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第十六話「五月四日『事象時戯の略儀』第二ターン“供物の祭壇”」

■現在:五月十五日 ??:??




 《少し端折らせて貰ったが、これがお前の辿った第一ターンまでの概略だ。》

 暗闇に包まれたアルスの脳内世界に、スコールのくぐもった声が暗闇の向こうから聞こえてくる。


「オケアノス……この男は何者なんだ」

 《オケアノスの名は有名だ。何者にも囚われず、自由の海を行く男。だが、そんな事はお前には関係ない。お前は徐々にオケアノスに篭絡され、その思想をオケアノスと一つにし始めていた》


「なぜお前がそこまで知っている?」

 《俺はクライアントからの依頼により、お前をずっと監視していた。五月一日の朝から、今日この瞬間に至るまで》

「なんだと?」


 《続きを見せてやる。お前の最後の良心を売ったその瞬間をな》

「待て! 誰だ、お前に依頼したヤツは!」


 しかし、アルスの思考は再び封じられ、新たなる記憶がインストールされた。




■過去:五月二日、一一:〇一



 ここは昨日と同じ喫茶店『温故知新』である。

 五月二日も、初夏とは思えないほどに暑い日だった。


「まずは見事といっておこう。初日で二人のシグリヴァを、それも優勝候補だった“雷駆”ヘングを撃破できたのは行幸だ」


 オケアノスはエアコンの効いた店内で優雅にホットコーヒーを楽しみ、アルスは三つ目のホットドッグをバクバク食べていた。


「ああ、お蔭でメシも美味い。いくらでも食べれそうだ。マスター、ピザトーストも頼む」

 アルスは前日とはうってかわり、遠慮なく食べたいだけオーダーする。


「初めての戦闘を経験して次の日にそれだけ食べられるのは、一つの才能と言っていい。お前には戦士としての素質がある」

「それはありがとう。第二ターンもこの調子でいきたいね」

「ふむ、相手から地の利を奪う俺の《滄海》は有利な状況を作り、常に先手を取れる。しかし、それも初回のみだ」

「昨日の、というよりも今朝方までの戦闘を見られているだろうから、対応策も用意していると」

「当然だ。俺のシグルーン《滄海》も状況を作り出すものであって、必勝を生みだすわけではない。もっとも相手が採るであろう対応策は、長年の経験から想像はつく。どちらにせよ、怖れるに足らずだ」


「対応策といえば、遠距離からの狙撃とかか?」

「“爆連段”ガヴァビスはその手でくるだろうな。問題は他のプレイヤー達だ。恐らくオレ達のように同盟を組み、組織戦を挑んでくるだろう」

「同盟ね。人数が多くなれば組織を維持するのは難しくなるのに、それが出来るのかな」

「必ず同盟を組んでくる。それ以外に俺達は勝てない」

「なら陣を構えて待っていればいい。来たヤツから首を刎ねてやる」


 力強いセリフを吐くアルスを、オケアノスは暫く無言で眺めた。アルスはその目に気がつき、まるで「お前にそのセリフは十年早い」と言われている気がして、少し腹を立てる。


「なんです?」

「……別に。一つ聞いておく。お前は初めて人を殺して、どう思った?」

 いきなりの質問に、アルスは少しだけ戸惑う。

「どうって……別にこれはそういうゲームなんでしょ? そんな事を気にしていたら、勝てる闘いにも勝てない、です」

「…………………………」


 オケアノスは無言であった。

「なんです、さっきから。言いたい事があるならハッキリと言ってください」

 アルスがイラついた声でせっつくが、相手はまるで動じない。重ねて質問をしてきた。


「お前は、せっかくの力を自由に振るう機会をどう捉えた?」

「質問の意図が判りません」

「いや、難しい事を聞いているつもりはない。俺はお前に聞きたいのだ。お前は善人か?」

「当たり前です。いたって普通の高校生であり、正義の味方です。オレが善人でなければ、この世には悪人しかいないことになります」

「いいね、その断言ぶり」

 オケアノスは嗤う。


「馬鹿にしているのですか?」

「そんなわけないし、また向けられる殺気も気に入っているさ」


 アルスにはこの男の言葉が全く理解できず、会話を重ねるたびにイライラした。

 したが、斬りかかる事もしなかったし、その場を立ち去ることもしなかった。


「アルス、俺は理由なき殺人はしない」

「いきなりなんだ?」


「何故なら、殺人鬼や悪人であれば、この世界では生きてはいけないからだ」

「………………」


「人が人を殺してはいけない理由。それは、人は一人では生きてはいけず、人と人との係わり合いで生まれる『社会』を維持するために、殺人という行為を否定しなければならないからだ」


「……殊更いわなくても、当たり前のことじゃないか」


仮令たとえ、自身が悪であると認識していても、『善人』という白い仮面を付けて生きていかなければならない」

「さっきから回りくどい。何がいいたいのです?」


「例えば、存分に人を斬ってみたいと願う、お前の黒い素顔を隠すために」

「違うッ、そんな事があるか!」

「そう怒らなくてもいい。誰かを殺したい、犯したい、奪いたい、壊したい、そして死にたい。他者も自身も両方とも破滅させたい破壊衝動は、強弱の差はあれ、誰もが持っているものだ。ただ、善人の仮面で覆い隠しているだけだ」

「さっきから善人だの仮面だの。オレが何者でもアンタには関係ないだろ」

「あるさ」

「ありません」

「同じだ」

「何が」


「俺もお前と同じく正義の味方を標榜しているからだ」


「一緒にするな」

「ふふ、声音と口調が変わったな。だが、それでいい。俺は言葉遊びをしているのではない。事実のみを伝えているのだ」

「アンタみたいな血腥い男が『正義の味方』? 片腹いたいね」

「血腥いは否定しない。だが、善人だけしか生きてはいけない世界では、仮面を付け続けるのは辛いことだ。だから、こういった『ゲーム』とやらが世界には存在する。心ゆくまで闘えるし、人を殺しても罪に問われない上に、勝てば賞金も貰える。俺達『善人と言う名の白い仮面』を付けた奴らのためにね」


「ち、違う」

「認めろ、アルス。この世界で生きていくのは辛い。何故なら優れたシグリヴァとして覚醒してしまえば、その力をオモチャのように使わずにはいられないのだ。ちょうど昨日出会った煨来円城が魔剣『心炎』を手にしたように」


 坊主頭の煨来円城。

 あの男は強かった。恐らく魔剣『心炎』を手にしていなければ、もっと着実にオレを追い詰めただろう。


「だから常に『白い仮面』を黒い素顔に付けなければならない。自分が正義の味方であるために。人の社会で楽しく遊んで暮らすために」

「そんな………」

「お前は特に頭脳において人よりも明晰だ。だから俺の言っている事の是非が理解できてしまう。これからの自分の人生を想像できてしまう。お前は自分の未来に何を見た? 自由に殺人剣を振るう姿か? それともシグリヴァとは縁のない普通の結婚生活か?」


 想像する未来。

 オレが未来に想いを馳せて、思い浮かぶのはセレナとの結婚生活ではなかった。


 浮かんだのは、煨来円城の首を宙に飛ばした時の映像。

 手に蘇るのは、煨来円城の首を宙に飛ばした時の感触。


 全身の血が滾り、思わず腰元に手を伸ばす。

 しかし、そこには太刀はない。

 当然だ。

 此処は、『善人という名の白い仮面』を被った人々の街中にある喫茶店だ。

 喫茶店に太刀は持ち込めない。


「ハァハァ……」

 アルスは手元に太刀が無いだけで、気が落ち着かなくなってきた。

 その姿は麻薬中毒患者の禁断症状にも似ていた。

 いや、同一なのであろう。

 彼は、戦闘時に分泌されていた脳内物質が切れてきたのだ。


 ブルルルブル。


 胸元のポケットに入れた携帯のバイブが起動している。

 この振動パターンはセレナだ。

 これで、朝から数えて十二度目のコールだ。

 しかし、アルスは胸元の携帯を取れない。

 此処では、上手く会話が出来る気がしない。


「どうした? 携帯がお呼びだ。取ってやれ」

「ハァハァ……オレは、もう、帰る」

 アルスは苦しげに息をしながら立ち上がる。

「ピザトーストはどうするんだ?」

「ピザトースト? そうだった、それはいらない。代わりに食べてくれ」

「ああ、戴こう。遠慮なく」


 アルスはフラフラ歩きつつ出入り口の扉を手に取る。

 カラランと軽快な音を立てて扉は開き、薄暗くエアコンの効いた店内と対照的な、眩しく燃えるように暑い街中に踏み出した。


 携帯のバイブは、すでに停止していた。



 一分後。


 ブルブルブルルブ。


 またしても携帯のバイブが起動した。

 この振動パターンは……アルスは考えるよりも先に携帯を手にして耳に当てる。

 声の主は……、

『早いな。俺からの電話を待ってくれていたのか』

 オケアノスだ。


「そんな訳無いだろ」

『だろうな。では第二ターンの作戦だ。やはり相手を有利なポイントに引き寄せるのが有効だ。そのためにも敵がそこに来て貰うために、何かしらの『エサ』を用意しなければならない』

「エサ? 何がいいんだ? 裸の女でも縛っておいておくのか?」

『俺が引っかかりそうだから止めておこう。『エサ』と詳細はお前の好みに任せる。では失礼』


 用がすんだ途端に電話を切るところは相変わらずだ。

 だが、アルスは頭に血を昇らせて怒る事もなく、むしろ脳内が活性化し始めていた。


「エサか」


 ブルブルブルルブ。


 再び携帯のバイブが震える。

 今度は通話ではなくメールだった。

 そこには簡潔に一文だけ刻まれていた。


『シグリヴァの最大のエサは、新鮮な死体である』


 先程の禁断症状は完全に消え、歩調もいつもの調子に戻る。

 家に帰りつくと空のリュックを引っ張り出し、ガレージに止めてあったスーパーフォアに跨り、再び街へと繰り出した。




■過去:五月四日、一九:〇六




 第二ターン開始四時間前。

『エサの準備は整ったな』

「エサというな。オレの友達だ」

『その友達を戦場に歩かせるとは恐れ入る』

「黙れ。怪我させないようにオケアノスも力を貸せ」

『それについては了解した。絶対とは言えないが、全力でフォローしよう』

「頼む」


 アルスは短く伝えると携帯を切った。

 オケアノスにくだくだしい説明は不要どころか、かえって有害だ。あの男は一から説明されたりすると、馬鹿にされていると考えるからだ。


 作戦は簡単である。

 時間近くになったら組ませたペアを順番に各所に行かせる。

 出発点であるバーベキューの場所から設定ポイントへの道は、敵が潜んでいる可能性が高いルートを選んである。

 アルスは先行して姿を隠す。

 セレナ達に渡したカメラの映像は、アルスのゴーグルとリンクしている。

 アルス自身の目とゴーグルからの映像の二つの視点で敵を探し、見つけ次第、奇襲作戦を敢行する。

 オケアノスはシグルーン《滄海》の射程距離百メートル圏内を維持しつつ、護衛に入る。


 何も知らない友人一同は非常に危険な状況に置かれるが、アルスには勝算がある。

 必ず無事に遂行してみせる。


 アルスは友達を囮にする事に、不思議なほど罪悪感を抱いていなかった。

 当然のように彼らを使い、当然のように今の状況を受け入れていた。


 そう、今の状況を疑問にすら思わない。

 オケアノスが言う処の、『善人と言う名の白い仮面』が取れかかっているのだろうか。


 そして、その時は訪れた。




■過去:五月四日、二三:〇一



 第二ターン開始から一分が経過した。

 静まり返っている旧晴海を一組の男女が、手元のライトを頼りに歩いている。

 ヒラムネとアーリアのペアだ。

 ヒラムネはアーリアをチラチラ見ながら歩いていた。


「なに? さっきから」

 聞きたい事があるなら自分から聞いてくればいいのに、何か言いたげに見ているだけのヒラムネに、アーリアもさすがに鬱陶しくなったようで彼女から口を開いた。


「あのさ、アーリアはアルスの事が好きなのか?」

「何です? 藪から棒に。暗い所で二人きりだから口説こうというなら無駄ですよ」

「いや、その気は全くない。ただ、アイツにはセレナがいる。俺から見るとお似合いなんだが、アーリアからすると違うのか?」


 アーリアは応えることなく、目標ポイントに向かって歩を進める。

 ヒラムネは特に回答を求めていなかったので、強いて督促せず、黙って三歩前を歩くアーリアの背中についていくだけであった。

 このペアの目標ポイントは、アーケード街の中間点にある駐車場である。

 到着すると、一番奥の駐車スペースに蛍光色で光っている札が置いてあり、すぐに分かった。


「……結局、一度も驚かされなかったな」

 ヒラムネが独り言のように呟くと、今度はアーリアも応えた。

「アルスは驚かし役って自分で言っていたけど、それはフリで、本当は安全確保って言っていたわ。転んで動けなくなったりしたら、運んでくれるって」


 アーリアがアルスの事を喋る時には、他とは違う温かさがある。

 きっと彼女には、何処かで自分を見ているアルスの視線を感じているのだろう。

 ヒラムネは特にアーリアに対して恋愛感情を抱いていないが、流石に妬けるモノがある。


「なら、そこの札を取る時に転んで見せたら? アルスがすっ飛んでくるぞ」

「イヤよ、せっかくアルスが綺麗に管理している脚に傷なんて付けられないわ。それに、私は面倒の少ない女だから」

「へぇへぇ、それだけ好きならアタックして玉砕した方が面倒はもっと減るのに」

 すると、アーリアは振り返り、フッと柔らかく微笑んだ。

「ねぇヒラムネ。私は確かにアルスが好きだけど、そのために他の全てを壊して良いだなんて思っていないわ」

「……どういう意味だよ」

「私はね、アルスも好きだけど、アルスが作ってくれる場の空気も好きなの。だからセレナとも仲良く出来るし、ヒラムネが気遣っている事に気が付けるわ」


 アーリアの微笑みは、灯りに照らされなくとも輝いて見えた。その笑顔を見て、ヒラムネがそれ以上、何を言えたであろうか。

 ヒラムネは自分の中にあった屈託が消えるのを感じた。


「そっか。ならいいさ。さ、そこにある札を持って帰ろう」

「ええ、そうね。もう十一時を回っているし、急ぎましょう」


 アーリアは屈んで、地面に置いてある札を手に取る。

 立ち上がり、来た道を戻ろうと振り返った時、ヒラムネの頭上にいる、白い仮面と白いマントの人影を見た。


「…………」

 思考が追いつかず、だからこそ恐怖も感じなかった。

 それが何なのか、咄嗟に理解出来なかったし、言葉にも仕様がなかった。

 敢えて言葉にするなら、何アレ? といった所であろう。


「ん、どうした? 俺の後ろに何かいたか?」

 アーリアの様子に気がつき、視線の先にある後ろを振り向いて見上げると、ソレはモロにヒラムネを見た。


「ヒッ!」

 ヒラムネは一目あった瞬間に、心の底から震え上がった。

 彼にとって、それが幸いした。

 白仮面はヒラムネ目掛けて急降下してきたが、恐怖によって腰が抜けたためにストンと座り込み、すれ違いざまに抱え込もうとした白仮面に掴まれなかった。


 白仮面はヒラムネを取り損ねても速度を落とさず、その勢いのままアーリアを抱え上げ、風の如く立ち去っていった。


 後に残されたのは、腰が抜けて地面に座り込んだまま失禁したヒラムネと、アーリアが攫われた時に落とした蛍光色の札が一枚だけであった。



 同刻。

 アルスは全速で走っていた。

「しまった! なんで携帯やネットがジャミングされる可能性に気がつかなかったんだ!」

 オケアノスとも全く連絡がつかない。

 すでに携帯と脳内ネットリンクによる索敵は諦めていた。

 このジャミング効果は、エンクスのシグルーン《トロイ》によるものだ。広域に渡り、あらゆる電波を吸収され、オンライン環境にも影響を与えていた。


「オケアノスの経験によるフォローに期待だけど、オレがまずヒラムネとアーリアを確保しないと」

 アルスは最後のペアであるヒラムネ・アーリア組の前までは半ば並走しつつ、索敵と護衛を行っていたが、ゲーム開始の午後二十三時キッカリに携帯が使用不能になり、おまけに最後のペアに追いつくための最短ルートが塞がれていたのである。


 彼は事前に下見をし、当日も最終チェックもしていたが、恐らくバーベキューをしている間にルートを塞がれたのだろう。

 それも最後のペアだけ。


 アルスは焦りに焦りながらも、全速で走った。


「アルス!」

 その声は下からだった。

「オケアノス! 今まで何処に!?」

「それはこちらのセリフだ。勝手に走り回るな。俺の《滄海》圏外に出るなと言ってあったハズだ」

 言われてアルスは八つ当たりした事を恥じ入る。

「済まない。少し慌てていた」

 オケアノスは頷く。

「連絡を絶つのは常套手段だ。裏を返せば敵は近い。今こそ罠に嵌めてやれる」

「しかし、ヒラムネとアーリアを確保しないと」

「慌てるな。まだ捕まったと決まったわけでもない。また捕まったとしても、すぐには殺さない。お前をおびき寄せるエサとして使う為にも、死んでいると不都合だ。まずは落ち着いて二人のルートを辿るぞ」

「わ、分かった」


 オケアノスの言に、アルスの気持ちも落ち着いてきた。

 確かに言われた通り、死んでいればアルスは無理に追撃しない。

 極力、自分の心気を乱すために生かすであろう。

 さすがオケアノスである。

 経験に裏打ちされた男の言葉は、とても頼りになる。


 オケアノスは再び地面に潜り、アルスは建物の上を疾走した。

 すると間もなく向こうから走ってくる存在に気がついた。

 ヒラムネだ。

 彼の顔は涙でグチャグチャであり、走るフォームはメチャクチャであった。

 身も世もなく、ただひたすらにこちらに逃げてくる。

 アルスは隣にアーリアがいないのを見て取り、不吉な予想をした。


「ヒラムネだけ!? アーリアは何処に――ヌッ!」

 アルスは頭上にいる、白い仮面を付けた何者かの存在に気がついた。

「お前が敵か!」


 上から急降下してくる白仮面に対し、自慢の太刀『備前兼光』で迎撃するが、太刀は白仮面の身体をすり抜けた。

「幻術だ!」

 地面よりオケアノスが叫ぶが、間に合わない。

 最早、後悔を口にする間も無かった。

 真横には、大上段に構えた白仮面が、今、正に大刀を振り下ろした。


 ドガンッ!


 爆音と共に地面が砕け散る。

 正確には、地面だけが砕け散る。


 ……右九十度横にいるアルスを外して。


「ッ!?」

「でやッ!」

 アルスは掛け声と共に、隙だらけの白仮面の首を切断した。


「助かった、オケアノス」

 首から迸る血に身体を濡らしつつ礼を言う。

 ネタを明かせば、白仮面が大刀を振り下ろす瞬間に、オケアノスは白仮面の足元の地面を九十度反時計回りに回転させたのだ。


「幾ら何でも油断が過ぎる。お前の今日までの鍛錬を全て捨てる気か」

「済まない」

 としか言い様がない。

 師の顔に泥を塗ってしまった。

 呼吸を落ち着け、刎ねた首を確認する。

 白い仮面を取ると、全く見覚えの無い男の首だった。


「コイツは伝説の殺人鬼、スヴァーヴァって奴か?」

「いや、違う。スヴァーヴァに扮しただけの人形だ」

「人形?」

「コイツの肉体は既に死んでいる。恐らくは死体の鮮度を保ち、遠隔操作するシグルーン《人鬼傀儡》と呼ばれるものだ」

「遠隔操作するって事は、他にも人形を用意している可能性は極めて大だね」

「当然だ。最初に上から襲ってきたのは幻術。これは他のシグリヴァの仕業だろう。幻術体で注意を引き、隠れていた人形によって一撃で倒す。それが、この人形遣いの手管だ」


 よくもまあ、あの一見で理解できるものだと、アルスは感心する。

 逆に説明を受けて漸く解る自分は、オケアノスに遠く及ばないと思った。


「ヒラムネはみんなのいる方に走っている。悪いけど一緒についてきてくれ」

「了解した。だが第二ターンが開始して既に十分が経過している。お前の友人達も危険に晒されているかもしれない」


「向こうにはセレナがいる。勘のいいセレナなら、もう逃げている」

 これは予測というより、ただの願望であった。

 もし、向こうが危険な状況であれば、セレナは逃げたりせずアルスを探しに来かねない。


「とにかく急がないと」

 気の急くまま走る。

 横にはオケアノスが並走する。

 当初の作戦などあったものではない。

 いや、呼んだ人数が多すぎたのが、そもそもの失敗だ。

 しかし、二十三時まで引っ張るには人数が必要だから、いや、そのせいでみんなに危険が迫っているのは本末転倒で……


「アルス、落ち着け。もう矢は放たれた後だ。これから起こる、或いは既に起こった結果を受け入れろ」

「出来るか!」

「なら、何故こんな作戦を考えた?」

「なんだよ、こんな時に!」

「こんな時に苛立っているのはお前だ、アルス」

「なに!?」

「本当に分からなかったのか? それとも守りきれると思ったのか?」

「後にしろ。オレと同盟を組むなら、オレの意思を尊重して助けろ!」

 アルスはそう言い捨てると、速度を上げオケアノスの前を行く。

 その背中を見送りながら、オケアノスは呟く。


「まあ、箱の中の猫が生きているか死んでいるか、開けてみるまで分からないか」



 今、一歩ずつみんなのいるパーティエリアに近づいている。

 高校に入ってから、文化祭を通じて知り合った仲間達。

 ネット掲示板にゼロヨンレース出場するためのチームメイトを募集し、一番に仲間に入ったヒラムネ。

 爆音と共に正門前にバイクを横付けして、入学二日目にして停学を喰らったセレナ。

 パーツ屋を親戚に持つアーリアが加わり、気がつけば十一人の大所帯になっていた。


 夏は天空海に泳ぎに行き、秋は大雪山にキャンプに行き、冬は同じく大雪山のスキー場に行った。

 セレナと恋人関係になり、アーリアがアルス式美脚プログラムのモニターとなり、公私共に楽しく充実した毎日。


 これ以上、何を望むのか?


 其処までアルスの思考が辿り着いた時、四月三十日に会い、このゲームに参加するきっかけを作った『弥勒寺道義』の言葉が蘇る。


「でも、君は知りたいのだろう?他の何を置いてでも」


 違うとは言えない。

 他の何を置いてでも、知りたい事がある。

 アルスの中で、既に天秤は傾いている。

 それでも彼は自分にとって、最良のゴールを夢想する。


 ゴールは其処に、目前に、厳然と存在した。


「…ォ」


 散らばる手足、転がる頭部、広がる血の海。


 その見覚えのある頭部は………マチコとカオリとアユミとタクヤの四人。


「ォオオオオオオオオオオオッ!」

(ォオオオオオオオオオオオッ!)


 過去と現在のアルスにより、共鳴するハウル。

 それが、アルスの選択が齎したゴールの正体だった。


「見事な切り口だな。まず両脚を切断して逃げられないようにしてからバラバラにしている」

 追いついたオケアノスは一目で死体の状態を判断し批評するが、慟哭するアルスには届かない。


「なんで、なんでこんな酷い事が出来る! こんな事をするなんて人間じゃない! 悪魔だ! 鬼畜だ!」


 足下に転がっていたマチコの頭部を抱き締め泣くに哭き、叫びに血が混じる。

 オケアノスは背後で暫く黙って、アルスの慟哭を聞いていたが、やがて口を開いた。


「何を言っているんだ。これはお前の好みで決めた作戦による結果だ。作戦を決める場合、幾つものシナリオを用意する。上手くいった場合、イレギュラーな事象、失敗した場合の最悪のケース。今回はその最悪のケースだった場合だ。お前は想定しなかったのか?」

「なんで、なんでみんなの死体を前にしてそんな事を言うんだよ! お前だってオレの作戦に賛成したじゃないか! 責任の半分は担っているハズだろ!」


「そうだな」

 あっさりと認めるオケアノスの反応に、アルスの怒りに火がついた。

「お前の経験で作戦に不備があるなら修正してくれてよかったじゃないか! それもせずに何が『そうだな』だ! お前はみんな死んで何とも思わないのか!?」


「気の毒に、とは思う。だが、それ以上の事はお前から作戦を聞いた時点で済ませている」

 それを聞いて、涙に濡れた顔をオケアノスに向けた。

「なんだと」

「俺は作戦を聞いた時点でこうなると思っていた。恐らく殺されるだろうと」

「ならなんで止めない!」


 オケアノスは間を置き、静寂が訪れた。

 アルスは静寂に圧され、言葉が出ない。


「言ったろ? 俺の素顔は『善人という名の白い仮面』に隠された殺人鬼の顔だと」

「……!」

 アルスは絶句する。


「アルス、オレはお前の決定した作戦には従うし、全力も尽くす。しかし、内容については何のコメントもしないし、結果に責任を負うものではない」

「…………」

「何故かと問うか。答えよう。俺が興味を持つのはお前の友人の命ではなく、お前自身が決めた内容とその結果のみだ。だから今回の結果について、俺はお前に掛けられる言葉は『残念だったな』の一つでしかない」

「…………」

「理解してくれたな?」


 結果は認められなくとも、オケアノスの言いたい事は認めざるを得なかった。

 初めからオケアノスは失敗を予測しつつ、好きにさせていたのだ。

 裏を返せば、アルスがこうやって死体の頭部を抱いて泣き喚くのを見るためでもあったのだ。

 少なくとも、アルスはそう思った。


 アルスはマチコの頭部をそっと置くと、ユラリと立ち上がった。


「漸く立ったか。周りをよく見てみろ。死体の数が四体しかない。さっきの少年は走って逃げたようだな。血の足跡が残っている。他の五人は逃げたようだ。どうするのだ、追うのか?」

 アルスは、セレナの死体と彼女のバイクが無い事に気がついた。

「セレナを探さなきゃ」

 アルスは呟くと歩き出し、次いで駆け足になり、走り出した。



 そして、十分後。

「く、ワラワラと出てきやがったか、この忙しい時に!」

 周囲の建物には、白い仮面に白いマントを身につけた殺人鬼スヴァーヴァが七体、上から見下ろしていた。


「オケアノス、降りてきた奴を殺る」

「了解した」

 オケアノスは既に地面に潜り、己がシグルーン《滄海》を展開する。

 アルスは両足首をシグルーン《カスケード》で機甲化し、地面に浮かび上がる。


「行くぞ!」

 アルスは頭上を警戒しつつ、液状化した大通りを駆け出し、白い殺人鬼達は一斉に上から降り注いだ。


「《響鳴》!」

 闘気のソナーで存在を瞬時に確認すると、実体は一つのみ。

「読み通りだ! お前達は姿を見せて闘うタイプじゃない!」

 アルスの《カスケード》は水面と化した地面の上を滑るように移動し、実体のあるスヴァーヴァを回避。上から飛び込んできたスヴァーヴァは、着水音と共に地面に沈んだ。


「まず一つ!」

 数えつつ首を刎ねる。

 その隙を狙われた。

 水面ギリギリを素早く移動してきた『何か』に襲われ、背中から斬られた。


「く、なんだ、コイツは」

 その姿は正に異形。

 カエルの頭部に、女性のような曲線のある身体。

 このカエル人間は両手足で液状化した地面の上を滑り、肘に装備した剣で斬ってきたのだ。


「それはボクの機獣《ヘカト》。多産と復活を司る女神を召喚したよ」

 その声はやはり建物の中から聞こえてきた。

 声は明らかに女性なのに、一人称が『ボク』と珍しかった。


「アルス、そいつは召喚士が使役する機獣だ。機獣は大概特殊なギミックが搭載されているが、そいつはお前に渡した《カスケード》と同じギミックだ。それも相手の方が早い」

「だが攻撃方法は接近戦のみだ。仕掛けてきた瞬間を狙う」

 この時のアルスは、完全に冷静さを欠いていた。予測は全てにおいて甘く、それこそ『思う壺』に嵌められていた。


 蛙の女神ヘカトは正面から攻めてきたが、それは陽動である。

 オケアノスはそれに気づいていたが、言っても無駄であり、どっちにしろ間に合わないので放っておくことにした。


「その蛙ヅラを車に轢かれたカエルのようにビルに貼り付けてやる!」


 バシュッ!


「……あれ?」

 アルスは太刀を持った右腕が、いきなり軽くなり、不思議そうに右手を見る。

 そこには、在るべき右腕が無くなっていた。

 遅れてタンという小さな音が聞こえてきた。


「ナンじゃこりゃァッ! オレの右腕が!」

 遠距離からの狙撃であり、オケアノスにはそれが“爆連段”ガヴァビスの仕業だと、すぐに理解した。したが、対応策はない。

 苦痛に耐えつつ建物の中に入るアルスの行動は、狙撃には対応出来るが、中で待ち構えるスヴァーヴァに喰われにいくようなものである。

 つまり、アルスは詰んでいた。

 さてどうしようかと考える時間もなく、周囲には煙幕が張られた。


「声だけで失礼します。貴方が“蒼海のオケアノス”さんですか? 私はカディ・ケースといいます」

「知っている。例の“屍喰の聖女”だな」

「お見知り頂き恐悦至極に存じます。では、お命頂戴いたします」


 オケアノスは地中で素早く位置を変える。直後、目の前の地面が消滅した。


「なるほど。これはジン・アルビオンの《塵壊破》だな。思った以上の人数が同盟に参加していたか」

 こうしてアルス・オケアノスのコンビは分断され、二人は各個撃破されていく事となった。



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