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第十七話「五月五日『事象時戯の略儀』第二ターン②“オーバー・カマー”」

■現在:五月十五日、〇〇:〇六



 《どうだ? 自分の過去を見た感想は? なかなか見応えがあって面白かっただろう?》

(……信じられない。オレがみんなを、そんな……)

 《聞かれる前に言っておくが、見せた映像は俺の記録をそのまま再生している。多少カットはしているが捏造はない。全て見たままだ》


(……何故、こんなものをオレに見せる?)

 《さあな。俺はクライアントの依頼でお前を記録し、見せるようにと言われただけだ。その意図は聞いていない》

(誰に頼まれたかは教えてくれないのか)

 《必要になれば名乗り出ると言っていた。俺の感知する事ではない》

(みんなはどうなった? セレナは?)

 《セレナという女は知らない。ただ他の逃げた連中は、お前が見つけた》




■過去:五月五日、〇二:一二



 狙撃され太刀と共に右腕を無くしたアルスは、スヴァーヴァの奇襲を受けたがなんとか潜り抜け、逃げ回る事となった。

 断続的に攻撃に晒され、左腕には棒手裏剣を受け、ナノスタンの効果で左腕も封じられた。

 殺人鬼と蛙顔の機獣と忍者に追いかけ回され、自分でも何処をどう走っているのか判らず、気づいたらビルの中にいた。

 ウエストポーチに入っている水を飲もうと思ったが、左手がまだ麻痺していて手に取れず、修復が終わった右手で取ろうとして上手く取れず、イラついて足元に転がっていたゴミ箱を蹴り飛ばした。


「クソ………ん?」


 これは何かの導きであったか。

 蹴り飛ばされたゴミ箱の先、多くのゴミと埃が積もった先に、それは並んでいた。


「え、ウソ……」

 ヨロヨロとそこに近づく。

 上手く逃げてくれと思った。

 こんな所に連れて来た事を謝ろうと思った。

 しかし、そんな機会はもはや永遠に訪れない。


 其処には、アルスの親友と言うべき五人が、手を腹の上で組まされた状態で、整然と並んでいた。


「アーリア! タカユキ! シンジ! モトコ! コウタロウ!」


 泣いた。

 とにかく泣いた。

 涙で悔恨と悲哀の全てを流す程に泣いた。

 しかし、誰一人として蘇らず、悔恨は晴れず、悲哀は癒されない。


 全てが遅く、全てが終わっていた。


「なんで、こんな事になったんだろ……なんで、こんな選択をしたんだろ……訳がわからないよ」


 全部、自分が悪い。

 死んだ親友達を、囮にすると決めたのはアルスの選択。

 多少の被害も何とかなると判断したのもアルス。

 そして、その結果を受けるべきも、やはりアルスだ。


 オケアノスは初めから予測していたと言った。

 なら、何故初めに言ってくれなかったのかと責めた。

 しかし、その点を指摘されても、作戦を修正したであろうか?


 しなかっただろう。


 全ては、アルスが長年にわたり抱いていた疑問に対する答えを知るために、所持する全てをベットしたのだ。


 全ては目的のため。

 それ以外は棄てるのだ。

 割り切れ。


 そう自分に言い聞かせるが、一つの勝気な顔が彼を引き留める。


 セレナ。

 誰よりも美しい脚を所有し、誰よりも速く、誰よりも先に駆け抜ける、何より愛しい女性。

 探さなければ!


 此処にはセレナの死体はない。

 まだ絶対に何処かで生きている。


 ドガッ!


 隠れていたビルの壁が破壊され、外から蛙の女神を模した機獣ヘカトと、その背に見覚えのある女性を乗せて室内に入ってきた。


「よ~やく、ご対面」

 その声を聞いて、この女性が世界的廃人ゲーマーで有名なレンダ・タカハシだと思い出した。


 アルスの背後には、黒装束の男が音もなく現れた。

 さらにその後ろに、片腕を失った白仮面スヴァーヴァが一体、フラフラしながら立っていた。


「もう逃げられないよ。キミは完全に詰んだ。まあ、でも相当頑張ったね。こちらが用意したスヴァーヴァ七体を逃げ回りながら破壊したのには恐れいったわ。残ったのはこの一体だけだけど、もうダメね」

 アルスは退路が断たれたのは認めたが、死ぬ事は認めていなかった。

 時間を稼げばオケアノスが必ず来る。


「ああ、そうそう。キミの仲間のオケアノスなら今さっきBチームが殺したよ」

「ッ!」

 信じられなかった。

 殺されても死なないような男に見えたのに。


「奥にいるのはキミの友達かしら? お気の毒ね。でも、そのお陰でキミの泣き声が聞こえて見つけられたわ。感謝しないとね」

 感謝といわれて、再びアルスの心に怒りが芽生える。

 だが、その怒りの対象は目の前のレンダではない。

 他の誰でもなく自分自身だ。


 生きなくてはならない。

 セレナを見つけるまでは。

 他の何を犠牲にしてでも。


「止めを刺すわ。キミは危険すぎる。土門、介錯して」

「了解だ」

 アルスの背後に立つ土門が直刀を抜き、心臓に狙いを定める。

 だが、それよりも早く、アルスは胸元から一枚のカードを引き抜いた。


「イベントカード『強制トレード』を宣言! 提示内容はオレの所有する五つの死体の譲渡。トレード内容は、三人に対しこのターンを強制終了させる事を提案する!」


 アルスの宣言に応じ、ゲーム参加時にバイオチップにインストールした専用ゲームアプリが起動し、全員の脳内ウィンドウにポップアップ画面が浮かび上がる。


『提示内容は妥当と裁定。提案内容を受理。対象となる三名のプレイヤーはターンエンドとし、速やかにゲームエリアより退出せよ』


「強制イベントカード。そんなのを持っていたのね。やられたわ」

 レンダは舌打ちするが、裁定が降った今、もうどうしようもない。

「まっ、これもゲームルール。死体は戴くわ。キミはもう行っていいわよ」


 アルスは一度だけ五人の死体に目を向けたが、その表情には何も映していない。

 すぐに視線を逸らすと、土門の脇を通り、スヴァーヴァの横を通り過ぎ、姿を消した。



 暫くして、アルスは脳内アプリのマップを開き、自分の現在位置と周辺地理のチェックを始めた。

 するとGPS機能が復活しており、セレナのブルブリッツの場所が判明した。

 アルスは迷わずそちらに向かう。


 セレナはその近くに必ずいる。

 彼女なら、自分が行くまで待っている。

 アルスのその思いは確信のレベルにあり、運命に導かれたか、遂に見つけた。


 通りの向こう側、大通りの交差点に彼女はいる。

 あと百メートルちょい。

 セレナはアルスから見て左側に体ごと向いていて、こちらには気づいていない。


「セレナァッ!」

 アルスは声の限りを尽くして叫ぶ。

 するとセレナはその声に気づき、振り向いた。

「アルス?」

 セレナには珍しい、か細い声だった。

「セレナッ、オレだ、アルスだ!」

 アルスが走る通りには灯りがない。

 だから、分かってもらえるように更に叫ぶ。

 あと三十メートル。


「やっぱりアルスね!?」

「そうだ! オレだよ!」

 あと少し。


「セレナ!」

 アルスは全力で暗がりを抜け、街路灯に照らされる場所に出て、セレナに飛びつこうとしたその時!


「き、きゃぁああッ!」


 セレナの喉から、アルスがギクリと足を止めるほどの、心の底からの悲鳴が迸った。


 急停止したアルスは、恐怖で顔を引きつらせるセレナの顔と、何より怖れる目を通じて、その瞳に映る自分の姿を見た。

 その姿は、頭の天辺から足元に至るまで血に染まった、悪鬼そのものである事に気がついた。


「セ、セレナ、これは……」

「イ、イヤッ! アルスが、みんなアルスがやったの!? そうなんでしょ!? みんなを殺したのは、アルスだったんだ!」

「ち、違う」

 とは言い切れない。


「初めからおかしいと思った。私にも内緒でコソコソして。こういう事だったんだ。でもアルス、どうしてよ!?」


「違うんだ! これは間違いで……」

「間違い!? アルスは間違いで人を殺すの!? 今、そこの女の人に聞いたわ! ここでは互いに殺しあうゲームが開催中で、アルスもその出場者だって!」

「なっ!?」


 自分が走ってきた通りからは見えなかったので気付かないままだったが、セレナがさっきまで見ていた左側には、褐色の肌をした髪の長い女性がいた。

 普段であれば、反射的に脚を観察するが、今回は脚ではなく眼を睨んだ。


「セレナッ、その女から離れて! 危険だ!」

「どっちがよ! 明らかにアルスの方が危険よ!」

「いいから!」

 アルスが側に寄ろうとすると、セレナは褐色の女性、その名をカディ・ケースというが、カディのいる方に後退り、カディは二人の間に割って入る。


 アルスは殺意を抑えつつ、努めて静かに問い質す。

「……何を考えている?」

「ゲームに無関係な人を巻き込みたくないだけよ。貴方こそどうしたいの?」


「オレはセレナを助けたい。それだけだ」

「それは思い違いよ。今、この人を危険に晒しているのは、他の誰でもなく貴方よ」


 その言葉は、アルスの胸を穿つ。

 飾り気のない、十人聞いたら十人が認める真実。

 セレナをはじめ、合計十一名の友人を地獄の戦場に引っ張りこんだのは、アルス・ミカミ・フォーリナーその人である。


 セレナがカディの背後から、改めて問う。

「アルスは、何が望みでこんなところにいるの?」

 核心を突かれたアルスは、五日前の弥勒寺道義の言葉が蘇る。


 《君は知りたくないかい? 君の――》


「オレは知りたいんだ。だから優勝して『漆黒の閲覧許可証』を手に入れたい」

「知りたいって、何を?」


 《――知りたい筈だ。君が幼い時から抱いている疑問。それは――》


「オレは、いつ会ったかどころか、顔も思い出せない両親の存在について知りたいんだ」


 ブルブルブルルブ。


 その時、胸に入れてあった携帯のバイブが起動した。このパターンはオケアノスだ。

 アルスは目の前の二人に目を向ける。

「どうしたの? とれば?」

 カディに促され、アルスは震える指でタッチパネルに触れる。

 すると、相方の声が聞こえた。


「オケアノス! 今どこに!?」

『どうやらまだ無事なようだな、アルス』

「お前こそ。で、すぐに合流出来るか?」

『慌てるな。状況を説明しよう。実はこの音声を聞いている時、俺はすでに死んでいる』

 アルスは一瞬、言葉に詰まる。

「何をふざけているんだ! 今は冗談を言っている場合じゃないぞ!」

『いや、冗談ではない。俺はお前に、ああ言えばこう返してくるのが判る。だから、会話が成り立つのだ』

 バカな事を抜かすなと言いたかったが、常に見透かされていた事にも思い至った。

『理解してくれたようだな』

 その言葉も、アルスが理解に要した時間ちょうどに発せられていた。


『アルス、俺がこの遺言を録音している状況を説明すると、結界に閉じ込められた上に武器を突きつけられている。有難い事に言い残す時間をくれたワケだ』


 なら、なんで今のタイミングで携帯に連絡してきたんだと聞きたい。


『相棒の誼だ。お前の知りたかった事を教えておこう。お前の両親だけどな、そんなのはいない』


 アルスは耳を疑う。

 両親がいないという事にも驚いたが、それ以上に、何故オケアノスがアルスの疑問を知っているのかに衝撃を受けた。

 いや、そもそもどうやってこの事実を調べたのか。


『お前の中で色々な疑問が渦巻いているだろう。時間がないので簡潔に伝えると、俺はお前に会うのはこの千年で三十六回目なんだよ』

「は?」

 この期に及んで錯乱でもしたのかと本気で思った。


『何故かといえば、お前は大量に生産された“オーバー・カマー”なんだよ』


 今度こそ最大の衝撃だった。


 “オーバー・カマー”とは、遺伝子調整された人造人間である。

 より強く、より賢く、そしてより美しく。

 故にこそ“超克した来訪者(オーバー・カマー)”。


 数千年前、分子機械工学の完成に伴い、遺伝子工学も飛躍的に発展した。

 現在では分子機械工学が衰退した為に、その応用で発展した遺伝子調整技術も衰え、製造はされていないといわれている。

 だが、オケアノスの話が本当であれば、結果としては造り続けていた事になる。


『なんらかの実験をするためだろうが、その内容は俺も調べきれなかった。だが、少なくともお前がいない時に帰宅し、メールを送ればすぐに返信してくる両親については説明がつく。もちろん、お前のデザインされた遺伝子の中には『服従因子』も書き込まれていて、本来であれば両親について疑問を抱かないように調整されている』


 アルスには思い当たる事がある。

 両親についての会話で、勝手に言葉が口から出てくるような時があった。口にした後で、その言葉を追認していた。それが遺伝子レベルで書き込まれていた事実に、アルスは身を震わせた。


『俺は千年の間に何度もお前に逢い、幾度となくお前を助け、或いは殺してきた。顔と性格が多少違っても、アルスはアルスであり、つい懐かしくてちょっかいを出してしまったが、まあ、そういう事だ。

 そうそう、お前の名字の『ミカミ』だが、漢字で書くと『三つの仮の身』と書き『三仮身』と読む。正確な意味は不明だが、なんとなくニュアンスだけは伝わるようだな。

 ああ、俺の身体も首から下が無くなり残り僅かだ。それじゃあな』


 ブツリと切れ、その後に携帯から聞こえてくるのは、お決まりの不通音であった。


 携帯の通話が切れ、アルスはあやふやだった現実に繋がった。

 繋がってしまった。


 こんな事を知るために、みんなを犠牲にしたのかと思った。

 むしろ知らなければ良かったと思った。

 なんで服従因子は、もっと強固に働かなかったのだろうか。


 なんて詰まらないのだろう。

 何処かの誰かが何かの実験で自分という存在を造り、今日まで観察されていたのだ。

 何のためだと聞く気にもなれない。


 くだらない。

 今迄してきた事も、学んだ事も、鍛えた事も、出逢った事も、考えた事も、悩んだ事も、何もかもがくだらない。


 オレは、この世に生まれてすらいなかった。


 …………………………。

 いいや、別に。

 誰かが自分を造ったかなんて興味もない。

 観察でも実験でも好きにすればいい。

 オレはオレで好きにする。


 何をしようかな。


 突如として、夢で見た桜色の瞳をした女性を思い出す。


 そうだ、彼女を探しに行こう。

 桜並木道を歩く姿は、とても絵になっていた。

 なら、世界の全てを桜で埋め尽くそうか。

 そこで一番、絵になる女性がこそ、きっと探している女性ヒトだ。



「アルス?」

 セレナは電話が切れてから動かないアルスに呼びかけた。

 ピクリとアルスは反応し、右手に持った携帯が滑り、地面に落ちる。


「………」

 アルスが何かを呟いたようだが、セレナとカディには全く聞こえない。

 内容は分からないが、電話に出ていた時の表情と今の状態を見る限り、愉快な内容ではなかったようだ。


「アルス?」

 セレナがもう一度呼び掛けると、今度は顔を上げた。


「もう、どうでもいいって言ったんだ」

「え?」

「この世界はみんながみんな好き勝手な事をして成り立っている。なのにオレが不自由な思いを、こんなにも悲しい想いをしながら生きる必要なんてない事に気がついたのさ」


「えっと……アルス? 何を言っているの?」

 セレナにはアルスの言わんとする事が、俄かに理解できなかった。

 そんなセレナとカディの様子に、アルスの方が不審そうな目で見た。

 セレナには、その眼が何よりも無気味であった。


「そんなに難しい事をいったかな?」

「セレナ、下がって! 何かが変わっている!」

「えっ?」

 ボロボロだったアルスの服が修復され、血による汚れもナノマシンによって清められる。


「セレナ、オレはただ、これからは何も気にせず好きに生きて、好きに振る舞う。そう言ったんだよ」


 アルスは一歩前に踏み出した。


「そこを動くな!」

 カディは組立式スピアを素早く作り、牽制するように一度振るうが、アルスの足は止まらない。

 二歩目を踏み、さらにもう一歩。

 アルスは無手であったが、セレナは直接戦闘の危険を本能的に感じた。

 それは強さの差によるものではない。

 どちらかといえば、挙動不審者を見つけた時に目を合わせてはならないのと同質の危険性であった。


「やるしかないか」

 セレナはシグルーンの起動タイミングを計る。

「やるなら早く始めよう。夜は短い……でも」


 さらに一歩、アルスは近づく。


「悪夢は永遠だ」


 その言葉は、カディのアレキサンドリアにおける十年を思い返させ、反射的に怒りが湧き上がる。


「悪夢なら間に合っている! お前の存在なんて泡沫うたかたの夢だ!」

 カディは覚悟を共に一歩前に、逆にアルスは大きく後方に下がった。


「恐れをなしたか!」

「悪夢は始まる。夜の帳が業火に灼かれ」

「なに?」


 カディは思わず頭上を見上げ、すぐにソレを視認した。


「なっ、ガヴァビス! まだ早いぞ! まだアレに……」


 待った無しだった。

 天から降りし業火は交差点中心部に爆着し、夜の暗闇が一瞬で目も開けない輝きの間に変える。


 衝撃と爆風、業火と飛礫!


 周辺ビル群の強化ガラスが衝撃で砕け散り、交差点は熱で融解して、クロスからストレートに変わる。

 ただ一発の巡航ミサイルが、コツコツ造り上げた街の姿を一変させ、そこは正に地獄と呼ぶに相応しい。


 アルスは後退していたとはいえ、退避しきれず、爆風に飛ばされ、熱で修復したばかりの服が燃え、肌も幾らか焼けた。もっとも、肌は焼けると同時に修復を開始し、これまでにない速度で完了させる。


カディ(あの女)は火の塊になって飛んでいくのが見えた。死なないだろうけど。セレナは……まあ、これでは生きてないね。本当に何もかも燃えちゃった」


 アルスの蒼い瞳は、爆炎に照らされ緋色を映す。


「燃える。全てが燃えている。でも、オレは気づいてしまった。オレには自分の中に燃やすものが無く、そしてこんな世界なんて、燃えてしまえばいいって事に」


 チラリと左腕を見る。

 いや、正確には火がついたままの、燃えている服を見た。


「せっかく修復したのに、こっちも燃えちゃったか。この服はダメだな。元々、オレに相応しくない。まず色が青ってのがダメだ。白にしよう」


 服の修復が始まり、服の色が青から白に塗り変わる。


「デザインもダメだな。これも変えるか」


 ナノマシンにより再構築される服装は、これまでのギョップ製のTシャツと日除けのパーカースタイルから、全身を覆うトレンチコートに変わる。

 純白のトレンチコートの裾は膝下まで伸び、正面は四つの太いベルトに銀色の金具で留められる。


 アルスは焔に照らされ、ビルから落ちてきた窓ガラスに映る自分を見た。


「昏い顔だ。その上、黒い。何処までも真っ黒だ」


 焔の揺らぎによる陰影は、昏く沈む眼をした少年の顔を、地獄の悪鬼が如く炙り出す。


「なら」


 アルスは左の掌で顔を覆う。


「こんな顔なんて入らない!」


 ブシュッ!


 自らの手で顔の皮を剥ぎ、それは左手にダランとぶら下がる。

 血肉を剥き出しにした顔の中、眼球が左下に動く。

 眼球の先には、だらしなく口を開いたままの、かつての自分の顔がある。


「ヤッバリゴノカオハクロイ」

 それは痛みのためか、唇を失ったためか、上手く発音が出来ないようだ。


「オレニカオナンテイラナイ」


 顔を失った血塗れの顔が白く染まる。

 いや、硬質化して浮き上がる白き亡霊の顔(ボルトマスク)


「モウナニモイラナイ。カオモトモダチモナニモカモ。タダコノクロイセカイヲ」



 その頃、カディは一瞬の気絶から目を覚ました。

「う…まだ生きていた。さすが一式『スクルド』の修復力ね。楽には死なせて貰えないか」

 カディはオートでペインブロックがアクティブになっているのを確認すると、まずさっきの爆発による熱で蒸発した目を優先修復した。


「ステータス更新」

 脳内ウィンドウからステータス情報を呼び出し、損傷具合をチェックする。

「火傷率六十二パーセント、脊椎部不全骨折、右前腕閉鎖骨折、及び裂傷…は修復まであと五秒か。完全修復まであと二分三秒。喪った体力だけはどうしようもないわね。せめてチョコを食べて立てるようにならないと……溶けてなきゃいいケド」


 うつ伏せのまま前を見ると、焔は百メートル先であった。

 カディは吹っ飛んだ先にあった街路樹に背中から激突し、この場所で気絶していたのだ。

 その彼女は火勢が弱まり、焔に紅く照り返す、真っ白い人を見た。


 それは地獄の業火に炙られた、白い仮面に白いコート。


「アレは……ヒッ!」

 カディは気がつく。

 白の仮面とコートを纏った人影の手には、先程まで相対していた少年の、顔の皮だった。

 我知らず、カディの歯がガチガチ鳴る。

「違う……アレは同盟プレイヤーが持ち込んだ『殺人鬼の人形』じゃない」


 ソレは、一目で理解出来る程に異質。


「まさか、アレが噂に聞く伝説の殺人鬼……」


 黒き殺意を白き仮面で覆い隠す、顔なき者。


「スヴァーヴァ!」


 数千年前から語り継がれる不滅の殺人鬼。

 ソレが、セレナの視界にいた。


 恐ろしかった。

 何が怖いかといえば、これまで人生で培ってきた価値観という尺度を受け付けない部分。

『他者の否定』を形として体現しているようだったからだ。


 カディが我知らず喉を鳴らした時、モロに白き仮面の下の紅き瞳が、こちらを見た。


 その瞬間、全身の毛が、それこそ陰毛に至るまで逆立った。

「ヤバイ、逃げないと……殺される!」


 それは確信。

 本能どころか魂のレベルで、一ミリでも離れろと命じられる。

 必死になって立ち上がろうとするが、立ち上がれない。

 両足の修復が終わっていないのかと思い、急いでステータス情報を確認する。

損傷無し(オールグリーン)』。

 良かった。なら立てるハズだ。

 足に力を入れる。

 しかし、動かない。

 麻痺状態かと思い、神経系のチェックをするが『損傷無し』だ。


 その時に気がついた。

 立てないのは損傷のせいではなく、百メートル先から、伝説の殺人鬼に見られたからだ。

 カディは「怯えて」いたのだ。


 スヴァーヴァはカディの方向へ身体を向けると、勿体ぶらず疾走した。

 カディは動けず、覚悟を決めた。


「今だ、エンクス!」

「分かっている! 宝具『雷鎖』起動!」


 この二人は、半ばカディが忘れていた同盟者のジン・アルビオンとエンクスだ。


 スヴァーヴァは踏み込んだ地点から半径二メートル内での、激烈な放電現象に見舞われた。


 これは予めエンクスが敷設していた結界宝具『雷鎖』の効果である。

 エンクスのゲーム参加特典として、一回限定であるがプラズマ結界を作り出す宝具を受け取っていたのだ。


「なんて奴だ。二万度のプラズマでも灼けないか!」

 宝具の持ち時間もあと僅かであった。

「エンクス、『雷鎖』の持ち時間を俺のタイムカウンターと同期させろ」

「了解だ」


 ジンの脳内ウィンドウにタイムカウンターが表示され、『雷鎖』の残数がカウントされる。


「ヤツが散布しかけたナノマシンは完全に死滅して、表面のコートも燃え始めた。いける!」


 ジンは正確にタイミングを測り、跳躍する。


「『芥の塵より来たりし時の駒人よ、今こそ旅路は終局、汝が火宅の最後の扉なり』。シグルーン《アンダカの鍵》!」


 結界陣型宝具『雷鎖』が自壊し、放電が消えると同時に、ジンはスヴァーヴァの直上より大出力のナノマシンを放つ。


 シグルーン《アンダカの鍵》。

 それは通常のシグルーン《塵壊破》と同じナノマシン侵食による分子構造破壊であるが、今回のはさらに威力を高めたものだ。


 ジンが発動前に唱えていたのはまさに呪文ルーンであり、これは呪文を唱える行為による自己暗示により、体内ナノマシンへより複雑なプログラムを構築し強力な効果を生み出す。


 《アンダカの鍵》は《塵壊破》よりも攻撃範囲が広く、磁界を同時に発生させる事で効果範囲の限定によるナノマシンの密度を高め、より強力により速く対象を塵に換える。

 本来であれば、強度に関係なく一瞬で塵に変換される。

 にもかかわらず、このスヴァーヴァは二秒ほど耐えた。


「バケモノが!」


 しかし、『雷鎖』のダメージが効いていたのか全く動けず、間もなく砂で作った城が崩れるように散っていった。


 ジンはフワリと着地し、再び無人の街に静けさが取り戻された。


「……………」

 誰も何も声を発しない。

 ジンとエンクスは、表向き不敵な顔をしていたが、その背中には生温い汗を大量に流していた。

 そう、彼ら自身も認めたくないが、百戦錬磨のシグリヴァであっても、その異質な存在に「怯えて」いたのだ。


 だが、それも終わった。

 正体不明の白き仮面とコートの殺人鬼は、塵となって消えていった。


 第二ターンは、こうして終了した。


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