しるべ(アマニタ・ムスカリア)
「あら、貴方、キノコ持ちだったのね」
「え?……キノコ持ち?」
背後からささやく、その優しい声にハルヲはうっすらと目を覚ました。気づけばあたりは真っ白いモヤに包まれている。それは、今が何時なのか、自分がどこにいるのかさえが、すっかりわからなくなるほどの深い深い白いモヤの中だった。
「アナタたち大事にされているようね」
その声が耳元にすうーっと近づく。そして、ハルヲの足元に並んで置かれたふたつの鉢に白い指先がのびた。
「あ、ああ……貴方は……アマニタ・ムスカリアさん?……そ、そうだ、どうかコイツを治してやってください」
ハルヲは眠たいような、それとも夢の中のようなフワフワとした気持ちのまま、ソラのことを思い出した。布団の中で死んだように眠っているソラのコトを思い出した。そして、謎の黒女クロヒジの言ったことを思い出した。『アマニタ・ムスカリア姉様ならソラのことをなんとかしてくれる』と。
「フフ……コイツ?」
すっかり伸び切ったその優雅な白い腕が、キノコの鉢の上をなでるように回り始めた。
「雲ひとつない青空のように、恐れを知らず、真っ直ぐなソラ。貴方ならたどりつくかもしれない。そう言ったのは私。そう言って送り出したのは私。あれはずっと昔の話?それともすぐ昨日の出来事?分からない……私にもそれは分からない。すべてはマザーモースの仰せのとおりに。すべては我らのために。だからさあソラ。今、再び、起き上がるとき」
声の主……アマニタ・ムスカリアが手を回しながら、まじないのようにささやくと、黄金に輝く粉がリング状に舞い鉢の上に降り積もっていった。すると、あんなに黄色くしぼみ、元気のなさそうだった空色茸があっという間に元に、鮮やかな青に戻っていった。
「ああ……ありがとうございます!そしてこれが、どうか夢でありませんように!」
ハルヲはそのさまをみて思わず声をもらした。
「フフフ 面白い子。なるほど貴方はソラに似ているのかもしれない。そして、こんな風になったキノコは枯れるがさだめ。今まで何本、何万本、いいえ、何億本もの仲間がそうであったように……ね。ああ、いつの世もヒトは理がなければ動かないもの。貴方以外はね。こんなソラのために動いてくれた貴方だから、ひとつ教えておいてあげましょう。いずれ貴方は選択しなければならなくなる。重要な選択を。自分にとって、ヒトにとって、そして私たちキノトロープスにとって……」
「キノトロープス!キノトロープスとは何なのですか?マザーモースとは?そして……ボクの選択とは???」
ハルヲはだんだんと濃く、白くなっていく空間に向かって手を伸ばした。
「フフフ……キノトロープスとは私達。いいえ、遥か彼方、貴方達もそうだった者。そう……今、貴方達があるセカイは、つまりは貴方達の選択。貴方達ひとりひとり、自分自身のね。だからそのコトを教えてあげることはできません。誰にもね。ただ考え、時には気付かずにそれぞれが選択するだけ。だから……さあ、そろそろお行きなさい。ソラが待っているわ」
ハルヲはすぅーーーーっと意識が沈み込むのを感じた。もはや目の前は真っ白に染まり、目を開けているのか閉じているのかさえ分からない。
「まって、まってください。ボクはまだ知りたいことがあるんだ!」
ハルヲはその真っ白い闇にさらに手を伸ばし、叫んだまま意識を失ってしまった。
首筋を風が吹き抜けるのを感じた。