第2話 グラツとスグル
白く塗りつぶされた意識が再び覚醒した時、俺は倒れ込んでいた。
じくじくと痛む頭を手で押さえながら、顔を上げる。視線の先、正面には初老の男が立っていた。
男は神官だか僧侶だかわからないが、とにかくなんかそんな感じの服を着ている。そしてその表情は、なぜかひきつっていた。
状況判断が追い付かず、周りを見回す。そこには金属製の鎧で武装した男たちが数人取り囲んでいた。恐らくは兵士だろう。その兵たちもまた、初老の男と似たような表情で呆然と立ち尽くしていた。
えーと、勇者召喚……されたんだよな?
「勇者様……ですか?」
その少女の声は俺の後ろから聞こえた。
ゆっくりと体を起こし後ろを振り返ると、質のよさそうなドレスに身を包んだ金髪の少女が居た。
見た目の年齢は15、6歳くらいだろうか? 肌は白く、細身だったリュクスと比べると出ている所と引っ込む所ははっきりとしてる。
きっとお姫様なのだろう。言い方は悪いが基本的にはお約束、と言うものを踏襲しているシステムのようなので、間違いはないはずだ。
「……多分」
お姫様の問いに煮え切らない返事を返す。
リュクスとのやり取りを考えるとそうなのであろうが、どうにも自覚と言うものが持てない。
そもそもバックれる気が満々なので自覚もクソもないのだけれど。
しかしそれにしても、周りから投げかけられるこの微妙な空気はいったい何なのだろう?
「一体これは、どういうことなのです……か?」
どういうこと。
勝手に殺して召喚しておいて何を言うのか、と思う。しかしどうやら、彼女たちの視線が俺の他にもう一つの何かを見ている事に気が付いた。
ゆっくりとその視線の先を追うと……。
俺の下に、気絶した全裸の銀髪の少女が組み敷かれている事に気が付いた。
まだぼやけていた意識が一気に完全覚醒する。なんだか柔らかいものの上に居ると思っていたら少女を……リュクスの上に倒れていたとは。
いやまて、どうしてリュクスがここにいる!?
しかも全裸で!!
そしてようやく気が付いた。俺が、全裸の少女の上に覆いかぶさっているというとんでもない状況に。
「ぬはああっ!?」
慌てて飛び起きる。その動きに反応して、すぐさま兵士たちの一部がお姫様(推定)をかばうように動いた。
完全に警戒されてしまっているようだ。当然である。
「いや、ちょっと待ってください。これは事故で、間違いなんですよ」
「事故……ですか?」
俺のその言葉に反応したのは初老の男だった。
彼は訝しげな表情をしながら、じわりじわりとこちらに近づいてくる。
「……事故です」
しかし、直前に自分の意志でリュクスに抱き付いていたことを思い出す。それが顔に出てしまったのか、男たちの警戒色がより濃く現れる。兵士に至っては、長剣を抜刀し俺の方に突き付けているではないか。
「なぜこうなったのか、お……私にもわかりません。だからちょっと、ちょっと待ってください」
そう言って俺は羽織っていたジャケットを気絶しているリュクスにかける。その動きに彼らも緊張した様子を見せたが、とりあえずは様子見をされているようだ。一応、俺は勇者と思われているはずだ。最悪すぎるファーストコンタクトであるが……。
初老の男が目で何かを合図する。それをみて兵士たちがお姫様を遠ざけて行った。
これはまずいのではなかろうか。
「お、おい、リュクス、リュクス!」
気絶しているリュクスを揺り動かし起こそうとするが、呼吸による胸の上下以外に動きは見られない。それでも揺り動かし続けると、初老の男に止められた。
「やめなさい! どうなっているのかもわからないのに、そのように動かしてはいけない!」
剣呑な目つきで俺を睨む初老の男。
どうも俺はさっきから自爆し続けているようだ。どうすんだよ、どうすんだこれ……。
「その少女から、離れなさい」
有無を言わせぬ強い口調で初老の男が俺にそう言葉を放つ。
どうしていいか迷いわたわたとすると、さらに強い語気で同じ事を言った。
その気配に押され、俺はゆっくりと誰も居ない方向へと後退した。俺がリュクスから十分に離れたのを見ると、初老の男がリュクスに駆け寄り額に手を当て、ぼそりと何かを呟く。
すると男の手が光り、しばらくしてそれが消えると複雑な表情でこちらを見た。
「貴方は、勇者様なのですね?」
丁寧な言葉づかいとは裏腹に、あからさまに敵意を感じるその言葉。
俺はその質問に答える事が出来なかった。そもそも、何をもって勇者と証明できるのであろうか。
この状況で勇者だと言い張る事は、果たして正解なのであろうか? そんな思いを巡らせていると男の眼光がどんどん鋭くなる。
これはもう……ダメかもしんないね。
男は兵士を呼び、リュクスを預ける。そしてゆっくりと俺のほうに近づき、睨みつけたまま俺の額に手を当てる。
「アナライズ」
その言葉と共に男の手が光る。険しい顔をしたまましばらくそうしていると、口元がゆがんだ。剣呑な目つきが汚らわしいものを見るようなものに変わる。そして。
「ごへっ!?」
男は俺のみぞおちに力強く拳を突き入れた。あまりの激痛に俺は膝をつき、うずくまる。
なぜそうなったかわからず、声も出せず呆然と男を見上げた。
「衛兵。勇者を襲い勇者を騙る重罪人です。牢に押し込んでおきなさい」
その言葉を最後に、顔面に激痛を感じた瞬間、俺の意識は闇の中に沈んでいた。
☆☆☆
回想終了。
1日に2回も気絶するなどと言う前代未聞の体験に少なからず焦るが、現状はそんな事を言っている場合では無い。
勇者として召喚されたハズなのに、この扱い。
いや、あの男は俺の事を勇者を騙る重罪人、と言っていた。
そして、おそらくはリュクスの事を勇者と。
……思うに、俺が最後に余計なことをしたせいで召喚や再構成とやらがうまくいかなかったのではないだろうか?
現に、俺は特に何かスキルを得た! と言った感覚が全くない。
錬金術だのなんだの、使えるような気がしない。
つまり、勇者として召喚される事になったのは俺では無く……。
「お兄さんお兄さん。キミは一体何をしたんだい?」
思考の渦に沈んでいると、朗らかな声で呼ばれた。
顔を上げると、一人の少女がニコニコと手を振っていた。
リュクスと同じくらいの年齢に見える。もちろんリュクスは見た目通りの年齢ではないのだろうが。
トゲトゲとしたくせ毛の金髪に、日焼けかそういう色なのかはわからないが、褐色の肌。
とても健康的で、そしてリュクスと同じような細身であった。
よくよく俺のストライクな娘と出会う事だな。
惜しむらくはその彼女のいる場所もまた、通路を挟んだ向かいの牢屋である事だろうか。
「……君は?」
ややぶしつけであった彼女に、まずはそちらから名を名乗れい、と返す。
彼女はあー、わるいわるいとまた手を振りながら胸をそらした。
薄手のタンクトップであるのにその存在感が強調されないつつましさが素晴らしい。
「私の名前はディスグラツィア!
言いにくければ好きに呼んでくれて構わないよ。
グラツとかそんな感じでね」
ディスグラツィア……グラツは白い歯をニッカリと見せながら笑みを浮かべる。
さわやかで気持ちのいい娘だな。太陽といってもいい。
「俺はスグル。スグル=ミヤビ。
ここに入れられたのは……そう、事故だ、間違いなんだよ……!」
ある意味間違いでは無い気もするが諸悪の根源は俺では無い。そういう事にしておく。そうしないとやっていられない。
その答えに、一瞬戸惑いのようなものを浮かべるも、再度問い返してきた。
「事故? 詳しく聞かせてよ」
迷う。悪い娘には見えないが、なにせ牢屋に入れられているのだ。こんな幼い子供なのに。
好みの娘ではあるが少々得体がしれない。そもそも勇者召喚されたなんて信じてもらえるのか。
そんな事を考えていたら、彼女の方から口を開いた。
「私から話した方がいいかな。
いやー、ゴールドって言うのを持っていないのにごはん一杯食べちゃってさぁ!
働いて返すって言ったんだけど、よくわかんないまま衛兵呼ばれちゃったんだよね。
暴れるのも悪いから、おとなしく捕まったんだ。いやー、まいったまいった」
……無銭飲食で城の牢屋に入れられるものなのか?
怪しさ爆発だと思うんだが……彼女の表情を見ていると嘘は言っていないように思える。
いや、例の如く根拠は無いのだけども。
「着の身着のままだったしねえ。
ゴールドは無いけど、ソウルポ……」
「うるさいぞ、何を騒いでいる!!」
ガシャガシャと大きな音を立てながら、兵士が牢屋の区画に入って来た。
グラツがなにかを言いかけていたが、それが中断された形で少し不機嫌そうな顔になった。
「勇者を騙る詐欺師と不法入国者。重罪同士、仲が良さそうだな」
不法入国者。なるほど。どうやら無銭飲食と言うより身元を証明できなくて捕まったようだ。
……何者なんだ? グラツ。
「勇者……?」
驚いたような、疑わしげな目つきで、俺を見るグラツ。
純粋な疑問で悪感情は感じられないのが救いだな。
「違うんだよ、勇者として召喚されたけど、なぜか勇者と認められなかったんだよ」
「勇者のクラスを持っていないのだから、勇者であるわけがないだろう。
勇者は一緒に居た少女だ。あの娘は間違いなく勇者のクラスとスキルを持っているのだからな」
やはりそういう事か。
再構成の事故で俺に渡るはずの数々のスキルやらがリュクスへと流れてしまったのだろう。
なんてこった。自業自得……なのかこれは。
「あの娘はまだ目を覚まさないようだ。
よほどひどい事をしたようだな?」
兵士のおっさんの目つきと声が純粋な怒りで満たされている。
なるほど、そういった事ならそう思われてしまっても仕方がないのかもしれない。しれないが……!
「違うんだよ! あの子は転移する時に押し倒したらさ……」
「貴様……」
おっと、俺は何を言っているんだ。うかつ。
そしてグラツ、なんで君はへぇ、やるじゃん、みたな顔してんのさ。いや、嫌悪感を示されるよりはいいのかもしれないが……。
「あの子は勇者じゃなくて、---で!」
っておい!? NGワードかよ!?
管理者と言う言葉の発声不可というまさかの事態に、余計に取り乱す俺。
おっさんの怒りのボルテージがグングンと上がっていくのが目に見えてわかった。
「忌々しい……」
「まったく、その通りですな」
また一人、男が現れた。コイツは確か、召喚された時に居た男だ。俺を殴った奴。
「貴様らは明日の午前、処刑が決まった。
精々最後の晩餐を楽しむことだな」
「え、ちょ、まって、処刑って!?」
いくらなんでも急転直下すぎる。せめて、リュクスが目覚めてからでもいいのではないのか。
「……フルフロウ殿? それはいささか性急ではありませんか?」
「勇者様を襲おうとしていた者など、百害あって一利なし。召喚のタイミングが遅れていれば、取り返しの付かないことになっていたでしょう。勇者様がお目覚めになる前に、片をつけて置くべきと判断しました」
「確かに、この者の言動は怪しさしかありませんが」
「陛下も許可してくださった。ついででもあるしな。この女とともにさっさと始末するのだ」
「不法入国は大罪ですが、処刑されるほどの事では!?」
「間者の疑いがある。身分を証明する気が無い者の処分などに手間をかけていられるほど、暇ではないのですよ」
その言い草に俺はもうしょんべんちびりそうな具合で膝に力が入らず、崩れ落ちた。
「精々、己を省みておくことですな」
「……」
そう言うと、二人の男は牢から去っていった。おっさんの方は何かしら思うところがあるのか、チラチラと振り返りながらであったが。
「一体どうしろっていうんだよ……」
「まぁ、処刑は困るなぁ」
ポリポリと頭を掻きながら、グラツはそうつぶやいていた。
困るなんてものじゃない話だが、分かってるのか。
「デュラハンじゃあるまいし、流石に首をはねられたら私もどうかな。
生半可な刃じゃ通らないと思うけど完全じゃないしねえ」
何を……言って?
「ねえスグル。
私はここから逃げようと思うけど君はどうする?
どーにも話を聞いていると君とは無関係じゃなさそうだしね」
頭が回らない。彼女の言っている意味が全く分からないが、ここから逃げられるというのか。
「……逃げたい」
殺され、呼び出され、あげくまた殺されるなんて。
人の都合とほんの少しの過ちでこんな目にあうなんてあんまりだ。
過ちだってそもそも軽く一矢報いただけなのだ。その結果がこれとは……。
「よし、じゃあ、ちょっとそこから下がって。危ないからね!」
何を? と思いながらも彼女に言われた通りその場から下がる。
俺が十分に後ろに下がったのを確認した彼女は、右手を振り上げた。
「よっ」
軽い掛け声とともに右腕を振り下ろす。
ザッ、と言う音とカランカラン、という音と共に彼女の牢の鉄格子の一部が、細切れになった。
「えっ!?」
「もういっちょ!」
今度は掬い上げるように右手を振るう。
その右手は、いつの間にか異形へと変貌していた。
黒く、光沢を放つトゲトゲとした甲殻。
爬虫類を思わせる、内側の皮膚。
血の色を思わせる、真紅の爪。
彼女の右腕の肘から先は、まるで……。
「竜の腕……?」