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キノトロープX奇譚(かいきたん)  作者: トキノトキオ
第一章 誰がために風は吹く?
9/9

傘の下の月


「あれ?」


 ハルヲが家に近づくと、窓に明かりが灯っているのが見えた。


「ソラのやつ……回復したのかなあ……」


 ハルヲが玄関の戸を開けると、料理のいい香りがした。


「や、い、いい匂いだなあ。もう起きても大丈夫なの?てか、かってに料理とかしてるし……って、まあいいけど……いやいや、よくないけど……よくはないけど……よかったよ。無事で……」


 カラになった布団を見て、ソラが回復したと確信したソラは、ふっとカラダの力が抜けるとお腹がすいていることに気がついた。そして、匂いに惹かれ、台所の戸を開けた。

 すると…………


「おかえりなさいませ!です!」

  「帰ったか……」

   「おかえりなさい」


 声がした……3つの声が……


「へ?き、君……たち?……いつの間に?てか、何で?何が?どーして???」


 そこにはソラのほか、昼間の黒女、そして…………湯気の向こうには、後ろ姿のアマニタ・ムスカリアがいた。


「何で?って、食材ないからその辺でテキトーに採ってきたのですよ!だから今日はキノコづくしです!姉さま手作りの!」


 出会った時のままの、とぼけたソラの声が響いた。


「い、いや、何でキノコづくしかを聞いてるんじゃなくて、なんで君たち三人とも勝手にウチに上がりこんでるの?って聞いてるんだよ。料理とかしてるし……」

「いーの、いーの!そんな小さなコト気にしない!てか、そんなことで泣かない!男の子なんだから!」

「な、泣いてなんて、泣いてなんて、いないよーーー」


 ハルヲは声をあげて泣きだしてしまった。

 それは今晩のご飯がキノコづくしだったから……ではもちろんなくソラが元気になったからだった。


「はいはい。ではお食事にしましょう」


 ひとり、もくもくと鍋に向かい背を向けていたアマニタ・ムスカリアがふりむいた。ふりむいてハルヲにやさしく微笑んだ。


「ハ、ハイッ。ボ、ボクが運びます!」


 ハルヲはアマニタ・ムスカリアと目があい、思わず目をそらした。


「あれ?なんでなんで?どーしたのです?熱があるの?ハルハル赤くなってますよぅ?」

「ウ……ウルサイ!元気になったならソラも手伝えよ!」

「んーーーなんです?その旦那気取りは?いつのまにそんな間柄になったんです?」

「ウ、ウルサイよ!」


 ドタバタと食事はちゃぶ台に運ばれ、ガチャガチャと並べられた。古い食器棚から取り出された皿はすべて手作りのモノで、ひとつとして同じものはなく、さまざまなキノコ料理を引き立たせているようだった。


 虫の声、木々の葉のこすれる音、カエルの声が聴こえる。

 すべての料理が並ぶと今度はすっかり静かになった。


「さあ、いただきましょう」


 ムスカリアがそう言うと、ソラは一気にご飯に飛びついた。


「ムスカ姉さん最高!なめこ汁うまーい!ね?ね?ハルハルもそう思うでしょ?」

「ん?あ、ああ……そ、そうだね……うん」


 そう言いながらハルヲもキノコの混ぜご飯を口にした。

 黒肥地(クロヒジ) 一夜(ヒトヨ)は、無言のまま、キノコのおひたしに箸を伸ばした。

 アマニタ・ムスカリアはその様子をみてただただニコニコと笑っていた。


「あっソラ!そのエリンギボクんだろ?だいたい、箸から取ったらダメじゃないか!」

「なんでです?」

「知らないの?箸から箸に料理を渡しちゃいけないんだよ!」

「だから、なんでです?」

「そ、それは……だから……叔母さんが……ダメだって……」

「まーた叔母さんですかぁ?ほんとに……」

「ソラちゃん。それは、合わせ箸だとか、拾い箸と呼ばれるタブーなの。ヒトが死んだ時、三途の川の橋渡しにかけて、箸と箸で骨を受け渡すから、ご飯の時にやってはイケないとされているのよ」


 ソラとハルヲが言い争いしているのを見ていたムスカリアは静かに説明した。


「さ、さすがムスカリアさん!ほら、ソラ、そーいう理由だよ」

「むーーー、分かりましたですよ」

「って、おい!その隙にすっかり食ってるじゃないか!」

「いーの、いーのですよ~」

「キミが良くてもボクが良くないよ!」


 その後も、二人は騒がしく、ヒトヨは無言で、ムスカリアは微笑んだまま夕食の時間がすぎていった。


「ここは……いいところですねえ」


 食事も終わり、後片付けもすんだころ、ムスカリアは縁側に座り、庭の池に映る月を見ながらつぶやいた。


「ね?一夜さん」


 傍らには騒がしさを嫌ってか、窓際にいた黒肥地一夜の姿があった。


「え、ええ……姉様。私達キノトロープにとって……確かにここはとてもいいところです」

「それで?一夜さん……貴方はなぜ出てきたの?」

「なぜ……って……それは……マザーモースに呼ばれたから……」

「そう……やはり、寂しいの?やはり、かつての栄光が懐かしいの?」


 黒肥地の家系は、かつて多くの一族の上にあった。それが近年、失われてしまった。そのことをムスカリアは言ったのだった。一夜はお家の再興をめざしているのではないか?と。


「そ、そんなことは!……ありません……よ……」

「姉様こそなぜです?こんな……人間風情のあばら屋は姉様には似合いませんし」

「そう?私は好きよ。ここ。それに……確かに、呼ばれたのですものね。大いなるキノトロープスの声、母なるマザーモースに……そういえば、一夜さんはどんな風に聞いたの?」


 ムスカリアは、めずらしく少しだけ表情を曇らせると一夜のほうを向いて尋ねた。


「え?姉さまと同じ……ですよ。求めよ……さらなる力を……ヒトの世に……と……」

「そう……」


 また一段、ムスカリアは寂しそうな顔をした。

 その時……


「なに?なに?なんですのーーー!ですよ!なにをしんみりとしているのです?こんな狭くて小汚い家でも住めば都ですよ!修学旅行みたいで楽しいじゃないですか!」


 ソラが二人の間に飛び込んできた。


「ソラ!何がボロ屋で、隙間風がビュウビュウだよ!叔母さんの家に謝れ!てか、住むな!帰れ!あ、ムスカリアさんはいいんですよ?ええと……そっちの、黒い人も……まあいいです。この家をイイ!といってくれる人は歓迎します!」


 つづいてハルヲがやってきた。


「そうですねえ……いずれ私達は住処を追われた者。しばらくはお邪魔しちゃおうカナ?」

「イッエーーーーーイッ!やったーーー!良かった。良かったヨカッタですよ―ね?ハルハル?」

「う……ん…………しばらくなら……ね」


 ハルヲは叔母さんのことを思い出していた。


「ハルヲさん。心配しないでください。私達はそれぞれ、探しものが見つかればここを出て行くわ。だからそれまで……ね」

「はいっ」


 ムスカリアに微笑まれてはハルヲには何も言えるはずはなかった。

 こうしてしばらく奇妙な共同生活が始まることになる。

 三人の目的とはなんなのか?三人以外にもキノトロープスというのは存在するのか?マザーモースとは?たくさんの疑問があるはずだった。が、、なぜかハルヲはあまり気にすることがなかったという。ただ……なんだか首の付け根辺りが痒いなあ、と思うだけだった。

 


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