第十五話「五月一日『事象時戯の略儀』第一ターン」
■五月一日、〇八:〇一
『事象時戯の略儀』第一ターンが始まる朝、家の前に三十歳前後の男が待ち構えていた。
「やあ、お前がアルス・ミカミ・フォーリナーか?」
「そうだけど、どなたです?」
アルスと呼ばれた少年は警戒心を隠さず、いつでも飛びかかれる態勢にシフトした。
「ゲーム時間外の戦闘は御法度だ。説明書を読んでいないのか?」
言われて少年の頬が赤くなる。
その様子を見て、男は和んだのか、口調が柔らかくなった。
「初心者か、ならしょうがないな。私の名はオケアノスだ」
「承りました。で、その御仁が子供に何の要ですか?」
「何、少年の師匠とは旧い知人でね。少年がゲームに参加すると聞いて、顔だけ見ておこうかと思ったのさ」
「師匠? 九月斎先生のお知り合いですか?」
「忘れられる位に旧いがね。ここで立ち話も何だから、フォルテシモ商店街の『温故知新』という喫茶店に来てくれ。あそこなら誰も客はいない」
ここでの要は済んだとばかりに、オケアノスはアルスの返答も聞かずさっさと歩き去った。
喫茶『温故知新』は十一時のオープン時間ちょうどに入れば、すでにオケアノスはコーヒーを飲んでいた。
「やあ、こっちだ」
他に客がいないし、テーブル五つとカウンターだけの狭い店なのでコッチもソッチもない。アルスは黙ってオケアノスの正面に座る。
「朝食は?」
「ランチと一緒に、ここで済まそうと思っています」
「ならオススメは『温故知新ドッグ』だ。飲み物はアイスでいいな? マスター」
オケアノスはアルスの返事をまたしても聞かず、正確にアルスの好みと気分を見抜いていた。
オケアノスはオーダーを済ませると、目線は手にしていた電子パッドに下ろされた。
どうやら、オーダーした物が出てくるまで喋る気は無いようだ。
アルスがジッと観察しても、全く気にしていない。
観察したままなら、初見通り三十歳前後であろうが、シグリヴァの年齢は雰囲気で判断するしかない。少年の拙い経験では、目の前の男の年齢は全く測れないが、百歳以上の年齢だろうと当たりはつけていた。
そして、それは正解であった。
ただし、少年の想像を遥かに超えていたが。
程なくアイスコーヒーと温故知新ドッグが出てきた。
取り敢えずミルクもシロップも入れずに飲んでみると、非常に香ばしい香りが漂い、飲んでみれば造詣のない少年ですら美味しいと判る味わいであった。
温故知新ドッグも一口食べると、挟まっているウィンナーから熱い肉汁が弾け、その熱さに思わず口から離した。
「美味い」
それ以上なにも言えなかった。
見た目は、ホットドッグ用のパンにウィンナーだけのショボいホットドッグにしか見えないが、熱々のウィンナーはハーブ仕様であり、パンとの間にはキャベツの千切りがマスタードとケチャップと共に挟まっていた。
シンプルなのに、非常に美味しかった。
「ご馳走さま」
気がつけば夢中で食べ終わっていた。
少年は寂しげに、空になった皿を見る。
「お代わりするか?」
すると、それまで黙っていたオケアノスが声を掛けてきたが、アルスは首を横に振る。
「いえ、もう十分に戴きました」
「では本題だ。私と手を組まないか?」
言葉の意味を理解するのに数瞬を要した。
「……は? まだ初対面同様なのに、信頼関係もないのに共闘ですか?」
するとオケアノスは、アルスの眼前に右手をかざす。
「経験のない初心者である自分をおだて、同盟関係に引きずり込み、隙をみて後ろからグサリと裏切るのではないか? そもそも何故自分と組もうというのか? 取り敢えずの疑問はそんなところだろう?」
「…………」
イヤな男である。こちらの考えを全て読んだ上で、会話を進行させているのだ。これでは言葉を挟む余地がない。
「答えよう。経験もない高校生を、世界最強都市ラーノスがプレイヤーに選んだからだ。
これはお前自身も疑問に思っているだろう。理由は私も知らない。出場予定の前任者が事故で死んだのは事実だが、お前の選定については不明なままだ。
考えられるのは、手の内を見せたくないので、使い捨ての駒としてお前を投入した可能性があるが、私はそう考えていない。
何故なら、今回のゲーム会場としてラーノスは自都市開催をゴリ押ししたが、それが前任者の事故死後だった事だ。その段階では出場プレイヤー不在。ラーノスはプレイヤー選定が決まらず、派遣に間に合わないかもしれないので自都市開催にしたいと言ったが、到底まともに受け取れない。
そして常識的に考えて、開催前日にプレイヤーにアプローチするとは考えられない。
考えられるのは、お前自身に秘密がある場合だ。
とはいえ、その顔だと深い秘密を知っているようには見えない。
お前も薄々感じている、本人ですら見えない秘密。
さしずめ、お前の目的はそれを知るためであり、求めるのは『漆黒の閲覧許可証』とみた」
「…ぐぅ」
ぐぅの音しか出ない程の、完全回答である。
なんと取り繕おうと、完全に見抜かれているこの状態では反論も虚しいだけだ。
何より困るのは、ここまで見抜かれているという事は、ゲーム中においても先手を取られ続ける事になる点だ。
「はっきり言おう。このまま闘えば、お前は第二ターンあたりで殺されるだろう。明確な戦略がない限り、闘う事に意味はない」
オケアノスはバッサリと断ずる。
「“爆連段”ガヴァビス、“雷駆”ヘング、いずれも名うての傭兵だ。経験値のないシグリヴァでは勝てない。何よりお前には固有のシグルーンがない。これでは罠にかけようもない」
「シグリヴァの闘いは、如何に固有のシグルーンに嵌めるかがポイントだからですか?」
「その質問からして拙いな」
自分が未熟なのは知っている。だからと言って、退けない闘いもある。
「ご忠告は感謝します。ただ自分は響庵九月斎先生に教わった響派九月流の真髄となって闘うだけです」
アルスは立ち上がり、財布から金を出そうとした所で、気がつけば椅子に座っていた。
「ッ!?」
再び立ち上がるが、視界が下降して椅子に座った状態になる。
(超スピードで何かされたのか? そんな素振りは無かったのに! それとも催眠術か幻術か? いや、そんなチャチな事じゃない。落ち着け、マトモに相手をすれば頭がおかしくなる!)
「そう何度もッ」
もう一度立ち上がろうとするが、今度は立つ事すら出来なかった。
アルスが目の前に座る男を睨むが、男は知らぬげに冷めたコーヒーを飲んでいた。
「……なるほど、これが貴方のシグルーンってヤツですね」
「理解できたか。私からすれば剣術遣いなどイージーな相手だ。まともに相手をしなければいい」
シグリヴァ・レベル1の少年は何一つ言い返せなかった。闘っても一矢報いる事すら出来そうもない。
「理解が辿り着いた所で同盟の話だ。お前には有利な条件を提示する。まずお前を優勝させる。そしてお前は優勝特典の許可証を受け取り、私は賞金の全額を受け取る」
このゲームは相手プレイヤーへの殺傷は認められているが、それが目的ではない。
ゲーム勝利条件は、最終ターン終了時に十二個のチェスメキアを所持している事である。
もし、相手に悟られず盗み出すシグルーンでもあれば、誰も殺さずに優勝可能だ。
「口約束で大丈夫なのですか? 優勝した後にオレが金を惜しんで総獲りするかも」
「予め賞金の振込先を俺の口座に指定しておけばいい。ただし許可証は貸与も譲渡も不可能だ。これは優勝者だけしか手に出来ない」
「許可証は目的じゃないのですか?」
「逆に聞き返すようで恐縮だが、『そんな物』いるのか?」
「どうしてです? 『黄金の通行許可証』とかあればビザを発行しなくて済むし、『真紅の殺人許可証』があれば警察に追われる事も無いと思いますが」
「俺はこれまでに一度もビザの申請を出した事もないし、咎められた事もない。もっと言うと、賞金首に指定された事はあるが、現在は全て取り下げられている」
少年の一般論に、世慣れた大人は含み笑いをする。
「つまり『許可証』なんか無くとも力で黙らせる、という事ですか?」
「当然。金だけ貰えればいい」
「でもオケアノスさんも何処かの都市の代理人で、権益確保も仕事ではないのですか?」
「オケアノスでいい。優勝は依頼内容にあるが、出来なくとも文句は言われない」
「言われても力でねじ伏せると」
「その通り。俺は俺の都合を推し通す。今回は興味の湧いたお前が対象だがな。で、どうなのだ? 同盟に応じるか?」
問われたアルスの回答は既に決まっていた。
だが、即答しなかったのは、流されたまま選択した気がしたからだ。
「迷うのは良い事だ。思考の伴わない回答に重みはない。だが時としてどうしようもない流れというものがある。逆らえない海流に如何に乗り切るか。俺はそれこそ人生の舵取りだと考えている」
少年の気持ちは固まった。
「了解しました。同盟をします。ただし組むからには対等である事が前提だ。正しい指示には従うし、出来る事は何でもする。だけど」
「命令には従わない。その言や可し。では、お前には俺のシグルーンの正体を教え、それに対応したシグルーンをインストールしよう」
■五月一日、二三:五一
「俺が手に入れた参加特典、魔剣『心炎』は潜神力を引き出し、闘気を極限まで高める!」
坊主頭の煨来円城は、第一ターン開始早々に隠れていたアルスを発見し、猛攻撃を仕掛けてきた。
(コイツの動き、さっきの初見とは全く違う! これが魔剣の効果か!?)
考える余裕が無い程の斬撃の嵐!
単純に剣技を比べれば、明らかに円城がアルスの上をいっていた。
「どうした! お前は芸なし猿か? なら俺に斬られるぞ!」
円城には余裕があり、アルスが付け込める隙はその余裕が生む慢心にしかない。
「む、斬ったと思ったが、残像か」
「響派九月流《鮫襲》!」
円城の死角より、刃状の闘気を放ったが、軽く魔剣を一閃させ打ち消された。
「そんな微弱な闘気では、俺に傷一つ付けられない。それに隠れ方もなっていない。だから、俺の隙を上手く突けない。《輝剣》!」
円城は魔剣『心炎』の刀身を闘気で輝かせ、視界を封じた。アルスは間合いを取りながら目を庇う。
視界が戻ると、円城の姿は何処にも無かった。
「いない。響派九月流《響鳴》!」
闘気のソナーによる索敵技で反応を伺うが、全く反応が無かった。
「生物の反応がまるでない。闘気をゼロにして気配を絶つ《気殺》でも使っているのか?」
こうなると迂闊に動けない。
それは直感であった。
「っ、背後か!」
振り返りつつ刀で薙ぐが、誰もいなかった。
波立つ心を鎮め、攻撃の瞬間に迸る殺気の察知に神経を集中させるが、円城の攻撃は全てにおいて少年の予測を超えていた。
「気のせい…カハッ!」
アルスは、背後の自販機の中から伸びてきた『心炎』で胴体を貫かれた。
「自販機の中だと? 違う、身体が自販機そのもの…『変化の術』か!」
「正解! 我が銘“変幻抜刀”の由来だ!」
自販機は一瞬で円城の姿に戻り、引き抜いた脇差をアルスの頭部に突き刺す。
が、今度はアルスが早く、その手を掴んだ。
「お返しだ。響派九月流《汐音》!」
この業は闘気による振動波攻撃。分子レベルで振動させ、組織崩壊させる。相手の強度に関わらず効果は高い。
「だが、効かん!」
円城も闘気の振動波を発し、アルスの《汐音》を中和した。
「ちくしょう!」
アルスは前蹴りで円城を飛ばして後退するが、またしても円城は一瞬で姿を消した。
「目を離していないのに、それ程に変化速度が速いのか!? ここに留まるのは不利だ」
アルスはその場から離脱すべく走り出した。
目標地点は通りの交差点中央。
アルスは無事に辿り着き、《無行の位》で待ち受ける。
「周囲に物が無ければ変化する余地はなくなる。次の一合が最後の邂逅だ!」
この日、アルスが手にする太刀は『備前兼光』。
師・響庵九月斎から拝領した銘刀である。
抜身の太刀を手にしているだけで、自分でも驚くほど気が鎮まる。
それは銘刀への信頼感か、或いは刀そのものが持つ魔性か。
円城の奇襲に備えていたアルスの心眼は、右斜め後方からの殺意を捉えた。
何より奇襲してくるなら、対応しにくい右斜め後方という読みもあった。
「響派九月流《渦薙ぎ》!」
右回転による、遠心力を乗せた横薙ぎの一撃。
狙いとタイミングは完璧であり、地中から出現した円城の胴体を切断した。
しかし!
「この手応え、分身!?」
見れば、円城の胴体切断面は砂利だった。
「しまった!」
気付いた時には遅かった。
まだ立ったままの下半身の切断面からから紐が伸び、アルスの身体を縛る。
「交差点中央。お前がここに来る事は簡単に予測出来た。『変化の術』を見せれば周囲に物の少ない場所に移動する。そこに罠を張って動きを封じる。正に『思う壺』というやつだ」
円城は魔剣『心炎』を両手で握り、直上に掲げる。
「そしてこれが冥土の土産だ。かつてこの世界を制覇した帝国の立役者『ナイトオブラウンズ』の筆頭騎士が所有していた魔剣『心炎』による最強奥義!」
円城の闘気が倍以上に膨れ上がり、それは肉眼でも確認できた。
「《心炎瀑布衝》ッ!」
それは闘気による光の閃撃。
刀身から一直線に放たれた闘気は亜光速で奔り、衝撃波と共に旧晴海の夜を貫いた。
光が駆け抜けた時、光に包まれたアルスはなく、その背後にあったビルに風穴が空き、穴からは亀裂が少しずつ広がっていく。
「ハハ、見たか少年! これが魔剣の真の力! コイツがあれば、この“変幻抜刀”の円城は無敵だ! アハハハハ!」
仰け反るほど高らかに笑い、夜の廃墟に木霊する。
「いや、いらないでしょ。人一人殺すのにオーバーキルもイイところだ」
その声は、笑う男の真後ろから聞こえた。
「なっ……ッ」
剣士の直感で正面にダイブするように飛び、直後にアルスの唐竹割りが振り下ろされた。
背中を見れば、完全に避けきれず少し背中を斬られていた。
「バカな、どうやって!?」
振り返りアルスを見れば、拘束していた紐は切れ、何よりその身は地面に立たず「浮いて」いた。
円城はアルスの両足首に気がつく。
「機甲化させた足首で地面の上に浮いているのか。そのフロート・ユニットはMHD推進方式だな。プラズマの精製はカロリーを喰う。素早いのは認めるが非効率だぞ」
「いやいや、効率を勘案する状況ではないのでね。否応無く使わざるを得ないのさ」
「俺の《心炎瀑布衝》の回避には役立つようだが、俺はお前が腹を減らして倒れるのを待っていればいい。そんなにゆっくり構えていていいのか? 一秒毎に、お前の持ち時間が無くなるぞ」
すると少年はプククと、何とも腹の立つ笑いをしていた。
「奇遇だ。持ち時間が無いとは言い得て妙だね。さっき罠を張り思う壺に嵌める話は大変参考になった。仰る通り、罠は相手が辿るであろう場所に張り、相手の期待に応じた状況を構築するのがポイントだ」
「何が言いたい?」
円城は目の前の少年の余裕を見て、警戒レベルを引き上げる。
「何でも、会話の内容なんてナイヨウ」
その回答は、これ以上ない程に人を食っていた。
「……一度死んで見るか?」
「やってみろ! お前の足元を見てからな!」
ズンッ!
円城は膝をつく。
「これは!?」
いや、正確には足首までが無くなり、支えを失った足が膝をついたのだ。
足だけではない。
地面に触れた手も融け始めた。
「これは《液化》のシグルーンか!」
「ご明察。俺はこの場所におびき出して、ただひたすら時間を稼いでお前の持ち時間を減らせればよかったのさ。足首を無くした剣士なんて案山子も同然! その首貰い受ける」
円城は膝だけで離脱しようとするが、身体はあたかも海に沈むように地面にめりこみ、身動きが取れなかった。
「この身体を融かして地面に沈ませるシグルーンはまさか!?」
「はは、《滄海》を知っていたのか? でも遅い。さあ、シグルーン《カスケード》よ、オレを風に載せろ!」
足首を機甲化させたシグルーン《カスケード》はプラズマジェットを噴出させ、断末の獲物に直進する。
「お前も参加していたのか! “滄海のオケアノス”!」
「せーかい!」
ガギィン!
円城は叫びつつ、魔剣『心炎』を不利な体勢で振るう。
しかし、アルスの《カスケード》で加速力が乗った斬撃に耐え切れず、伝説の魔剣の刀身をへし折り、その勢いのまま“変幻抜刀”煨来円城の首を刎ね飛ばした。
「まずは一人目」
円城の首は宙を舞い、液状化した地面に着地し、そのままゆっくりと沈んでいった。
「どうだいオケアノス、今回の首尾は?」
すると液状化した地面より、オケアノスが浮き上がり、回収した円城のチェスメキアをアルスに放り投げた。
「闘いぶりは落第だが、囮としての活躍は秀逸だ。思わず追いかけたくなるほどに弱そうに見えて良い」
アルスは戦利品のチェスメキアをしげしげと眺めつつ、一応きいてみた。
「……それは誉めているよね」
「無論だ」
「絶対ウソでしょ、ソレ」
オケアノスは再び地面に沈む。
「次に行くんだね。なら、オレも御期待通り、思わず追いかけたくなる弱っちい兎を続けるよ」
少年には、初めて人を殺したという実感はない。
あるのは、作戦通りに敵を斃せたという高揚感だけ。
その興奮と太刀・備前兼光を手に、さらなる夜の深奥へ駆け出した。




