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第十四話「最後のターン」

■アルス:五月十四日、二三:〇〇




 カディと一合交え、それだけで幾つか理解した。

 スバリと言えば、武器を手にした勝負でオレが負けるわけがない事だ。


 カディの手にする武器は、レンダの所有していた宝具『岩融いわどおし』という名の薙刀だ。

 超振動ブレードによる破壊力は驚異だが、肝心の所有者が薙刀の扱いに慣れていない。

 実家の道場は、空手・合気柔術・剣術・槍術などを総合的に教えていると聞いたが、薙刀術は含まれていないようだ。

 そうなると、カディが採る戦術は一つ。

 薙刀を掻い潜って接近してきたオレを得意の合気柔術で押さえ込み、封印術で縛る。

 これしかない。


 響派九月流には《大海嘯》といった遠隔攻撃があるから、対処は容易だ。

 しかし、カディの全力に敢えて真っ正面から迎え撃ち、鼻っ柱をへし折る!


 オレは意を決し、前に踏み込んだ。

 カディは反応し、薙刀を振り下ろす。

 狙いは《左肱切断》か。

「甘い!」

 体捌きだけで左に回避し、振り下ろされた薙刀の上から魔剣『心炎』で押さえ込む。


「チェックメイト!」

 狙うはカディの右耳。左の貫手を繰り出す。

「ふっ!」

 カディは頭部を素早く、オレとは逆向き、つまり左側に振り、その勢いでポニーテールが一閃。左手首に絡みついた。

 その瞬間、待ったなしで左腕が焼けるように熱くなり、脳にまで苦痛が響く!


「がぁあッ、ペインブロックッ……が効かない!?」

 後退しようとしたが、髪が絡みついて離れない。いや、オレの身体から力が失せているのか!?

 咄嗟に判断すると、オレは左腕の肘から下を切断して後退した。


「くそ、『壊機毒ナノベノム』か」

「正解。私の切り札の一つ、シグルーン《ヒュドラ》。別名を『英雄殺しの毒』ともいうわ。肉を焼き神経を犯し、そしてナノマシンを死滅させる。躊躇いなく腕を切断したのはいい判断よ」

「ポニーテールの先端に、八つの金の飾りがヒュドラの首代わりか」

「その通りよ。そして“アレキサンドリア小町”の愛らしい私の顔を含めて、九つ首のヒュドラと成す。シャレてない?」

「オレの手許に戻ったら、毎朝髪を梳いてあげるよ」

「嬉しいわ。でも、私は今まで貴方のモノになった記憶はないけど」

「いや、気持ち的にカディはオレの女なので」

「うふふ、冗談キツイわ…殺すわよ」


 ヤバいね。毒素に触れていない部位から切断したけど、ナノベノムの影響を受けている。

 カディのシグルーン《ヒュドラ》は対修復能力アンチリペアーだ。

 それも強力な。

 おかげで修復速度が半分以下だ。

 オマケにペインブロックの効果も薄い。

 ペインブロックの逆、《ペインプリント》と言うべきか。


 もし浮気してバレた事に気付かず裸でベッドに入った日は、最後の快楽と共に昇天するだろう。

 これも腹上死というべきか。


「ねぇ、今、何を考えていた?」

「もちろんキミの攻略法だよ」

 女はスルドい!


「コホン、《ヒュドラ》で動きを止めて封印術で倒す。いい戦術だね。だけど対応策には…困らない!」

 左手の修復率は約九十パーセントを突破した今、修復しかかっている左手から《錬成刀》を射出する勢いで投擲した。


「な、修復中に錬成!? 《割込令起フロック・アテンド》をいつの間に!?」

 通常であれば、修復中には《錬成刀》を精製出来ない。だが、オレは二度の戦闘経験で、シグルーンの『割込』を修得していた。

 カディはオレのスペックを知り尽くしている。なら、採るべき戦術は未知なるギミック。


 投擲された《錬成刀》のサイズは短刀で小さいが、正確にカディの眉間を捉えていた。

 予想外の攻撃で思考が硬直し、回避が間に合わず薙刀で弾いた。


「さすがカディ、オレの期待通りのイイ女の子だ」

 薙刀で弾いた隙に間合いを詰め、左手首を斬り落とす。

「これでおあいこだ」

 そのまま左腕を掴みつつ、後ろに回り込む。右手の魔剣は地面に突き刺して、手の空いた右手に短刀型《錬成刀》を精製して、カディの右の靭帯に突き刺した。

「あぐぅぅぅっ」

「悪いけど容赦ないよ。修復能力が高いシグリヴァの動きを止めるには、ポイントとなる部位に刃を突っ込むのが効果的だ」

「余計な知恵をつけたわね」

 オレが背中から耳元に囁くと、激しくもがいた。

「おっと、もがかないで。カディの髪が動くのは危険だし」

「いえ、耳元で喋られて、身の毛がよだっただけよ」

「ヒドッ!」


 自分でも、好きな娘に非道い事をしている自覚はある。

 だけど止めない。

 まずは、徹底的にオレが格上だと分からせる。


「でも、それも想定済み! 『キャンサー』!」

 カディが叫ぶと同時に、左上腕部にはまっていた腕輪から火花が散り、左腕が爆発した!

「うっ!」

 カディは左腕の拘束が解け自由になると、オレから離れず、逆に振り向く。


「《加速修復アクセル・リペアー》!」

 一瞬で左腕が修復され、掌をオレの左胸に当てた。

「しまっ…」

「遅い! 《ヒュドラ》!」

 その掌から、オレの左胸に『英雄殺しの毒』が注入された。


「ぬぁああああっ!」

 再び脳髄に猛烈な痛みが響く。

 その痛みは、まず熱く、そして刺され、削られ、貫かれ、なお熱い。

 苦痛の中で右手は魔剣『心炎』を掴み、横に振るっていた。

 カディはあっさりと躱して後退する。


「胸であれば切断は出来ない。私の勝ちよ」

 転げ回りたい程の痛みの中、カディの勝ち誇らない声が聞こえる。


 さすがだよカディ。ますます惚れた。

 ……熱い程に!


「《桜濫》!」

「なっ!?」

 オレは毒素に侵された周辺部位を全て桜に換えて散らす。


「毒に犯された部位を桜に換えて切り離す……貴方、やっぱりイカレてるわ」

「くく、非道いコトしてくれるね」

「期待を裏切るのイイ女でしょ?」

「そんなとこも好きさ」

「ひどいMっぷりね。まあ、女に喜ばれそうだけど」

「いや、カディに喜んでもらえれば、他はどうでもいいよ」

「あら、やっぱり私の事を分かってないわね。私は甘えたいから、優しくいじめてくれる男の人がいいわ」

「今後の参考にさせてもらうけど、幾つかキミの事を理解したよ」

「何を?」


「まず、さっきの《キャンサー》はキミの指と腕と足にはめているリングと連動した自刎能力。前回の第三ターンで、ケルベロスに手を喰わせて口腔内で爆発していたのもコレだね」

 カディは沈黙で答える。


「もう一つは《ヒュドラ》だ。これはキミもリスクを負っている。使った左手が焼け爛れているのがその証拠だ。幾らか中和しているようだけど、明らかに修復速度が遅い。髪の毛から出すのは自分への影響が少ないからだ。そうでなければ、とっくに追撃されている。今、キミも苦痛で動けないだろう」


 カディは品悪く舌打ちした。

「あんまりペラペラ喋らないでくれる? いま気分が悪いし」

「毒のある女の子。アレキサンドリアで恐れられるのはよく分かる」

 少女の眼が細く絞られる。


「だから、その真意が見えない。“屍喰の聖女”が何のために苦痛に耐えて闘うのかが」

「何が言いたいの?」

 所有する“銘”を口にされた聖女は、ゾッとするほど冷たい声で聞き返した。


「カディ・ケースが誰よりも気高くて、その上、優しいって事さ」

「ハッ!」

 “屍喰の聖女”は吐き捨てるように嗤う。


「気高い?

 優しい?

 やっぱり貴方は私の事を何も分かっていない。

 アレキサンドリアに種牛を持って帰りたいなんて本気にした?

 そんなワケないじゃない!

 あんな人達なんて知らないわ!

 私にはどうでもいい!

 私は人生をやり直せるお金が欲しいだけ!

 私は優勝したら『白色の市民許可証』を希望する積りよ!」


「ふーん」


「貴方のようにお金持ちの家で育って、欲しい物は何でも買って貰えて、好きな女の子と恋人にもなれて、なに不自由のない生活をしてきたお坊っちゃまには永遠に理解出来ないわ」

「ま、オレがお坊っちゃまなのは事実だね」


「ええ、本当に初めて会った時は吐き気がしたわ。

 何が『闘いたいからゲームに参加した』よ。甘えるな!

 今ある自分に満足しろ!

 貴方以外の人は、みんなもっと酷い世界で生きているんだ!

 貴方の行動は全ての人を侮辱している!

 世界を舐めるな!

 大人しくこの都市で就職して黙って死ね!

 それが世界中の人々の為だ!」


「世界ときたか」

 思わず笑ってしまった。

「……何が可笑しいの?」

 怒りの滲む声が、哀しい程に滑稽だった。


「世界って何を指している?」

「はぁ? 世界はこの世の全て」

「つまり、カディはこう言いたいんだね」


 オレはあえて一拍おいた。


「『“屍喰の聖女”は世界そのものの代弁者である』」


 風無きアトリウムで、聖女の前髪が揺れた。


「『“聖女”として、アルス・ミカミ・フォーリナーを断罪する。“屍喰の聖女”を諦め、普通の日常に戻れば、世界で生きる人々に対する侮辱を赦す』とね」


「……何を言うのかしら?」


「キミが自身のカルマそのものを肯定する、本物の“聖女”になっているって事だ。コレは凄い!」

「ッ!」

 “屍喰の聖女”は怒りを閃かせるが、オレは構わず続ける。


「自身の行いに悔恨を抱かずに生きていける人なんて、それこそ“聖女”だか大悪党くらいだ!

 普通の人であれば、日々の選択に後悔して挫けて、寝て覚めて、そして何時もの日常に挑む。昨日の選択を悔やみながらね。

 でもキミは自身の行為を肯定し、他者に正しい道を説く。『世界』という、普通では認識出来ない曖昧な概念で」


「貴方は何も分かっていない!」

「いや、分かる。キミは自身の行為を責めるからこそ、その責任を『世界』という曖昧なモノに求めて、逃避している」

「アルスッ!」

「状況がキミに過酷な選択を強いた事は事実だ。キミの選択は船団市民を助けたけど、助けられた人々は知らずに背負ってしまった業の責任をキミに求めた。キミも責任を他に求めたかったけど求める先がない。

 じゃあ、誰が一番悪い?

 助けたい気持ちを否定しなければ、悪いのは業を背負わせる『世界』だ。

 でも『世界』に対する責任の取らせ方が分からない。

 だから船団に種牛を持って帰り、育てて飢餓に対処する方法を齎す事で、過去の自分と船団市民全てに対して贖罪を乞おうとしている」


「巫山戯るなっ! 勝手に私を定義づけるな!」

「つまりね、キミは『世界』という言葉で、オレへの気持ちを誤魔化しているのさ」

「ハァ? バカじゃない? そんなワケないでしょ! 自意識過剰も大概にして!」

「“屍喰の聖女”であっても、怒って笑って悲しんで、そして恋をしてもいいんだよ」

「違う!」

「違わないよ。違うなら言ってよ、キミの気持ち、全部」


「私が、私の何処が“聖女”だというの?」

「……………………」

「出来る事をして助けて“聖女”と呼ぶ。

 でも神様じゃないと知って私を壊れた船に閉じ込める!

 それでいて今回のゲーム参加権を手に入れたから出場してくれと言う!

 何なの一体!

 私に何を求めているの!?

 全部自分で何とかしてよ!」

 少女の慟哭がアトリウムに響く。


「私が望んだ事なんて、妹と二人穏やかに笑いながら暮らす事よ。父と母に我儘言って怒られて、妹とケンカして仲直りする。肉なんて食べれなくていい。ただ人に責められない、何でもない生活だけが欲しかった!」

 少女が暮らしていた船では、間違っても口に出来ない言葉を叫びきると、恨めしげにオレを見る。


「………こんな事、貴方に言っても分からないでしょうね」

「そうだね。オレは今まで不自由だった事なんてないからね」


「私は貴方が妬ましい。

 お金をくれる両親。

 大きくて広い家。

 多様で高度な教育。

 大勢の友達。

 そして、脚の綺麗な恋人。

 私には何一つ手に入らなかった数々。

 そんな私が、貴方を糾弾する事がそんなにおかしい事かしら?」


「おかしくはないよ。ただ前提は聞いておきたいな」

「何かしら?」

「キミはオレの事は好き?」

「……………………えっ?」


 上階のスロープにいる二人と、何処かに隠れている人から笑いの気配を感じた。


「そ、それは、少し前までは好きかもしれなかったけど、今は違うわ」

「ウソだね」

「人に聞いといて、その回答が気に入らないと否定するのはやめてよね!」

「キミがオレの事を好きでないなんて有り得ないよ。だって、キミの全てを受け入れて守って愛せるのは世界でただ一人、オレだけだから」

「な、な、な……バカを言わないで!」


「“屍喰の聖女”? 何ソレ、美味しいのってね。オレにとっては、誰よりも一所懸命で優しくて、過去からも誰からも逃げない、罪も一人で被ろうとするキミが愛おしい。一人で苦しんでいるなら助けてあげたい。泣いているなら、笑顔に変えてあげたい。そして、一生をかけて倖せにしたい。いつか子供が出来て孫が生まれて、千年先には千人を超えるファミリーを作りたい。他の誰でもないカディ・ケースと作りたい」

「な!? 私のベッドに裸で入ってくる気?」

「当たり前でしょ」

「《ヒュドラ》で殺すわよ!」

「それは浮気した時にして」

「シグリヴァの浮気は日常茶飯事よ!」

「いや、聞いた事ないから。まあ、何が言いたいかと言うと、オレがキミのために世界の色を塗り替えて、キミを抱きとめる小さくても優しい世界を作ってみせるよ」


 この広い晴海ビッグサイトの西館アトリウムの中央で、ポツンと立つ少女はあまりに小さい。

 下を向いたまま、道に迷ってこんな処に来てしまった。

 少女の言う『世界』は果てしがないけど、それは曖昧さが生み出す幻想だと教えたい。

 今すぐに分からなくても、オレと共に、世界中を歩く事で知る事だ。


 手にしている魔剣『心炎』を体内に収納し、両手を広げて伝える。


「カディ、オレの元に来てよ。一生、大切にする」


「アルス……」

 カディは呟き、下を見たままゆっくりと歩み寄ってくる。


「私はどうしたら良かったの? シグリヴァとして開花しなければ良かった?」

「それは違うよ。オレはキミとの出逢わない世界を想像できない。シグリヴァとしてのカディの選択があってオレ達は出逢えた。それだけで良いと思ってるよ」

 カディは手にしている薙刀『岩融』を見た。

「こんなものを振るうために生まれてきたわけじゃない。私は好きな人を抱きとめるために生まれたの」

「武器は捨てなくてもいい。でも、自分の気持ちを捨てるようなマネはしないで欲しい」


「そうよね……出逢えた事は、決して不幸なんかじゃない!」


 カディは薙刀を、オレの首目掛けて一閃!

「やめてっ!」

 それは、上からの少女の叫びに止められた。

 薙刀はかわそうとしなかったオレの首一枚の処で止められていた。

 わずかに血が滲む。

 すぐに修復されたが。


「お姉ちゃん、お兄ちゃんを殺さないで! お兄ちゃんは大切な人なの! わかるでしょ!?」

「カノン、こんなトコに来ちゃダメでしょ! 早く帰りなさい!」

「イヤです! お兄ちゃんを殺そうとするお姉ちゃんの言う事は聞きません!」

「私の一生のお願いよ。聞いてちょうだい」

「好きな人を殺させて欲しいだなんていうお願いなんて聞く訳がありません。それが許される世界なんて壊れています」

「元々この世界は壊れているの! だからおかしい事なんて何もないわ!」


「それは違うよカディ。見たくない黒い絵を、嘘という白い色で塗ったとしても絵の中身は変わった事にならないし、無くなる事もないんだよ。白い絵の具が乾いても、削ってしまえば元の絵に戻るのだから」


 あれ?

 これって、オレの言葉?

 なんか聞いた事があるような気がする。


 《善人という名の『白い仮面』でその顔を覆っても、仮面の下は変わらない》


 ドクンと心臓が大きく鼓動する。


 その時、西館の照明が二回点滅し、また元通りアトリウムを照らしたが、世界は一変していた。


「壊れているのはアルスも同じでしょ」

 変わってしまった世界の担い手は“屍喰の聖女”。


「アルスは本当に気がついていないの? 貴方に両親なんて、初めからいないのに」

「……………………え?」


「家に帰ると入れ違いで会えない両親。

 忙しいのにメールの返信が早い両親。

 いくら忙しいからって、三日も四日も帰ってこないなんて普通じゃないでしょ?」


「そ、そうなのか……な?」

「写真が一枚もないなんてある? でも、だから貴方は優勝賞品に求めたのでしょ、『漆黒の閲覧許可証』を」


「えと、それは……欲しかったのは」


 《パターン267》

「『何だっけソレ?そんな話したかな?』…いや、違う! した! オレは言った! オレはあの日、あの男に聞いて、挑む事にしたんだ! 父さんと母さんを知るために!」


 ラーノス議会の調査次官と名乗った、オールバックで長い髪の男の、弥勒寺道義の言葉が蘇る。


 《君はご両親の存在に疑問を抱いているのだろう? なら『漆黒の閲覧許可証』を手に入れればいい。如何なる秘密文書を閲覧する権限が手に入る》


 続けて、別の男の声も聞こえてきた。


 《何をしても許されるのがこの世界だ。誰もお前を大切にしてなどいない。お前をモニターして、気に入らなければ適当に処分する。だが、だからこそお前もまた何をしても許される》


 誰だ、この声は?

 いや、それよりもオレの父さんと母さんはどうして、どうしてオレが家にいる時に帰ってこない?


 思考に溺れ、視界の端で動いたカディへの対処が遅れた。

 カディはポーチから黒いボールのような物を取り出し、それを投げつけた。

 オレは回避しようとしたが、眼前でボールはヒラヒラの布状に広がり、オレの頭に被さる。


「うわっ」

 奇襲に備えて後退しつつ、慌てて黒い布を剥ぎ取ったが、カディは追撃してこなかった。

 むしろ、この黒い布の効果を確認しているようだった。

「何の真似だッ、カディ」

「さぁ。私も確認中よ」

「どういう事?」


 《こういう事だ!》

 その声は耳ではなく、頭に直接響いた。

 同時に凄まじい頭痛が襲う。


「くぅッ、誰だ!」


 《幻術遣いのスコール》


「スコール!? バカな、第三ターンで倒したハズ」

 《倒されたのは、借り物のボディだけだ。本体はこの通り》


 頭を抑えようとすると、オレの頭部にはベットリとヌルヌルの液体が付いていた。

「何だ、コレは!?」

 オレは右手から《錬成刀》を出し、刃を鏡にして見れば、頭部頂上付近に直径三センチのチップが粘度の強い液体に包まれつつへばりついていた。


「これは……シグリヴァの頭の中にあるバイオチップか!?」


 《その通り。オレのシグルーン《スライム》は栄養元素を生み出すことが出来る。《スライム》でバイオチップを包めば生存可能だ。ただ多少不便だがね》

「ふざけろッ! すぐに壊してやる!」

 《そうはいかない。すでにお前のボディの一部からコントロールを奪った》


 くそ、両腕が動かない。

 それどころか、思考が乱れて……カディの哀しげに別れを告げた顔が、カノンの心配そうな顔が、セレナの勝気な顔が、次々と浮かんでは消えていく。

 ダメだ。頭の中で記憶が入り混じって集中力が保てない。


「《お前のボディから八十二パーセントコントロールを頂戴した》」

 今度は勝手にオレの口を使って喋りだしやがった。


「《残り僅か。その代わりにクライアントから依頼通り、お前が無くした空白の記憶をくれてやる》」


 何だって?

 オレの、無くした記憶だと?


 ズキンッ!


 意識が遠のく程の凄まじい痛みが脳髄に奔り、オレは敢え無く暗闇の底に堕ちてゆく。


 其処は底。


 記憶の底であり、意識の外。


 オレが『アルス・ミカミ・フォーリナー』という人格の境界線。


 気付いた時には、オレはソコにいた。


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