第九話「トロイの木馬」
■アルス:五月十一日、〇〇:一八
「せっかくの、少年少女のプリミティブな恋愛に水を差すようで非常に恐縮だが、これも戦略さ」
左に目を向ければ、そこには胴体を切断されたはずの土門が、何事もなかったかのように立っていた。
「くぅう……」
痛覚を遮断し、痛みはすぐに引いたが、わき腹にうけた衝撃は大きく、内臓を激しく揺さぶった。
「アルスッ、しっかりして!」
カディはオレの腕と腹に刺さったままの棒手裏剣を引き抜き、急いで修復に入る。
「回復が、遅い!?」
カディはすでに必要分のナノマシンをオレの身体に注入し、修復を開始していたが、なかなか進まない事に気がつく。
「私の棒手裏剣には、ナノマシンへの麻痺効果を附与してある事を忘れたか? いくら其方がSランクの治癒士であっても、麻痺状態の部位にナノマシンを注入しても、一定時間は効果を発揮できない」
オレの身体から、治療のために棒手裏剣を抜いた傷口からは血が流れ出る。カディは歯噛みをするが、どうしようもない。傷口に手を当てるだけしか出来なかった。
「大丈夫だよ……カディは無事かい?」
「しゃべらないで、アルス。私は無事よ」
「平気だよ…………それより、土門はどうして?」
「私も気がつかなかったけど、あれは恐らく《分身の術》と《変わり身の術》のコンボよ」
「……そうか、土で自分の分身を作って、それと入れ替わったのか」
「土門、それ以上の攻撃は待って」
レンダは胸から流れる桜の花びらが混じった血を抑えつつ立ち上がり、よろめいてセクメトに寄りかかった。
「疾走騎乗戦はボク達の負け。キミ達は強いわ。自慢の機獣を三体も召喚して敗れるなんて……完敗もいいとこね」
「それなら大人しく退いて貰えないかしら? チェスメキアを置いてくれれば、特に命を取る気はないわ」
「強がってもムダよ。カディ君のナノマシンも、さっきアルス君に全部渡したせいで増殖制限に引っかかっているでしょ?」
その通りだった。カディはオレの傷を修復しようとしているが、ナノマシンは自動でカディの傷の修復を優先しているので思うようにいかない。
「強がっているのは貴方も同じじゃない?」
カディはレンダの流血を見るが、レンダには余裕があった。
「確かに私には一式のような修復機能はないけど、こういう手ならある。アポピス!」
先程のブルブリッツの体当たりにより、ダメージを負って横倒しになったままのアポピスは召喚者の呼び掛けに応じて、レンダの側まで地を這う。
「アポピス、宝具『ヌンの神慮』をボクに」
すると、『ヌンの神慮』は液状になってレンダの傷口に入り込み、同化して塞いだ。
「違和感は残るけど、暫くすれば傷は修復できる。ゲームは続行可能よ」
早くも顔色が良くなってきている。
かなり便利な宝具だ。さすがに羨ましい。
「上等、こちらも受けて立つ」
オレはカディの支えを外して、自分で立つ。
「アルス、まだ……」
「平気だよ。あの二人は追い詰められている。あともう一踏ん張りだ」
「追い詰められている? ボク達の方が有利に見えるけど」
「いや、見たとこレンダの傷は塞がったけど、体力はほとんど残ってない。こればかりはナノマシンでも修復しようがない。土門にしてもさっきの壁と巻きビシによる攻撃で、莫大なナノマシンを消耗している。投げた棒手裏剣が二本だけなのがその証拠だ」
シグリヴァは基本的に不死身であるのは事実だが、死ぬのも事実だ。
ナノマシンは無制限に使えるものではなく、使用すれば体力を削られる。
使用し続ければ増殖制限に掛かり、制限中は修復機能が著しく低下する。
それは現在進行形で体感中だ。
見た目では土門が一番余裕そうに見えるが、絶対に消耗している。
「あら、忘れているの? ボク達には強い機獣がいることに」
「機獣の現界時間は間も無くだ。レンダのナノマシンを補充してやるにしても、自己修復に自動で回されていれば、それも出来ない」
「そう、私には出来ない。でも、機獣同士で受け渡す事は出来る」
「まさか、もう一体の機獣から……」
「ピンポン! そのまさか。アポピスのナノマシンと構造体をセクメトに融合!」
アポピスはセクメトに絡みつき、背中から抱き締める体勢になる。
アポピスを構成しているナノマシンは細い管状となり、それが数百本伸びて次々にセクメトに突き刺さり、ナノマシンとパーツを受け渡す。
アポピスからは構造体が失われ、セクメトの形状が徐々に変わる。
それに伴い、素体となったシンジの遺体が露わとなる。
新たに再構成された機獣は赤を基調とした隼の顔。
上半身は人で、下半身は山羊。
全身から黄金の輝きを放つ、太陽神をモチーフにした機獣。
「偉大なる太陽神ラーよ、その威光を以って、森羅万象を灼き尽くせ!」
その名も『ラー』。
しかし、オレにとってはどうでもいい。
融合が終了し、全てのナノマシンが失われたアポピスの素体であるシンジの下半身は無く、上半身はズルズルと地面にずり落ちた。
「シンジ!」
上半身だけの裸のシンジは動かない。
周りに気を遣い、いつも困っている友達を助ける優しい男だった。
そんな友達を過去形で語らないといけないなんて、許せるか!
「そのラーの素体もオレの友達のモトコだ! そちらも返してもらう!」
「モチロン自由よ。出来るならね」
「カディ」
「何? オレが気を引いている間に逃げろってのは、いう前から却下よ」
「さすがオレのパートナーだ。よくわかったね」
「貴方も私のパートナーなら、私がどうするか分かるでしょ」
オレは溜息を吐く。
「なら、二人で勝つための作戦を伝える」
「それでいくわよ!」
「まだ何も言っていないって」
カディの体から白い煙が吹き出し、周囲直径三十メートル四方を覆った。
これはただの煙幕であり原始的な方法だが、最も効果的だ。
作戦内容は簡単だ。
あの機獣ラーとは極力闘わない。
倒すべきは召喚者のレンダだ。
視界を煙幕で封じてラーを回り込み、背後のレンダを討つ。
その間、カディは煙幕を張りつつ、オレが渡した《錬成刀》を使い、レンダの気を引きつつ、土門も抑える。
自分で提案しておいてなんだが、カディの負担は最高に重い。
重いけど、今のオレにはそれ以上の手を考えられない。
魔剣『心炎』を使っても、《大海嘯》はあと一回撃つのが限界だし、その後は何も出来ないだろう。
それでもやる。
カディのために。
そして、無残な姿に変えられた友達と、無惨な姿を晒された友達のためにも。
■カディ:五月十一日、〇〇:二二
私はアルスが残り少ないナノマシンで無理して作った錬成刀を構える。
二人と一体を引きつける。アルスは十秒でいいと言った。
睨み合っているだけでもいい。
私は心を鎮めて周囲の気配に集中する。
待った無しで、煙幕の向こうから人影が突如として現れた。
「視界を封じれば、此方が見つけられないと思ったか?」
正面から土門。
牽制に棒手裏剣を投げてこない所を見ると、ナノマシンに余裕はないようだ。
手持ちは、アルスから渡されたナイフ型《錬成刀》。
土門は直刀を振るい、私はかわす。
「そんな斬撃、アルスの剣を見た私に通じるものか!」
体捌きで土門の体勢を崩し、ナイフを胸に突き刺す。
「ッ!? この感触?」
突き刺した先から土がポロポロ落ちる。
「分身か!」
気づいて反射的に左に飛んだが、右肩が白煙に紛れた刃に削がれた。
「そして迷彩ね」
土門の本体は、体の表面に土を薄く纏い、その土を灰色にして周りの白煙に紛れていた。
「割と初歩的な手であるが、忍びと闘った事のない相手には通じるようだ」
「認めるわ。でも、残り少ないナノマシンを分身で消耗して良かったのかしら?」
「十分だ。何故なら十秒、其方を抑えればいいだけだからな」
「十秒?」
「煙幕なんてラーが降臨すれば効果なんてない。ラーよ、隼モード!」
レンダの呼び声に、ラーの両腕は大きな翼に変形し、全体フォルムも人型から鳥型となる。
「羽ばたけ!」
翼を大きく広げ、背にレンダを乗せたまま宙に舞い上がる。
それだけで、周囲の煙幕は吹き飛ばされた。
アルス、ゴメン!
やっぱり支えきれない………って、あれ?
「ん? アルス君がいない」
煙幕が晴れた闘いの場に、アルスは何処にもいなかった。
「いない? 逃げたかしら。でも何処にどうやって」
「こっちだ!」
アルスはラーの飛ぶ位置の、私から見て左斜め後方に、地面から飛び出した。
「そうか、地面をナノマシンで桜に換えて掘り進んで回り込んだんだ!」
「その通り。これでキメる」
「ラー!」
「遅い! 《大海嘯》!」
アルスの魔剣から放たれた闘気流はかわそうとしたラーの右翼に直撃し、ラーはバランスを崩して落下する。
同時にアルスはラーの落下ポイントに駆け出す。
チャンスは一度きり。
アルスなら、必ずキメる!
「残ったナノマシン全てくれてやる」
アルスは刺突の構えで突撃。
あと三歩!
「ラー、太陽モード!」
レンダは落下するより先に、ラーから飛び降りて叫んだ。
ラーは一瞬で球状に変形し、黄金の輝きに包まれる。
「突き破れ『心炎』! 全て桜に散らせ《桜濫》!」
アルスは構わず『心炎』を球状形態のラーに突き刺し、全てを桜の花にして散らすシグルーン《桜濫》を炸裂させた。
「無駄よ」
アルスの決死の突撃を、レンダは無情な一言で切り捨てた。
「ナノマシンが、燃える!?」
「太陽モードのラーの周囲には電磁場が展開され、あらゆる攻撃を灼き尽くす。ナノマシンは電磁場やプラズマに弱い。キミなら知ってたでしょ?」
ラーはアポピスに装備されていたフィールド・ジェネレータを取り込んでいた。
アポピスは推進に使っていたけど、ラーは防御に使うのか。
「ラーよ、その威光で不敬なる者に神罰を降せ! 《ラー・ホルアクティ》」
「ぬぁあッ!」
ラーからの高熱でアルスは炙られ、輝きが爆発に変わった。
爆風でアルスは飛ばされ、地面を転がる。
「アルス!」
「………………………………………………」
アルスは応えない。いや、応えられない。
ラーが放熱する前に、闘気で全身を覆い直撃は防いでいるけど、身体の至る所に火傷を負い大ダメージだ。特に魔剣を握っていた手が酷い。
シグリヴァだから生きているようなものだ。でも、ナノマシンが尽きた状態では危険だ。
「アルス君の思い切りの良さは、とても好きよ。このまま殺してしまうのは惜しいわ」
「それは、ありがとう………ついでに、諦めの悪さも認めてくれ」
アルスはボロボロの身体で立ち上がる。
「アルスやめて、立たないで! もう保たないわ!」
あんな身体でも立ち上がる姿は、私に見せてくれる背中は、何よりも気高く、そして美しい。
でも、その美しさは、消えゆく焔の様な儚さで、泡沫の夢の様に切ない。
消えゆく命は、かくも美しいものか。
「残念、オレはちゃんと最後まで勝利のロジックを打ち立てているよ。カディという女神に捧げるためにね」
アルスの顔は、私からは見えない。
でも、分かる。
絶対に今、不敵な顔をして笑っている。
笑っているけど、限界ギリギリだ。
「ダメージは負ったけど、ラーからレンダを引き離した」
レンダはラーの放熱から逃れために、かなり離れている。
「そして、地面を転がって見せたのは、今、このポイントに来るためだ!」
アルスは魔剣で地面を打つと、桜の花びらが噴水のように、大量に吹き出した。
あの桜は、アルスが地面を掘り進んだ時に作ったものだ。
こうやって使うために、あそこに溜めていたんだ。
あっという間に周辺は桜の花びらに包まれ、
桜に覆われたアルスは魔剣を引いて、投擲体勢をとる。
「本命はこの――」
「本命は目眩ましからの投剣か?」
ザシュッ!
アルスの右上腕部が、黒い棒で突き刺された。
「エンクス!」
さっきのライディング・デュエルで、ケルベロスから落とされたエンクスが、いつの間にか接近していたのだ。
落ちた際に顔からいったのか、右半分が潰れていた。
「エンクス、お前………」
アルスが苦しげに呟くが、エンクスには何の感銘も与えない。
「せっかくだ、クセの悪い左腕も貰おうか」
容赦なく左腕にも突き刺す。
「あぐぅううぅ!」
「こんな顔にされて、さっきまで怒り心頭だったが、少しは気が晴れたぞ」
アルスの苦悶に、顔半分だけのエンクスは唇を吊り上げる。
「だが、それも少しだけだ。もう少し気分良くさせてくれ」
すると、アルスは魔剣を逆手に持ち替え、勢いよく自分の腹に突き刺した!
「がはぁっ!」
アルスは血を吐き、崩れるように両膝をつく。
「はは、アルス、その姿は本で読んだ『ジャパニーズ・ハラキリ』そのものだな。そういえばお前は東洋系の顔立ちだな。よく似合ってるぞ」
エンクスは機嫌良く嗤う。
エンクスのシグルーン《トロイ》は、体内で生成される黒い棒『黒釘』で刺した対象部位のナノマシンと神経を支配して操る。両腕のコントロールを奪われ、切腹させられたんだ。
「……まだまだ……ほ――」
「本命は旋回中のブーメラン、じゃあないよな?」
エンクスは『黒釘』を無造作に投げ、レンダに当たる寸前に、アルスが投げていたブーメランを撃ち落とした。
「ッ!」
微かに、アルスの唇が震える。
「他は?」
「……………………」
応えはなかった。
アルスは魔剣を腹に突き立てたまま、引き抜く力もなく、膝をついていた。
「終わりか。じゃあな」
エンクスは鋭く尖った『黒釘』の先端を、アルスの頭部に向ける。
「待て、オレの持つ二つのチェスメキアを差し出し、オレはゲームから降りる。だからカディは見逃してくれ」
此の期に及んで、私の命乞いをするアルスに、私は知らず涙を流していた。
「取引を持ち出せる立場か? そんな事をしなくても、お前が死んで塩の塊になれば、そこから拾えばいい」
シグリヴァは死んでも骨も残らない。ナノマシンが体を塩に換えてしまう。
何も残らず、死んだ事を知らない人は、永遠にこの事に気づかない。
アルスの両親も、家出したとしか思わないかもしれない。
「もし取引に応じるとすれば、カディも一緒にゲーム盤から降りることだ。ゲーム時間中にゲーム盤から降りれば失格だが、生きているなら次のターンに介入する事は出来なくはない。
カディがゲームに残っている限り、お前は必ず邪魔しにくるだろう。例えゲームの進行委員会が刺客を繰り出してもそうする。お前はそういう男だ」
アルスは自分の勝利を捨てて、私の望みに尽くそうとしてくれている。
別に私はアルスの恋人でもないし、カラダを与えたわけでもない。
彼が見返りを受けられる保障もない。
どうしてそんなに一生懸命になれるの?
「アルス、もう十分よ。ありがとう。貴方は私のために闘ってくれたわ」
「いいわけない。あきらめるな。カディには、待っている人達が大勢いるんだろ?」
「でも、アルスには関係ない事よ」
「あるさ」
「ないわ」
アルスは首を振る。
そして、消え入りそうな笑顔の欠片を死相に乗せて、私に告げた。
「オレは、心からカディに惚れたから。だから最期の最後まで尽くしたいんだよ」
「アルス」
涙は止めどなく流れる。
もう、どうしようもなかった。
「告白中に無粋とは百も承知だが、その涙に免じて二人ともゲームから降りるなら見逃すし、顔の傷の件も水に流そう」
エンクスの申し出は、むしろ親切だった。
アルスは闘気もナノマシンも使い切り、選択肢も無くし、どうしようもなく沈黙している。
私をなんとか次のターンに繋げようと、必死に考えているのが分かる。
でも、もういいよ。
私の覚悟も、定まったから。
私は持っていた二つのチェスメキアをエンクスに放った。
「エンクス、アルスを離して」
キャッチしたエンクスは、黙ってラーの側に立つレンダまで下がった。
私はアルスの側に寄り、魔剣を腹から引き抜き、ナノマシンを注入して、修復を開始した。とはいえ、私のナノマシンも在庫僅少だ。
増殖制限で生産量は極端に落ちているので、アルスの生命維持がやっとだ。
「アルス、よく頑張ったね」
「頑張るだけじゃダメだ。結果が出ないと」
「ううん、出たわ、ちゃんと出た。貴方は最後まで私を守りきった。約束を守ってくれたわ」
「まだ途中だ。身体が多少でも修復出来れば」
「ダメよ。貴方はジッとしていて。自己修復が始まるまでは、動いちゃダメ」
「カディ……」
アルスの瞳が揺れている。
どうしようもない遣る瀬無さで、悲しんでいる。
でも、今日の闘いは終わり。
私は両手でアルスの頬を包む。
「アルス、短い間だったけどありがとう。私も貴方が好きよ」
私は顔を寄せて、そっとアルスの唇に重ねた。
「カディ?」
不思議そうな顔をして、私を見るアルス。
私はアルスが好きって言ってくれた時、あくまで緊張から解放された気の緩みと思って、素直に受け取れなかった。
でも、それは違った。
貴方の気持ちは、しっかりと伝わっているわ。
「今までゴメンね」
それだけ伝え、アルスの懐からチェスメキアを抜き取る。
「じゃあね」
私は立ち上がり、アルスを置いて歩き出す。
「待ってカディ! 行くな!」
私は、レンダとエンクス、そしてラーの前に立つ。
「キミの気持ちも定まったわね」
神妙な顔をしたレンダに、顔を下に向けるエンクス。
背後にはアルス、さらにその左後方に土門。
その中心に、私がいる。
「待たせたけど、心は決まったわ。私は最後まで闘う!」
「え? ちょっとよく聞こえなかったけど」
「初めから本気を出していれば、ラーが出てくる前に決着がついていた。でも、そうしなかったのは、アルスが私のために闘ってくれているのが分かっていたから。その気持ちに甘え続けたかったから」
レンダは、僅かに怒りを表に表す。
「ヤるの? この状況で?」
私はポケットから二枚のカードを出す。
「切り札はちゃんとこの手にある。イベントカード『破約』を発動! 三人の同盟をキャンセル!」
「っ!? 参加特典カード!?」
「続けてイベントカード『同盟締結』。エンクス、やって頂戴!」
「了解」
言うが早いか、エンクスは顔を上げ、自慢の『黒釘』を隣に立つレンダの腹に突き刺し貫いた。
「ギャッ!」
ラーがレンダの悲鳴に反応し、口から炎を吐き出すが、エンクスは足を機巧化させ、足裏のホイールを加速させてかわしつつ、体内で生成される『黒釘』を立て続けに投擲する。
クァアアアァッ!
あっという間にラーの胴体や翼に黒い棒が五本刺さり、機獣は名状し難い苦悶の声を上げた。
私はラーの動きが、エンクスの微術で鈍くなったのを確認し、悶える太陽神に向かって全力で走った。
■アルス:五月十一日、〇〇:二五
正直、何が何だか分からなかった。
「……エンクス君、初めからカディ君と繋がっていたでしょ」
「そうとも言える。第二ターンでチームを組んだ際の緩い取り決めで、カディが手持ちのチェスメキアを全てオレに差し出して『同盟締結』カードを使用した時、オレが直前までのお仲間を倒す。何事もケースバイケースだ」
さっきからエンクスが下を向いて顔を隠すようにしていたが、あれはレンダに自分の表情を見せないためか。
「まあ、ゲームに裏切りは付き物だから咎めないけどね」
「そいつは助かる。共闘して分かった。お前は非常に強く、奇襲か暗殺以外に倒せないとね」
「純粋に評価として頂くわ」
自己修復力が弱いレンダは、腹を貫かれて思うように動けない。
ラーは全身に黒釘を打たれながらも、レンダを庇うべくエンクスとの間に入り込み、口から熱閃を放つ。
「おっと、俺の《トロイ》に侵されながらこの威力。マトモにはやれないな」
ヒラリとかわしつつ、エンクスは手で印を切った。
「我シグルーンの真骨頂《紅く泡立ち弾けよ》、存分に味わってくれ」
ラーに突き刺さった五本の黒釘が分解して体内に入り込み、ラーのナノマシンを狂わせる。ナノマシンは暴走状態となり、体内の強制変換による体組織破壊を実行した。
キュエェエッ!
ラーは全身から赤いゲルを吹き出させ、なおも崩壊を進行させるエンクスの《紅く泡立ち弾けよ》に悶絶する。
「土門! 手を貸して」
傷ついたレンダは苦しげに呼びかけるが、土門は動かず。
「其方が脅威である点について、エンクスと共通見解を示させて頂く」
「ふふ、そうだったわね……ニンジャは勝てない戦はしない種族だったわね」
散々、レンダの機獣に世話になっていた土門のすげない態度にも、レンダは一言も非難しない。
いっそ清々しく、その結果を受け入れていた。
「ラー、飛ぶわよ」
レンダはラーの背に掴まり、忠実な下僕は血を流すように赤いゲルを吹き出させつつも、翼を広げる。
それを見て、エンクスは舌打ちする。
「やはりラーはまだ動けるか。カディ、俺の《トロイ》であと五秒だけ止める。自分で決着をつけろ」
「言われるまでもないわ」
カディは言い捨てると、身体強化による跳躍力で身軽にラーの頭部に立ち、機獣の背にしがみつくレンダを静かに見下ろした。
「レンダ・タカハシ、貴方のチェスメキアを頂くわ」
無表情に告げるカディに対し、レンダは爽やかに、そしてあっさりと応える。
「うん、いいわよ」
カディは屈み、左手をラーの頭部に、右手をレンダの左手に重ねる。
「封印術《ヘルメスの葦笛》!」
カディの両手からナノマシンが流れ、触れていたレンダとラーの体内に取り込まれる。
すると一人と一体は徐々に身体が分解され、別の姿に変換されていく。
「死ぬ事はないわ。千年封印されても泡沫の夢。貴方達が目覚めた一秒後の世界に私はいないけど、私達の物語を何処かで聞いてくれたら嬉しいわ」
「いいね、それ。目覚めた後の最初のクエストは、カディ君の物語を探そう」
レンダは最後の言葉を遺すと、ラーと共に一つの物体となって、地面に転がった。
その大きさは二十センチ程のデフォルメされた鷹のダルマに、同じくデフォルメされた女の子が背中にしがみついている可愛らしい置物だった。
なんか、何処かで同じ物を見かけたような。
人や機獣をデフォルメしたダルマ?
それって……………………。
ダルマから視線を上げて、その側に立つカディを見上げると、カディはオレを見た。
「これが私の本気、封印術|《ヘルメスの葦笛》。対象を強制変換で別の形を与える事で、行動の自由を奪う」
どうにも身動きが取れない時を『ダルマ状態』というが、正にそれを地でいくシグルーンだ。だけど、オレが気にしているのはそこではない。
気にしているのは。
「カディ、オレの家に来た時に、初めて出会った時に見つけた蒼い目をした愛敬に溢れたダルマを覚えているか?」
カディは表情を消したまま頷く。
「アレは何だい?」
カディは答えない。
「アレはカディが誰かを封印したものじゃないのか?」
カディは答えない。
「デザインからして女の子じゃないのか?」
カディは答えない。
目を閉じるのみだ。
「ひょっとしてだけど、アレは…………」
その時、カディは閉ざした目をカッと開き、真実を告げる。
「ひょっとしなくとも、貴方の予想通りよ。あれは貴方の恋人。私に封印されたセレナの成れの果て」
「…………………………ッ!?」
何も言えない。
何も考えられない。
なんで、そんな事を言う?
なんで、そんな事をする?
セレナがカディに何かしたのか?
シグリヴァでもない、普通の一般人だぞ?
「…………どうして?」
カディは黙って、レンダとラーのダルマの側に落ちていたチェスメキアを拾うと、それとオレから取った分もまとめて土門に投げた。
土門はそれを受け取ると、シュッと姿を消す。
エンクスも歩き出し、この場を立ち去る。
そしてカディもまた、オレに背中を向けて歩き出した。
「カディッ、どうして答えない!」
カディの歩く速度は変わらない。
「カディ、オレはこんなにもキミのことが好きだ!
キミの全てを受け入れたい!
でも、それでもこれだけはハッキリさせたい!
なんで、セレナをあんな姿にした!?」
カディは次第に遠くなる。
オレは力の抜けた足に力を込めて立ち上がろうとするが、うまく立てず顔から転倒する。
鼻を打ち、鼻血がポタポタ落ちる。
「カディ、待って…………待ってくれ! 頼むから答えてくれ!」
カディは遠ざかる。
手が届かず、声も届かない処に。
「カディ……どうして答えないんだよ………………」
遠い。
どうしようもなく。
「カディィイッ!」
オレは逆上して立ち上がり、遂には『心炎』をカディに向けた。
「待って、やめてお兄ちゃん!」
ドンと、小さい何かが後ろからぶつかり、オレは呆気なく前のめりに倒れた。
オレの背中に覆いかぶさっているのは、カノンである。
身体を起こしてカノンと向き合うと、どうしても詰問口調で怒鳴ってしまった。
「カノン、こんな所にどうして!?」
「だって、監視カメラからずっと見ていて、ガマン出来なくて、それで急いで追いかけて……」
カノンはえぐえぐ泣きながら訥々と話すが、オレの行き場のない気持ちが怒声となって降りかかる。
「バカッ! ここは危険だから絶対に来るなって言ったじゃないか! 現にオレは死にかけているんだぞ!」
「で、でも……でも! お兄ちゃんがお姉ちゃんに剣を向けるなんて耐えられないよ!」
泣きながらも真っ直ぐオレに訴えかける少女の瞳に、オレはグッと詰まり、視線を自分から外した。
「……………………ゴメン」
「ううん、いいよ。お兄ちゃんの言いつけを破っちゃったのは私だし」
「いや、オレの方こそゴメン」
もう一度謝り、視線を上げた先に、追い求める少女は影も残さず、オレの心に陰を落としたまま、姿を消した。
『事象時戯の略儀』第四ターン。
オレは最終ターンを前にして所有していたチェスメキアを失い、なおかつ好きになった人を目の前で喪った。




