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第十九話「“眠りを齎す者”」

■現在:五月十五日、〇〇:〇七




「ジンに“屍喰の聖女”よ。まともにぶつかった場合の勝算は如何に?」

 土門の問いに、二人からは疲れたような気配が上がる。


「あればとっくにきめているわよ」

「ああ。アイツは危険だ。避けて通れない処が遣る瀬無いがね」


 カディもジンも、必死になって考えている。

 勝つための作戦……ではなく、他の二人をぶつけて相討ちになる状況を。

 しかし、残念な事にそんな手段は無かった。

 もはや三人が共闘して勝てるかも判らない。

 手練れの三人が、未知なる殺人鬼をそこまで怖れる理由。

 それは白き殺人鬼が通常の理解を拒絶する、既知外の世界に在るかのように感じてしまう、その一点に尽きる。

 早い話が、目を合わせたくないと思わされるからだ。

 とはいえ、三人に後退の二文字はない。

 それぞれの理由で立ち向かい、勝利し、生きて帰らなくてはならない立場である。


 まず、土門が口火を切った。

「共闘する気があるなら、我が牽制し注意を引くが」

「なら私も一緒にやるわ。さっきから、あの白い仮面の眼は、私に首ったけだし」

 カディは同意し、ジンをチラリと見た。

「了解した。ただ俺の《塵壊破》も単発では効果がなかった。以前に倒した時のように、最大の一撃で決めるしかない。何としても動きを止めてくれ」

「承知した。我が土遁で拘束する。“屍喰の聖女”は視界を奪え」

「了解よ。私から離れて」


 すぐさま土門とジンが左右に別れるのを確認すると、体内のナノマシンを起動・回路構成を開始する。


「シグルーン《ヴィーラ》!」

 カディの起動後ゼロコンマ三秒でシグルーンは発動し、全身から白煙が吹き上がる。


「ワンパターンだけど、原始時代から効果は保証付きよ」


 煙幕はすぐに周囲を覆い、視界を塞ぐ。

 確かに原始的ではあるが、視覚情報は人が外部情報を得るための最大ツールである。

 カディは煙幕を張り、聴覚で相手を察知する闇夜戦闘の修練を積んでいる。

 視界を煙幕で封じ一方的に攻撃する必勝パターンであったが、迂闊にも目の前の“伝説の殺人鬼”に対する想像力が欠けていた。


 スヴァーヴァは、一瞬で周囲の煙幕をナノマシンで桜の花びらに変換したのだ。


「なっ!?」

 半ば理解が追いつかず、そして桜の花びらの狭間で、白き仮面の中の緋色の瞳と合ってしまい、動作がワンテンポ遅れた。

 スヴァーヴァは数千枚からなる桜吹雪より飛び出し、カディに『心炎』を振り下ろした。


「土遁《飛礫弾》!」

 土門の人差し指から弾丸の速度で射出され、正確に『心炎』を撃った。

『心炎』は弾かれ、スヴァーヴァの手から落ちる。

 カディはこの隙を見逃さない。


「《左肱切断》!」

 カディは手にしていた宝具『岩融』で左脚を切断した。


「っ!? 手応えがない!」

「分身だ!」

 普段から分身を多用する土門はすぐに気がついた。

 が、遅い。

 スヴァーヴァは床下を桜の花びらに変換して掘り進み、下から飛び出してきた。

 同時に左アッパーをカディの脇腹にきめ、打撃点から花びらを散らす。

「ガハッ!」

 アッパーの衝撃は肺を直撃し、おまけに右肋骨を四本も喪ったが、怯んではいなかった。

 正確には迫ってきた脅威に対し、持ち前の負けん気に火が点いたところだろう。


「《ヒュドラ》!」

 お返しの左拳が、ナノベノム付きでスヴァーヴァの脇腹に炸裂した。

 カディの奥の手である、ナノマシンによる修復不可の猛毒侵食攻撃。

 しかも今回の《ヒュドラ》は、先程アルスに打ち込んだ時の倍の量である。

「今度こそ捉えたぞ!」

 と、思ったが甘かった。


 目の前の“伝説”と呼ばれる存在には、常識が通じないと改めて思い知らされた。

 スヴァーヴァには確かに《ヒュドラ》は炸裂した。

 だが、効果は全く無かったのだ。


「そんな…!?」

 スヴァーヴァはまだ地面に落ちていなかった魔剣を掴み、驚愕するカディの真横から斬撃を放つ。


「土遁《昇流障壁》!」

 土門はカディの足下を隆起させ、カディをその勢いで上空に飛ばし助ける。

 浮き上がったカディはジンにキャッチされ、抱きかかえられたまま東館方向に後退した。


 スヴァーヴァが煙幕を桜吹雪に換えてから、僅か三秒。

 スヴァーヴァが土壁を真横に切断したが、そこには土門もいなかった。


「助けてくれてありがとう、ジン。もう下ろしてくれて良いわよ」

 カディは抱えてくれたジンの腕からスルリと抜けると、並走する。

「見ての通り、あのスヴァーヴァには侵食攻撃が通じない。倒すには直接攻撃しかないようだ」

「いえ、それは違うわ。直接攻撃は必要だけど、侵食攻撃が通じない理由は解ったわ」

 二人はエントランスを抜け、東館へと走っていく。

 外に出るという選択肢もある。

 それをしないのは、スヴァーヴァのいる空間から離脱することによる、心理的風下に立つ事を嫌ったからだ。

 二人共、口には出さないだけで、あの白き仮面の殺人鬼を怖れている。

 しかし、既に覚悟は決まった。

 全力で立ち向かい、斃して生き残る。

 それだけだ。


「で、アイツに侵食攻撃が効かないのは?」

「あの白いコート。多分、白い仮面もだけど、コートに触れてナノベノムを注入しようとしたら、私の手にチクチク刺されたような感覚があった。あれがその正体」

「刺された? 針でも付いているのか?」

「ええ、正確に言うと内側に巻き込む形で」

 それでジンもピンときた。


「クラゲの『刺胞』か!」


『刺胞』とはクラゲなど刺胞動物が持つ毒針である。

 通常時であれば、袋の中(これを『刺胞嚢』)にあるが、刺激を受けると内部が反転し、針(刺糸)を外に出し標的を刺す。


「つまりは、侵食攻撃を受けるとナノサイズの針でナノマシンを破壊する仕掛けか」

「そう、単純だけど効果は絶大。まずはあのコートを引っぺがさないと、こちらの攻撃は届かないわ」

「何より、アイツには強力な変換能力がある。土門の《旋蜂殲潰》を一瞬で桜に換えるほどのものだ」

「でも、さっき私が接近された時には桜に換えられなかった。ここからは希望的観測だけど、ナノマシン散布時間にも制限がある。スヴァーヴァでも『増殖制限』と『生存制限』は適用されているハズ」

「散布時間は約五秒だ。散布させた後、何とか躱して接近戦を挑み、コートを破壊してナノマシンを打ち込む」


 ここまで言い切ると、二人共に無言。

 その困難さに思いやられる。


「余裕だな」

「ええ、余裕よ」

「当然、余裕だ」

「「うわっ」」

 土門の床からの登場に、二人は飛び上がりかけた。


「脅かすな。アイツかと思ったぞ」

「失礼な。我はあんな目立つ白い着物など纏わぬ」

「………何千年前のセンスか分からない黒い忍者服を着てるのに?」

 カディのツッコミに、土門はやや渋い顔をした。

「まあ、里から出た時には『かるちゃあしょっく』を受けたのは事実だが、この柿色の装束は数千年間現役で活躍している『こんばっとぷるーふ』済みの、いわば宝具扱いのものだ。馬鹿にしないで頂きたい」

「…無理に横文字を使わなくてもいいわよ」

 流石に朴念仁のジンと土門の二人が苦笑いする。


「さて、話は聞いていたわね。スヴァーヴァの《桜濫》は、貴方のシグルーンで相殺して。後は私とジンで何とかするわ」

「承知した。約五秒、彼奴めのシグルーンを抑えよう。しかし、我がこれから使う術は後が続かない。暫く術が使えず殺されるだろう」

「分かったわ」


「最後に問うておく」

「何かしら?」

「今やスヴァーヴァに成り代わったが、仮面の下は其方の恋人なのだろう? 果たして其方に殺せるのかな?」


 土門の問いに、カディは押し黙る。

 土門は第四ターンの二人を見ている。

 その強い絆を見た彼としては、確認せずにはいられないだろう。

 ジンもまた、カディの様子を探っていた。


「私はここでは死ねない。目的を果たすためには、何だってする。それが、好きな人を殺す事になったとしても」

 迷いなく断言するカディを、歴戦の二人は認めた。

「不躾な事を伺った。許せ」

 カディは黙って頷く。

「殺すのは俺の役目だ。土門は《桜濫》の対応、カディは牽制。そして俺がコートを破壊して《塵壊破》をキメる。いいな?」

「了解」

「承知」


 三人は東館二階に辿り着いた。

 二階の中央は吹き抜けになっていて、一階を上から見下ろせる造りである。


「迎撃ポイントはもう少し向こう…」


 ドゴッ!


 ジンが提案仕掛けた時、右側壁面が外から壊された。

 僅かな月明かりに照らされ、闇に浮かぶは白き殺人鬼。


「随分と性急な男だな。カディに振られるぞ」

 ジンの独りごちるが、スヴァーヴァは意に介さず三人へ飛びかかり、『心炎』を床に叩きつけた。

 三人は砕かれた床の破片をかわしつつ飛び下がり、互いにアイコンタクトを送り散開した。


「土遁《昇流障壁》」

 一番手に土門が壁を足元から三枚せり上がらせ、スヴァーヴァから自分達の姿を隠す。

 対してスヴァーヴァは『心炎』を二回大きく左右に振り、壁を切断する。

 しかし、そこには誰もいない。


 代わりに、赤い液体と銀の指輪が入ったペットボトルが、辺りを見渡すスヴァーヴァの頭部真横に投げられていた。


「爆散!」

 カディのその声は下からだった。

 ペットボトルは爆発し、その衝撃でスヴァーヴァを揺らす。

「私の血液を爆薬に精製変換し、指輪からの火花で爆発させた! 貴方を倒すなんて、なんてことない!」


 カディは横に切断された壁の後ろ側にへばりつくようにして下に横たわり、視界から隠れていたのだ。


「土遁《飛礫弾》!」

 続けて土門が足元から現れ、指先から石の弾丸で背中を撃ち、スヴァーヴァは仰け反る。


「伝説の殺人鬼としても、中身は年端のいかない少年。怖るるに足らず!」


 スヴァーヴァは構わずカディに魔剣を振るうが、動きには苛立ちがあった。

「そんな雑な斬撃で、私が斬れるものか!」

 カディの体捌きと足捌きは熟練の域にある。

 回避しつつ死角に回り込んだ。

 狙いは、土門が《飛礫弾》で背中に穴を開けた部位。


「《ヒュドラ》!」

 だがスヴァーヴァの動きは早く、反転しつつ繰り出した右腕を切断された。

「くぁっ!」

 ペインブロックを使用していないためにモロに痛みを感じるが、今は気にしない。

 ペインブロックは無痛覚状態と引き換えに、瞬きする程度の時間であるが、反応が鈍くなる。

 この局面で使用すれば、圧倒的に不利。


 スヴァーヴァは返しの一撃を放つが、カディは相手の股の下を潜り抜け背後に出た。

 その素早い軽業を見ていたジンは、内心で舌を巻く。


 白き殺人鬼は再びカディへ振り向き、周囲を桜の花びらに換える。

 それはスヴァーヴァの足元から猛烈に範囲を広げ、辺りを食い破りつつカディに迫る。


「土門!」

 そして、土門が忍術シグルーンを起動する貴重な時間を、カディは作り終えていた。

 土門は自身のナノマシンで周囲の鉄製構造物を砂鉄状に換え、自分を中心に周回させる。

 その姿は、黒い旋風を纏うが如く。

 黒い旋風はスヴァーヴァに吹きつけ、白い姿を呑み込み渦巻く。

 同時に、土門の肩・前腕が構造変換され、電磁パスル発生器となる。


「毒龍破りし雷帝に帰命せん! 雷遁《帝釈金剛杵》!」


 土門はスヴァーヴァから一メートルの間合いに踏み込みつつ、砂鉄へ電磁パスルを照射し、スヴァーヴァを中心にプラズマが発生した。


「対ナノマシン用の最大奥義だ。其方のナノマシンを灼き尽くし、次いで其方自身も灼く!」


 すると、スヴァーヴァが手にしていた魔剣『心炎』の宝玉が輝く。

『心炎』は心の炎を力に換えるというが、今回のその輝きは以前のように光り輝かず、心の有り様を表すかのようにドス黒い。


 スヴァーヴァからは圧倒的な量の闘気を発し、全身を覆いプラズマから身を守る。


「《硬気功》で鎧うか。だがナノマシンは封じた!」


 土門の最終奥義である《帝釈金剛杵》の雷撃は、細かい砂鉄の粒が対象の内部に入り込み炸裂する。


 この忍術シグルーンの欠点は、放射する土門にもダメージがあり、さらにナノマシンの『増殖限界』に抵触するので、体力的にもナノマシン的にも後が続かない。


 だが、威力は絶大であり、これまで斃せなかった敵は存在しない。


「いくらスヴァーヴァでも、無限に闘気は発せまい! お前はここで灼けて死ね!」


 しかし!

 雷撃で身動きが取れないはずのスヴァーヴァが振り向き、雷撃を受けつつ土門の左手腕を掴んだ。


「この雷撃の中で動けるのか!?」

 次の瞬間、掴まれた部位が桜の花びらとなって散り、左腕が床に落ちるよりも先に燃え尽きた。


「バカな! この中で物質変換だと!? どうして!?」


 土門には六式のような高度な解析機能は備わっていなかったが、百年を超える戦闘経験が過程を経ず正答に辿り着いた。


「まさか、ナノマシンを《硬気功》で鎧ったのか!? 相克する二つを同時に使用出来るはずはない!」


 ナノマシンは闘気に弱い性質を持つ。

 アルスが《桜濫》を遠隔射撃出来ないのも、彼が日常でも闘気に頼る比率が高く、ナノマシン制御の適正を低くしてしまっていたからである。

 闘気はナノマシンを打ち消す。

 故に二つ扱えるシグリヴァは存在するが、二つ同時に扱える者は皆無だった。


 これまでは。


「此奴、真正の化物か」

 それが左腕を散らされた土門の、偽らざる感想であった。


 凄まじい放電の中、スヴァーヴァの右手が顔面に迫る。土門にそれを防ぐ手立てはない。


「土門!」

 シュッという風切り音と共に飛来したダガーが、迫ってきた右上腕部に突き刺さった。

「ジンか!?」

「耐プラズマ加工のフラジャイル社製ダガーだ。後で持ち帰るから盗むなよ」

 フラジャイル社は世界屈指の宝具メーカーであり、特に剣にこだわり信頼性も高い。


 上腕を貫かれたスヴァーヴァの右腕はブランと下がり、隙が出来た。

 土門の《帝釈金剛杵》も限界時間を迎えて、放電を停止する。


「うぉおおおおっ!」

 ジンは刀を抜き、白き殺人鬼の背中に斬撃を送り込む。

 しかし、スヴァーヴァの反応は鋭い。

 見もせずに背面で回避しつつ、その勢いに乗せて素早い一撃が左から襲いかかる。

「それを待っていた!」

 スヴァーヴァは右腕をダガーで貫かれ、『心炎』は片手だけであった。それが素早いが軽い一撃となった。


「破ッ!」


 両者の剣が激突し、暗い館内に火花が散る。

 そして、スヴァーヴァは力で競り負け、『心炎』は宙に舞った。

 だが、スヴァーヴァは止まらない。

 勢いのまま右腕を振り回し、敢えてジンの刀にぶつけた。


「くっ!」

 ジンも刀を飛ばされ、無手となる。

「ジン!」

 カディが叫ぶのが先か、スヴァーヴァの左アッパーがジンの腹に炸裂し、すぐ後ろの欄干に飛ばされた。

「ぐ、効いたが、侵食攻撃をされていない。お前のナノマシンも種切れだ!」


 ジンの右袈裟斬りが、白いコートを斜めに斬り裂き、その隙間から鮮血が噴き出す。


「この太刀に見覚えがあるだろう? そうだ、お前が使っていた大業物『備前長船長光』だ。第二ターンで拾い、ここの欄干に隠しておいた」


 ジンはスヴァーヴァの猛攻に圧されていたのは事実であるが、決戦ポイントとしてここまで後退しつつ誘導したのも事実であった。


「その穴の空いたコートで耐えられるか? 俺のナノマシンの装填は充分だぞ」

 ジンは体内で増殖させたナノマシンを、掌の一点に集約させる。


 危機を察知したスヴァーヴァは、得意の《桜濫》で周囲の構造物を桜の花びらに換え、視界を埋め尽くすが、効果範囲ジンに届くよりも先に途絶えた。

 ナノマシンが尽き不利と悟るや、後方に跳ぶ態勢になる。


「逃がさない!」

 横合いからカディが飛び出し、スヴァーヴァの左脚に組みついたまま、地面に伏せた。

「ジン、早く!」


「無尽なりし業塵よ、深淵至らば無塵に通ず」

 ジンはルーンを詠唱し、自己暗示による専用ナノ回路を構成および起動を開始する。


 白き殺人鬼は錬成刀を左手から出し、躊躇わず左脚の膝下を切断すると後方に飛び、吹き抜けの下に飛び降りようとする。


「無に還れ! 《無謬灰燼》!」


 狙い違わず跳躍したスヴァーヴァを上空で捉え直撃し、バレーボール・サイズにまで高圧縮された《塵壊破》を、裂けた白いコートの隙間に叩きつけた。

 その勢いで今は停止中の二階通路エレベーターの上に落下した。


 落下したスヴァーヴァは、大の字になったまま動かず。

 着地したジンも、カディと土門も固唾を飲んで微動だにしなかった。


「やったの?」

 エレベーター上に落下したスヴァーヴァは、カディからわずか四メートル。それだけ近いのに、生死を確認出来なかったし、するためには勇気も必要だった。


「俺の《塵壊破》を高圧縮して一点集中に放つ奥義だ。これで斃せないなら、覚悟を決めるしかないが」


 スヴァーヴァを見れば、胴体部を覆っている白いコートが凹み、徐々に萎みだす。


「今度こそ決まったみたいだな」


 スヴァーヴァのコートは完全に萎みペシャンコになったのを見て、カディはようやく息を吐いた。


「……やった?」

 カディは、むしろ斃せた事が不思議な様子で呟く。

「ああ、俺達の勝利だ。俺達が伝説の白き殺人鬼“スヴァーヴァ”を斃した」

「やったぁ!」

 カディは飛び上がり、ジンとタッチしかけて、すぐに飛び退いた。

「カディ?」

「立場を思い出したのよ」

 すでにカディは平静に戻っていた。

 この共闘はスヴァーヴァという脅威に対する緊急避難であり、同盟関係が保証されているものではない。

 ジンと土門からすれば、次は一秒前までの同盟者が敵である。


 カディはさらに距離を取り、途中で床に転がっているスヴァーヴァの脚を跨いだ。


「貴方達からすれば、次の獲物はさしずめ私ってトコね。でも、そう簡単にはいかせない。私には命に代えてでも成し遂げなければならない事がある。それまでは絶対に死ねない」


「おいカディ、待て。落ち着けって」

 ジンが珍しくも困った顔をしていた。

「近寄るな!」

 カディは声でジンを止め、素早くナノマシン残量と増殖率を確認する。

 身体の修復は完了済みであり、増殖率も戻りつつ、ナノマシンのチャージも順調である。

 対して、ジンと土門の二人はナノマシンを使い切っていて『増殖限界』に抵触し、ナノマシンの回復は始まっていない。


 今こそ好機だ。


 カディは確信し、シグルーンの起動準備に入った。


「待て、カディ! 俺はお前を傷つける意図はない!」

 カディが本気で闘おうとしているのに気がつき、ジンは反射的に手にしている『備前長船長光』を向けかけたが、すぐに下ろした。

 すると、土門が混ぜっ返す。


「いや、聖女の考えこそ、このゲームでは正しいだろう。ゲームの景品を受け取れるのはただ一人だからな」


 ジンはこの局面で邪魔をする土門に、本気で殺意を覚えた。

 だが、それは後回しだ。


「カディ、聞いてほしい。俺はお前と闘いたくない。優勝したいというならするといい。俺が土門を殺し、チェスメキアを全て差しだそう」

「オイオイ、それは我が困るぞ」

「黙れ、すぐに殺してやる」


「信じられないわね。ジンといえば、狙った獲物は必ず塵に換える“凶塵”と聞いているわ。ホイホイ手を組めるわけがない!」


 カディの言葉に、ジンは傷付く。

 では、先程までの共闘は何だったのだろうか?

 あれほどの死闘でも、絆とはいかなくとも、それに似たものは作れたのではないか。

 しかし、それをここで伝えたところで意味はないだろう。

 伝えるべきは、自分の正直な気持ちである。


「カディ、俺はお前が好きだ」

「………………はぁ?」

「カディ、俺はお前と一緒に闘って分かったんだ。この胸の内に降り積もる塵のようなモノを吹き飛ばせるのはお前だと」

 いきなりの告白に、カディは頬を赤らめるより先に呆れてしまった。

「…そう、ですか」

 としか言いようがない。

 もっとも、こうなった時の男は相手の気持ちを思い遣る事はなく、ひたすら突っ走る生き物だ。


「そうだ。人に裏切られても裏切らず、自分の想いを貫くお前という存在が、俺には必要なんだ」

「いまジンと土門を裏切ってるけどね」

「そばにいてくれるなら、俺がお前のために一生尽くそう。凡ゆる脅威を塵に換えて、お前と共に生きていこう。だから俺と共に生きてくれ」


 カディは沈黙する。

 ジンの告白が、この場を凌ぐための方便とは思っていなかった。

 正直、嬉しくもある。


 だけど、

「断るわ」

 それが答えだった。


「……どうしてだ? 俺に、お前は守れないのか?」


 それこそ、アルスとの決定的な違い。

 アルスは共に歩くために、その方法を一生掛けて考えると言った。

 それは、カディを凡ゆる脅威から守る自信がないからではない。


「私は人を守る事はあっても、守られる事は絶対にないからだ」


「カディ、俺は………」

 ジンはもう一度、想いを伝えようとした。

 したが出来なかった。

 何故か。

 それは、カディがスヴァーヴァを斃した時点で、すでに違う道に進んでいることを悟ったからだ。


 この時、ジンの集中力がやや散漫となっていた。

 最初に気がついたのはカディだった。


(ん、桜の花びら? なんで……まさか?)

 普段の彼女であれば、すぐに警告しただろう。

 しかし、今のこの遣り取りの中で、確証もないのに警告する行為に、躊躇いがあったのは仕方のないことかもしれない。

 その一瞬の躊躇いが明暗を分けた。


 背後より、土門が斬られた。


「カハッ!」


 カディの目には、地面からスヴァーヴァが噴き出したように見えた。


 それによく見れば、スヴァーヴァは仮面一つで素っ裸だった。

 ただし、下半身が丸ごと無かったが。


 その異様さと異常さに、カディのみならずジンも驚愕する。

 直後、ジンのシグルーンにより倒れていたスヴァーヴァの『死体と思われていたモノ』が起き上がり、左脚を膝上から切断しているのに関わらず、勢いだけで跳躍した。


 それは勘としか言いようが無いが、ジンは反対側から迫る脅威に反応し、咄嗟に左に避けた。

 間髪入れず、右頬を掠めつつ何かが凄まじい速度で抜けていく。

 それはスヴァーヴァに投げつけ、左腕に刺さったジンのダガーだった。

 それに気を奪われていたジンは、まともに蹴り飛ばされ転倒した。


「ジン…ガッ!」

 カディは飛来したブーメラン型の錬成刀に、左脚を膝上から切断され転倒する。


 ジンを蹴り飛ばした『死体もどき』は裸の上半身の元に辿り着き、再び上半身と接合を開始した。


「……これは、どういうことだ?」

 ジンの蹴られたダメージは大したことは無かったが、心理的なダメージは大きかった。


「多分、桜で作った分身よ。ただし上半身だけ」

 カディは左脚の痛みに耐えながら答えた。


 スヴァーヴァの胴体切断面をよく見ると、木の根のようなものが生えていた。

 恐らく止血の代わりにしたのであろうと、カディは見抜いた。


「アイツはジンの攻撃を喰らう直前に周囲を桜で覆った。あれは苦し紛れではなく、私達の目を晦ませるためだったんだ」


 スヴァーヴァは桜で相手の目を晦ませた隙に、錬成刀で胴体を切断し、後ろに脱皮した。

 その際に、桜の花びらで構成した上半身の分身を残し、遠隔操作していたのだ。


「《空蝉》に《分身》と《変り身》によるトリプルコンボかよ……」


 スヴァーヴァは早くも胴体部を接合し、魔剣『心炎』に闘気を溜め始めた。


「土門ッ、早く逃げろ!」

 背中から血を流す土門にジンは叫びつつ、スヴァーヴァへ《塵壊破》を放つが、瞬時に全身を白いロングコートで鎧い、全く効果を発揮できなかった。


 スヴァーヴァは一度もジンに振り向くことも無く、『心炎』から《大海嘯》を放った。


「がぁああああぁぁ…」

 土門の甲高い悲鳴が急激に下がり、そして、消える。

 闘気の奔流は土門の細胞を一つも残さず灼き払い、無に還元された。

 後に残されたのは、土門の所有していたチェスメキアが二個。

 スヴァーヴァはゆっくりと歩み、トンと足を一回踏んだだけで床に転がっていたチェスメキアを宙に上げ、それを左手で握る。


 それを胸元に仕舞うと、緋色の瞳がカディとジンを捉えた。


 カディもジンも覚悟を決めざるを得なかった。


 闘おうにも、カディには勝算がなく、ジンは先程の中途半端な《塵壊破》で再び『増殖限界』を迎え、ナノマシンが使えない状態だった。


 スヴァーヴァも自ら胴体を切断し修復するなど、消耗はしているだろう。

 しかし、それを全く感じさせないのが、伝説の領域に棲息する存在証明なのかもしれない。


「俺が時間を稼ぐ。お前は逃げるといい」

 ジンは素早く自分の失った太刀とダガーの位置を確認しながら伝えたが、カディから返ってきたのは、素っ気ない返事だけだった。


「結構よ。貴方との同盟関係は現時点をもって解消するわ。あとはお互い好きにしましょ」


 その言葉をどう捉えるか。

 それは各人のスタンスと、相手への洞察に全てがかかっているだろう。

 少なくとも、ジンはカディの冷たい返事の中に、自分への優しさを感じ取っていた。

 カディの切断された左脚の修復は始まっていない。つまりは彼女も『増殖限界』に抵触し、ナノマシンが停止状態でしばらく動けない。

 それでも自分の事は放っておいてくれと言う。


 そんな彼女だからこそ、なんの打算もなく、カディを守ろうと思った。


「スヴァーヴァよ、決着をつけようか」

 ジンは一歩前に出て注意を引く。

 彼がわざわざ声を掛けたのは、時間稼ぎのための布石である。

 何か喋らないと、間を持て余したスヴァーヴァはすぐに攻撃してくるだろう。


「俺が勝ったらカディは俺が貰う。文句はないな」

「ありありよ」

 後ろからは景品扱いの少女からクレームを受け、ジンはクスリと笑う。


 ナノマシンが稼動するまで時間を稼ぎつつ、太刀を拾う。

 今度こそ白いコートを引き裂いて《塵壊破》をキメる。


 ジンは徐々に体勢を低くしつつ、機を伺う。


「やめて!」

 すると、横合いから一人の少女がスヴァーヴァに飛びついた。


「やめて、お兄ちゃん! もう、お姉ちゃん達と闘わないで!」


「カノン! なんでここまで!? 危ないから早く離れて! その男は貴女の知っているアルスとは違う!」

 突然の登場にカディは声を上げるが、カノンは離れなかった。


「違わないよ! お兄ちゃんはお兄ちゃんだ!」

「カノン!」

 カディは怒鳴るが、カノンは無視して白い仮面を見上げる。


「お兄ちゃんはこんな事をする人じゃないよ! 強くて優しくて」

 ギュッとコートを握る小さな手に力がこもり、スベスベの頬には涙が零れた。


「私と一緒に売れそうな物も探してくれて、修理して、一緒に売りに行ってくれる最高のお兄ちゃんだよ!」


 白き仮面の殺人鬼は、掴んで離さない少女を見下ろす。

 ジンは信じられないような気持ちで、その様子を見ていた。


(今しかない!)


 ジンは気配を消しつつ後退し、まず耐セラミック・ダガーを回収し、そして太刀を拾いに走る。

 カディはそれを横目で見ていたが、特に何も言わなかったし、感想も抱かなかった。


「お兄ちゃん! 思い出して! お姉ちゃんを取り戻してくれるのでしょ!?」


 その言葉に、僅かであったが反応したことに気がついた。


「お兄ちゃんにつらいことがあったってことは分かってる。でも、辛いことがない人なんていないよ。お姉ちゃんはみんなのために、流れ着いた屍体を鳥肉に換えて食べさせてみんなの命を助けたけど、本当のことが知られて居場所をなくした。私は両親を亡くして一人になった」


 カディの部分で、再び白き仮面の殺人鬼は身体を震わせる。

 カノンもここしかないと悟る。


「でもお姉ちゃんは腐ることもなく、アレキサンドリアのみんなのために命を懸けて闘っている!

 勝てるかどうかも分からないどころか、負けて殺される可能性が高いのに。

 優勝しても無事に種牛を持ち帰れるかも分からないのに。

 無事に持ち帰っても、みんなに受け入れてくれるかも分からないのに!」


 白い仮面が、左脚を失い床に転がる褐色の少女を向く。

 その血に濡れたような緋色の瞳が、宝石のような輝きを持つ翡翠色の瞳を見る。


「……アルス」

 見上げるカディの寂しげな瞳は、アルスの心そのものだった。


「お姉ちゃん一人じゃ、きっと手を伸ばしたい所に届かない。

 でもお兄ちゃんが入れば絶対に届く!

 お兄ちゃんがいなきゃ、絶対に届かないの!」


 カノンは伝説の殺人鬼を前にしても全く怯まない。


「だから、帰ってきて。また一緒に最初から始めようよ。牛を手に入れて、アレキサンドリアに持ち帰って、育てて」

 紫闇の瞳を持つ少女は、憂いも恐怖も打算も何もなく、ただ白い仮面の奥にいる少年に微笑む。


「それがスゴク遠い明日でも、いつか一緒に、アレキサンドリア牛のステーキを食べようよ」


 カノンは握った白いコートの先で、波が引くかのようにスヴァーヴァから緊張が解けていくのを感じる。


 ピシッ。


 仮面の左側から、縦に亀裂が入った。


「お兄ちゃん!」

「アルス!」


 仮面の亀裂は中心部に広がり、そして――!


 斬ッ!


 頭上から飛び降りたジンの斬撃が、スヴァーヴァの背中を深く斬った。


「なっ!? ジンッ、何を!」

 白き仮面の少年は本能で危険を悟り、致命傷だけは回避していた。

 躱しきれなかったのは、コートにカノンがしがみついていたからである。


 ジンは斬撃で白いコートから剥き出しになった部分に向けて、右手をかざす。


「地獄の底で、友達に詫びてこい! 《塵壊破》!」


 ジンのナノマシンは稼働率が回復しきっていたわけではないが、この至近距離からであれば確実に殺せる間合いであった。

 回避は間に合わない。


「ダメェッ!」


 ジンの右手の前に、両手を広げたカノンが立ち塞がる。


「カノン!」


 ジンの右手から、全てを塵にする崩壊の魔弾が放たれた。




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