第七話「疾走騎乗戦―ジョスト・オーバードライブ―」
ゲーム開始の約二週間前、四月第三週の土曜日であった。
オレはセレナの家にお呼ばれして、ディナーをご相伴する機会を得た。
名目としてはこの日の午前にあったグライダー製作グランプリの表彰式で最優秀賞受賞のお祝いであるが、真の目的はセレナが自分の両親へ恋人をお披露目するためであった。
「それでは、アルスくんの自主制作グライダーグランプリ受賞を祝して」
「「「カンパイッ!」」」
「カンパイ」
「おめでとう、アルスくん。私は昨日からネットで調べたけど、ユース部門では最年少タイ記録らしいね。もっとも同じ年齢では百年前らしいけど」
セレナのお父さんは上機嫌であり、お母さんも嬉しげに話しに乗ってきた。
「ええ、さしずめ百年に一人の天才といったところね」
「あはは、改まって言われると、恥ずかしいです」
すると、セレナが自慢げに胸を張る。
「あら、照れることないわよ、事実なんだし。お父さん、アルスは先月にラーノス都市大学から推薦をもらったのよ」
「我が都市最高峰の学府からか!? それは凄いな」
「あら、セレナの学力で一緒に行けるのかしら?」
「うっ」
目を丸くするお父さんの横でお母さんはニコニコしているが、クギを刺すタイミングは逃さないらしい。
「でも、推薦を貰ったのは自分の行きたい航空工学ではなく幾何学でした。この推薦を受けると、数学者になるしかルートがないので、断ろうと思います」
ラーノス都市大学は超高校級ともいうべき優秀な学生をスカウトするが、必ずしも自分の志望とマッチングするわけではない。その時に大学が求めている人材によって、推薦学部が変動する。
「アルスくんの希望する大学は何処ですか?」
「スパナ総合工科大学です。世界最先端の電磁航空工学も学べると聞いています」
「西のスパナか…東のレンチと並んで、工学系最難関だ」
お父さんが唸ると、すかさずお母さんが口を開く。
「どちらにしても、セレナじゃ―」
「もうっ、私の話はしてないでしょ!」
「だって、恋人として付き合うなら同じ大学に行かないと。こういう時はレベルの高い方に合わせるのが普通でしょ?」
「ほっといてよ、もう」
「いや、でもまだ自分もスパナに入れるかわからないし」
「でもアルスは推薦を狙ってるのでしょ?」
「結果は来年の四月だけどね」
「ふーむ、では来年のお祝いはアルスくんの推薦祝賀会だな」
「そんな…プレッシャーです」
「ふふ、同時にセレナの大学入試所信表明ね」
「お母さん!」
「あ、電子レンジが鳴ったわ。ローストビーフを持ってくるわね。セレナは座ってていいわよ」
「フンだ」
ソッポを向くセレナを相手にせず、お母さんはどこまでもマイペースである。
「まあまあ、セレナ、そんなに怒らないでくれ。お母さんもセレナが初めて恋人を連れてきて舞い上がっているのだよ」
「そうかしら。私にはアルスをダシに、私に勉強しろって言ってるだけにしか聞こえないわ」
「そうよ」
「わぁ!?」
気がつけばローストビーフが盛り付けられた大皿を持ったお母さんが、セレナの真後ろに立っていた。
「ちょっ、ちょっと気配を消して後ろに立たないでよ」
「ハイ、今日のメインディシュの最高級ラーノス牛によるローストビーフよ」
「聞いてよ……」
「お肉はアルスくんのお母様が郵送して下さった最高級品よ。あんな量のお肉の塊を、それも最高級品で見ることになるなんて思わなかったわ。冷蔵庫にもなかなかはいらなかったから、勿体無いけどカットしました」
「うわ、肉ブ厚い! アルスのお母さん、どれだけ奮発したのよ?」
「はは、メールには『普段かまえない分、モノでフォローしました』とあったよ」
「アルスくんの御両親は何をされているのですか?」
「二人とも研究所勤めです。ほとんど家には帰ってきませんが」
「そういえば、アルスの両親って見た事ないわね。去年の入学式でもいなかったような」
「いつも夜遅く帰ってきて、すぐに研究所に行っているみたいだ。顔なんて、忘れるほど前にしか会ってないな」
「ふーん、でもお金に困ってるようには見えないよね。貴方が使う自前の工具は全部最新式でお金も掛かってるし」
「結果が出てる限りは好きなだけ買って良いって」
「そうなんだ」
■アルス:五月一〇日、二三:一〇
第四ターンがスタートし、すでに十分が経過した。
「カディ、マズイぞ。周辺全てのルートを封鎖された。もうバイクは使えない」
「そうみたいね。どうやら第三ターンで見せた機動戦は対応済みね」
そう、もはや危険すぎて愛機は使えない。
それどころか、迂闊に歩くことも出来なくなった。
何故なら、主要ルートや脇道に巻きビシが撒かれているからだ。
「こんな真似をするのは一人しかいない。土遣いの忍者、土門!」
オレとカディが見上げたビルの屋上に、その着流し姿の男が立つ。
「三日ぶりだ。今晩に決着をつけられるといいな」
「その高い所から降りてくればすぐにつく。それとも、煙とナントカの類で、高い所が好きなクチか?」
「私は忍びなので高所を取るのは常道。何より楽だ」
土門は唐草模様の風呂敷をヒラリと一振り。すると、手品のように棒手裏剣が数十本、宙に浮かび整然と並ぶ。
「忍法《手裏剣・五月雨の術》」
宙に浮いていた棒手裏剣は急加速し、オレ達に殺到する。
この距離なら回避は出来るが、
「カディ!」
「分かってるわ! フォローするからよろしく!」
「応さ!」
巻きビシの分布エリアと飛来する棒手裏剣の落着ポイントから、回避可能方向は右斜め後方のみ。バイクを捨ててバックステップで飛び退く……その先!
光学迷彩で隠れていた『何か』が飛び出す!
「《桜濫》斬り!」
抜刀した魔剣『心炎』に、遠心力を乗せた半回転斬り。正確には柳生新陰流《逆風の太刀》!
そこにオレのシグルーン《桜濫》をコンボさせた。
飛び出した『何か』を両断しつつ桜の花びらに換えて散らす。
「カディ!」
「左でしょ?」
カディから見て左、半回転したオレからは右側から飛び出したエンクスの右刺突を左手で捌きつつ、飛び込んできた勢いを利用して後方に投げ飛ばし、エンクスを壁に叩きつけた。
「グート、カディ」
「まずは先制をいただきました」
「土門、今の奇襲は第三ターンであのおばあさんが散々やってみせた手口と一緒だぞ。もうちょい、工夫が必要だな」
「あと、コンビネーションもね」
オレ達は得意絶頂だったが、土門は笑ってかわした。
「ふふ、今のは挨拶代わりさ。夜は長い。徐々に削り取るよ」
「人生は短い。今晩オレ達に出会ったから。少しでも長く楽しんでよ」
「いえ、第二ターンではエンクスと土門はオケアノスを倒した仲。苦しまず、それこそ楽に終わらせてあげるわ。《セイレーン》!」
カディのかざした右腕から白い靄が吹き上がる。あれは体内で生成された薬物を煙状にしているのだ。
煙はバカと一緒で高い所に向かう。エンクスも土門もまとめて―
次の瞬間、カディの右腕は毛細血管を破裂させ、白い靄は紅い霧に替わった。
「カディ!? その腕……」
「やられたわ、エンクスの刺突を防いだ時に小さい針を打ち込まれていた」
カディは右腕に刺さっていた魚の骨程の針を左手で引き抜く。
「ふふ、俺のシグルーン《トロイ》を忘れた訳ではないだろう。一晩とはいえ『仲間』だったのだから」
すでにカディから聞いているエンクスのシグルーン。その効果はあの黒い棒や針で身体を傷つけられると、ナノマシンのコントロールを一定時間奪われる。
カディの右腕の血管が破裂したのも、生成中の薬物を銃が暴発するかのように、内部で炸裂させられたためだ。
「カディ、腕の修復にはどれだけかかる?」
「約一分ね。腕の損傷よりも、薬を抜く方が時間かかるわ」
「ならその間、土門の奇襲のみに対処して。オレはまずエンクスと」
そして右の道路の先を見る。
「あのお姉さんを倒すよ」
「あら、バレてた?」
暗がりの向こうより、髪の色が左側の赤から紫、そして紫から青に変わる鮮やかなグラデーションをしたド派手な女性が、携帯ゲーム機を片手に姿を現した。
気のせいか、最近どっかで見たことあるような。
「さっきの獣みたいなのが飛び出した時からね。奇襲のタイミングはお姉さんが命じただろ? その瞬間、殺気がダダ漏れだったよ」
「ふーん、面白いわね、キミ」
「面白い?」
「うん、面白い。面白いってのはイイコトよ」
「何の話? お姉さんの髪のセンスは面白いけど」
「よく言われるわ。ちなみに染めてなくて、地の色だけどね」
それは珍しい。
「人が生きていくのに必要な事は、日々が面白いか面白くないかだけよ。面白い一日が明日に控えているから、残りの三百六十四日に耐えられるのよ」
「カフェでもそう言っていたね」
「ええ、ボクは人生の達人は、どれだけ後に楽しいコトを用意出来る事だと考えている。だから、私が攻略中の『ドリャクエ九十八』もバリャモス対戦直前でセーブしているのも、第四ターンが終わった後の楽しみとして、そのモチベーションで闘うのよ」
おお、はじめて『ボクっこ』に出会った。
ちなみに『ドリャクエ』は数千年前に発売された伝説のRPGであり、バリャモスはその中に登場するボスの一人だ。
「後の楽しみね……お姉さんは何処かの都市の権益を手に入れるために闘ってるんじゃないのかい?」
「ボクは雇われの身だからね。今回はラーノスで取材のオファーがあったから、ついでにゲーム参加のクエストも受けたの」
「思い出した! 今月号の『ゲロゲー』で、世界的ゲーマー特集の見開きページで紹介された人だ!」
「それってスゴイの?」
カディは不思議そうに聞いてくるが、彼女の「スゴさ」は説明が難しい。
「オレはゲームを全くしないので詳しくは無いけど、ある種スゴイとは思う」
「なんで?」
「その特集の正確なタイトルは『超世界級廃人ゲーマー特集』で、あのお姉さん、確かレンダ・イチロク・タカハシはダントツの世界ランク一位にランクインしていた」
「……それはスゴイわね。尊敬するわ」
「それはいいにしても、シグリヴァだったとはね。こうして同じゲームで闘えるのは、彼女の信者からすれば、罰当たりなのかも」
「非常にどうでもいいわ」
とはいえ、この殺人ゲームに参加するという事は、相当な自信があってのことだろう。油断は出来ない。
「さ、カディの右腕も修復は済んだでしょ? そろそろキミたちと遊びたいな」
「裏切り者風情が、軽々しく私の名前を呼ばないでくれる?」
「私を裏切り者だなんて、ゲーマーしてキミはレベルが低いわ。クエスト完遂に人間関係のレギュレーションが変動するのは当然よ」
「裏切った本人に諭されても、何の感銘もうけないわ」
「裏切りなんて日常イベント。イベントのないゲームなんてつまらないしょ? ゲームはクリエイターだけで作るのではなく、私達プレイヤーが盛り上げてこそ面白くなるのよ」
「私は私の都市のために闘っている。私の闘いこそが、都市のためと信じている。そのためには命だって懸ける。それを嘲笑う貴方を、私は許さない!」
「命を懸ける? 何を言っているの? じゃあキミは今まで、命を懸けずに生きてきたんだ? 思ったより、のんびりした人生だったのね」
レンダのセリフは、言ってしまえば『挑発イベント』だ。
見え見えすぎるが、カディにとって一番効果的な部分を突いたセリフは、カディから理性を奪った。
「今すぐ殺してやる!」
「そのセリフ、チャットで読み飽きたわ。召喚!」
レンダの前に白い煙が火花と共に渦巻く。
渦は急激に膨張し、その中でまず塵が、そして破片が生まれ、それは雪だるまのように大きくなって塊となり、組み合い絡み合う。
「偉大なる百獣の王よ。いま鋼の衣と水銀の血液を流し、プラズマとナノの導きに従い、勁き姿を顕現せよ!」
無から生まれ出ずる機械生命体が、地響きと共に降臨し、産声は魂を震わす咆哮となって迸る。
「召喚術『マルバス』! コイツが場に出ればタダでは済まないよ!」
「召喚術!?」
シグリヴァタイプ八式“スルーズ”。
その機能はシグルーンでも最高難易度の一つとされる『召喚術』である。
自身のナノマシンを増殖させつつ化合と構成を行い、イメージとプログラムに沿って『機獣』と呼ばれる召喚機を構築する。
「マルバスが場に出て二体」
「二体? さっきのはオレが首を斬り落としたけど」
「ええ、一つだけね」
見れば新しい首が胴体からせり上がってきている。
それも二つ。
「三つ首の犬。地獄の番犬『ケルベロス』か」
「正解。せっかくのゲームだからね、RPGぽくなったでしょ?」
いちいちレンダの言う事に応えているヒマはない。
オレは脳内アプリでバイクのステータスをチェックした。
ブルブリッツはシートを棒手裏剣で傷ついたが、エンジン・ホイール・ブレーキは無事。
いける!
問題は地面に撒かれた巻きビシだけだ。
「カディッ、乗って!」
オレは遠隔操作でブルブリッツを起動させ、愛機はオレの意思を汲み取り横倒しのままホイールを回し、弧を描きつつオレの元に帰ってきた。
素早くバイクを起こして跨り、続けてカディも飛び乗ったのを確認して、オレは天空海方向へ走らせた。
「アルスッ、地面の巻きビシはどうするの?」
後ろからは二匹の機獣が恐るべき速度で追いかける。
「決まってるだろ! 地面がダメなら」
「空を飛ぶのね!」
「車輪が空を飛ぶか!」
背後にはケルベロス。コイツは足が速い。
オレは思いっきり歩道に乗り上げて段差でブルブリッツをジャンプさせ柵も乗り越える。
「下の海を行く!」
「きゃあぁ!」
カディの悲鳴ごと落下。
ただし、下は海ではなく砂浜である。
尻に凄まじい衝撃があったが、無事に着地し、砂を噛みつつも愛機は走る。
「砂浜じゃすぐに追いつかれるわ!」
「目的地は砂浜じゃないさ!」
頭上を見上げるまでもなく、気配だけでケルベロスが迫るのを感じる。
オレは愛機を右に、即ち道路側に向け、その下に飛び込んだ。
「地下道に続く整備通路! ここは機材の搬入用でもあるから、バイクも走れる!」
砂がなくなり、ブルブリッツは快調に走る。ケルベロスがきても、狭い空間内であれば返り討ちにする自信がある。
が、ケルベロスは入口から入ってはこなかった。
「追ってこない。向こうも不利だと思ったのか?」
「いえ、召喚された機獣にも、ナノマシンの射程制限と生存制限が適用されているわ。本体から離れ過ぎると極端に活動時間が短くなるから」
「本体が近くにいても、制限時間は減少しているんだろう? なら、ゆっくり待てばいい」
ブルブリッツは地下道を抜け、広い吹き抜けに出た。
「地下なのに大空洞があるのね」
カディが不思議そうにするのも無理はない。ここは晴海エリア開発当初に予定されていた準工業エリアだ。
「オレも詳しくないけど、ここに一つのコングロマリットが丸ごと入る予定だったらしい。でも開発中に倒産したらしく、買い手もつかなかったから開発中止になったと聞いた」
「ふーん、もったいない。なんか錆び付いた立体駐車場みたいで寒々しいわね」
「たまに浮浪者が寝ぐらにして、逮捕されるぐらいだ……なんか音がしないか?」
「ん、そういえば、だんだん大きくなってくるような」
気がつけば、五十メートル前方の作業エレベーターが点灯していた。
「やれやれ、お客様のお出ましだ」
チンッと軽快な合図音と共に扉は開き、中からは機獣に跨ったレンダとエンクスが出てきた。
「こ~んな面白い空間があったなんて。まるで天然のダンジョン!」
「いや、マニア向けの廃墟だ」
ハイテンションなレンダと、冷めきったエンクス。そちらの取り合わせの方が面白い。
「アルス君にカディ君、お互い足アリだから、疾風騎乗戦で決着をつけない?」
オレとカディは顔を見合わせた。
視線で会話すること一秒。
カディが咳払いをしながら答える。
「レンダ、その質問は拒否権ありなのかしら?」
「もちろん! 無しに決まっています!」
レンダは騎乗しているマルバスと共に猛然と踊り掛かり、オレはブルブリッツを急発進させる。
「先攻は私が貰った!」
レンダは勝手に宣言すると、右手を真横に伸ばした。
「召喚『アンフィスバエナ』!」
ナノマシンの増殖と結合で生み出されたのは、両端に蛇の頭が付いた剣だった。
その刀身は蛇の胴体のようにしなり、そして両端の蛇が互いの口に噛みつき円刃形態となる。
アンフィスバエナは刃のボディを回転させながら地面を疾走し、追撃してくる。
「仕方ない」
カディは背中のリュックに手を回し、三本の棒を取り出し、先端部で接合させた。
それは細身のスピアであり、長さは約一ニ〇センチ。
「そんな武器を持っていたのか」
「護身用だけど、合気柔術ほどの自信はないわ」
「なら防御のみに注力してくれ」
「最初からそのつもりよ」
アンフィスバエナの狙いは後輪だ。
カディは機獣が接触するタイミングを狙い、輪の中心にスピアを通し、釣り上げる。しかし、アンフィスバエナは噛み合っていた口を離し、刃状の身体を不気味にくねらせ、中空から後輪にダイブする。
「セレナのバイクに触るな!」
オレは車体を右に倒しつつ、右手に持つ魔剣で斬り払い桜の花びらにして散らした。
「ホッとしたところで、ボク登場!」
右後方から追い上げてきたレンダと、モロに目が合う。
左からはエンクス。完全に挟まれた。
「召喚、宝具『岩融』!」
レンダの右手から薙刀が生え、具合を確かめるように一振り風を切る。
「不死身の鬼僧、武蔵坊弁慶が所持していたとされる宝具のレプリカ。その威力は推して知るべし!」
右からの大振りの薙ぎ払い。通常の立会いであれば回避は容易だが、疾走するバイク上であり、左からエンクスがカディに連突きを繰り出している状況。
回避すれば後ろのカディに当たる。かといって受け止められないなら、
「逸らすまでだ!」
『心炎』で切り上げ、薙刀の軌道を変えて逸らす。
「スキあり! の召喚『レモラ』!」
く、身体が開いて防ぎきれないかも。切り返しが間に合うか?
レンダの右手の先に、頭に吸盤がついた鮫が構成され、オレを襲うかと思って『心炎』を振り下ろしたが、狙いはオレではなかった。
この鮫型機獣は、頭の吸盤でエンジン部分に張り付いた。
途端にバイクのスピードが落ちる。
「やられた。この鮫、『機動力殺し』か!」
「正解。レモラの伝説では、一匹で大船の進行を止めたというわ。この機獣はエンジンを動かす電磁力を喰らう!」
ブルブリッツの速度は下がり時速五十キロ。しかもさらに下がっている最中であり、このままでは完全に止まる。
止まれば、二匹の機獣に喰い殺されるのは目に見えている。
カディを見れば、エンクスの突きを捌くので精一杯だ。
ここは背中を預ける相棒に賭けるしかない。
「カディ、煙幕を張れ!」
「了解!」
カディの全身から白煙が上がり、すぐに広がる。
「そんなのが役に立つか!?」
エンクスが吠えようとするが、すぐに口元を押さえた。
白煙は純粋な煙ではなく、
「催涙ガスか!」
スピードに勝るレンダとエンクスはスピードを上げて風上に退避し、停止した。
■レンダ:五月一〇日、二三:四一
「ゲホッ、少し吸っちゃったわね。涙が止まらない。エンクス君!」
「こちらも同様だ」
エンクスは水筒で目を洗う。
「慌てなくとも、奴らのバイクは完全に止まった。それにカディは別にしても、アルスは催涙ガスの影響を受ける。目が治り次第、トドメを刺す」
「了解……」
レンダは言いかけたが、何か引っかかる。なんか負けフラグの会話をしている気がしてならない。
今から七日前、トドメを刺される直前に見せたアルスのしぶとさと機転を思い出した時、レンダの背中の産毛が逆立つ。
「エンクス君! 必ず攻撃が―」
豪ッ!
その風は、地下であるにもかかわらず、アルスの背後から吹き抜けた。
煙幕が切り裂かれるように晴れ、風の中心に魔剣『心炎』を天にかざすように大上段に構える、ガスマスクを着けた少年が仁王立ちしていた。
「世界の果てから吹く風は、いつだってオレの背後から吹き抜ける!」
コーホーという呼気と共に少年は宣言する。
「武蔵坊弁慶といったね。ならそれに倣い仁王立ちだ。如何なる脅威に一歩も引かなかった、忠義の僧に敬意を表して! 響派九月流《大海嘯》ッ!」
■アルス:五月一〇日、二三:四二
魔剣『心炎』を唐竹割りに、ただし先端は水平に振り下ろし、切っ先からは大出力の闘気が迸る。
「マルバス! 庇えッ!」
魔剣『心炎』によって引き出され増幅された闘気の大奔流に飲み込まれる直前に、マルバスは二本立ちとなってレンダの前に立ちはだかり《大海嘯》を遮った。
マルバスは全身を焦がしてガクリと膝をつき、次いで前足をついた。
闘気は誰もが持つ生命エネルギー『気』を戦闘レベルまで引き上げたものだ。
物理的破壊力は低いが、生物への破壊効果は高い。
闘気による生命体細胞とナノマシンの破壊は、機械生命体や修復能力の高いシグリヴァに最も効果的だ。
「やられたわね……マルバス、生命維持モードで待機」
擱座した機械生命体は損傷した表層部位を塩に換え、サイズを小さくする事で構造体を保っていた。
「随分と可愛らしくなったけど、その子供ライオンは家に帰して新しい機獣を召喚しなくていいのかい?」
「せっかくのご提案だけどね、一度構成した基礎構造体を解除するのはもったいないからね。極力、使用する方がボクの負担も小さいのよ」
「そのサイズで役に立つのかい?」
「あら? 使用方法は何も君達にけしかけるだけではないのよ。土門、持ってきてくれた?」
レンダは上に向かって声をあげると、音もなく土門がレンダの側に立つ。両脇には何か大きな物を入れた袋を抱えていた。
「私は荷物持ち位にしか役に立たないか?」
「いえいえ、これも役割分担であり、戦闘演出。君が持ってきてくれた『二体』はボクの切り札。使わないで済ませればよかったけど、やっぱり使う事になっただけ」
「ソレを使用する相手が彼だというのが、最大の皮肉だな」
土門は言いながら、地面に置いた袋の中心にあるジッパーを下げ始めた。
「あら? ボクにそんな意図はないわよ。ただ、一番オモシロイ展開にするだけ」
二つの袋が独りでに動く。
その様子を見ながら、カディが口を開く。
「……アルス、多分、貴方にとって面白くない展開になるわ」
カディの顔色が悪いので、オレはかえって明るい声を出した。
「なにを言ってる。オレはこのゲームに面白さを求めてないよ」
「……そう、ならアレを見て」
動いていた袋の出入口から、指が伸び、袋を内側から掴む。
ソレは紛れもなく人の指。
ソレはゆっくりと上体を起こす。
ソレは紛れもなく人の上半身。
ソレはゆっくりと立ち上がる。
ソレは、紛れもなくオレの友達。
「シンジ! モトコ!」
二人の身体も服も汚れていた上に、遠目に見ても身体が腐りかけているのが判る。
「レンダ! これはどういう事だ!」
「これがどういう事だと言われても、質問の意図が不明だけど」
「惚けるな! 事と次第によっては直ぐに首を刎ねてやる! お前が二人を殺したのか!?」
「惚けたつもりはないけどね。それと、ボクは人の見解は気にしないタチだけど、やってもいない事の非難に甘んじるタチでもないわ。キミの質問に答えるけど、この死体は第二ターンにキミから譲渡されたものよ」
「嘘だッ!」
「ボクが嘘つきかどうかは、君の見解に任せるわ。でも死体の出処はキミから」
「う、嘘だ」
声が、上手く出ない。
「第二ターン、私と土門とキミが前回斃したおばあちゃんの三人は、キミを完全に追い詰めた。その時にキミは助かるために交換条件を出した。それは―」
「嘘だ……」
「私達に死体を五体差し出すコト」
「……………………………………」
オレの心に、途轍もなく大きな空洞が出来て、その中でレンダの言葉が反響し続ける。
そのオレの顔を、カディが一度見て、レンダに質問する。
「レンダ、貴方達は口約束とはいえ、勝手に同盟を破棄して私の命を危険にさらした。そんな貴方の言葉を信じられるとでも?」
それに対し、レンダは本当に申し訳なさそうな顔をする。
「その点は謝りようもないわ。ただ申し開きはするわ。本来ならアルス君の命乞いに応じる気なんて私達にも無かったわ。でも応じざるを得なかった」
「その死体を、あのおばあさんみたいに使いたいからでしょ?」
「ボクもおばあちゃんも、そして土門もそこまで外道じゃないわ」
レンダの声は決して強かったわけでも高かったわけでもない。
しかし、人としての矜持がそこにあり、カディの反論を封じた。
「アルス君が土壇場で使用したのが、ゲーム参加特典で手にした『代償による対象のターンエンド』。テキストによれば『使用プレイヤーは代償を相手プレイヤーに提示する事により、対象のそのターンを終了させる』。代償の軽重はゲームの進行委員会が判定するので、ボク達は第二ターンを降りざるを得なかった」
「その時、そこにいる二人は……オレの友達は、死んでいたのか?」
「死んでいたわよ」
オレに答えたレンダの目は、迷子の幼子を見た時の困った目に似ていた。
それとも、その目の色こそ「哀れみ」なのだろうか。
「君の後ろには五人の死体がキレイに並んでいた。多分、君が並べ直したんだろうね。」
オレは自分が涙を流している事に気がついた。
今は戦闘中だ。そんな隙なんかないのに、どうしようもなく流れた。
「キミは五人に別れを告げると、直ぐに姿を消した。私達は死体を分配して別れた。でも間も無く、アルスくんがスヴァーヴァに殺されたみたいだった」
「みたい、ってことは、貴方もアルスを殺したスヴァーヴァには心当たりはないのね」
「ないわ。おばあちゃんは全ての傀儡をスヴァーヴァの格好にしていたけど、私達はターンエンドしていたから攻撃も介入も不可状態だから違うわね」
「……オレは友達でなくとも死体を取引になんてしない」
絞り出たオレの言葉に、カディを含めた四人の大人達は、みんな同じ目でオレを見ていた。
その目は、親の愛情に飢えた子供に対し、第三者がその言葉の辛さを十分に知った上で「お前は両親に愛されていない」と伝えた時のようだった。
思えば当時のオレは子供だった。
カディもレンダもエンクスも土門も、その事を知っていたからこそ、オレを嘲笑する事もなく、淡々と「常識」を伝えたのだろう。
オレを取り囲む四人の大人達は一秒に満たない時間の中、視線で会話をし、協議で選ばれたカディが伝える役割を担った。
「アルス、私達シグリヴァにとって一番の交渉材料は『鮮度の良い死体』なのよ」
だから『貴方が死体を交渉に使ったのは普通であり、おかしくない』と慰める意図だったのだろうか?
いや、おかしいだろ!
そんなのが罷り通る世界なのか!?
だとしたら世界は碌でもない!
最低を極めた精神のベクトルが反転して激しい怒りに変わる。
しかし、それも一瞬だった。
一言だった。
「分かるわ、キミの気持ち」
レンダは芯からオレに同情していた。
それでオレの心は折れた。
その横で、カディはオレを心配すると同時にイライラしていた。
長い会話の時間は、召喚士にとって最も貴重なナノマシン増産時間を与えていた。
カディには、レンダが二つの死体を素体にして召喚をするために、必要なナノマシンを溜め込んでいるのが分かる。なんとか死体を破壊して次善の手を打ちたいが、エンクスがカディを牽制しているので全く隙が無かった。
「さて、ゲームを再開するわよ。覚悟を決めてね」
レンダは表情を改め、自力で立つ死体にナノマシンを注入する。
「先ずはこちらの男の子から」
シンジの死体がセラミックの構造物に覆われ変質し、顔も下半身も変形する。
「死体を生贄にし、その基礎構造体を利用して喚び出されしは、闇と混沌を司る水神アポピス!」
上半身は人であり、下半身は蛇。
頭部から銀のベールを背中に流し、爬虫類のような感情のない眼でオレを睥睨する。
「もう一人の彼女にはマルバスとの融合召喚!」
モトコの死体と待機中だったマルバスの身体から水銀の細い糸が何十本と伸び、それが絡み合い一つの構造体を形成する。
融合しつつあるモトコの身体もセラミックに覆われると共に、頭部が獅子のような形状に変形し、ガラスのような瞳が太陽の如き金色に輝く。
「太陽神の瞳より産まれ出でた獅子頭の守護神にして殺戮の女神セクメト!」
頭部は獅子、上半身は人間の女性、下半身は四つ脚の獅子。
その姿はさしずめ、異形の人馬サジタリアス。
レンダは二体の機獣召喚に成功し、完全に戦闘モードに入る。
「アルス君にカディ君、手加減はしない」
言いながらセクメトの背に跨る。
「疾風騎乗戦の第二ターン、始めるわよ!」
「アルス!」
カディは必死の声で呼びかけるが、オレはノロノロと顔を向けるだけであった。
「貴方が混乱して傷ついているのは分かるわ。でも、ここであきらめたら死んだ友達の辿った道筋が判らなくなる!」
「……でも、もしかしたらオレが五人を――」
「そうかもしれない。でも違うかもしれない。レンダは貴方から死体を受け取ったとは言ったけど、貴方が五人を殺したとは言っていない!」
その声にオレの背中が震える。
「真実を知るには生き残って探すしかないわ! それに、貴方の大事なバイクの持ち主を探さないといけないのでしょう! なら、今は闘って勝ちなさい!」
あぁ、そうだった。
オレが好きなセレナがいない。
セレナは必ず生きている。あの娘に限って死ぬ訳がない。
根拠も無いけどそう思う。
「あら、眼に光が灯ったね」
レンダは嬉しそうにウィンクして返す。
オレはグイッと右腕で涙を拭う。
「やってやるさ。やってやる! 待たせたね。そのかわり存分にお相手務めるよ」
「良いかな、その言! 私達はいつだって決闘覇道を全速で駆け抜ける!」
「カディ、済まなかった」
「大丈夫よ。私達なら、絶対無敵で通せるわ!」
「グート! 絶対無敵で行こう!」
「えぇ。貴方と二人なら、何にも怖くない!」
ありがとう、カディ。
オレも、キミのためなら、この命を懸けて闘うよ。




