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第二十一話「散った者と、塵と共に往く者」

■五月十五日、〇一:〇四



 オレは『東館5』の扉を潜り、何もなくだだっ広いイベント会場に踏み込むと、ジンはその中心に独りポツンと佇んでいた。


「またせたね」

 オレが声をかけると、彼は黙って頷く。


「あの少女は助かったようだな。おめでとう」

「ありがとう。治療の際に襲われていたら、オレは確実に殺され、カノンは死んでいたよ。オレとカノンが生きているのはジンのお陰だ」

「そうか…」


 ジンからは会話を続ける意志を感じない。

 その気持ちは判るのだが、それでもあえて確認する事があった。


「教えて欲しい。なんでジンはカディに固執する?」

「何故? それこそ愚問だ。あれほどに優れた才能があるなら、欲しくなって当然だろ?」

「そうじゃないさ。なんで好きでもないのに、彼女に言い寄るんだ?」

「勿論、好きだ。好意を持っている」

「持っていない。オレには判る。そして、カディもそれに気が付いている」

「……………」

「お前はカディに何か別のモノを被せている。その代用として、心の隙間を埋めるためのパーツとして捉えているんだよ」


 オレの指摘に、ジンは怒りを見せたが、それも一瞬だった。


「……そうかもな」

 ジンは寂しげに呟いた。


「オレに語るべき事ではないとは思うけど、理由を聞かせてくれないか?」


 ジンはオレの後ろにある扉の向こう側に視線を送り、そしてオレに戻した。


「別に構わないさ。俺もカディ・ケースと同じだ。

 幼い頃にシグリヴァとして目覚め《塵壊破》をすぐに使えるようになった。

 俺はとある小さな島の都市出身で、その島は絶えず周辺都市国家の略奪にさらされていた。

 シグリヴァとして、それも強力な力を生まれつき備わっていた俺は五歳の時からそいつらと闘い、十年間負けなしだった。

 そこで奴らは俺の家族を人質にとった。

 俺は怒り狂い、奴らを片っ端から殺していった。

 だが!」


 ジンは黙り、オレは続きを待つ。


「怒りに任せた《塵壊破》は敵だけでなく、俺の家族も塵に換えた」


 その顔は無表情であったが、オレはその声に涙の跡を見た。


「それまでであれば、人質をかわして正確に襲撃者だけを《塵壊破》で殺せた。だが、怒り狂っていた俺のナノマシンは急激に増殖率が高まり、コントロールが出来なかった」


 オレもそうだが、ナノマシン制御はその時の精神状態に左右される。特に未熟であれば急激にレベルが上がってしまい、威力だけが突出した暴走状態となる。

 オレが第三ターンで《桜濫》を初めて起動させた時、カノンが巻き込まれなかったのは奇跡に等しい。


「敵は一瞬でいなくなり、残ったのは家族ごと殺した殺人鬼だけ。島の連中は俺を恐れ排斥し、島から追い出した」


 ジンには特に恨みを抱いているように見えず、淡々と事実だけを語っていた。


「よくある話だ。俺は島に留まる理由を失い、島を出た。島は俺がいなくなった事に気がつき、間もなく攻め滅ぼされた。俺も復讐する気も起きず今に至る」


 話からすれば、ジンは無罪だ。少なくとも、オレの中では。

 五歳の時から戦わされ、家族を人質に取られ、失敗して死なせてしまい、それを恐れた人々がジンを棄てる。攻め滅ぼされて当然だとオレは思う。

 ただ、守ろうとした家族を自分の手で死なせてしまった事が、何年前かは知らないが心の傷として残り続けている。

 その日、何故うまく出来なかったのかと責めている。

 失ったモノを埋めようともがいている。


「お前の指摘したように、カディ・ケースに対する俺の気持ちは、いわゆる恋とは別物かもしれない。だが、先程お前から逃げる時に彼女を抱きかかえた時の感触と内側から湧いた気持ちは初めてのものだ。島を出て十年、多くの娼婦を買ってきたが一度もそんな気持ちになった事はなかった」


 最後の部分はカディに黙っていた方がいいぞ。マジで嫌われる。


「お前が彼女の男と言いたいのなら、俺に勝ってからにしろ。俺はお前を倒し、力づくで奪う。その上で、俺がカディ・ケースの敵を全て滅ぼし守りきる事を誓おう」


 ジンは、かつてオレが手にしていた『備前長船兼光』の太刀を構える。

 対してオレはヤレヤレと思わざるを得ない。


「なあジン」

「なんだ? 会話の時間は終わったぞ」

「いや、損得抜きにアドバイスさせてほしい」

「聞く耳はない」

「何でカディがお前を選ばないかだよ」

「早くいえ」

 思わず噴き出しそうになるが、ここはガマンして真面目な顔で続ける。


「お前が選ばれなかった理由は三つだ。

 一つはジンが一番にカディを見ていない事を見抜かれているからだ。ジンは好きだという理由が自分ありきで、別にカディでなくても心の隙間を埋められる」


 ジンは眼を見開くが、何も言わない。


「二つ目に、お前の言う『守ってやる』という言葉。カディは守られる事を望んでなんかいない。カディはどんなに苦しくても、自分で自分の敵と闘う女だよ。男が出しゃばることないのさ」

「…お前は違うのか?」

「違うね。オレは殺人鬼かもしれないけど、少なくともカディを理由にして人は殺さない。全てオレの意思で殺す」

「俺も同じだ!」

「違うよ。お前はカディの近くに誰も近寄らせたくない、ストーカーじみた理由によるものだ。いつかカディに愛想を尽かした時、お前はそれまでの殺人をカディの所為にして、究極的にカディそのものを殺すよ」


「…いうじゃないか」

 それは明確な怒気を孕み、視線に殺意が宿る。

 気にすることもないケド。


「で、最後に三つ目。一番大事なポイントだけど…」


「早く言え」

 間を取ってやると、目の前の男は苛立ちながら急かしてくる。

 オレは堪えきれなくて、プッと吹き出した。

 ジンの顔は、これ以上ないくらいに憤怒の形となる。


「それは、オレがいるからジンになびく訳がないって事さ」


「…」


 それは奇妙な間であった。

 互いの理解というか共通認識が成立し、その上で妥協点を失い、会話の接ぎ穂しを見失った状況が沈黙を強いていた。


「ならば、三つ目の理由だけでも潰しておくか」

「オイオイ、四つ目の理由を作る気か?」


 ジンはもはや応えないし、オレも求めない。

 求めるは決着のみ。


 オレの右手からスルスルと魔剣『心炎』が生え、それを握って構える。

 そこでオレは気がついた。

 この決闘こそ、本当の初陣だということに。


 『アルス』の端末でなく、スヴァーヴァでもない。

 ただの『アルス・ミカミ・フォーリナー』だ。

 いや、このフルネームも今やそぐわないか。

 寄る辺となる両親もまやかしだ。


 そうか、オレはただ一個のアルスなんだ。


 一言でいえば孤独。

 だけど、これが当たり前なんだ。

 これまで勝ち上がってきたのも、知識も整備技術も何もかも“アルス”達のデータリンクを通じて補正したものだ。

 つまり、オレはズルをしてきた。

『アルス』とリンクを解除してしまったので、彼等の補正は期待できない。

 それが『アルス』の一部だった事や“スヴァーヴァ”であった代償ではあるけど、オレはそんな事で勝っても嬉しくない。


 オレは、自分の知恵と踏み込む勇気で勝利を掴み取る。


 魔剣『心炎』よ、オレの心に応えてくれ。


 心気を薄く鋭い刃のように研ぎ澄まし、瞬きよりも短い刹那の邂逅を待ち望む。

 刹那が尽きた先に、果たしてオレは在るのだろうか。


 もっと未来さきで、オレはカディと歩んでいるのだろうか。


 それをこれから見に行こう。

 きっとそれは、あの刃の向こう側に全ての答えがある。




■ジン:五月十五日、〇一:一〇



 アルスめ、言いたい放題いいやがって。

 だが認めよう。

 全部アイツの言うように、俺がカディに興味を持ったのは“屍喰の聖女”だったからた。

 俺は島で家族を自分の手で死なせてから、自分が好きになれなかった。


 だから、俺と同じ境遇であり、俺の気持ちを本当の意味で理解してくれる女が必要だった。

 癒されたかった。

 俺が手にした金で女を買い漁ったのも、全部そのせいだ。


 俺はカディ・ケースこそ、俺を癒してくれる存在だと思った。

 だが、それは違った。

 カディは自身が排斥されても、自分のスジを通すために、闘い続ける事を選んだ女だ。

 カディから見れば、俺は闘いから逃げた臆病者なのだろう。


 自分よりも弱い者だけを狩るシグリヴァ。

 なんだ、俺も殺人鬼の一人じゃないか。

 だけど、それも今日で終わりだ。

 俺はこの決闘に勝ち、カディのように自分で自分の価値を認められる男になりたい。


 例え、カディの恋人を殺す事になっても。


 俺の征くべき道は、目の前の白い衣を纏った男の向こう側に在る。

 するとアルスは白いコートを解除して、元の蒼のシャツに黒のスラックスに戻した。


「そうだ、このオレの宝具『白海月しろくらげ』は使わない」


「舐めているのか!」

「そんな訳ないさ。ただ、オレが望むのは『完勝』だ。後でジンに難癖つけられるような闘いじゃない」

「無くて勝てるのか?」


「違うね。勝たなきゃいけないのさ」

 俺は一瞬、言っていることが理解できなかった。


「ジンにはジンの事情があるように、オレにはオレの事情がある。有利とか不利とかそんな事は関係ないんだ」

「なるほど」

 頷くが、俺にその正確な意味が理解できたわけではない。

 ただ、感覚的に分かっただけだ。


「要するに、俺と同じか」

「きっとそうだろうね」


 俺とアルスは一緒になって笑う。

 そういえば、いつぶりだろうか。

 誰かと一緒になって笑うのは。


 恐らく勝負は一瞬で決まる。

 ナノマシンの増殖は順調だ。

 最大出力であれば、アイツの闘気もぶち破れるはずだ。ましてナノマシン殺しの白いコートはない。


 心映えは立派だし、戦士としても敬意に値すると認めよう。

 それだけの価値ある男を、俺は必ず斃す!


 東館は静寂に包まれ、膨張しきった風船のように緊張を孕む。


 今、一匹のアゲハ蝶がヒラヒラと二人の狭間を横切る。


 二人の見えざる剣気に触れた時、蝶は爆ぜ、アルスは動いた。


「シグルーン《桜帷さくらとばり》!」

 アルスは足元周辺を《桜濫》で桜の花びらに換え、猛烈な勢いで自分の周囲を覆い、姿を隠す。

 間髪入れず、桜吹雪の中から『二人の』アルスが飛び出した。


「分身は読んでいる!」


 左右に分かれて二方向からの攻撃。

 狙うは本体。

 アルスが分身を習得したのは今さっきと推察する。

 とすれば、分身はオートではなくマニュアルコントロール。

 本体の集中力が切れれば、分身は消える。


 左の動きが速く、右は左側を伺うかのように一歩遅い。

 魔剣『心炎』を手にしているのは左側で、右側は《錬成刀》。


 本体は……左側を露払いにする右だ!


「《塵壊破・はやて》!」

 速度に特化した《塵壊破》、それが《颯》。

 射程距離はわずか八メートル、破壊範囲はハンドボール一個分。

 このシグルーンは、『次に』人質に取られた時の為に編み出した秘奥義だ。

 出し惜しみはしない!


 《塵壊破・颯》は右側アルスの左肩に直撃し、一瞬で塵に換える。


 俺が勝利を確信しかけたその時、右側アルスの破壊された部位から桜が散る。


「分身だと!?」

 読み違えた。

 だが、それでも俺の方が速い!


 俺は左手で、腰に差してある耐プラズマコーティングのダガーを、引き抜くと同時に投擲する。

 狙うは足元。

 左のアルスは跳躍してかわしつつ、『心炎』を振りかぶる。


 だが、その跳躍には無理があった。攻撃ポイントが丸わかりであり、振り下ろした『心炎』がいつから斬撃となるかハッキリと観えた。


「オォォォォッ!」


 全力で踏み込み、アルスの斬撃が振り下ろされるよりも速く斬り上げ、アルスの胴体を両断した。


 バサッ!


 すると切断面より、桜の花びらが溢れるように噴き出し、本体であるハズのアルスが一瞬で散った。


「ッ!」


 理解した。

 目の前の男は、本体である自身が《颯》を喰らった際に、自分の《桜濫》で身体を桜に換えて分身と誤認させていた事に。


 そして観た。

 桜吹雪の先に在る、左肩・左腕、そして心臓を失いながら、右片手で魔剣『心炎』を構えるアルスを。


「破ッ!」


 放たれた一刀は、無防備であった胴体に袈裟斬りをきめた。


「ガハッ!」


 肺まで深く斬られ、気づけば地面に倒れていた。

 血が喉の奥からせり上がり、まとめて吐き出す。

「ケハッ…」

 咳き込みが収まって見上げると、黙って『心炎』の切先を俺の眉間に向けているアルスが見下ろしていた。

 アルスの傷口からは木の枝が生え徐々に伸びつつも、根元から肉に変換されつつあった。


「…白いコートを解除したのは、俺の《塵壊破》をあえて喰らい、自分で自分の体を桜で分解して見せるための布石だったわけか」


「そういう事。正直ジンの剣技といいシグルーンといい、オレは両方で劣っている事を認めていた。だから作戦で勝つしかなかった。ただ一つだけオレに運があったのは、威力だけの破壊範囲が狭いシグルーンを使ってくれた事だ」


 その通りだ。

 全体攻撃であれば、あっさりと招待を見破れた。


「俺は過去にこだわり、シグルーンの選択を誤った。ナノマシン殺しの白いコートが無いなら普通に広範囲に及ぶ《塵壊破》を使うべきだった」


 俺の《塵壊破》には破壊範囲を約十メートルまで広げるシグルーンがある。それを使っていれば勝敗は逆転していた。

 だが、それも繰り言だ。


「結局のところ、俺はお前の言う通り自分しか見ていなかったということか…殺すといい」


 俺はポケットから所有しているチェスメキアを全て取り出すと、床に置く。


「負けを認めるのか、ジン」

「ああ、完敗だ。俺は自分の全てを賭けて闘った。悔いはない。最後に過去に囚われていた事を気づかせ、認めさせてくれたお前には感謝している」


 清々しい気持ちだった。

 こんな気持ちには、二十四年の人生で一度もなかった。

 思えば、俺は自分よりも弱い敵としか闘わず、カディ・ケースのように自分でどうにか出来ないかもしれない『敵』とは戦おうとしなかった。


 負けるべくして負けた。


 それだけだ。

 これだけ穏やかな気持ちになれたなら、もう思い遺す事もない。


 俺は深く息を吐き、目を閉じる。

 最期のその時まで、家族と過ごした夢でも見ようか。

 それも、十年ぶりに。


(ジン)

 それは父の力強い声。


(ジンくん)

 それは母の柔らかい声。


(お兄ちゃん)

 それは妹の無邪気に俺を慕う声。


 大丈夫だ。

 俺は父と母と妹の呼び声を覚えていた。

 そして今、俺は十年ぶりに三人の笑顔を思い出した。



「あの…イイ感じに浸っているようで悪いけど、オレの話、終わってないんですケド」

「…なんだ? 今いいとこなんだ。空気を読め。早く終わらせろ」

「そのつもりだけど、オレの勝利を認めるんだね?」

「そうだと言っている」

「そ。じゃあ、もうサレンダー(ゲームから降りる事)して」

 その言葉に、俺は目を開く。


「なぜ殺さないんだ!」

「なぜに怒鳴るかね。いっただろ? オレはジンに勝ちたいだけだ。殺したい訳じゃあないよ」


 その時の俺の顔は、さぞ見ものだっただろう。


「殺さないのか?」

「興味ないよ」

「また俺が襲いかかるかもしれないぞ」

「その気はあるのかい?」

 からかうようなアルスの返しには、グウの音も出ない。

 敵意も戦意も湧かない。


「ああ、そうだな。向こう千年はその気は起きないかもな」

「ズイブン長生きする気だね」

 アルスはからりと笑い、俺は照れてしまった。


 一般的なシグリヴァの平均寿命は二百年。長くて五百年と言われている。

 シグリヴァはナノマシンが細胞を最適化するので基本的には不死であり、自然死を遂げた事例はないとされる。

 では一番多い死因は何かというと『自殺』である。

 生き飽きたシグリヴァは、ヤケになって絶望的な戦闘に挑んで死ぬ事例が多い。

 或いは、その気力もなくなると、ナノマシンは本体を塩に換えて『自壊死』を遂げる。

 この自壊死機能は、ナノマシンのブラックボックスの一つであり、どういった基準で起動するのかは謎のままである。


「アルス!」

 すると中央に続く扉からカディ・ケースが入ってきた。

 彼女はアルスに駆け寄り、アルスの胸に触れると、すぐに修復を開始する。

 アルスの身体は見る間に修復されるが、大量に血液を失っていたアルスはよろけ、カディが支える。


 名前の呼ばれなかった俺はというと、不思議と腹は立たなかった。


 そんな俺とカディ・ケースは視線が合う。


「険が取れたわね。初めて笑っている顔を見たわよ」

「血と一緒に抜かれたかもな」

「そう…貴方は一つのゴールを迎えたのね」

「そうだ。二人には感謝している」


 思えば、笑う事も十年ぶりか。

 十年も経つと、何もかもが新しく思える。


「サレンダーだ。他のプレイヤーが二人いるなら受理されるだろう」


 すると、俺の脳内アプリに『ゲームから降りますか?』とポップアップされ、俺は『イエス』を選択する。


「これで俺のゲームは終了だ。カディ・ケースには手間だが、俺の損傷も修復してくれ」

「ハイハイ」

 何故か含み笑いをしていたが、俺の肩に触れて修復してくれた。

 修復はすぐに済んだが、俺は立ち上がる気が起きず、だだっ広い東館5のど真ん中で寝っころがる。


「なんか眠いな。腹が空いたせいか」

「なんだい? 性格が変わってるよ」

 アルスは呆れたようにいうが、これが素だ。

「昔に戻ったのさ。『人殺し』と指を差される以前にな」

 するとアルスはゆっくりと首を横に振る。


「違うさ。ジンは『人殺し』なんかじゃない」

「それじゃあ俺は何者なんだ?」

「カンタンさ。ジン・アルビオンは『探求者』さ」


 言葉の意味が理解できず、俺は上半身を起こして聞き返す。


「『探求者』? 俺は何を探していたんだ? まさかお前か?」


「モチロン、遠い昔に忘れた家族の笑顔さ」


 アルスはそういって、俺に手を差し伸べた。


 その差し出された手を見て、次いで顔を見上げると彼は満面で笑い、隣に立つカディ・ケースも同じ顔で笑う。

 二人の笑顔は、この胸を焦がすほど温かかった。


「そうだな。でも…・・・」


 俺の十年に及ぶ孤独な旅路。

 その果てに、俺は差し出された手に手を伸ばす。


「探し当てたよ。十年も掛かって」

 握ったその手の温かさが、俺が旅を続けて得たもの。


「負けたよ。でも、俺は今日まで生きてきて、本当によかった」


 アルスは何も言わない。

 ただ、俺の手を力強く握り返してくる。


 今この時を以って、俺の旅路は終わりを告げた。



 パチパチパチパチ


 中央に続く扉の向こうから、一人分の小さな拍手がガランとした館内に響く。

 俺たちの視線は自然とそちらに向いた。


 パチパチパチパチ


 その主は、拍手を続けながら中央ストリートと東館5を隔てる境界線の向こう側に立ち、ニッコリ笑った。


「スゴイね、お兄ちゃん! あの“凶塵”を改心させるなんて!」






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