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第一話「価値無き者」

■アルス七日前:四月三〇日。一七:二一



 美脚論を展開してから約九時間後、天陽学園から帰る途中だった


「ゲームに参加しないか?」


 三十半ばくらいの年齢だろうか、初対面の男が開口一番に口にしたセリフがソレである。

 男はオーダーメイドの黒のスーツできっちりキメていて、男にもかかわらず腰にまで届く髪を無造作に風に流していた。

 無論、目の前の男が如何なる風貌で如何なる素性であっても関係ない。

 オレにとって大事なのは「ゲーム」そのものであり、また「ゲーム」に参加する動機だ。

 突然、目の前に現れて、なんの前触れも説明もなく「ゲームに参加しないか?」なんて、どれだけ友達に飢えてるんだと思う。


「我らが大陸都市ラーノスの代表として参加してほしいのだよ。参加特典もあるし、優勝すれば賞金も出る」

「そのかわり、命の危険があったりするのでしょう?」

「もちろん、危険はつきまとう。それでもあえて君にお願いしたい」

「いえ、オレ、いやボクは剣術のお稽古があるし、普通の高校生なので……」

 視線を逸らしつつ右手を上げて男の前を横切ろうとした。

 男は特に気分を悪くした様子もなかった。

 特に道を塞ぐそぶりも見せず、オレの横顔を見ているようだった。


 しかし。


「いや、君は『普通』ではないからこそ、お願いしたいのだよ」


 足が止まる。

「……どういう意味ですか?」

「そのままの意味さ。ただ、私も興味もその気もない者に無理矢理お願いする気はないよ」

「ありがたいことです。仮にお金を積まれても、危険な事はお断りします」

 オレは再び歩き出そうとして、一歩も動けなかった。


「もしもだけど、失敗しても人生をやり直せるとしたら……挑戦したくはないかい?」

「やり直せるって、どういう意味ですか?」

「仮に、仮にだよ、危険なゲームに参加して死んだとする。でも、RPGのようにセーブポイントでやり直せるとすれば……」

 男は十分に溜めをつくり、続ける。


「君も、危険だけど一攫千金の大チャンスに挑みたくなるだろう?」

「そんな美味い話、あるわけがありません」

「普通であれば無い。だけど『君達』ならある」


 君達。

 その言葉の意味するところは、オレが学園のみんなに黙っている秘密に関係している。

 確かに興味がある。

 あるけど、そんな危険な世界に踏み込んでいいのか?


「折角ですが、他をあたって……」

「――――について、知りたいのだろう?」


 その声は囁く様な、それでいて耳ではなく胸を打つ言葉が、オレを思わず振り返らせた。


「だから参加しないか? 『事象時戯の略儀』に」


 この男、弥勒寺道義との最初の出会い。

 思えば、始めから絡めとられていたと思う。

 何の意味もなく、そこいらの高校生に声なんて掛ける訳がないのだ。

 オレ以上にオレの事に詳しくて、オレが絶対に無視できない事を餌にしてきた男。

 オレが人生でこの男に会うのは合計二回だけであったが、この出会いが、その後すべての人生を決めてしまった。




 ■アルス現在:五月六日、〇六:五九



「う~……ここは?」

 目を開くと、目の前には海が気持ちのいい音でさざめいていた。

 初夏特有の朝を撫でる心地の良い風と柔らかな日差しが、水辺の木陰で寝ていたオレには爽やかだった。

 まだ眠気を完全に払えず、取りあえず上半身を起こしてぼんやり辺りを見渡すと、

「少なくても自分の家ではないね」

 漸く気がつき、かつ眠気が吹っ飛ぶほどに驚愕した。


「ここは天空海の(オレの)昼寝スポットか!? ……てことは」

 オレは脳内アプリを呼び出し、現在の日付をチェックした。

「五月六日! オレの体内時計と標準時計が六日違う!」

 オレは記憶がないとはいえ、その事実に震えた。


「ここで目覚めて六日違うってことは………オレは三日前に殺されたってことだ」


 眼前に広がる海は、正確に言うと空に浮かぶ広大な海は、オレの気持ちも知らずにいつもと同じく穏やかに凪いでいた。



 ここは世界四大都市が一つ、大陸都市ラーノス。

 オレが生まれてからずっと住んでいる場所だ。

 中心となる都市の周囲には無数の島が浮遊し、さらにどういう原理かは知らないが「天空海」と呼ばれる海を従え地球の空を回遊する空飛ぶ都市。


 時代は西暦が終わって久しく、軽く五千年は経過しているらしい。

 らしい、というのは、すでにこの時代にはこよみが喪われているからだ。

 もっとも、オレがその事実の大きさに気がつくのは、大分先の話であるが。


 オレの名は「アルス・ミカミ・フォーリナー」といい、年齢は十六歳の高校二年生だ。

 何処にでもいる普通の学生であり、朝は学校に行って授業を受け、昼は友達とだべり、夕方はたまにバイトをしつつ九月流剣術道場で汗を流し、夜は趣味の自作グライダーの制作に勤しむ。


 オレにとって一番大切なものは、高校の友達と、何より恋人だ。

 ヒラムネ・タカユキ・シンジ・コウタロウ・タクヤ・マチコ・ヨウコ・カオリ・アユミ・アーリア、そして水凪セレナ。

 みんな天陽学園で知り合った友達で、クラスメイトもいれば他のクラスのやつもいる。


 セレナとは、四ヶ月前の年末に告白して、いわゆる彼氏彼女の関係になった。


 みんなと友達になったきっかけは、去年の六月に開催された「水無月祭」とよばれる新入生歓迎の意を込めた学園祭で、リミットレギュレーションのバイクレースに出場したのが始まりだ。

 一年は自主参加なのだが、オレは水無月祭の告知HPでこのレースの存在を知り、チームメイトの募集をかけた。

 その結果、紆余曲折を経て上記の面々と知り合う事となったのだ。


 バイクレースは自主制作と決まっていて、金もないオレ達は解体屋を回り、パーツを探す所から始まった。

 オレはグライダー製作で、工学関係にはある程度の知識があるが、一人では手に余る。

 一緒に作る人間と、知識もあってパーツを探せる人間が必要だ。

 そして作業に没頭できるようにサポート役だっている。

 そういった訳で、気がつけば大所帯となっていた。

 何か一つあるたびに大騒ぎだったが、初対面で「くん」とか「さん」とか付けていたのが、遠慮なく言い合えるようになるまで時間も掛からなかった。


 バイクは無事に水無月祭までに仕上がり、バイクレースは当日のイベントプログラム午後一番に組まれていた。

 レース内容は直線のゼロヨン(四百メートル)レース。

 参加チームは八チーム。

 学校公認で、一人につき二〇カルマン(約二千円)上限でトトカルチョも開催された。


 オレ達のチーム「音速最強! 蒼き彗星ブルーコメット」のレーサーはセレナ。

 セレナはバイクで高校に通うほどのバイク好き。それも大型バイクを乗り回す。

 元々、製作したバイクの心臓部、ホンタ製伝導エンジン『CBFW一三〇〇』はセレナが家から持ってきたものでもあった。



「セレナ! 聞いているのか!? セレナ!」

「え、なに!? 聞こえない!」

 大観衆の声援で、これだけ近くで叫んでも聞こえない。レース独特の熱気と六月の陽射しに炙られたオレは全身汗だくで、ヒートアップしていた。

 だからであろう。熱くなっていた仲間達が驚くほどに、オレはキスが出来る距離までセレナの顔にそれを寄せた。

「オレ達の魂の単車マシンだ! お前がカッコよくキメてくれ!」

 オレの眼前には、セレナの蒼い瞳。

 セレナの眼前には、オレの黒い瞳。

 互いの瞳が交叉し、セレナはフッと微笑む。

「誰に言っているの! 私はセレナよ!」

 言うや否や、セレナは颯爽と長い脚を翻し、オレ達が精魂込めて製作した一三〇〇CCの超伝導エンジンバイクに跨る。


「威力前進、全力突破! 眼前に立つ者、みんな敵! ゴールまで最速で疾走するわ!」


 そして、セレナは宣言どおり、誰よりも速くゴールへ疾走した。


 カッコよかった。

 無闇やたらにカッコよかった。

 決勝ゴールを極め、気がつけばオレ達はゴールにいるセレナに駆け出し、セレナを担ぎ上げていた。


 オレにとって、何よりも価値のある思い出であった。



 そんな青春時代を送る一般高校生のオレが何故『三日前に殺される』ような目にあったのか?

 もちろん『理由だけ』は知っている。

 しかし、肝心の誰が何処で、どのようにしてオレを殺したのかは、全く解らなかった。

 誰に殺されたのかわからない状況ではおちおち街も歩けない。


「さて、どうしたものか……迂闊に自宅に行っていいものかどうか」

 オレはカフェの移動車スタンドでアイス抹茶ラテを購入して一口飲む。

 カフェは旧晴海西側のやや通りから外れた場所にあり、ここも再開発エリアなので本来は立ち入り禁止である。

 立ち退き期限は二週間前に終わり、一部では取り壊しが始まっているので、基本的に営業は出来ないはずだ。

 しかし、ここの店主は何を考えているのか、車の後部をキッチンにした移動車型カフェで店を開いていて、意外にも多彩なメニューを提供していた。

 周囲にあるテーブルとイスは、恐らく店主が持ち込んだものであろう。

 アイス抹茶ラテを飲みつつ周囲を見渡しても人気はない。

 こんな所で商売になるのだろうか。

 半ば廃墟と化しているので、その手のマニアが写真を撮りにくる位だろうに。

 いずれにせよ、人目を憚る理由のあるオレにはうってつけだ。

 自分以外誰もいないカフェにはラジオのニュースだけが場に流れる。


『……三日前の旧晴海における殺人事件におきまして、犠牲となられました四名の合同葬儀が、本日の十一時より豊洲清涼ホールにて営まれます』

『無事に帰ってきました生徒によると、“白衣面の殺人鬼”が出たと言う事で…』


「ここでアレが出て、人を殺したのか!?」

 オレは自分でも気がつかず、イスを蹴り飛ばすように立ち上がった。


 アレとは『白衣面の殺人鬼』と呼ばれる都市伝説。

 その姿は白いコートに白き仮面。

 突如あらわれ、数多の命を狩る殺人鬼。

 千年以上前から語り継がれる伝説的な存在。


『豊洲清涼ホールには天陽学園の関係者がすでに来ており……』

「ウチの学校!?」

 嫌な予感がする。

 いや、すでに嫌な事は起きている。

 それがとてつもなく、自分にとって良くない事になっていると確信がある。

 そもそも、三日前に旧晴海で事件があったとすれば、心当たりは一つしかない。


 オレはアイス抹茶オレを残している事も忘れて、全速で疾走する。

 人目を避けることもキレイさっぱり忘れた。

 ただ、早く事実を確かめたい、ただそれだけであった。



 ……この時の事を、何度もオレは思い返したが、オレ自身のためでいえば、駆け出すべきではなかった。

 あと一週間ほど、大人しく身を隠すべきであった。

 そうしていれば。数々の矛盾と不満を胸の内に飲み込むだけで、普通に穏やかな人生を送れたかもしれない。

 勿論、事件でオレは傷ついたが、それでもいつかは心の傷も癒えただろう。

 だが、オレは知らずに選択した。

 数々の矛盾と、理不尽な死にまみれた道筋を。



 葬儀が行われる晴海清涼ホールは最大で二千人を収容できる大ホールだ。

 オレが息を切らせながら到着したのは十時すぎであり、まだ早かったので同じ学園の制服を着た生徒も見かけない。

 オレにとって幸いだったのが、目覚めた時に身につけていたのが制服だったことだ。

 学生の制服は冠婚葬祭兼用であり、着替える必要がない。


「ヒラムネ!」

 オレは見知った顔を、それも一番の親友を見つけてホッとした。

 安心したせいで、オレは気がつかなかった。

 ヒラムネが身を震わせながら、恐る恐る振り返る、その心理に。


「もう来ていたのか。でも、お前がいてくれて……」

「なんでお前がここにいるんだ?」

 その声は、どんなケンカをしたときでも聞いたことの無いほどに底冷えしていた。

「気持ちはオレも一緒だが……」

「ふざけるな!」

 オレとヒラムネは何度もぶつかり合ってはいるが、怒鳴られたのは初めてであり、その気に飲まれた。


「何事も無かったかのように顔をだしやがって! お前は三日前に死んだんじゃなかったのか!? いや、お前が生きてたのなら他のヤツらはどこにいるんだ!?」

 オレはヒラムネの激情に驚きつつ、内容の深刻さに震えた。


「他のヤツって、どういうことだ!?」

「しらばっくれるな!」

 ヒラムネは大粒の涙を流しながら手加減抜きの全力でオレを殴り、オレは目が眩む一撃を受けて吹っ飛ばされた。


「死んだのは四人! 行方不明が七人! お前が帰ってきて六人か。でも生きて帰れたのは俺だけ! お前があんな事を言って、俺達を焚きつけたから!」

「……なっ!?」

 泣き喚くヒラムネを、地面に倒れたオレは見上げつつ叫ぶ。

「じゃ、じゃあ、セレナは!? アイツはどうなったんだ!?」

「他のヤツよりも自分の女か!? 結局お前はそういうヤツだ。俺達を一番大切な友達だとか言っていたけど、お前はお前の都合でしか動かない。思えば初めて俺達がチームになった時も、無理矢理タカユキやアーリアを巻き込んでいたな」


 今回の件について、オレにも事情があり、全く無関係ではないと言えない。

 自分が三日前に一度死んでおり、記憶も六日前までだといっても通じないであろう。

 それでもこれだけは言った。


「ヒラムネ、聞いてほしい。本当にオレは何も知らないんだ。事件の事もさっきラジオで知ったんだ。気がついたら今日だった。信じてくれ。オレにとって、オレ達チーム『ブルーコメット』は何よりも価値があるものなんだ」

「ふざけんな! もうそんなのは世界中、どこを探したってない! お前になんかに何の価値もあるものか!」

「そんな……ヒラムネ………」

「お前は出逢った時から『普通』じゃなかった! セレナは『普通』じゃないところに惚れただの言ってたけど、俺は『普通』じゃない所が気に入らなかった!」


 ヒラムネの言葉はオレの胸を抉り、足元は崩れ、オレはその底の暗闇に堕ちていく。

 いや、実際に足元がなくなったわけじゃない。

 ただ、立ち上がるための寄る辺を喪ったんだ。


「どうしたヒラムネ……と、お前、アルスか!?」

 騒ぎを聞きつけ、ホールから駆けつけてきたのは担任の松井先生だ。

「アルス! お前は無事だったのか! 他のみんなは!? 何か知らないのか!?」

 松井先生はオレの手を引いて立ち上がらせると、矢継ぎ早に質問をぶつけてきたがいずれも回答不可能だ。オレはただ徒に口をパクパクさせるだけ。

 その様子にヒラムネがキレて怒鳴る。

「コイツがみんなを殺したんだ! コイツが全ての元凶だ! 捕まえて死刑にするべきだ!」

 ヒラムネが他の教師に押さえつけられなければ、また殴りかかっただろう。しかし、松井先生は穏やかに制した。


「気持ちは分かる。しかし、アルスも状況を理解していないみたいだ。もしヒラムネの言うとおり事件の犯人なら間違っても顔を出さないだろう。ショッキングな出来事で記憶をなくす事例もある。ひとまずは落ち着いて話を聞くべきだ」

 松井先生は教師らしく諭し、その優しさはオレの波打つ胸に染み込んだ

「さあ、アルス中に入るんだ。ここだと人目につく」

「……先生、ありがとうございます」

 アルスはその優しさに涙が零れそうになる。

 松井はアルスの肩に左腕を回し、がっちり包み込んだ。


「何、先生だから生徒の気持ちはよく判るよ。とりあえず、落ち着いて知っている事を話してくれればいいんだ。そうすれば誤解も解ける。先生はお前がみんなを殺したなんて思っていない。三日間、何処を探しても見つからなかった事も不思議に思っていないさ」


 ホールへ一歩を踏み出しかけたオレの背筋は凍りつく。


 四人の死人と六人の行方不明者。

 そして当日現場にいて、三日後にひょっこり無傷で現れた生徒。

 その存在は確かに不自然であり、事件に何らかの関係があると考えるのが普通だ。

 ヒラムネだけではない。ここにいる全員がオレのことを殺人事件の犯人かその共犯者と考えている事に気がついた。

 肩に腕を回して一見やさしい言葉をかけている松井も、オレが犯人と考え、逃がさないようにガッチリ押さえているんだ


「さ、アルス、中に来るんだ…っ!?」

 ここからは反射的な行動だった。

 オレは僅かに姿勢を落しつつ、右側に並ぶ松井の鳩尾に的確な肘撃ちを喰らわせ、身を離した。

「アルスッ! お前!」

 見ていたヒラムネが叫び殴りかかってくるが、日々、九月流剣術道場で鍛えているオレの目からすれば止まって見える。

 ヒラリとかわすと、走り出した。

「待て、アルス!」

 他の教師も駆け寄ってくるが、わずかに身体をシフトさせるだけで捕まえようとする手にかすられることもなく、駐車場の端にあるガードレールまで辿り着いた。


「そこは急斜面だ。もう逃げられないぞ!」

 五人の教師が駆けつけてくるが、オレはあっさりとガードレールの向こう側に身を翻し、ほぼ直角に等しい斜面を駆け下りた。

「なっ!?」

 教師たちはあわててガードレールから下を覗くのが気配でわかる。だが、俺でなければ降りるのは不可能である。

「車! いや、バイクを出せ!」

「バイクで来たのは誰もいないぞ!」

 一人が叫び、何人かの教師が自分の車に戻るが、もう間に合わない。

 オレはすでに近くの森に飛び込んでいた。



「なんなんだよ、なんなんだよ! 三日前に何があったんだよ! オレが何をしたんだよ!」

 オレは全力で走り、車では行けないルートを選んで逃走中だ。早くも一キロ以上も離れた森林地区に入り込んだ。


「これで間違いなくオレはお尋ね者だ! 夕方にはニュースで重要参考人として流れる。父さんや母さんだって心配する。どうすりゃいいんだ!」

 オレの叫びは木々の狭間で木霊する。

 注意力が鈍り、ないことに木の根に足をとられ、豪快に転んだ。

「いつつつ……なんなんだよ、一体」


 うつ伏せになりながら足元を見ると、十センチ程の丸っこくてカラフルな石が転がっていた。

 のろのろ起き上がり石を手にとって見ると、どこかの前衛芸術家が作ったようなダルマが出来損なったようなオブジェだった。


「コレ、顔か? ヘンなオブジェだな。なんでこんな所にあるんだ? 失敗作だから捨てたのか?」


 オレは誰に言うわけでもないのに呟く。

 オブジェは愛嬌と凛々しさが混在しているようであり、目の部分が蒼色で塗られていたのが、セレナを連想させた。


「セレナ…………どこにいるんだよ。お前、巻き込まれたのかよ」

 オブジェを何度も摩りつつ呟いていると、次第に涙が込み上げてきた。

 ヒラムネの言葉が胸を抉ったのを思い出す。


 お前になんかに何の価値もあるものか!


「セレナ、もしお前が無事だったら、お前もオレに向かって、価値が無いっていうのかよ……」


 零れた大粒の涙は、オブジェの青い目に落ち、幾つも流れ落ちた。


 どれだけそうしていたのだろうか。

 それとも寝ていたのか。


「なんで、こんな所に人がいるのかしら」

 こんな森で声を掛けられたので、オレは追っ手がきたのかと飛び上がった。


「誰だ!」

「それはこちらのセリフよ。貴方こそ誰よ」


 声の主はオレと同年代の女子だった。

 日焼けした小麦色の肌に、亜麻色の髪をまとめて短めのポニーテールにした髪形。

 勝気な翡翠色の瞳でオレをねめつける、掛け値なしの美少女。


 何よりその脚!

 こんなにも精神状態が最低であっても無視できない程の美脚。

 パンツルックで惜しげもなく見せてくれるナマ脚は、セレナと引けをとらないレベルで美しい。

 肌は日焼けしているが、それが本人の勝気な顔と相まって、健康美人としてのイメージをオレに伝えてくる。


 そしてもう一人。


「おねーちゃん、足早いよー。もうちょっとゆっくり歩いてー」


 こちらは十歳前後の女の子だった。

 青みを帯びた黒い髪は長く、無造作に後ろに流していた。

 瞳の色は珍しい紫色であり、顔立ちはあまり似ていないが姉妹なのだろう。

 女の子は息を切らせながら姉の隣りまでくると、両膝に両手を乗せるようにして荒々しく息をしていた。

「ハアハア、どうしたの、お姉ちゃん。この泣いてる人、知ってるの?」


 すると、カディと呼ばれた姉は右手を妹の前にかざしてオレの視線を遮った。


「カノン、近づいてはダメよ。この男は、三日前に死んでいたハズ」


 先に言ってしまうと、姉の名前は『カディ』という。

 これがカディとカノンとの出逢い。

 セレナを見失い、友を無くし、何もかも喪って空っぽだったオレに、大切なものをくれた二人。

 オレの物語は、この二人と出逢う事で始まった。



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