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第三話「事象時戯の略儀 第三ターン開幕!」

■アルス:五月七日、二三:〇〇



 事象時戯の略儀、第三ターン開始0.05秒後、ガヴァビスの両手からサブマシンガンが生えるよう現れ、同時に火を吹いた。

 放たれた弾丸の雨は、オレを目掛けて殺到するが、それは読んでいた。


「響派九月流《不知火》!」

 飛来する弾丸は、全てオレの身体をすり抜けるようにして、背後に着弾した。


「残像か!?」

 ガヴァビスの言う通り、オレの学ぶ響派九月流の残像法だ。


 オレの流派は誰もが持っている「気」と呼ばれる生体エネルギーを、戦闘レベルに引き上げた「闘気」を以って闘う。

 先程使用した《不知火》は全身を闘気で覆い、静から動へ急激に移動する事で、自分の姿の闘気による像を残すワザだ。

 銃弾をかわしつつ、オレはガヴァビスから姿を隠す。


「姿だけは隠したか。初めから隠れていればいいものを、決意表明のつもりか。その意気や良し! 《眼術ホルス》 !」

 ガヴァビスはシグルーンを発動し、右眼を機装化させる。


 眼術ホルス

 別名を『眼術機』。

 片目を、或いは両目をナノマシンで機装化変換させ、設定された機能を使用できる。


「サーチ開始」


 ガヴァビスの右眼に仕込まれたホルスは自動索敵型生体反応センサーであり、隠れたオレの位置を特定に入る。


「そこだ! シグルーン《多弾頭ミサイル(スケッギョルト)》!」


 ガヴァビスのナノマシンがシグルーンに応じ、肉体を触媒にして二つの物体を造り出す。

 一瞬で背中が隆起し、両肩にミサイルポッドが生え、一つのミサイルポッドから九発、合計十八発の小型ミサイルが発射され、ランダム飛行でオレの隠れている商店街に飛来する。

 降り注ぐミサイルが、ほんの一カ月前までビジネスパーソンで賑わっていた飲食店を破壊し、破壊された自販機からは残っていたジュース缶が中身を撒き散らしながら飛散する。

 オレは飛んできた缶ジュースの一つをキャッチする。

 ガヴァビスは両足裏を車輪に変換し、脚部から威嚇するかの様なエンジン音を鳴り響かせながら向かって来る。


「逃がさんぞ、アルス!」

「これでもくらえ!」

 オレは手にした缶ジュースを放り投げ、缶はオレの闘気による振動波で膨張し、ガヴァビスの眼前で破裂した。中身の飛沫で目を封じられた一瞬で身を隠す。

「ぬ、いない? また隠れたか」

「正解!」

 オレは足元のマンホールから飛び出し、同時に斬り上げた。

 オレの手から生み出された刀は《錬成刀》と呼ばれるシグルーン。

 使用者の使用頻度と戦闘経験に応じてより強化される、成長型シグルーンだ。

 かつて“千年剣聖”と謳われた男が使用していたシグルーンであるが、撃って当たれば殺せる銃と違い、剣技が問われるこのシグルーンは不人気である。


 斬ッ!


 オレの斬撃はガヴァビスを股の下から頭部まで斬り上げるつもりだったが、一瞬早くガヴァビスは身を逸らしつつ、右手に持っていたマシンガンで防御した。

 マシンガンは両断したが、ガヴァビス本体は僅かにスーツとネクタイ、それに頬に一筋だけ斬っただけである。


「やるじゃないか!」


 言うや否や、ガヴァビスの右手から手榴弾が生み出されると同時に投擲され、オレはソレが見えた瞬間にマンホールへ飛び込んだ。

 頭上で爆発音が響くのを聞きつつ、地下道に着地すると、まずは駆け出した。半拍せずに地上から数百の弾丸が叩き込まれる。


「危なすぎるぞ、あの男。どれだけの攻撃シグルーンを持っているんだ」

 これまでの戦闘で、ガヴァビスが使用したシグルーンは四つ。

 両手からのマシンガン。

 両肩の多弾頭ミサイル。

 右手から手榴弾。これは左手からも使える可能性が高い。

 両足の移動用スピナー。

 遠距離から中距離攻撃に特化した、典型的な軍隊型シグリヴァだ。

 シグリヴァの大分類では二式『フレイク』と呼ばれるタイプだ。


 脳内のバイオチップよりネットに接続して、ガヴァビスの名前を検索してみれば、有名な傭兵だと判った。


 ガヴァビス・ヴァイン。

 要塞都市ボルドー出身。年齢不詳。シグリヴァ登録より百三十歳ほど。

 公式に残る戦闘回数は五百回。

 世界有数の傭兵ランクAのシグリヴァ。

 その戦闘力は一個連隊に匹敵する。


「なるほど、オレは軍隊と闘っているんだ」

 足を止め一息つくと、先程破壊された自販機から拝借したスポーツ飲料をポケットから出し、一口飲んだ。

 初めてと言っていい実戦である。喉はカラカラだ。

 それでもガブ飲みはしない。そうすれば、かえって心が乱れる上に、身体が水分を受け付けない。

 さて、落ち着いたところで結論を言おう。

 ガヴァビスは強い。

 しかし!


「人一人殺すのには不向きであり、弾の無駄遣いだ」


 あの男を斃すには、やはり奇襲による接近戦あるのみ。

 問題は近づくための手管だ。

 取り敢えず地下道を歩く。

 オレ達、シグリヴァの機能中枢ともいうべきバイオチップは大脳基底核にある。

 バイオチップは携帯やスマホ同様に、専用アプリをネットからダウンロード可能である。

 開いたアプリは、現在の視界の上にウィンドウがポップアップされるし、訓練によって視覚情報と脳内ウィンドウ情報を同時に閲覧可能である。

 オレは地下道のマップを呼び出し、現在位置を確認する。

 通常は細かい地下道のマップは存在しないが、オレは晴海界隈で自作のFWグライダーを好きに飛ばすために、港湾関係者とのコネクションと製作資金稼ぎも兼ねて、この界隈のバイトをいくつもこなし、地下道を自分でマッピングしている。


 ズズンッ!


 頭上で何かが炸裂し、爆音が重く響く。

 オレを督促しているのか、あるいは別の戦闘が始まったかどちらかだ。

 確率としては後者が高い。ゲーム期間は今回を入れて残り三ターン。姿を見せた時はすかさず狙うだろう。特に、他のプレイヤーと闘っていたのなら。

 当然、オレも同じ手でいく。

 というよりも、オレがまともに闘って勝てる相手ではない。奇襲あるのみ。

 オレにはガヴァビスのような戦闘用シグルーンを持っていないので、手持ちの錬成刀で挑まざるを得ない。


 オレは脳内アプリより、周辺の警備システムにアクセス出来るポイントを検索する。

 どこかの企業がセキュリティシステムの一部でも残していればと思ったが、それは空振りだった。代わりに個人で仕掛けられた盗撮用無線LANを発見した。

 早速アクセスしてみると、地上の様子が視界にポップされ、オレはカメラを次々に切り替え、ガヴァビスを捉えた。

 予想通り、絶賛戦闘中だった。

 今のうちに作戦を練らなくてはならない。


 オレは地下道からビルの駐車場にでた。ここで出来れば足になるものがあれば。

 この際、自転車でもいい。

 ラーノスでは二輪、四輪にかかわらず制御パットが装備されていて、制御パットは携帯でも検索可能だ。そして、オレはすでに脳内のバイオチップに検索アプリをインストール済みなので、周囲に使えるマシンがあるか探す。

 すでに立ち退きしたビルである。

 期待はしていなかった。

 しかし、これ以上ないマシンが、駐車場の片隅に隠れるようにして眠っていた。


「なんで、こんな所に…………」


 ホンタ製伝導エンジン、CBFW一三〇〇“音速最強ブルーコメット仕様”!


 脳内アプリより、起動キーにアクセスしたが、どういうわけか音声ロックが掛かっていた。メタリックブルーの機体は、オレからのアクセスに応えず、薄っすらとホコリを積もらせている。


「はは、あんなにも勇ましくも雄々しいお前がホコリを被っているのか…オレと同じだな」


 一週間前の記憶では、このマシンはセレナの家にあったはずだ。

 コイツがここに在る事実は、セレナかオレが一度ここに来ている証拠だ。

 何故なら、オレとセレナ以外にこのマシンを起動出来ないし、検索アプリにも引っかからないように、オレが検索回避プログラムを組んである。


「闘いは三日前の続きじゃない。でも、お前はオレの言葉を待っていたハズだ」


 セレナが用意した音声ロック。

 セレナが好きそうで、オレが言いそうな言葉。

 それは!


「威力前進、全力突破! 眼前に立つ者、みんな敵!」


 オレの声に応じ、オレ達が精魂込めて作り上げたバディが目を覚ます。

 どんな事情でここにバイクがあり、セレナがどこに行ったのか。

 それは、これからの闘いで明かしてみせる。


「行くぞ! 蒼い稲妻ブルブリッツ!」


 メタリックブルーの機体に跨り、アクセルを回す。

 伝導エンジンは無音なので、大昔のように爆音が鳴り響くことは無く、水無月祭では爆音マフラーを装着することで盛り上げた。勿論、公道での使用は道路交通法違反である。

 今は奇襲時。

 盛り上げるのは自身のテンションだけ。

 オレはアクセル全開で、マシンと共に疾り出した。



 地上ではガヴァビスの他に、両手に黒い棒のような物を持った男が激しくやり合っていた。


「お前と対戦するのは二十年ぶりで四回目だったか、ガヴァビス!」

「そうだな。それ以前に共闘が二回。お互い立場が定まらないな、エンクス!」

「手の内を知り尽くした者同士。ある種、大親友ともいえる」

「奇遇だな。私も同感さ。互いの友情を確かめ合う手段は、盃を交わすだけではない、ということだ!」

 両者の足首には移動用スピナーに変換済みであり、互いに位置取りをしつつ、激しく攻撃し回避していた。

 見たところ、中距離からの火力ではガヴァビスが優れ、機動力でエンクスと呼ばれた男が有利。

 気になるのが、あの黒い棒のような武器。銃弾を捌くのに使っているが、それだけでは無いように感じる。

 もっと所有者のプライドの象徴であり、その全てが内包されているようだ。

 二人の戦闘ポイントは目まぐるしく移り変わり、オレはただひたすらに待つ。


「我ら百年の友情の終局。今ここに迎えよう、ガヴァビス!」

「望むところ!」


「今だ!」

 地下駐車場出口そばに差し掛かった瞬間、オレは地上に飛び出した。

「アルス!」

 叫ぶガヴァビスの左側面へ、バイクを走らせながら斬撃を放つ。

 対して、ガヴァビスは二丁のマシンガンで防御しやり過ごすが、これは予想範囲内。

 真打ちはこちらだ!


「ワイヤー!?」

 オレは地下から引っ張ったワイヤーをすれ違いざまにガヴァビスの首に引っ掛け、アクセルを全開にする。

 ガヴァビスはオレの意図を察し、足首のスピナーを回すが速度の出ているバイクには敵わない。すぐに引き摺られた。


「ウォオォッ!」

 掛け声と共に時速八十キロの速度で街角を鋭角的に曲がり、勢いで引き摺られたガヴァビスは慣性と遠心力でビルの壁に叩きつけた。


「グハッ!」

「どうだ!」

 オレは作戦通りの進行にたまらず叫ぶが、回答はマシンガンの銃弾だった。

 それも予測済みであり、ワイヤーをパージして弾丸を回避。

 ガヴァビスは勢いのまま転げるが、すぐに立ち上がり体勢を整える。


「やるじゃないか」

 ガヴァビスは口から流れる血を拭いながら褒めるが、オレはせせら笑う。

「ズイブン上から目線の負け惜しみだな。いいのか? オレの次の作戦が炸裂するぞ」

「やってみろ!」

 シグリヴァは個人スペックによって修復速度に差があるが、常人の尺度で見れば頑丈な上に早い。

 ガヴァビスは会話で時間を稼ぎつつボディを修復し、体内ナノマシンの増殖能力で弾丸補充をしていた。


「隙だらけだ! ガヴァビス!」

 突如としてビルの灰色の壁面から直刀が飛び出し、ガヴァビスの左肩を貫いた。

「土門かっ! そろそろ出てくる頃だとは思っていたぞ」


 新手の男はビルと同じ色をした人型が直刀を握っていて、素早く引き抜く。

 ガヴァビスは左腕を下ろし、スピナーを回して間合いを取ろうとするが、襲撃者も早い。

「遅いぞ!」

 ビルと同じ色の迷彩が剥がれる様に落ちていく。

 剥がれた中から出てきたのは、コミックに登場するような忍者装束。

 恐らくは迷彩能力で周囲のビル壁面に溶け込んでいたのだろう。


「ホンモノのNINJA? 初めて見た」

 などと感動している間もなく、忍者は三段突きを放つ。

 ガヴァビスは左腕を使わず、右手から出したサバイバルナイフで捌いていた。

 刺された左腕を使わない所を見ると、あの直刀には麻痺効果があるよう。


 周囲のカメラから二人を監視しつつビルの一画を一周し、忍者の背後を取る。

 上手くすれば二人同時に首を撥ねられる。

 先程も言ったが、シグリヴァの修復能力は非常に高い。心臓をブチ抜いた程度ではなかなか死なない。

 一般的にシグリヴァを殺すためには首を刎ねるか、より確実性を求めて機能中枢である頭部の、特に大脳基底核にあるバイオチップの破壊することである。

 バイクの速度と共に、二人同時に討つ。

 そこだ!


 ガヴァビスと忍者はオレの接近に対し戦闘を中止し、二人同時にオレに対して攻撃を仕掛けてきた。

 忍者は振り向きざまに棒手裏剣を投擲し、オレはバイクを右側地面スレスレにして回避。その位置に、ガヴァビスはサバイバルナイフを投擲した。


「くっ!」

 オレは傾けた車体を戻そうとするが間に合わない!

 右手に持つ錬成刀も使えない!

 いや、閃いた!

 オレは口を開いて舌をナノマシンで変換してナイフサイズの錬成刀を作り出し、それを歯で咥えてバイクの態勢を戻しつつ投擲ナイフを弾いた。

「「むっ!?」」

 戦闘経験豊富な二人も驚くが、次の動作に入っていた。

「面白い男だ! しかし、これはかわせない」

 忍者は掌からもう一本の棒手裏剣を出し、車輪目掛けて投擲する。

 オレは反射的に直角ターンで九〇度右に曲がり車輪は守ったが、オレの脚に突き刺さった。

「なうっ!」

 武器が刺さった程度であれば、問題なくすぐに修復できる。問題なのは効果ダメージだ。

「く、やっぱり効果が付加されている。これは体内のナノマシンに硬直プログラムを強制することによる麻痺効果か!」

「正解だ。時間が経てばプログラムは消えるが、早く戻したいのなら解析を進めることだな」

 残念ながら、オレにはシグリヴァ四式『ヘルフィヨトル』の解析能力は持っていない。

 現状では効果時間が切れるまで足は動かせないし、足の修復もできない。

 距離を取ろうと思ったが、それよりもガヴァビスの追撃が早かった。


「とったぞ、アルス!」

 ガヴァビスは両足のスピナーを全開で間合いを詰め、右腕から造り出したチェーンソーでオレを斬りつけた。

「ぐあッ!」

 錬成刀で受けようとしたが、体重の乗った重い一撃に耐えられず刀は砕け散る。

 チェーンソーはオレの左肩に炸裂して、ギャリギャリ不快な音をたてながらオレの肉を削り、血肉が飛び散る。

「うわぁああああ!」

 オレはバイクから吹っ飛ばされ、勢いで商業ビルのガラス扉を突き破った。


「ペインブロック! はぁ、はぁ……これは、さすがにやばいかも」

 オレは痛覚遮断アプリを起動させて痛みを消し、身体の修復に努める。


 オレ達をシグリヴァたらしめているナノマシンにもタイプがある。

 オレのタイプは一式『スクルド』と呼ばれ、最も基本となる修復機能特化型だ。

 どのシグリヴァも修復速度に差はあっても、必ず持っている能力である。

 オレの場合、他にシグルーンを保持していないため、バイオチップ内のストレージが空いている分だけ修復プログラムに割く事が出来る。そのために、オレは平均以上の速度で修復可能だ。

 とはいえ、身体は修復できるが、体力までは戻せない。

 チェーンソーに削られた傷と、ビル入口のガラスを突き破った時の切り傷は塞がりつつあるが、どうしようもなく乳酸が分泌され身体の疲労感は蓄積する一方である。大量に血液を失ったのも痛い。


「おにいちゃん!?」

「カノン!? なんでこんなところに!?」

 吹き抜けの二階エントランスから、怖々と声を掛けてきたのはカノンだった。

 カノンはオレだとわかると、階段を駆け下りてきた。

「来るな!」

 外に目を向けると、多弾頭ミサイルが無軌道にビルを襲う。

 内、何発かはビル内に入る!

「くそ!」

 オレは右足だけで跳躍し、直後、エントランスは爆発した。

 爆発により、破片が飛び散り、煙と埃が蔓延する。


「イタタ……死ぬかと思った…おにいちゃん!?」

「無事だったか」

 オレはギリギリでカノンに覆いかぶさり、爆風から守れた。

「おにいちゃん、血が出ている………」

「大丈夫だ。オレはシグリヴァで、修復速度も人より速いから」


 安心させるように出来るだけ優しく言ったつもりだが、カノンは忙しげにオレのケガと外を見て、オレの左腕を自分の肩に回すようにして立ち上がる。

「とりあえず、ここから離れないと。きっと危ないです」

「わかっている。先に行ってくれ。オレも追いかけるから」

「ダメです。一緒でなければ動きません!」

 プイッと顔を背けるカノンに、オレは説得を諦めて一緒に逃げることにした。


「すまないな……左足の修復には、もう少しかかりそうだ」

「そんな、私をかばって、色んなところから血が出ているよ」

「そっちはすぐに直るよ。それより、なんでこんな所にいるんだ?」

 すると、カノンは口をつぐみ、答えるのに時間を要した。

「私ね、お金がないからこのビルで暮らしているの」

「ビルで? 観光できているんじゃなかったのか? いや、お前の姉はどうした?」

 驚く俺にカノンは悲しげに微笑む。

「私はね、少しだけどデイトレードでお金を持っていて、ラーノスに出稼ぎに来たお姉ちゃんを追いかけてきたの」

「お前の姉は面倒を見てくれないのか?」

「お姉ちゃんは出稼ぎだから私を養う余裕なんてないし、私もお姉ちゃんの負担になりたくないから、ホテルで暮らしているって、ウソを言ってるの」


 おいおい、なんだよ、その設定。聞いて後悔したよ。

 カノンはオレを三階の休憩室に連れてきた。この部屋は元々、従業員用の休憩室だったようで、壁面にはジュースやお菓子類の自販機が置かれていた。


「お兄ちゃん、手当てするね」

「大丈夫だよ。さっきのケガもほぼ修復が終わったよ」

 修復機能はパッシブなので、傷を負った時から開始される。日常であれば逆に不審がられるので、あえてアクティブモードにしていた。

「でも、足が」

「こっちは効果ダメージだから、まだ掛かりそうだ。それより問題は」


 爆音と共に、ビルが激しく揺れる。

「早く出てこいってか?」

 外を見なくても判る。ガヴァビスが多弾頭ミサイルでビルを攻撃しているのだ。

 ビルのそこかしこから破片がパラパラと落ち、微細な日々が各所に入り始めている。


「カノン、体感しているとおり、ここは間もなく崩壊する。オレが正面から飛び出して、アイツらをここから引き離す。そしたら様子を見つつ、裏から出るんだ。いいね?」

 反対しそうな様子であったが、オレは有無を言わせない口調で言いつけ、カノンは何も言わず頷いた。

「そんな顔をしないでよ。明日になったら、ステーキを奢るからさ」

「ステーキ!? そんな高い食べ物なんて悪いよ。バチが当たっちゃう」

「いいんだよ。そういった楽しみがあるから、今日と言う辛い日に耐えられる。明日まで生きようと思える」

「……わたし、こうみえて、結構大食いです」

 カノンは申し訳なさそうな顔をする。気をつかわせたかな。

「ふふ、だいじょうぶだよ。ちゃんとバイトしてるから。ガラクタの修理も手伝うよ」

「ガラクタじゃありません。わたしの商売道具です」

「そうだったね、ゴメンゴメン」

 身体の修復は九分通り終了した。

 左足もようやく動くようになり、オレは立ち上がる。


「それじゃあ、また明日」

「うん、また明日。絶対だよ?」

「ああ、絶対だ。絶対にキミにステーキを奢るために、今日を昨日に変える!」


 オレは休憩室から出て、階段に差し掛かった時、急に爆発音が止んだ。

「ん? ひょっとして別の戦闘が始まって気がそれたか?」

 だとすれば僥倖だ。態勢を整える絶好の機会である。

「なんか匂うな。これは…………火薬!? しまった!」


「もう気がついているだろうが、少年よ、君は袋のネズミだ」

 忍び装束を纏う男、宗像土門むなかた どもんは両手で素早く印を切る。

「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン! 火遁《爆旋陣の術》!」


 その印は、不動明王を顕す不動根本印・火界咒。

 唱えた不動明王真言がシグルーンとなりナノマシンが起動し、ビル壁面が螺旋状に爆薬に変換され起爆した。それはあたかも巨大な焔の蛇が、大地から空へ向かってビルに巻きつく様であった。

「ゲームも今日でちょうど七日目。初七日と洒落て、不動明王に裁いてもらえ!」

 初七日とは、人が死んだ後に冥府で最初の審理であり、いわゆる三十三回忌まで合計十三回受ける。

 その際に死者を弁護するのが十三仏と呼ばれ、最初の初七日では不動明王が顕れると謂われる。

 無論、オレにとってそんな事はどうでもいい。


「うわぁああああああ!」

 ナノマシンの射程限界から考えて、予めビル全体に仕掛けがされていたのだろう。

 一斉起爆によりビルが一瞬で亀裂が入り、激しく鳴動する。

「カノン! こっちへ!」

 オレは急ぎ戻り、リュックを抱えているカノンを見つける。

「カノン! リュックを捨てろ! こっちに走れッ!」

「ダメッ! このリュックは私の命より大事なの!」

 カノンは激しい揺れのために、立つ事も出来なかった。

 かくいうオレも立つのが精一杯だ。

「命より大事なものなんかあるか!」

「あるの!」

 その時、天井が抜け、カノンの頭上に降りかかる。

「間に合え!」

 全速で走り、伸ばした右手はリュックから飛び出ていた布を巻かれた棒に届き、次いで左手でカノンを掴もうとした瞬間、床が抜けた。


 落ちる。

 瓦礫や床や備品と共に、オレとカノンが落ちる。

 カノンにとってリュックは本当に大切なのだろう。しっかりと抱いて離さなかった。

 オレの伸ばした手は、リュックにあった棒にしか届かず、カノンはオレと同じ速度で落ちていく。

 見れば二階の床もすでになく、一階まで遮るものはない。

 オレはともかく、カノンは確実に助からない。

 いや、オレも上から落ちてくる破片の累積重量を考えれば、修復が終わるよりも先に命が途絶えるだろう。

 完全に詰んだ。

 今度こそ終わりだ。

 前回、死んで復活できたのは、一回限定で《限定蘇生》のシグルーンを弥勒寺道義から受け取っていたからだ。

 オレが今回の『事象時戯の略儀』に参加した理由の一つが、死んでもセーブポイントから復活できたからだ。記憶が四月三〇日までなのはそのせいであった。


 落ちてゆく光景はいやにゆっくりで、それはあたかも花びらが落下する速度と同じように感じる。


 花びらと同じ速度の中で見たのは、

 長い足を翻すセレナであり、

 オレの美脚論に毎回噛みつくアーリアであり、

 涙を流しながらオレを殴ったヒラムネであり、

 冷たく突き放しつつもオレのケガを癒してくれたカディであり、

 価値の創造と付加を教えてくれたカノンだった。


 そして、そうだ、夢で見た桜色の瞳をした黒髪の女性。

 逢った事もないのに、何故、オレの夢に出てきたんだ?

 逢いたい。

 夢の人にも、いなくなったみんなにも。


 知りたい。

 三日前までのオレが何をして、どう死んでいって、みんなはどうしちゃったのか。

 何故、オレにそれを教えてくれない?

 オレはそこまでなのか?

 世界にとって、オレという存在は、その程度の価値しかないのか?


 オレが掴んでいた、棒を握る手に力が篭る。

 脳が痺れるほどに、オレの中に怒りで充満する。


「ふざけるなッ!」


 他人の見解?

 そんなのオレの知ったことか!

 どう思われようと構わない。そのかわり、オレの邪魔をするな!


 怒りがオレの細胞の一つ一つを震わせる。

 それに応じて、全身に棲まうナノマシンが一斉に目を覚ます。

 数億の微細機械が音無き歯車を鳴らし、猛烈な勢いで増殖する。


 そうだ、コレだよ。怒りを内に込めるなんてオレじゃない。

 素直にセレナの脚が美しいと礼賛するオレこそオレ。

 変態で大いに結構。

 セレナの脚はオレのモノだから、オレのモノだと宣言する。

 それがダメだというなら――――


「オレを完全に殺して見せろ!」



「!?」

 一方、外でビルの崩壊を見ているガヴァビス達も、突如としてビルからの大音響が途絶えたことに違和感を覚えた。

「何が起こった?」


 それは唐突だった。

 何かが起こったのは、その次であった。

 ビルが、桜色に爆ぜた。

「な、これは、桜?」

 土門は崩落するビルから何百万と、猛烈な勢いで吹きかける桜の花びらに晒されながら、視線の先に立つ男を見た。

 そこには、少女を持つ少女を抱きかかえる、オレが桜の花びらの中心に立っていた。


 未だに落下するビルの破片がオレにに近づくと桜の花びらに変わり、落下エネルギーのまま飛んでいく。

 土門は正確にオレのナノマシン展開距離をサーチした。

「ナノマシン展開距離三.四メートル! 三式“ゲンドゥール”の物質変換か!」


「見ての通りだ。オレは周辺にナノマシンを散布して、ビルを桜の花びらに換えた。ついでにホコリもね」

 オレはカノンを下ろすと、右手に持つ「剣」を見る。

 それはカノンのリュックから飛び出ていた布が巻かれた物。

 答えはカノンが教えてくれた。

「折れた剣だよ。このあたりの地下で拾ったの。でも、刃が直っている。どうして?」

「《錬成刀》のシグルーンが発動して、喪失した刃を補ったようだ。オレも無意識だったけど」

 不思議なのはこの剣を持っているだけで力が湧いてくる。

 なんというか、頭は激しく熱しているのに、その中心に絶対零度の冷たい芯を脳に入れられた様だ。

 剣を見れば紅い結晶石型のメモリーがはめ込まれていて、アクセスしてみると、簡単にパスが繋がった。パスからはこの剣のデータが流れ込んでくる。


(魔剣『心炎』。心を力に換えて潜在能力を引き出す上に、闘気を増幅する宝具。かつて世界制覇を成し遂げた皇帝騎士ナイト・オブ・ラウンズの一人が所有していた聖剣のレプリカ!)


 数千年前のナノマシン全盛期に、世界を統一した人類史上空前にして現在のところ絶後である帝国を打ち立てた十二人の立役者、それが“円卓の騎士ナイト・オブ・ラウンズ”。

 オレからすれば御伽噺の存在であるが、実在の人物でもある。


 視線を前に向ければ、斜め右側のビルのそばに忍者が、左側の道路の向こう側にガヴァビスが立っていた。

「よくも私の用意した死地から帰ってこれたな。相当自信があったのだが」

 忍者はマスクを下ろして、素顔を晒した。見れば移動車カフェにいた着流しの男だ。

「流石に死ぬかと思ったさ。もう勘弁してもらいたいトコだよ。だけど」

 オレは一度、魔剣『心炎』を右手だけで一閃、周囲を舞う桜の花びらを払う。


「ここからようやく、オレのターンだ!」



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