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エピローグ①「解き放たれて」

■五月十五日、〇六:〇三




『事象時戯の略儀』が終了し、程なくジンも晴海ビッグサイトの敷地内に戻り、オレ・カディ・カノンを合わせて四人がエントランス内に集まっていた。

 輪の中心にはダルマ型鳥と、その背中に緑色の眼をしたダルマがくっ付いている愛らしい二体でワンセットの置物があった。


「じゃあ、始めるね」

「頼むよカノン」

「まっかせてー、破ッ」

 特に勿体ぶったルーンの詠唱も手で印を切る事もなく、大きな紫闇の瞳で一瞥しただけで、二体セットのダルマがブルブル震えだす。


「凄い…私の封印を一睨みで解除した」

 カディは封印術を使うが解封が出来ない。また、相当に強力な封印術なので、本来は解けないらしい。

 それをアッサリと破ってみせるカノンの《終幕を告げる魔獣の御名(バジリスク)》は、恐るべき《眼術ホルス》といえる。


 カノンが睨むこと三秒。

 突如としてナノマシンがダルマから広がり、それが大気中で化合し再構成を開始する。

「わ、大きい!」

「カノン、もうちょい下がって」

 そして二つのダルマが在るべき姿を取り戻す。

「うわっ!」

 元に戻った女の方は驚いたような声を上げ、周囲を見渡した。

「あれ、なんか場所が違う」

 女は同じく封印を解かれた機獣『ラー』の上でキョロキョロすると、ラーが鳴き声を上げた。


 キュエェエエエッ!


「レンダッ、その機獣を解除しろ! もうゲームは終了した!」

 オレが叫ぶと、レンダはオレに気がついた。

「アレ? なんか元気そう。服装も違うような」

「もう三日も過ぎてる! 早く解除しろって!」


 一応、オレ達は戦闘態勢を取っていたが、レンダはそれ以上なにも聞かず、掌を合わせる。

「召喚術《解錠》。ラー、ありがと。またね」

 レンダはラーの頭をそっと撫でると、ラーの機体を構成していたナノマシンが解除され、構造体がパーツごとに消えていく。

 最後に残ったのは、オレの二人の友達だった。

「シンジ、モトコ………」

 裸であり、損壊も激しい二人の遺体を目にして、オレにはそれ以上の言葉はなかった。

 ただ、涙もなかった。

 二人の顔にハンカチを被せ、モトコだけはオレの上着をかけた。

 それが今のオレに出来る精一杯だった。

 それがとても悲しかった。


 一方、その場で座り込んだレンダもバツの悪い顔をしていた。

 だが、レンダを責める気はさらさらない。

 レンダにアーリア達の遺体を差し出したのは、他でもないオレ自身。

「レンダ、そんな顔をしなくていいよ」

「三人の遺体を触媒に使った事は気にしてないよ。でも、だからって友達の遺体を使った事に何も感じないわけじゃないよ」

「もちろん分かっているよ、レンダ」

 レンダはレンダなりに、哀悼の意を示していた。

「ん、でも、キミの友達は早く荼毘に付した方がいいよ」

 レンダの意見に、オレはその理由を考え、イヤな結論に辿り着く。

「二人を何かに使うのか?」

 それにはジンが答えた。

「レンダの召喚術は世界でも十指に入るものだ。お前の友達からはナノマシンは取り除かれたが完全ではない。何かしらの痕跡は残っている。間違いなく百年二百年でも保存され研究材料にされる」

「そっか…」

「間も無く進行委員会が来る。面倒な事になるから今しかない。俺に任せてくれれば、眼を閉じている間に」

 ジンの気遣いに、オレは手を振った。

「いや、ありがとう、ジン。気持ちは嬉しいけど、オレの手で送るよ」

「そうだな、それが一番いい」

 カディも頷いた。

「そうね。だからアルス、最後に別れを告げて、安らかに送り出してあげて」

「カディもありがとう。そうするよ」


 オレ以外の四人は下がり、それぞれの宗派・流儀で葬送の姿勢をとる。

 オレは二人を見下ろす。

 心に浮かぶのは、入学してから一年と一ヶ月の思い出。

 チーム結成のレース。

 テスト勉強での勝負。

 夏休みの合宿と花火大会。

 秋の体育祭に、立て続きの文化祭。

 クリスマス・パーティと年越しイベント。

 新年のお参り。

 そして、出逢って一年記念のお疲れ様会。


 全てオレが棄ててしまったモノ。

 自分の事を知りたいという衝動と引き換えにしたモノ。

 そして、みんなの命。

 それは未来永劫、何一つ取り返せないモノだ。

 本当に大切だったのに、それでも売り渡してしまうなんて、なんて馬鹿な奴だと思う。

 そんなオレが二人に、いや、みんなにかけられる言葉は何がある?

 右手を二人に向けてかざし、起動させたシグルーン《桜濫》が遺体を桜の花びらに換えてゆく。


「オレが『善人という白い仮面』を被った殺人鬼でゴメン」


 その時、エントランス内に吹くはずのない風が吹き、風は桜の花びらとオレの別れの言葉を攫い駆け抜けた。



「アルス、後はセレナさんを」

 カディが花びらの行方を追うオレを促す。オレは黙って頷くと、カノンに目線でお願いし、少女は軽く頷く。


「破っ!」

 カノンの《終幕を告げる魔獣の御名(バジリスク)》がダルマ・セレナの封印を解封し、先程と同じ様にダルマが震えて元の姿に戻ってゆく。

「カノン、キミの記憶操作でセレナの記憶からオレの事を消せるかい?」

「えっ!?」

 隣で聞いていたカディが驚いて振り向く。

「どうして、アルス?」

「オレとの思い出がきっとセレナを傷つけるよ。だったら忘れさせた方がいい」

「本気で言ってるの?」

「…本気だけど」

 それを聞いたカディは黙る。

「だからカノン、セレナからオレの事を――」

「バカッ!」

「うわっ!?」

 カディに耳元で怒鳴られ、思わず耳を押さえて飛び上がった。

「な、何をするんだ!」

「何をじゃないでしょ! 貴方こそ何言ってるの!」

「う…」

 カディは本気で怒っていた。

「元々は貴方自身の記憶の不明瞭さがゲームに参加した動機なのでしょ。なのに、人の記憶を勝手に変えるなんて、それこそ貴方が送り出した三人への冒涜よ」

 その言葉に、オレはハッとなる。


「貴方が辛いのは分かるけど、でも償う方法がないなら、最後まで結果を受け入れて苦しみなさい」

 “屍喰の聖女”の言葉は、きっと自身に言い聞かせている言葉だ。

 オレはそんな彼女の隣に並びたいと思うから、理解できる。

 何より受け入れられる。


「その通りだ。ありがとう、カディ」

「うん」

 二人で顔を見合わせていると、

「オホン」

 カノンに咳払いをされた。

「終わりましたよ」

 どこか素っ気なく言いながら、指は下を指す。

 その先に、記憶のままの少女がいた。


「セレナ」

 その一言に万感の想いが溢れる。

 それは涙という形で表に出た。

「セレナ…!」

 オレは薄情な男だと思う。

 アーリア達三人を見た時には涙の一滴も流さなかったのに、自分の好きな人に対しては流す涙は自分勝手だ。


「お兄ちゃん…」

 カノンが心配そうにするが、オレは顔を横に振る。

「いや、なんでもないよ」

 その様子をジッと見ていたカノンは、そっとオレの手を握った。

「カノン?」

「泣くって行為は、自分の感情と向き合うための儀式。人を悼むためだけにあるものじゃないよ。だから、泣いても泣かなくても、その人に対する想いを否定しなくても大丈夫だから」


 カノンの言葉が、渇いた大地が水を吸い込む様に胸に染み込んでいく。

 オレは、死なせた友達の事を今でも大切に思っている。

 それだけでいいんだ。

 それだけで、これから先も思い返すたびに苦しむ事になる。

 そうして生きていくと決めたんだ。

 そこに涙なんていらない。

 ただ呻吟して、何度も苦しむ。


 カノンが伝えようとしている事は、カディとジンの胸にも響いていた。

 二人もまた、遠い過去にいる大切な人々に、それぞれの言葉を伝えているのだろうか。


「レンダは目覚めたままだったのに、セレナは気絶しているのかい?」

 カディに聞いてみると、彼女自身も心許ない顔をしていた。

「実のところ、私の封印を解かれたのは初めてだから前例がないの。ごめんなさい」

「いや、謝らなくていいよ。でもなんでだろ?」

 それにはレンダがあっさり答えた。

「カンタンだよ。解析機能を持つシグリヴァは強力なナノマシン耐性を持つから、封印中に意識を奪われても解除された瞬間に再起動がかかりやすいの」

「一般人であれば、寝ていてもおかしくないのか?」

「まあね。ただ身体を全変換されて体力を削られているから、何日かは眠り続けると思うよ」

 道理でレンダが座り込んでいるわけだ。

 でも、安心した。


「ならいいや。あそこのベンチに寝かせておくよ」

 オレはセレナを抱え上げ、少し離れた場所にあるベンチにそっと横たわらせた。

 片膝をつき、その寝顔を見つめる。

 寝ている顔は穏やかそうだった。

 寝顔を見た事をセレナが知れば怒り出しただろう。「責任とって結婚しろ」位は言うかもしれない。そう思うと少しだけ笑えた。

 でも。


「出来ればキミと結婚したかった。本当に好きだった。いや、今でも好きだよ。でも、ゴメン。出来たら倖せになって。もし困った事があったら、世界のどこにいたって助けにいくから」


 オレの言葉はセレナに届かない。

 それでもいい。

 ただ、なんでもいいからセレナの助けになれる存在になる。

 オレは自分に対してそれを誓うと立ち上がる。

「じゃあね、セレナ。いつかどこかで」



「もういいの?」

 みんなの元に戻ると、やはりカディが聞いてきた。

「うん、十分に別れを告げてきた」

「そっか」

 カディもそれ以上は何も聞かず、これ以降もセレナについて聞いてくる事は一度もなかった。



 そして、その男は現れた。


「やあ、お疲れ様、アルス」

 大陸都市ラーノス中央調査局次官、弥勒寺道義。

 オレをラーノスのプレイヤーとしてスカウトした男だ。

 こうして会うのは三回目であり、最後に会ったのは十五日前だ。

 オレは一歩前に出る。

「お早うございます、弥勒寺さん。随分、朝は早いのですね」

「君の闘いぶりに心が熱くなってね、眠気なんか全くないさ。もっとも、他の都市から代表で来られた方々は夢だと思いたかったかもね。君のお陰で十一個の外交案件が全部片付いたよ」


 後ろでカディが強張るのが分かる。

 このゲーム『事象時戯の略儀』は三つの要素を持つ。

 一つは優勝した参加プレイヤーへの莫大な賞金と特別な許可証の発行。

 二つ目に、プレイヤーの所属都市間における外交案件の裁決。

 最後に、世界中の金持ちやマニア達への娯楽と合法な賭博の提供。

 今回のゲームは、ラーノスを代表したオレが優勝したので、外交案件は全てラーノス優位で決裁された。

 カディの所属する船団都市アレキサンドリアとどういった案件を抱えていたかは知らないが、困った立場になったのは間違いない。


「改めて、ラーノスを代表して礼を言わせて貰うよ。ありがとう、アルス。私の目に狂いはなかった。君を推薦した事で私の進退問題にまで発展したが、お陰で無事に職に留まれる」

「喜んでくれて嬉しいよ。オレもラーノス育ちだ。カディには悪いとは思うけどね。でも、オレの優勝を信じていたとは思わなかったよ」

「いや、転職サイトには登録したけどね」

「ソレって笑うトコ?」

「それが大人のマナーさ」

 こうシレッと言われると反発したくなるのは、どうしてだろうか。

「それより教えて欲しい。弥勒寺さんは九月斎先生からオレを聞いたと言っていたが、知り合いなんですか?」

「無論だ。私とは、いや、私の一族が彼のお方とは古い付き合いでね。君の事も詳しく教えてくれたよ」

「先生はオレにゲームの事は何も仰らなかった…普段なら何か言ってくれるのに」

「さて、君もこうして勝ち抜ける程に成長した証拠じゃないかな。まあ、本人に聞くといいよ」

「そうさせてもらう」

「それよりも、君への優勝特典の件だ。君は『漆黒の閲覧許可証』を望んでいたけど、それでいいのかい?」

「いや、弥勒寺さんも聞いていたはずだ。オレは『群青の通商許可証』を貰うよ」

 惚けた顔をして聞いてくるが、知っていたはずだ。そして、それを何に使うかも。

「勿論、構わないですよね?」

 オレは僅かに目を細めるが、目の前の男はどうでもよさそうに首を縦に振る。

「全部、君の自由だ。ゲーム優勝者に対して何かを強いる気はないよ。まあ、ラーノスの殲士団に就職してくれるとなお有難いがね」

「まだ将来を決める気はないです」

「そうかい? 給料も福利厚生も全都市一だと保証するけど。契約金もね」

「ノーサンキューです」

「残念。そうそう、賞金は登録口座に振り込んだ。確認してくれ」

 脳内アプリで口座残高を確認すると、確かに振込済だった。

 金額にして一千万カルマン(約十億円)だ。

「出来れば、ラーノスで使って欲しいね」

「その事ですが、さっきから知らない顔をしているけど、オレが買いたいモノは分かっているハズです」

「種牛だね」

 アッサリと答えてみせるこの男に対して、腹を立てるだけ時間の無駄だろう。

 何より、オレの後ろにはカディがいる。彼女のためにも、ここは交渉ポイントだ。

「種牛を買うのに免許が必要だと調べた。その免許と購入許可を手配して欲しい」

 畜産関連は野菜や魚のように自由に販売が出来ない。ここは弥勒寺になんとかさせる場面だろう。

 船団都市に牛や豚を育てさせないのがラーノスの方針なら断られるだろうが、その時は掻っ払うかひと暴れするしかない。

 だが、返答はアッサリとしたものだった。


「心配ないよ。君が『群青の通商許可証』を手にするなら、それが購入権と許可を所有している事を保証している。君が牛でも戦艦でも女でも、何を買っても咎められることはない」

「…………」

「なんだい? 自分から言いだしておいて、想定外だという顔は?」

 含み笑いをしながらオレをからかう弥勒寺に、オレの胸の内にあったのは警戒心だけだった。

 何を考えているのだろうか?

 オレが牛を連れてラーノスの外に出たところを狙い撃ちにする積りか?

 でも、とりあえずはいいか。先ずは『隗より始めよ』だ。困難は順番にやっつけるまでだ。


「いえ、ありがとうございます。賞金はラーノスで使うようにするのでお願いします」

「それは有難い。『群青の通商許可証』の受け渡しだが、明日の十一時に虎ノ門にある中央調査局にきてくれ」

 弥勒寺は軽く請け負うと、用は済んだとばかりに身を翻して来た道を戻り始めたが、すぐに立ち止まった。


「そうそう、そこで寝ている友達はこちらで引き取るよ。いいね?」

 見れば向こうから救急隊員と医者とみられる女性が寄ってきた。

「任せます。が、彼女に何かするような事は――」

 言いかけると、途中で切られた。

「無用な心配だ。一月ほど入院はしてもらうが、それ以降は自由だ。特に制限を加える事もない」


 今度こそ用が済んだようで、弥勒寺は歩き去る。

 セレナも救急隊員に担架に乗せられ、運ばれていった。


 オレ達はそれを見送ると、なんとなく顔をあわせる。

「さて、そろそろ俺も行くぞ」

 ジンから言い出し、レンダもだるそうに頷いた。

「そうだね。ボクは週末にイベントを入れてるから、明日にでもラーノスを立つよ」

 週末イベントって……さっきまで封印されてたのに元気だな。


「俺も明日立つ。空港まで一緒するか?」

「そうだね。動きやすいように空港のホテルを使おうか」

「どこでもいい」

 ジンが偉そうにいうが、レンダは気にせずポケットから携帯を取り出すと、一秒間に十六回押す速度で打ち込み始めた。

 その様子を半ば呆気にとられながら見ていた。

 大体にして、オレ達シグリヴァは脳内アプリから予約検索が出来る。それこそ携帯端末の倍以上のスピードで。


「ボクが携帯を使うワケ? 指打ちするのがボクのポリシーさ……出来た!」

「その調子で俺の部屋も予約しといてくれよ」

「任せなさい」

 レンダはジンに頼まれ、嬉々として再び携帯を連打する。

 こうなってくると、どこか微笑ましい。


「ジン、明日は何時に立つ?」

「十時五分の船を予約した」

「じゃあ、見送りに行くよ。せっかくだしモーニングを一緒にしよう」

 するとカディとカノンも乗ってきた。

「私も見送りに行くわ」

「私もー。空港のモーニング楽しみー」

「アルスの奢りだからタップリ食べないとソンね」

「ねー」

 二人の目的はすでに入れ替わっているような。まあ、いいか。

「レンダもそれでいいかい?」

「おっけー」

 レンダは予約も終わり、携帯をポケットにしまうとナノマシンを起動させる。

「召喚術《アクリス》バイクモード」

 すると鹿のような四本脚の機獣が構成され、さらにバイクに変型した。

「うお、スゴイ。可変型だ」

「ボクの移動用機獣の一つさ。街中で機獣丸出しってワケにはいかないからね」

 本気で召喚士が羨ましい。オレも覚えられるなら覚えたい。

「じゃ、また明日ね。バイバイ」

 レンダは手を振ると、バイクモードの機獣は音もなく発進し、すぐに視界から消えた。


 見送っていたジンもポケットに手を入れて背中を向けた。

「明日の朝、空港で待つ」

 何故か上から目線で挨拶して立ち去った。


「お兄ちゃん、なんであのヒトはムダに格好付けたがるのかな?」

 カノンの素朴な質問に、オレは苦笑する。

「ま、過去から抜けて、十四歳くらいに戻ったんだろ。あの年頃はそういったビョーキにかかるのさ」

「私もあと二年もするとなっちゃうの?」

「心配ないよ。今でもカッコいいから」

「良かったー」

「はは」

 二人して笑っていると、

「オホン」

 不愉快というか、ツマラナイ顔をしたお姉さんがわざとらしすぎる咳払いをした。


「仲良さそうで何よりですが、もう帰るわよ」

 カディがそう言うと、カノンが笑いを消して聞き返した。


「帰るって、どこに?」

 その質問にカディは身を震わせ、わずかに視線を彷徨わせる。

 その迷いながら届く行き先は、オレの眼だった。


 オレもカディの眼を見る。

 カディの碧眼には、ほんの僅かな怯えの色があった。

 でも、カディの綺麗な瞳に、そんな色なんていらない。

 だから、特に何も意識しないで、自然とオレは笑えていたと思う。


 そしてカディの顔に、桜が咲くかのように笑顔が芽吹く。


「決まってるわ。帰る場所は、アルスの家だから」

「うん!」



 オレ達は風を切る。

 来る時に乗ってきたオレの愛機ブルブリッツにカノンを挟んで三人で乗り、朝の陽射しの中、誰もいない街を駆け抜けた。




■五月十六日、一〇:五五




 ゲーム終了から明けて次の日。

 中央調査局に赴くと、すぐに弥勒寺道義のオフィスに通された。


「時間五分前か、きっちりしているね」

「そちらこそ、いつから待っていました?」

「いや、今来たところさ」

 なんだか付き合い始めのカップルみたいな会話をしてしまった。


「じゃあこれが君の手に入れた『群青の通商許可証』のデータクリスタルだ。優勝おめでとう、アルス」

 これが、この中身が、カディが求めた『群青の通商許可証』データ。

 暫しジッと見ていると、

「残念だが、それは他のシグリヴァに渡しても意味がない。それをインストール出来るのは君だけだ」

 と、オレの考えている事を見抜いているようだ。


「そのデータはどちらかというと保険のようなもの。既に全都市間バイタルデータ・リンクを通じて、君に通商許可が下りているのは通達済みだ。ただランクDの都市ではチェックされるか不明なので本人にもインストールして、円滑にしようというわけだ。さ、インストールしてくれ。そのクリスタルは元に戻さなければならないのでね」

「元?」

 聞き返すと、どこか得体のしれない顔で笑う。

「そう、この『許可証』データを作った元。この『事象時戯の略儀』を取り仕切る真の進行者……いや、人かどうかも分からない『祭壇』にね」

「『祭壇』?」

「誰もその正体は知らない『祭壇』が、参加特典のカードを用意する。君の魔剣『心炎』など、何処で手に入れて持ってくるんだか」


 確かに不思議だが、聞いてもこれ以上の事は分からないだろう。

「あの、もう帰っていいですか?」

「ああ、忙しいところ悪かったね。もうこれで全部済んだから帰って構わない。何か困った事があれば私に連絡をしてくれ」

 弥勒寺は名刺ケースから一枚取り出し、オレに渡した。

 名刺には番号とメールアドレスだけが手書きで書かれていた。

「その番号は私のプライベートナンバーだ。何時でも必ず繋がる」

「いえ、もう十分にお世話になりましたので大丈夫です」

 オレは名刺内容をバイオチップに登録しつつ、カードは財布に仕舞う。

「だろうね。恐らく君から連絡を受けるのは、私の息子か孫だろう。まあ、仲良くしてやってくれ」




 間もなく中央調査局を出ると、既にカディとカノンが外で待っていた。

「終わった?」

「つつがなくね」

 するとカノンが眼を輝かせながら聞いてきた。

「ねえねえ、その許可証を見せて!」

「『群青の通商許可証』は紙じゃないんだ。オレのバイタルデータとリンクしていて、都市間のデータリンクで登録する仕組みだって」

「なるほどー。つまり、基本はバイタル照合で片付くわけだね。バイタルデータのマスターが機能している限りは、お兄ちゃんの権利は保証されているんだ」

「オイオイ、何を考えているのかね?」

 するとカノンはすっとぼけてみせる。

「ええー、何も考えてないよー。早く種牛を買いにいこうよー」

「待て、ひょっとしてオレを倒して奪おうなんて」

「考えてないよー」

「この悪いヤツめ」

 走り出すカノンをオレは追いかけ、後ろから抱き上げる。

「きゃー捕まった。お姉ちゃん、犯されるよー」

「ナニを人聞きの悪いことを!」

「胸触られてるー」

「まだないでしょ」

「それセクハラだよ」

 などとじゃれあっていると、

「もう、いいかしら?」

 シラッとした渇いた視線を向けてくるカディに、オレとカノンは震え上がる。


「わ、私はヒガイシャなんで」

「オ、オレはやましい気持ちなんてないから」

「まずは離れなさい」

 抱き合っていたオレとカノンは一瞬で離れる。


「コホン、じゃあ、これから種牛を探しに行くよ。牧場は北側にしかないから最低二泊するぞ」

 オレが素早く話をすり替えると、カノンがすぐに乗ってきてくれた。

「はい! 牧場も公定価格もチェック済みです。問題は良し悪しの見立てだね」

「そこは人を雇うよ。問題はその先だね」

 すると、黙って聞いていたカディが申し訳なさそうに口を開く。

「複数の牛を運搬するとなると、移動手段も限定されるわ。何より、ラーノスの外に出れば確実に襲われる」

「お姉ちゃんの言う通りだね。それが今の世界の理。牛と豚は都市間の最優先利権だからね。断りもなく牛は育てれば、確実に殺しにくるよ」

「ええ、私達が無事でも牛が殺されれば意味がないわ。こんな事に貴方達を巻き込みたくないけど……」


「大丈夫!」

 だんだん小さくなるカディの声にオレは被せた。

「ちゃんと運ぶ方法は考えている。それにオレは巻き込まれるわけじゃない。カディが好きで勝手についていくだけだ。カディがダメと言ってもオレはやる」

「私は妹だからね。当然お手伝いするよー」

 オレとカノンは、どこかしょんぼりして申し訳なさそうなカディを見る。

 カディは何かが喉まで出かかっているが、最後まで出せないのがよく分かる。

「お姉ちゃん、せっかく夢が手に届きそうな所まで来たんだよ。私は見たいな、お姉ちゃんが夢を叶える時を」

「カノン………」

「カディ、遠慮しないで頼ってよ。キミの一人きりの闘いはもう終わったよ。これからは三人で闘えばいい。だから」

 オレは右手を差し出す。

 隣でカノンが左手を差し出す。

 オレは左手をカノンの肩に乗せ、カノンの右手がその手に重ねる。


「この手を取って」

「私の手を取って」


 オレとカノンを見る美しい碧眼は、遠い過去も同時に観ていた。

 それは“屍喰の聖女”と呼ばれた過去。

 守りきれなかった妹のカレン。

 一人きりの闘い。

 そして『事象時戯の略儀』。


 その歩んだ先にあるもの。

 カディは長い旅を終えて、過去から今日に辿り着く。

 カディの涙を流す寸前のような瞳が輝きを取り戻す。


 そうだよ。

 こんな日に、涙なんていらない。


「アルス」

 カディは左手を伸ばしてオレの右手を掴む。

「カノン」

 続けて右手を伸ばし、カノンの左手を掴み、オレ達三人は輪となる。


「私に力を貸して」

「「喜んで!」」


 穏やかな五月のある日。

 そこはオレ達三人の真ん中。

 今日ここに、三人だけの、三人だけが知る新しい陽だまりが生まれた。


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