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第二十話「人の姿、そうでない姿。死と生の選択」

■現在:五月十五日、〇〇:二二




 カディには何が起こったかハッキリとは判らなかった。


 突然、大音響と共に、カノン達がいた辺りが粉塵に包まれた。

 粉塵が収まると、そこには大穴が空いていた。


「通路に穴が…」


 ジンが《塵壊破》を使い、同時に東館二階の中央移動通路が崩落したのだ。


 土門やスヴァーヴァが、周辺の構造体をナノマシン構造変換の素材に使用したため、強度が限界を超えたのだ。


 崩落した通路の向こう側にいたのは、ジンだけであった。

 そのジンと目が合うが、カディは無視する。


「カノン! どこ!? 返事をして!」




■??:??



 四つん這いになってついた両膝と両手を、彼方まで埋め尽くす海水が緩やかに寄せては去る。

 揺れる水面は、オレの顔を泣いているかのように歪める。


「世界が不公平だなんて、初めから分かっていた」


《でも、理解はしていなかった》


 彼方の海に点在する人影から声が響く。


「そうだね。オレがこんな目にあうなら、なんでもぶっ壊してしまえばいいと思った」


 《何をしたって、誰も何も咎めない。そんな君の行動を見たいのだから》


「そう、みんな好きにするといい。オレも好きにする。だから、目につけば斬り伏せ桜に換える」


 《………………》


「でも……違う! 他の誰もが好きにしても、オレが好きにするっていう理屈はない!」

《何故?》

「好きにするってのは、結果に責任を持たず、そして何が起こっても後悔しないって事だ」


《それでいいじゃないか。オレ達“アルス”が百人も生み出され使い潰されていく。生まれることすら叶わなかった何億何兆人分のアルスは空飛ぶ水溜りのままだぞ》


 天空海のうねりが聴こえてくる。


 うねりは慟哭。

 望まぬ生と、望まぬ姿。

 どうしようもなく変えられない自分。

 生きている誰かが何かをしない限り、未来永劫、成仏出来ず空を漂う。


「オレと同じ胚から発芽した存在だとしても、オレは今、自分のした事を後悔している」

 《そんなものは些細な感傷だ。俺達を見ろ。三千年以上も殺され続け、ここから抜け出せない俺達の無念を!》


 空は暗くなり、波が荒々しく押し寄せ、オレは顔に被った。

 波は冷たく濡らし、髪からは水滴が滴る。


「それでもオレは、自分のした事に責任を持ちたい。好きな人と好きだった人達に好かれたい。それは絶対に」


 オレは顔を上げ、膝を立て、二本の脚で立ち上がる。


「“白い仮面の殺人鬼”じゃない!」


 叫びは天と海の狭間を貫き、地平の向こうにいるであろう“アルス”に届いたという確信があった。


「オレは行く。お前達と逢うのもこれで最後だ」


《行くな!》

《行くな!》

《行くな!》


 百を超える叫びが木霊となって空を埋め尽くす。


 《ここにいれば、全ての事から眼を背ける事が出来るのだぞ! 現実にいる自分を人形にしてままに振る舞い、現実を夢想に換えられる『自由』の庭だぞ!》


 それは全方位からの“アルス”の叫び。

 どちらを向いても“アルス”がいる。


 しかし、オレは背筋を伸ばす事で、全ての“アルス”に背を向けた。


「『自由』だなんて、口にしないでくれ。オレはカディに逢いたいんだよ」

 《行くな! 向こうは『地獄』だ!》


「知ってる。でも、カディがいるなら、そこに行く」


 そして、オレは海を越える。


 …………………………………………………

 …………………………………………

 …………………………………


《行ったのか》

《それでいい。我ら“アルス”の終幕は『地獄』にしか有り得ない》

《次に逢う時は『地獄』の深淵。その時までほんの千年。それは、瞬き程の時間》


 《その時まで》




■五月十五日、〇〇:二一



 時間は繰り戻る。


 二階中央通路が崩落し、一階に落ちる時だった。


 オレは仮面の奥から、一緒に落ちる『ソレ』を見た。


 『ソレ』は、オレが投擲したブーメラン型錬成刀で切断したカディの左脚だった。


 美しい脚だ。

 切断されて『ソレだけ』になっても美しい。


 オレと同じ速度で落下するカディの左脚が塩となり、暗闇の中なのに僅かな灯りでキラキラさせながら崩れてゆく。

 本来なら、切断した時点で『射程限界』に抵触して自己崩壊プログラム(アポトーシス)が働くが、それよりも『増殖限界』によりナノマシンの活動が停止していたのだろう。

 アポトーシスが起動したということは、カディのナノマシンが再起動した証拠だ。


 ショートパンツを好むカディは、太ももを惜しげもなく見せてくれる。

 カディの脚は千人に一人の素晴らしい脚だった。

 でも、一万人に一人ともいうべきセレナの脚を知るオレは目を惹かれたが、特に喰いつくことはなかった。


 でも、惹かれた。

 理由は分からなかった。

 どちらかというと、初めて(第三ターン)で逢った時は、妹に比べて頭の回りが遅い女の子と思ったが、それが彼女の本質ではなかった。


 カディからすれば、オレの闘いであったから手を出すのを控え、オレ自身に決着をつけさせたのだ。

 そこにカノンがいたのが事故であり、なかなか決まらないオレの闘い方にイライラしただろう。


 第三ターンが終わり、三人で日曜市でリサイクル品を販売して、ラーノス牛の炭火焼を食べた。

 焼けたラーノス牛を箸で持ち上げ、しばらく食べず、ただ見つめたまま涙を流していた。

 その席でカディの覚悟を感じ取り、カノンの仲介もあってオレはカディとの共闘を決めた。


 第四ターンの騎乗戦でオレの背中にカディがいて、共に命を預けて闘ったのはとても楽しかった。

 ずっとこうしていたいと思った。


 一緒に働いて、

 一緒に食べて、

 一緒に闘って、

 一緒に生きる。


 どんな時でも一緒の二人。

 千年先でも一緒に闘える永遠の恋人。

 それがカディ・ケースだった。

 それがセレナとは違った。


 オレはセレナの美脚にオレは惚れて、次いでセレナに惚れた。

 セレナは美脚の次だった。


 オレはそれに気がついてしまった時、ごく自然にカディを一番好きで、千年後も一緒にいたいと思った。


 オレは第四ターンでの疾走の果てに告白をし、カディからも気持ちを返して貰った時、生まれて初めて生きていて良かったと思った。


 だからこの後、オレの力が足りず敗れ別れを告げられた時、そして、何より行方不明のセレナがカディによって封印され置物に換えられたと知った時、オレは世界の全てを失ったと思った。


 でも違う。


 カディは恥じていた。

 全力を尽くして闘うオレの背中で、カディはセレナの事を知られたくないから封印術を使わなかった。

 それはオレとの同盟関係を良好に維持するためだった可能性もあるが、オレはカディがそんなに面倒な娘とは思っていない。


 カディはオレに、同盟者以上のものを感じてくれていたからだと思う。


 そしてカノンからカディの過去と“屍喰の聖女”の由来を聞き、オレはカディへの想いをより深くした。

 オレにはカディの過去を覆せないし、彼女の苦しみを癒す事も出来ない。

 だけど、カディのしたい事を手伝う事は出来る。

 そう思って最終ターンに挑んだけど、結果はこんなんだ。


 オレは自分に失望して、それを暴れて誤魔化して『無かった事』にしようとした。

 なんて子供じみているんだろう。

 しかも、ナノマシンを暴れさせるだけタチが悪い。


 スヴァーヴァなんて関係なく、『アルス・ミカミ・フォーリナー』が殺人鬼なのだ。


 オケアノスは、普段ヒトは『善人と言う名の白い仮面』を被ることで全てに嘘を吐いているといった。

 オレはあの時はその言葉に否定したけど、今は違う。

 それで何が悪いと思う。


 『善人と言う名の白い仮面』を被る事で善行を積めるなら、被り続ける事でずっと善人でいられるなら、ずっと嘘を吐いている方が良いと思う。


 オレは“アルス”ではなく、『アルス・ミカミ・フォーリナー』だ。

 白い仮面で顔を隠してスヴァーヴァを名乗って殺人を犯しても、中身は変わらず『アルス・ミカミ・フォーリナー』のまま。


 犯した罪と過失は永遠に取り返せないし、許されもしない。

 許されるとすれば、千年後もそれを覚えていて、それに見合うだけ贖いを行い、自分に赦しを与えられるようになった時だ。


 とても先は見えないけど、オレはあの“アルス”達の海から出て、一歩でも前に歩きたい。


 そうすれば、オレは前に踏み出したオレ自身の脚を好きになれるかもしれないから。


 またカディとは闘う事になるのだろうか。

 それでもいい。

 オレは、この現実を受け入れる。

 その時、オレの仮面が割れた。



■五月十五日、〇〇:二四



 落下によるホコリを、オレは《桜濫》で花びらに換えて振り払う。

 そして、捜し人はすぐに見つかった。


「カノン!」

 幼い少女は、右胸をジンの《塵壊破》で分解され、さらに右腕まで失っていた。

 また、落下時に左肩から落ちたらしく骨折している。

 オマケに左脚が瓦礫の下敷きになり、完全に潰れていた。


 この出血、この損傷。

 素人目でも分かる。

 間もなくカノンは死ぬ。


「カノンッ、気を確かにしろ!」

 するとピクンと瞼が動く。


「まだ生きてるようだな。しぶといぞ」


 だが急がなければ。

 すぐにカディまで連れて行きたいが、動かせない。

 カディはすぐに来るだろうけど、カノンが保ちそうにない。

 オレのシグリヴァ類型は一式『スクルド』と三式『ゲンドゥール』に分類される。

 一式であれば修復機能を備えているが、オレの場合は自分限定だ。

 他者の修復は『スクルド』でもごく限られている。

 だからこそ、カディが船団都市アレキサンドリアで重宝されていたのだ。

 残る三式『ゲンドゥール』だが、これは構造変換機能だ。

 使えばカノンの身体を桜にしてしまうだけだ。


 くそっ!

 なんて使えない!

 役立たずの殺人鬼め!

 本当にただの殺人鬼になるぞ!


「何か他に手はないのか!? 何か他の、せめて止血だけでも………」



 ■カディ:五月十五日、〇〇:二五



「カノン、何処!? いたら返事して!カノン!」

 返事がない。

 とすれば、崩落した通路と一緒に転落したのだろう。

 下にはスヴァーヴァがいる。

 しかし、カノンは迷わず一階に飛び降りた。


 其処に探していた紅く濡れた妹と、白いコートの男がいた。


「アルス……」

 その声に、屈んでいたアルスは顔を向ける。

「カノンから離れなさい!」

 カディは反撃も覚悟で恐れず威嚇すると、アルスは立ち上がり、一メートルほど左に歩む。


「カディ、急いで修復してくれ。なんとか全身の止血だけはした。けど、応急も応急だ。急いで」


 カディが驚いたのは、彼の声が元の理性を取り戻していた事だ。

 カノンに目を移すと、右胸・右肩・右腕・左脚を欠損し、瀕死の重傷であった。

 道具も設備もない中、この状態で止血など出来るはずもない。

 と思ったが、傷口を診て判然とした。


「《桜濫》で傷口を枝に変換して塞いだのか!」

 カディが見抜いた通り、アルスは傷口を全て『樹の枝』に変換し、蛇口に栓をするように塞いだのだ。


「そうだ。でも時間稼ぎでしかない。急いで!」

 カディは戸惑ったように、アルスとカノンを交互に見る。

「急げ!」

 再び急かされ、カディはカノンの側によると、その顔を覗き込んだ。



■現在:五月十五日、〇〇:二六



 オレは半ばイライラしていた。

 カディの動きが遅い。なんでいつもみたいにサッと修復しない

 オレがいるせいかと思ったが、そんなことでビビる女ではない。

 とはいえ気が散るだろうから、黙って見ていることにした。

 しかし、カディはいつまでたってもカノンの怪我を修復しようとしなかった。


「カディ! 急げって言ってるだろうが!」

 ついに耐えられなくなって、怒鳴ってしまう。

 だが、カディは応えない。

「カディ!」

「出来ないのよ!」

「なんで!」

「私が出来るのは『修復』であってシグリヴァ専用なの! 人を治す『治癒ヒール』とは別物。私が普通の人にすると、みんな鶏になっちゃう!」


 カディの叫びに、そしてその顔にオレは愕然とした。

 カディは泣いていたのだ。


「私がアレキサンドリアで居場所を無くしたのもそのせい。骨折とか切断であればすぐに治せる。でも失くした部位の再生は、ナノマシンを持たない人だと正確に出来なくて鶏にしてしまうの!」


 オレは脳内アプリでネット検索をし、すぐに理解する。

 それは『修復』と『治癒』の違い。

 オレたちシグリヴァの身体を元に戻すのを『修復』というのは、ある意味でシグリヴァは『機械』と同じだからだ。

 シグリヴァ体内のナノマシンには、人体地図プログラムが自然に構成されていて、カディはそれを読み取り元の形に再構成する。

 それを『修復』という。


 ではナノマシンを持たない人はどうするか?

 その場合は遺伝子情報を読み取り、ゲノムの配列に従い元の形に再構成する。

 これを『治癒』という。


 そして検索情報によると『治癒』は難易度が非常に高く、失敗して『別物』に換えてしまう事例が多数存在している。

 オレはネットでアップされている『別物』の画像を千枚ほど閲覧して、人としては最低とは思ったが、そのおぞましさに吐き気を覚えた。


 カディが『治癒』をしようとすると鶏になるというのは、恐らく“屍喰の聖女”のエピソードが影響しているのであろう。

 どうやら『治癒』は術者の心象が重要らしい。


 オレは極力、気を落ち着けて、カディに語りかける。


「カディ、オレがカノンやジンから聞いた話だと、周りの人を鶏に換えてしまったのは感情が高ぶって制御不能状態のナノマシンを放出したせいだと理解している。キミの意思じゃない」

 オレの言葉に、カディは激しくかぶりを振る。


「そうっ、そうだけど、だけどあれ以来、私の『治癒』は上手くいかないの!

 実はあの後も腕や足を失くした人の『治癒』を何度もトライしているけど、一度も成功していないの!

 昔はあんなに簡単に出来たのに!

 みんな、みんな私は『化物』に換えちゃったの!」


 カディはハラハラと涙を流し、オレは絶句した。


「私が『化物』に換えちゃった人はアルベルトが『処理』してくれたけど、私はまた人を人ならざるモノに換えてしまった」

 叫んだせいか、カディの声が鎮まるが、その碧眼は陰っていた。


「そして今日も、新しく産み出してしまう」

 ごく自然に、オレたちの視線は血塗れの少女に向う。


「妹という『化物』を………」


 そういって視線を落とすカディに、オレが何を言えるだろう。

 だけどカノンを助けるためには、なんとかしてカディに『治癒』させ、なんとかして成功させるしかない。


 どうすればいい?

 どうすれば、オレはカディの力になれる?

 まさか、諦めてカノンを人の姿のまま看取るのか?


 もし失敗して『化物』になったら、オレはカノンを殺せるのか?

 殺さないといけないのか?


 いつもの天空海からの潮騒が聴こえない。

 オレから繋がりを絶ってしまったせいか。

 いずれにせよ、自分で考えろって事だ。

 何を言えばいい?

 何が正解だ?

 最適解は?


「カディ、オレがこのゲームに参加したのは、前々から疑問だった両親について知るためだった。そのために『漆黒の閲覧許可証』を望んだ」


 今、視線を地面に沈めたカディを立ち上がらせるために出来ること。

 それは、オレの正直な気持ちを、できるだけ静かに伝える。

 出来ることは、それだけだ。

 最適解なんて、何処にもない。

 なら、それだけをする。


「だけど、そんなものがなくっても、調べる方法はあった。オケアノスはあっさりと調べ上げ、死ぬ直前に遺言を遺していた。色んな意味で腹ただしいことだ」


 とはいえ、オレの直接的な記憶はないので、今一つピンとこないのだが。


「参加したもう一つの理由が例の蘇生シグルーンだ。アレを渡され、オレはこういわれた。『これがあれば、失敗しても無かった事にできる』とね」


 『失敗しても無かった事にできる』という言葉に、カディはピクリと身体を震わせる。


「今にして思うと、なんてバカな言葉に乗せられたんだろって思う。失敗してもやり直せるけど、無かった事になんて出来ない。人生はゼロからやり直すのではなく、積み上げてきた過去の上に打ち建てるものなんだ」


 オレの言葉はカディに向けられたものだけど、半分は自分自身へのものだ。


「カディの“屍喰の聖女”としての過去は消しようもない。姿を換えてしまった人も取り戻せない。それでもカディは目の前に『治癒』を望む人がいたなら、全力を尽くさなきゃいけない」

「どうして?」


「過去の自分を否定するために、未来いまでなければ出来ないことだったと証明するためだ」


 カディはキョトンとした顔をして見上げる。

 なんて可愛いのだろう。

 その顔には十歳前後の少女が持つようなあどけなさがある。

 思えば、“屍喰の聖女”と呼ばれたのがその頃だった。それからはずっと半幽閉状態で、外の人との触れ合いがなく、狭い世界で生きていた。

 そんな彼女の精神年齢が育っていないのは、ある意味で当然なのかもしれない。


「カディ、キミの選択と努力によって、今日という未来に辿り着いて、そしてカノンがこうなったのは運命だよ。いつかはその時が来るんだ」

「来るって、何が?」

「逃げたいんだね。カノンを『治癒』する事から」

 心の幼い少女が全身を震わせる。

「逃げるのも選択の一つ。だからオレは咎めない。でも、キミが君自身を咎めるというなら」


 オレの視線は、息も絶えかけているカノンに向けられる。


「助けるんだ。キミの過去に、“屍喰の聖女”の名に懸けて」


 少女は目を閉じる。


「失敗したならオレが責任をとり、カノンを殺し、キミを殺して、オレも死ぬ。そして『あのライブラリー』で二人に詫びるよ」


 『あのライブラリー』というのは、シグリヴァ独特の概念である。

 シグリヴァと呼ばれる者達は、死んでも自分達のデータが何処かに保存されると信じている。

 記録・保存されているから、いつかは復活出来る。誰が最初に唱えたか不明だが、逞しい考え方だとも言えるだろう。


「でも成功したら、カディはこのゲームから降りろ。その代わり、おれが『群青の通商許可証』を手に入れて、カディの夢に協力させてもらう」


 退行していた少女の瞳に輝きが戻り、いつもの勝気な笑みを浮かべていた。


「どうしよっかなぁ。手伝わせてあげようかなぁ」

「いや、これは賭けだからカディに選ぶ権利はないよ」

「なんでそんなに勝手な事を決められるのかしら?」


 ついさっき「決めて」といったカディに、オレも笑う。


「決まってるだろ。それはオレが『伝説の殺人鬼』だからさ」



 カディは両手をカノンの胸に乗せて集中する。

 オレはその手の上に、自分の手を乗せた。


「カディ、シンクロを開始する。オレを予備サーバーとして使い演算領域を拡張させろ」

「了解。私のナノマシンを貴方の身体に注入するわ。私と心を一つにして」

「なら大丈夫だ。オレの心はとっくの昔に大好きなカディに寄り添っている」

「セレナさんよりも?」

 その声は嬉しそうでありながらも、どこかにトゲがあった。

「やっぱり女は気になるのかい?」


 カディはプイと横を見た。

 オレはそんなカディが可愛いすぎて、両手がふさがっている事を呪う。

 もっとも、許可なく抱きしめたりしたら殺されたり殴られたりするのだろうか?

 オレは苦笑いを消して、真面目な顔に戻る。


「セレナを封印した事を誤解していたよ。その事を謝るよ」

「私がセレナさんを封印してあの姿にしたのは事実よ。恋人の貴方が謝ることないわ」

 あえて『恋人』という単語を使うところに、カディのプライドがある。

 オレは首を横に振った。


「第二ターンの記録を見たんだ。キミがセレナと交差点にいた時、恐らくガヴァビスが放ったと思われる巡行ミサイルが炸裂した。その時のキミの様子から、予定よりも早い爆撃であり、ガヴァビスは故意に裏切ったんだろう。キミはセレナが巻き込まれるのを見て、なんとか助けようと封印術で頑丈な置物に換えたんだ」


 カディは何も言わなかった。また、オレには必要なかった。


「初めて森で逢った時、いや、蘇生した今のオレがだけど、ちょうどセレナの置物を前にしてたよね。キミは爆撃で吹っ飛んだセレナの置物を探してくれてたんだね。ありがとう」

「………ありがとうだなんて、言わないでよ」

「ありがとう、カディ。それでこそ、オレが一万人に一人の脚と認めたセレナよりも好きな女の子だ」

 その言葉に、カディは顔を赤くしながら口をパクパクさせる。


「しゅ、集中しているんだから、邪魔しないで」

「了解」


 カディのナノマシンが体内に注入され、オレのナノマシンと同調し、ナノ回路が形成される。

 オレは外付けのハードディスクでありメモリーだ。カディが解析した遺伝子構造をプログラムに沿って細分化し、マッピングする。


「解析状況は?」

「遺伝子構造の解析率九十八・一パーセント。骨折や切断部位の縫合であれば十分すぎる数値だけど、喪った部位の復活には達していない。誤差はコンマゼロゼロ一未満にしないと」


 非常に厳しいというのは解る。

 カディの顔も段々と厳しくなってくる。


「進まない。解析が進まない!」

「落ち着いて。何年かぶりの完全再生だ。すぐに出来るなら十年も苦しまない」

「でも!」

「落ち着け、落ち着けって……ジン」


 オレは背後で、備前長船兼光の切先を向けている男に言葉をかけた。


「見ての通り、今は取り込み中なんで後にしてくれないか? オレを何が何でも殺したいというなら仕方ないケド。それとも、オレがカディと手を重ねているのが気に入らないか?」


「両方だ」


 ジンの太刀は正確にオレの延髄を捉え、その気であれば瞬殺可能な間合いにあった。


「そっか、前者については自身の咎だ。特に責めないさ。後者の方は、なんというか……ゴメン」


 その言葉に、ジンの眼は一瞬だが殺意が灯ったがすぐに消え、ついで太刀を引いた。


「俺がいいと言うまで、カディの手助けをしてやれ」

「ありがと、礼をいうよ」



 正面のカディの顔を見ると脂汗が浮き、それがどんどん増えて顎下から滴りだす。


「ダメ! これ以上、解析が進まない!」

「カディ、慌てないで、落ち着いてカノンを診て」

「できない! わからないの! カノンの事が!」

 カディは汗だけでなく、涙まで零しだす。


「カノンが『見えない』!

 どうしてもわからないところがある!

 私はこのコのお姉ちゃんでいたいのに!

 また助けられない!」


 カディの集中力が切れかけている。

 オレが何かを伝えなければ。

 でも何をいえばいい?

 カディが、カノンに真っ直ぐ向き合う言葉とは?


「カディ、カノンとの思い出を思い出して」

 すると、再びカディは首を横に振る。

「ないよ! なんにもない!」

「そんな事ないよ。思い出して、オレも一緒に網焼きのステーキを食べた事を」

「………えっ?」


「あの時のカノンの顔を。どんな顔をしていた?」

 カディは少し考え込み、ポツポツと喋り出す。


「サシの入ったA五等牛を網にのせて……」

「うんうん」

「カノンが最適な焼き方を見つけると言ってレアにしたりウェルダンにしたり」

「それで?」

「それで、焼けたら塩をつけて食べて、美味しいって笑って…」

「そうだね」

「笑って…笑って…私も嬉しくて……本当は食べたくなかった牛肉を食べて、それが美味しくて、食べてる私の顔をニコニコしながら見ているカノンがいて、それが嬉しくて……」

「嬉しくて、どうなんだい?」

「……私は、またカノンと網焼きのステーキを食べたい」

 声に力が篭る。


「何としても種牛をアレキサンドリアに持ち帰って、育てて、そしてみんなでパーティをしたい!」

 カディの碧眼が輝き、オレはその眩しさが羨ましく、そして惚れ直した。


「するさ、全て上手くいく! 必ずそうする! 必ず出来る!」

「なんでそんなカンタンに断言出来るの? 貴方が『伝説の殺人鬼』だから?」


「違うよ。オレこそが、カディ・ケースの恋人だから」


 するとカディの涙の跡が残る顔が花の咲くように微笑み、オレの中で活動するカディのナノマシンが一斉に謳い出した。


 それは、奇跡の様な一瞬だった。

 カノンの傷口を塞いでいた枝が血肉に換わり、増殖し、喪われた部位を完全復元させた。


「…カノン?」

 カディはそれでも不安げな声で呼びかける。

「………ん、んー」

 カノンの口許が震える。

「カノン!」

「ん~、ナニ? 私、これ以上ない位に眠いのですけど…ぐぇっ!?」

 生死の境から還ってきた少女は、涙を流して泣く姉にダイブされ、蛙が潰れたような声で鳴いた。


「イタタ、痛いよお姉ちゃん、死んじゃうから」

「そ、その位で死ぬわけないでしょ! 私が死なせるわけないんだし!」

 カディはギュッと抱きしめ、そして、やっぱり泣いた。

「なんで泣いてるんです? そんなに泣いたら、せっかくの美人さんが台無しです。お兄ちゃんにフラれちゃいますよ」

「そんな心配は必要ないわ」

「その通りだ。泣いてもカディの可憐さは一分たりともそこなわれないさ」


 いつもの調子を取り戻したオレは、内心で息をついた。


「そんな事よりお腹すいたよ」

 カノンはお腹をさすると、カディがサッとチョコレートをウェストポーチから出した。

「はいはい、これを食べてね」

「ありがと!……ん? 私の左脚が裸足だ。どうなってたの?」

 カノンの質問に、オレとカディは顔を見合わせる。


「いい、落ち着いてよく聞いて。貴方は二階の崩落に巻き込まれて下に落ちたの。それでケガをしてね、私が治したの」

「ふーん…そういえば、お兄ちゃんが元に戻ってる。仮面が半分しかない」

「そうだよ、カノンのお陰さ。ありがとう、大切な事を思い出させてくれて」

「私のおかげ?」

 首を傾げる仕草が可愛らしい。

 と思ったら、横から睨まれた。顔に出ていたのか?


「そうさ、カノンのおかげさ。この事は一生忘れないよ」

「そっか、でも良かった!」

 カノンはチョコを食べ終え、リュックから小さなお菓子ケースを取り出し、二回ほど振るとサプリが三個ほど手の平に転がり出て、パクリと食べた。


「ああ。カディも、お疲れ様」

「貴方のおかげよ。私からもありがとう」

「お兄ちゃんもお姉ちゃんもありがとうばっかり。へんなの」

 サプリをポリポリさせながら、カノンは笑う。

「アハ、ヘンなのさ、オレもカディも」

「そうね、ヘンよね」


 崩落した瓦礫の狭間で、三人の笑い声が木霊する。


 その笑い声が尽きた場所で、ジン・アルビオンは見ていた。

 三人の笑い声も不意に止まり、アルスは立ち上がる。

 ジンは5番と記された扉に親指を向けると、自分が指した方へ歩き去る。


「アルス、行くのね」

「行ってくる。そして、オレはカディの夢に必ず届くよ」

「約束通り、私はゲームから降りるわ」

「降りなくってもいいさ。このゲームはチェスメキアを最後に全部持っていればいいだけだ。殺人が必須ってわけじゃない」

 オレは土門とエンクスから奪ったチェスメキアを、懐から取り出すとカディに差し出した。


「これは預かっていて。残りもすぐに貰ってくるから」

「勝てるの? あの男に」

 オレは正直困った顔をしていたと思う。

 カディの心配は当然だ。

 相手は“凶塵”という、凶悪な銘を手に入れるほどのシグリヴァだ。

 幾多の強力なシグリヴァを屠ってきた男を前にして、「絶対に勝つ!」と言うのは困難を極める。


「勝つよ、必ずね」


 でも、オレに理屈は入らない。

 オレにとって大切な事は、どうやってカディの夢に届くのかってだけだ。

 そして、ジンに勝つことでしか辿り着けない場所にあるというのなら、オレは当然の如く勝つしかない。

 それが、どれだけ確率的に低かろうが、全く関係ない。


「だからカディも、オレを信じて待っていて」

 何の気負いもない。

 だからオレは笑える。

 天空海の凪のように穏やかでいられる。

 そして、目の前の少女も、同じ顔でオレに言う。


「信じるよ、貴方の言葉、全部」





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