜けで落ちる!」

「左に行かなきゃ確実に死ぬ!」

 オレ達は全力でブルブリッツを左に倒し、奈落への道を一直線に爆進した。

 間髪入れず背後で炸裂音が轟き、辺り一帯の道が破壊された。




■土門:五月十一日、〇〇:一三



 私の最終奥義は発動まで若干時間を要するとはいえ、よくかわした。

 だが、有効範囲外に逃れるために、奈落の底への道を選んだが、それは数秒分だけ命を伸ばしたに過ぎない。

 今慌ててバイクを右に向けたが、その速度では曲がりきれず底に落ちる。

 脳内のバイオチップが計算を弾き出し、結果を保証した。


 少年が第一・第二ターンで見せた姿と、第三・第四ターンでの立ち居振る舞いは別人だった。

 前半のターンでは狡猾かつ凶悪な殺人鬼にしか見えず、本当にただの高校生かと疑い身辺を調査した。

 町外れの寂れきった剣術道場に通っているが、そこでの鍛錬が強くしたとは思えない。

 その時はそう思った。

 しかし、道場主の名が『響庵九月斎』と聞いて得心した。

 ご近所の評判によれば、この道場主は茶問屋の御隠居で、道楽で剣を教えていて、門下生はアルスただ一人だけの貧乏道場である。

 とんでもない話だ。

 あの・・響庵九月斎であるならば、アルスの強さも納得できる。


 いずれにせよ、もう終わりだ。

 いくらシグリヴァでも、あの高さから落ちれば即死するだろう。

 いい加減、彼の少年も諦めざるを得ない。


 ………………何故、諦めない?

 少年と、少年の体の下にいる少女の瞳は諦めていない。

 二人は何を見ている?

 その先に、何かあるのか?


 少年は宣言する。


「蒼き風よ、今こそ稲妻とならん!」




■アルス:五月十一日、〇〇:一三



 毎度ながらヒドイ状況だ。

 勝算なんてない。

 全てが一瞬と閃きの積み重ねだ。

 正直に言って、さっきの神の息吹を大人しく喰らっていれば、楽に死ねたという想いすらある。

 それでもオレを現世に繋いでいるのは、行方不明のセレナと死んだ友達。

 そして、オレの身体の下にいるカディ。

 腹から伝わってくる、カディの温かい体温。

 脂汗が流れる状況でも、いい香りをさせるカディの髪。

 鍛えられていても、男とは違う柔らかい肌。

 出来ればカディそのものを手に入れたいという雄の本能が、もっと生きていたいという想いを強くする。


 死ねない。

 死にたくない。

 オレの身体の下に、カディがいる限り。


「アルス!」

「合図をしたらギアは六速だ!」

「このバイクに六速なんてないわ!」

「オレを信じろ!」

「わかったわ!」


「蒼き風よ、今こそ稲妻とならん! ブルブリッツ『バーストモード』!」

 同時に、セレナがギアを六速に入れる。

 ハンドルを予め決めてある動作コマンドを入力する事で、伝導エンジン内の磁気流が増幅され、一気に機体から排出されて超加速を得る。

 エンジンを犠牲にして発動する最終奥義。

 ブルブリッツは通常の百四十パーセントの出力で現世と奈落を別つ境界線ギリギリを切り抜けようとするが、後ろ髪が冥府の女神に惹かれたままだ。


「オレ達が組み立てたブルブリッツをナメるなァッ!」


 セレナが愛した機体のスペックか、それともオレの根性が通じたのか、境界線上ギリギリを滑りつつ、蒼き稲妻は死の誘惑を振り切った。


 ウォン!


 ブルブリッツが吼えること一声。

 急加速し、土門とアポピスに直進する。


「土門!」


 カディはオレが生成した《錬成刀》を受け取り、すかさず左手で投擲するが、アポピスの『ヌンの神慮』がそれに反応して防ぐ。

 が、それによって土門の視界が塞がった。


『ヌンの神慮』はオートで攻撃と防御を受け持ち、それは機獣単体で闘う事を前提にしたものであり、背中に誰かを乗せながら使用する事を想定していない。

 それが攻防一体の完全自動宝具が、今回の騎乗戦で唯一背負った弱点だ。

「いっけぇッ!」

 オレ達を目視出来ない土門に対し、オレは構わずブルブリッツをアポピスの振り向きかけた右側から体当たりさせた。


 グシャッ!


 アポピスはブルブリッツの勢いで吹っ飛び、土門は素早く背中から飛び降りる。

 しかし、

「もらった!」

 すれ違いざまに、魔剣『心炎』は土門の胴体を両断し、土門の上半身は斬られた勢いのまま宙を舞い、重たげに落下した。

 そして、残された下半身は両膝をつき、バタリと倒れた。


 シュン…………


 時同じくして、ブルブリッツのエンジンも力尽き、その脈動を停止させる。

 オレはサイドスタンドを立て、そこで足を地に着けた。


「ブルブリッツ……よく頑張ったね、ありがとう。またすぐに直すから、そしたら一緒に走ろうよ」

 オレの手は蒼いタンクを撫で、走りきった相棒バディに礼を伝えた。


「私からもありがとう、ブルブリッツ。貴方の走りは絶対無敵よ」

 機体から降りたカディも、長くキレイな指でそっとタンクに記された「蒼雷」と刻まれたロゴに触れた。


 そのカディの指と優しく労わる素顔に、オレの口は素直な気持ちを彼女に伝えていた。


「カディ、好きだよ。きっと誰よりも、カディが好きになっている」

 カディは顔を上げて、ちょっと泣き笑いな顔で微笑んだ。

「ありがとう、アルス。きっと私も、貴方の事が好きになっている」


 この気持ちは異常状態における現実逃避なのだろうか。

 それとも非日常の戦場での、共に危機を乗り越えたという共通認識なのだろうか。


 それは判らないけど、オレとカディはどちらともなく、どちらからも顔を寄せ、互いの唇に触れ……………………るよりも先にソレは襲い掛かった。


「ぬァッ!」

「アルス!?」


 とっさにカディをかばう事は出来た。

 そのかわり、オレの左腕と左わき腹に棒手裏剣が突き刺さった。




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