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第二話「今はなくとも、これから創る」

 二ヶ月前の三月三日、オレの十六回目の誕生日のこと。


「アルス、お誕生日おめでとう! コレが私からのプレゼントよ」

「ありがとう、セレナ。今あけていいかい?」

「どうぞ、どうぞ。開けてみてください」

「でわでわ」

 セレナがくれた小さなプレゼントの箱にかかっている赤いリボンをほどき、薄緑色の包装を解いて箱を開けると、そこには菱形の蒼い石がついたペンダントが入っていた。


「お、綺麗だな。でもオレにこんなお洒落なアイテムが似合うかな」

「似合う似合う。アルス、お洒落に全然気を遣わないから、これくらい付けとかないと」

「そういうものかなぁ………あれ、これって」

「気がついた? アルスに相応しいものを選んだよ」

「コレは結晶石型の大容量メモリー……そうか、知ってたんだ、オレのことを」

「まあ、ね。私、アルスの彼女だから、やっぱりずっと見ていると気がついちゃうよ」

「いや、いいんだ。オレの方こそ黙っていてゴメン。このペンダント、高かったろ?」

「ううん、パパの仕事関係で手に入れたの。アルスには役立つと思って」

「うん、ありがとう、セレナ。一生大切にする。約束するよ」

「うむうむ、大切にするように」


 あの日のあの後、オレとセレナの二人が笑う声がいつまでも続いた。

 セレナは得意ではないケーキを一生懸命作り、得意の椎茸の煮物と一緒に出してきた。

 どんな取り合わせだよと言えば、セレナは気持ちを込められるメニューを厳選したのよって言って、また笑い合う。

 この二ヵ月後に、こんな事が起こるなんて、誰が想像しただろうか。




 ■アルス:五月七日、一二:〇一




「オレが死んだって、どういうこと?」

 森林エリアで出逢った二人の姉妹のうち、事情を知っていそうな姉の方に、何も知らないフリをして聞いてみる事にした。

 生き返った理由は知っているが、実際に死んだ事情については全く不明だ。

 このカディと呼ばれた姉の方は、三日前のオレを知っているようだ。

 だが、カディは警戒するようにオレを睨みつけ、何も答えようとせず、ただ時間だけが過ぎていく。


「えっと、お姉さん?」

「私を『お姉さん』と呼ぶな!」

 凄まじい剣幕で怒鳴られてしまった。

 助けを求めようとカディの斜め後ろにいるカノンに視線を向けると、姉はオレの視線を遮るように妹を背に隠した。

「まず、名乗ったらどうだ」

 姉は全く気を緩めず、一方的に話を進めてくる。

 オレは少しむかっ腹が立ったが、そこはぐっと耐えることにした。


「アルス・ミカミ・フォーリナーだ。この近くの豊洲に住んでいる。で、今度はこちらの質問に答えてほしい」

「何についてだ?」

「オレが死んだってことだ。オレには死んだ記憶はない。ただここ一週間の記憶がない。だから何があったか知りたいんだ」

 話を聞いていた姉の表情が、少しだが動いた気がする。


「記憶がない、だと。では、私の事も覚えてないのか?」

「初対面のハズだが……もし一週間の間に失礼な事があったりしたら謝る。謝るが、そのためにも何について謝ればいいか教えてほしいんだ」

「………………」

 姉は何かを考えているようで、しばらく黙っていると、後ろから妹が背中を指で押し始めた。


「カノン?」

「お姉ちゃん、そんな風に人と会話しちゃダメだよ。そんなんじゃ、誰とも理解しあえないよ。そうでしょ?」

「う……」

 妹の一言に、姉は言葉に詰まる。


「……ぷぷ」

 オレが思わず噴き出しかけると、姉は凄まじい視線で睨みつけてきた。オレは明後日の方を向いて口笛を吹く。

 姉はふぅと溜息をつくと、手を下ろした。

「ま、カノンの言う通りね。それに、貴方が私の知っている男に似ているけど、でも雰囲気が全然違うわ。もっとギラギラしていたし、少なくともそんな泣きべそをかいていなかったわね」

「なっ、これは事情があって……」

「貴方、怪我をしているわね、見せなさい」

「いや、このくらい、すぐに直る」

「いいから」

 姉は近づくとオレの顔に白い指を這わせて、顔をジロジロ見る。

「……ナニ赤くなってるの?」

「こんなに近くで見られたら当然だろ!」


 なんといってもこの姉君はとてつもなく美少女だ。 

 日焼けした健康的な肌。

 明るい色をした透き通るような碧眼。

 首元までかかる栗色の髪は後ろで小さなポニーテールを作り、ちょこちょこ動いて可愛らしい。


 オレとしては顔が赤くなるのはどうしようもない。

 デニムの肩丸出しのロンパースで、胸の大きさが強調されている。

 というより、服は胸で引っかかっているんじゃないかと思えるほどにデカイ。


「ドコ見てるの」

「ぐぁ」

 容赦なく殴られた。

「誤解だ。オレは胸に萌えを感じない。オレは脚を見ているんだ!」

「変態! 許可なく私を見たら殺すわよ!」

「三日前に殺されたって言ったけど、まさかカディが……」

「そんなわけないでしょ!」

 言いながら姉は改めてオレの頬に触れると、そこから痛みがすぐに退いてきた。


「これって……修復能力?」

「そうよ。つまり、どれだけ貴方をボコボコにしても、すぐに治せるから問題ないわ」

「ありありだ!」

 オレが叫ぶと、カノンがニコニコ笑った。

「お姉ちゃんたち、仲良しになったね」


「「なってない!!」」


 思わずハモり、オレもカノンのお姉ちゃんも毒気が抜けてしまった。

「ホラ、やっぱり。おねえちゃん達は仲良しでしょ?」

「ええ、そうね。それでいいわ。それに」

 姉は目をわずかに細めてオレを見た。

「中身をスキャンしてみても空っぽ。やっぱり私の勘違いね」


 中身が空っぽ。

 その言葉は、胸に穴の開いているオレに、酷く響くものだ。


「おにいちゃん? どうしちゃったの?」

 急に表情を暗くしたオレを、カノンは心配そうに見上げる。

「なんでもないよ」

「とてもそんな風には見えないよ」


 オレもそうだろうと思うけど、なんと言えばいいか判らない。


「カノン、この人は私の知っている人ではなかったわ。もう行きましょう」

「え、でも」

「行くわよ」

 姉はカノンの手を取ると、オレに背を向けて歩き出そうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。オレが誰に似ていたんだ?」

「貴方には関係のないことよ」

 バッサリ切って捨てると、カノンを引っ張るようにして歩き出した。


「ならもういい! その代わり、せめて名前を教えてくれ! オレはちゃんと名乗ったぞ!」


 そういうと、姉は足を止めて、チラリと振り返った。


「カディ・ケース。こっちの妹はカノン・ケース。船団都市アレキサンドリアからきた観光客よ。じゃ、私たちは観光で忙しいから」

「観光で忙しいなら、なんでこんな森の奥まで来るんだよ」

「だから観光よ。船団都市には森なんてないから、私には珍しいのよ」

 オレはスタスタ歩き去るカディの後姿に、正確には健康的に日焼けした脚に目を奪われつつも、再度きいてみた。


「教えてほしい。オレが、誰に似ていたんだ」

「私に貴方みたいな情けない顔した知り合いなんていないわ。だって、一緒にいる価値なんてないのだもの」

 カディは足を止める事も振り返ることもせず、後ろ髪を引かれている様なカノンを連れて、今度こそ歩き去った。


「オレは、一体、何処で何をしていたんだよ…………」


 オレの疑問に答える者は誰もなく、足元にある青い目をしたダルマ顔のオブジェだけが、オレを静かに見上げていた。



 カディの言葉に打ちのめされたオレは、その後どう歩いたか覚えていない。ただ、人目を避けて歩いていたら、必然的に旧晴海をウロウロしていた。

 ふと視線を上げると朝方にお茶をした移動車カフェが目に入った。


「なんだ、結局ここに帰ってきたのか……まあ、そんなものか」

 オレも何がそんなものかは分からないけど、それ以外に口にするセリフがなかった。

 適当に置かれているテーブルを見ると、驚くことに一つのテーブルを除いて、席が全て埋まっていた。

 それにしても、こんな廃墟みたいな処で、なんでお茶してるんだ? 

 まあ、人のことは言えないが。


 半ば無意識に移動車カフェの前に立つと、アイスコーヒーとBLTホットサンドのセットをオーダーした。

 アイスコーヒーを受け取り、テーブルを見渡してみる。


 見事に客層はバラバラだ。

 小さな文庫本を読む大男。

 ゲームパットで遊ぶ二十代の女。

 目を閉じて煎茶をゆっくりと飲む、和装着流しの三十代の男。

 新聞を広げている小柄な二十歳前後の男。

 編み物をしている車椅子の老婆。


 まあ、気にする必要もないし、向こうもオレに興味を持っていないようだ。大人しく空いている丸テーブルに座らせてもらう。

 ホットサンドが出来るまでには少し時間がかかる。アイスコーヒーをブラックで一口飲む。


「苦い」

 反射的にその言葉を口にすると、すぐ隣のテーブルで文庫本を読んでいた大男が笑い出した。

「そりゃそうだ。そんなしけた顔してブラックを飲めば苦いだけだ」

 気持ちがささくれ立っていたせいだろう。いつもなら無視していたのに、今回は噛み付いた。


「しけた顔して飲めば苦いだけなんて、どうして決まってるんですか!?」

「苦さも楽しむのが、人生を楽しむ一歩だ。ブラックを飲んで苦いとしか言えない君は人生の達人には程遠い」


 何を勝手な事を言うのだろう。

 見知らぬ他人の知ったことじゃないだろうに。

 大男を見れば、オレの不機嫌など知らぬげにホットコーヒーを飲んでいる。中はブラックかどうか知らないが、いかにも美味そうだ。

 改めて大男を見直すと、身長は一九〇センチを超える長身で、身体つきもがっしりしている。角刈りでチェック柄のスーツを着ているが、マフィアかなんかだろうか。とても真っ当なビジネスパーソンには見えない。


「どんなふうに飲もうとオレの勝手です」

「ま、そうだな。私も今の君には興味がない」

 大男はそう言うと、手許の文庫本を読み出した。

 なら話しかけるな!

 ホットサンドはまだかな。


「そうそう、見知らぬ少年よ。人生を楽しむ手段は何だと思う?」

 大男は文庫本に目を落としながら、さも当然のように質問してきた。

 まだその問答は終わってなかったのかよ!


「さて、そんなの知りませんよ。人生の先達として、ためになるアドバイスを一つお願いします」

 おざなりに応えると、大男は嬉しげにこちらに顔を上げて話し出した。


「人生を楽しむ手段は『心構え』だ。ま、当然だな」


 すると、オレの斜め前に座ってゲームをしていた二十代前半の女性が、聞かれもしないのに答え出した。

「ボクは楽しむための仕掛けを用意することよ。ゲームも敢えていいところでセーブする。続けたければ、何か一つ自分のハードルを超える。モチベーションも上がって効率もいい」

 それよりも、人に何か言う時くらい、ゲームをポーズしてください。


 次に口を開いたのは、着流し和装の男である。

「自分は流れに抗うことだ。この世界でどれだけそれが出来る人がいる? 私はそれが出来る少数の一人であることが、誇りを維持して世界に向き合える」

 涼しげに語るこの人は三十前後だろうか。それはいいけど、なんでずっと目を閉じているんだ? 車○キャラじゃあるまいし。別に盲目というわけでもないよね。


 続けて、オレの後ろのテーブルで新聞を広げていた男が、新聞で顔を隠したまま語りだす。

「俺はただ一つだけを目指し、ほか全てを捨て去る覚悟だ」


 次から次へと、誰に向かってしゃべっているかも不明だが、銘々、好きにしゃべると満足したらしい。

 一斉に席を立ち、三々五々、散っていった。


 残ったのは、オレと編み物をしていた老婆の二人だけである。

 老婆はカップをとると香りを楽しみつつ口を付けた。

「皆さん、色々な楽しみ方をされているのですね。私は、側に寄り添える人を見つけることだと思います」

「それは恋人とか伴侶のことですか?」

「勿論、そういった方に出逢えれば人生最高の幸福でしょうね。ですが私がいうのは、友人や今こうしてたまたま行き会った貴方と楽しく会話が出来ることです」

「オレとですか? おばあさんにとって、オレはなんの価値も無いのに」

「価値はあります。今の私の孤独を癒してくれました。」

「孤独………」


「そうです。私の歳になると、知人も少なくなります。新しい友人も出来ません。孤独だから、こうして一人で出来る編み物をする。でも孤独を癒してくれるわけでもない。そんな中、貴方と会話が出来て、私はとても楽しいのです」

「オレとの会話が楽しい………」

「ふふ、貴方のように若い方は、こんなおばあちゃんと会話をしても楽しくないかもしれませんが」

「いえ、そんなことないです!」

「そうですか、それは良かった」

 老婆は本当に嬉しそうに微笑みかけてくれた。


「オレは孤独です」

「そうですか、それは寂しいですね」

「はい、オレには続けていることがあって、それが中途半端だったから、周りには誰もいなくなりました」

 老婆は黙ってオレの独白を聞いていた。

「友達もなくしました。だから、続けるか迷っています。いや、全部投げ出そうと思いました」

「そうですか。それも一つの選択です」

 オレは首を振る。

「でも、こうしておばあさんと話して少し気が晴れました。だから、もう少し考えてみます」

 それを聞いた老婆はニッコリ笑った。

「それは、全部投げ出す以上に素敵な考えです。私とのお茶で元気が出たのなら、私は幸せですよ。決して諦めず、最後まで考えぬいて下さい」

 老婆はそういうと、車椅子を動かしゆっくりと背を向けた。

「では、私はもう行きます。貴方の行く道に、より多くの人と行き会えることを、お祈り致します」

「ありがとうございます、おばあちゃん」

「どう致しまして」


 オレは最後まで老婆の後姿を見送った。

 少しだが元気が出たと思う。

 すると、カフェの無愛想な店主が、ヌッと袋を差し出してきた。

「ほら、ご注文のホットサンドだ。もう店仕舞いだ。帰れ」

 なんなんだよ、この店主は!?

 本当に客商売する気あるのか?

 そもそも、まだ三時じゃあないか!


「わかりましたよ。おいくらですか!」

「いらねえよ」



 こうしてオレはカフェから放り出され、イヤでも街を歩き回る事となった。

 晴海界隈はセレナとツーリングでよく走った場所である。

 オレは得意の工学系の知識を活かし、地下道で整備関連のバイトをしていたので、地上も地下も詳しい。

 しかし、再開発エリアに指定され、少しずつ解体されている街並みは、別の街へと変貌しようとしていた。


 陽が傾きつつある中、人気の無い街を歩いていると、セレナと走った時の記憶がまざまざと甦る。

 あんなにも普通で、あんなにも日常的で、あんなにも倖せだったのに、一体どこで世界とオレは掛け違ったのだろう。


「おにいちゃん?」


 そこには、大きなリュックにゴミだかなんだかをパンパンになるほど詰め込んだカノンがいた。

「おにいちゃん、どうしたの? こんなとこで」

「それはこちらのセリフだよ。キミこそ背中の荷物はなんだい?」

「これは私が見つけた売り物」

「売り物!?」

 オレの目にはガラクタにしか見えない。

「うふふ、モチロンこのまま売らないよ。キレイに磨いて手直しもして売るの」


 カノンのリュックに満載されているガラクタ類は、立ち退き命令を受けて退去した後に残された廃棄品であろう。

 チラッと見てみると、携帯用扇風機やラジオ、あとはよくわからない細長い棒に布がグルグル巻きにされていたり、とにかく色々である。


 すでに大部分の陸地が水没し、資源が枯渇したこの世界において、リサイクルは各都市における重要産業である。

 かつて日本の江戸時代でもリサイクル事業が発達しており、落ちていた紙はトイレの拭き紙に、毛髪はカツラに、馬糞は肥料に使ったという。


「船団都市だとゴミなんてないのだけど、さすが世界四大都市だよね。こんなにも使えるものを、ゴミとしてほったらかしにするなんてありえない」

 かつては海に大量のゴミが浮遊していたが、海上で暮らす人々が千年以上も拾い続けたおかげで、ゴミを見かけることも珍しい。

 しかし、それは生粋の四大都市出身者であるオレには何の感銘も与えられなかった。


「売れるのかい?」

 オレは大陸都市ラーノスの常識にドップリ浸かっている。オレからすれば、捨てられたモノはゴミでしかない。

「言ったでしょ、売れるようにするの。そして一生懸命売るの。それで食べていくの」

「食べていく? 観光客で普通にどっかのレストランに行くんじゃないのかい?」

「そんなお金なんてないよ。ここに来るまでにお金は遣っちゃったし。バイトをしようと思って探したけど、私を雇ってくれるところが見つからなかったし」


 それはそうだ。どうみても小学生の女の子である。オレの知る限りの求人情報にも、低年齢の子供を募集している業種はなかった。


「だからリサイクルして売るの。フリーマーケットでもあればなぁ」

「売れなかったらどうするんだ?」

「どうもこうも、その時は夕飯抜きだよ」

 当たり前でしょと、目で言うカノンに、オレは激しく動揺する。


 自分よりも幼い子供が働き自分で生活する。それを当然としているカノンに対し、親からの入金で好きに生活しているすね齧りのオレは、自分がなんだかみじめで小さな存在にしか思えなかった。


「そんな……キミみたいに小さな子が働くなんて、いいわけがない」

「じゃあ、どうすればいいの? この都市には炊き出しなんてなかったよ。私はこの都市に来て一週間だけど、世界最高ランクの四大都市でもホームレスはいたから、働かないとそれこそゴミ捨て場行きになっちゃうよ?」

 カノンが当然のようにいう言葉は、オレには胸が痛い。

「そうだね。キミの言うとおりだよ。オレが正にそれだ。誰にとっても価値のない、捨てられたゴミだよ」

 それは自嘲でも自己憐憫でもなく、オレの素直な感慨だ。

 ある事情で、オレには六日間の記憶がない。

 その間に知っていたはずの世界は変貌した。もはや、世界に自分の居場所など無いのかもしれない。


「価値は新しく作れるよ」


 その言葉は、下を向いていたオレの胸に響き、思わず顔を上げる。


「みんな要らないモノを取捨選択しているけど、何が本当に必要かは人によって違うよ。私はこの拾ったモノに新しい価値を付ける。そして、その価値を人に伝えて続けるよ。売れるまで、何度でもね」


 迷いなく言い切るカノンの姿は、侵しがたい毅さがあった。自分などとは及びもつかないほどの価値を持っていた。

 少なくともオレにとっては。


 売れるまで、何度でも。


 その言葉はあきらめとは対極にあり、勇気の源になる福音シグルーンであった。

 オレは顔を上げて、素直に出た言葉をカノンに伝える。


「ありがとう、カノン」

「何が?」

「オレは君の言葉で、三日前のオレがしていたことの続きを引き継げるよ」

 そういわれても、カノンはポカンとするだけであったが、アルスはそんな彼女の顔を見ているだけで元気が出てきた。

「わからなくてもいいさ。ただ、オレが君に感謝していることを分かってくれればいいよ」

 ただ、カノンにもオレが目に見えて精気を取り戻していくのが判った。何より自分のおかげで元気が出たと言ってくれるのは、やはり嬉しい。


「うん! 良かった! 元気を出してくれて!」

 カノンは顔一杯に笑顔を浮かべ、オレはその笑顔に癒された。


「オレは、今の自分の価値とこれからつける価値を知るために、六日前のオレを探してくるよ」

「何のことかわからないけど、元気がでたのなら頑張ってね」

「ありがとう! でもキミは早く帰るんだ。ここは暗くなると危険だぞ」

「うふふ、お兄ちゃんは人の心配よりも自分の心配をするべきだよ!」

「それもそっか。でも、お礼を兼ねて、オレもキミの拾った物の修理と販売を手伝うよ」

「バイト代は出ないよ」

「もう、もらったよ」

 オレは手を振り歩き出す。

 しかし、そっと振り返ると、カノンは重いリュックを背負い直し、歩き出す。

 オレ達は、それぞれ互いの方向へ足を踏み出した。




 ■アルス:五月七日、二二:五一



 旧晴海、天空海モノレール線、国際展示場前駅。


 一ヶ月前に退去命令が発令され、今は誰もいない事になっている。

 誰もいないのだから、当然なにも起こらない。起きるわけもない。人がいること自体が法律違反なのだから。

 今、オレが立ち入っているエリアは無人のビルが乱立されており、かつては一万人を超える人達が働いて賑わっていた場所が静寂に包まれているのは感慨深い。

 あれだけの人々はどこにいったのだろうかと思う。

 道沿いの街灯にはまだ電力が供給されているのか、明かりが点いている。

 とはいえ、街全体を照らすには灯りは足らず、ほぼ暗闇に包まれている状態だ。

 無人のビル群の狭間に、独り歩くオレの足取りは重い。

 すでにゲームの盤上にいること。

 それは、同じく参加している、他の最大十一人に見られていると思っていい。

 ゲーム開始まであと十分。

 オレなりに選んだポイントに立ち、ビル群を見上げる。


 無意識に首に掛けているペンダントをいじる。

 国際展示場駅は天空海のすぐ手前にあり、波の音が聞こえる。

 押しては引く絶え間ない波打ちは、波打つ胸の内を鎮めてくれる。

 すぐそばには、オタクの聖地の象徴たる逆三角錐の建物がそびえ立つ。

 最後に行ったのはいつだったか。異様に多い妹や双子のオムニバスが流行っていた頃だと思うが。

 また同人誌を買いに朝から並びたいと思う。

 いや、やはりサークルチケットを手に入れなければ行きたくないな。

 なんにせよ始めてしまったゲームををクリアして、望む賞品を手に入らなければならない。


 五分前。


「ふむ、来ないかと思ったが、当然な顔して来たじゃあないか」

「折角のまたとない『ゲーム』です。貴方の言葉を借りれば『当然』でしょ?」


 オレの言葉に、大男は嬉しそうに笑った。その笑い方は、見ているこちらが気持ちの良いほどにカラッとしていた。

「そうだ。今時、立場も法も年齢も関係なく気持ちをぶつけ合える機会はない。昔は戦争がその場であったが、資源の枯渇したこの星では流行らなくなった」

「戦争は流行りでするものですか?」

「そうだ。その場の空気と、それに浮かされた民衆の気分による。それが民主主義というから無邪気なものだ」

「民主主義が無邪気って、オジサンも面白いね」

「よく言われる。まあ、話を我等に戻せば、このゲームはやらせる方だけでなく、やる方にもモチベーションを与えてくれる親切なゲームだ」

「人は死ぬけど?」

 どうやらオレの返しは子供じみていたようで、オジサンは聞き分けの無い子供に語りかけるような表情になった。


「実情は各都市間の代理戦争でありながら、悲壮感を伴わない十二人だけの盤上戯、いわばリアルボードゲームだ。君のような見た目通りの年齢をした少年が、なぜ世界四大都市ラーノスの駒だか興味は尽きない」


「ヤッパリそう思います? 実はオレもそう思ってました」

 気のせいか、なぜだか何時もの調子が戻りつつある。

 これも、あのおばあちゃんが言っていた、会話のもたらす効用だろうか。


「このゲームは互いのチェスメキアを奪い合うものだ。君は持ち合わせてないから、ここから立ち去れば身の安全は保障されるが、それでも出るのか?」

「『当然』でしょ? だって、チェスメキアは他の人に貸しているだけだから」

「よく言った! やはり気構えが出来ている奴はイイ!」


 開始五秒前!


「騙し討ちはしない! 全力で潰す!」


 高まる緊張に応じて脳内物質が分泌され、アドレナリンが恐怖を忘却させ、闘いの高揚感が湧き上がる。

 身体は脳の戦闘欲求に導かれ、血沸き肉踊る。

 そして、ゲノム螺旋に食い込んだ百万分の一ミリ単位の機械達が、オレの命令に応える。


 数千年前、人類が産み出した最高峰の叡智『分子機械工学ナノテクノロジー』。


 百万分の一ミリ単位のパーツで構成されている微細機械ナノマシンは、分子レベルで物質を組み替え、あらゆる分野の技術を進化させ、世界そのものを一変させた。


 しかし、ある日を境に人類はナノマシンを制御する術を喪う。

 その理由は不明。

 結果、世界中のナノマシンは眠りにつき、世界の進歩はその時点で終わった。


 体内に、ナノマシンを宿らせ、ゲノム螺旋に食い込ませた者達を除いて。


 ナノマシンは、望む力を与えてくれる勝利の導き手。

 大脳基底核にあるバイオチップから出た命令に従い、肉眼では捉えられない大きさの小さな機械達が体内で増殖し、オレの身体を造り替える。


 強化タンパク質による筋力増強。

 バイオセラミック化による骨格強化。

 神経のサイファイバー化による反応速度上昇。

 これぞシグルーン《機体強化ブーストオン》。


 続けて、セレナがくれた結晶石型メモリーのペンダントに触れる。


「インストール!」


 七日前に、メモリーの中にある、オールバックの男から受け取ったデータをダウンロード開始、0.1秒で完了。

「起動準備よし」


 ゲームはすでに第三ターン。

 中盤戦であり、記憶にない一度死んだオレがしていたゲーム。

 これはセーブポイントからの続きじゃない。

 蘇ったオレが、オレの意思で始める新しいゲームだ。

 オレの望みを叶えるための、オレの価値を問うゲーム。

 第一ターン開始時、オレはどう思っていたのだろうか。

 第三ターンのオレは―――!



 体内ナノマシンが増殖し、プログラムに沿って一つの物体を造り上げ、同時に右掌の皮を突き破り、刃が飛び出す。

「シグルーン《練成刀》!」


 シグルーンとは“勝利の福音”。

 オレ達“シグリヴァ”と呼ばれる存在が力を発揮するためのプログラムを差す。


 そして“シグリヴァ”とは、別名を“勝利を齎す者”。

 その身に、かつて世界を変革したナノマシンを宿し、その力を以って闘う者達の事。


 後世に生きる者達は言う。

 この時代のシグリヴァとは、数千年の停滞という泥濘の中でのたうち回る者だと。

 なんて言い得て妙なんだ。

 これ以上ないくらいに真剣なのに、後世の人々からすれば滑稽さを齎す存在。

 千年生きなきゃわからない、この道化ぶり。


 ガヴァビスが旧晴海市街全域に響き渡るかのような大音声で叫ぶ。

「“勝利を齎す者(シグリヴァ)”の名に懸けて叩き潰す!」


 当時のオレは叫び返す。


「受けて立つ!」


 五月七日午後十一時。

 ゲーム名『事象時戯の略儀』第三ターン、スタート!



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