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キノトロープX奇譚(かいきたん)  作者: トキノトキオ
第一章 誰がために風は吹く?
5/9

探し者(黒肥地 一夜 (クロヒジ ヒトヨ))

 カラカラカラーーーーーー


 坂道をハルヲを乗せた自転車が転げるように降りてゆく。


 「キノトロープス、キノトロープス、キノコノコ、キノコノコ、モース、モース……ん?マザーだっけ?マザーモース、マザーモース……の実?果実?イヤイヤ……分からない……分からないなあ……」


 ハルヲはソラに聞いた言葉をブツブツと繰り返していた。ゆくあてなどまるで検討もなく、ただただ自転車を漕いでいた。角をいくつか曲がり、丘を越え、川を渡り、畑を抜けたあたり、寂しげな神社の前をまさに通り過ぎようとしていたところで


「お前さん……なんだい?それは」


 キキキキキキーーーッ


 突然話しかけられ、ハルヲはめいっぱいにブレーキを握った。ふりかえれば、雑木林の中に人影があった。その黒い影が静かに移動し、道の方へぬぅっと顔を出した。


「え?い、いや、何でもありません」

「ほほう……お前さん、やはり私が見えるのかい?……そのカゴの中のキノコは……」

「え?な、何か知っているんですか?このキノコについて」

「ああ、知っているとも。知っているともさ。ずいぶん久しぶりに見たけどもねえ」

「お、教えてください!このキノコについて」

「なぜだい?お前さん、私が怖くは無いのかい?」


 声の主は、黒い印象の女で、髪は墨汁でもかぶったかのように滴っていた。つまりは異様な雰囲気なのである。それが暗い雑木林の奥から現れたのだから、自転車をとめてはみたもののハルヲも少し腰がひけていたのだ。


「コ、コイツ傷ついて弱ってるんです」


 それでも、ソラについての手がかりを持たないハルヲは聞いてみるしかなかった。


「ふぅーん……そんなモノ捨ててしまえばいいだろうよ」

「そんなのダメです!ボクは約束したんだ……救けるって……コイツを救けるって……」

「ほう~、いいだろう。だが条件がある」

「条件?」

「なあに、簡単なコトさ。私のコトも助けると約束してくれればいい。ただし、内容は言えない。コレが条件さ」


 ハルヲは迷った。こんな得体の知れない相手と、内容が不明な約束をするなんて普通なら出来やしない。しかし……


「……い、いいですよ。約束します」


 答えは決まっていた。


「フッ 良い子だねえ~じゃあ教えてやるよ。ソイツは空色茸ソライロダケ。小型のイッポンシメジ属菌で、秋に各種林内地上に単生、あるいは小規模群生を作る。だがしかし、極めて発生量が少なく、そもそも出会うコト自体が困難なスーパーレア珍菌さ。そして…………間違いない。キノトロープスの種……」

「キノトロープス!」


 キノトロープス、そう聞いてハルヲは思わず叫んてしまった。それは確かにソラが口にした言葉だったから。


「ほう~キノトロープスを知っているのかい?なるほど、なるほど。で?お前さん、どこまで知っているんだい?」

「い、いやあ、そのくらいです。キノトロープス、キノコノコ……そして……マザーモース……」


 !


 マザーモース、そうハルヲが言った途端、女の表情が凍りついた。


「お前さん、どちら側だ?そもそもデコイか?それともデクか?マザーモースについてどこまで知っている?」

「い、いやあ、名前だけです。そのキノコをくれた人がうわ言のように言ってたんだ」

「んーーーそうか……ウソではなさそうだな……しかし……なんと迂闊なヤツだ。バカなのか?それとも壊れておるのか?もともと少し天然ではあったか……」


 ハルヲは少し怖くなって後ずさった。


「逃げるでない!そうだ。お前さん、クビの後ろを見せてみろ」

「ク、クビの?後ろ?」

「そうだ!な~に、何もしやしないさ。ほら!」


 女はゆっくりとした動きが一変、ぬるんっと滑ったようにハルヲの背後に回り込むと、ハルヲが着ていたパーカーのフードを剥がし、首筋をのぞきこんだ。


「な、な、、何するんだよ!やめろよ」

「ふんっ なるほど。すでに植えられてはいるのか?だが、デク化してるわけでもなさそうだな。よしっ」

「痛っ」


 ハルヲは首筋にピリッとした痛みを感じ声を上げた。


「フンッ まあ良い。私もまずは託すとしよう、お前さんに……まんざらソラのヤツも知らぬ間ではないしな」

「……知っているんですね……ソラのコト。彼女倒れたんです!どーすれば、どーすればいいんです?」

「そのキノコ……空色茸を治すコトだな」

「空色茸?このキノコを?治す?ど、ど、どーやって?」

「すまない。私には……無理だ。姉様を探せ」

「姉様?」

「ああ。アマニタ・ムスカリア。姉様なら、なんとかしてくれるだろう」

「その姉様とやらはどこにいるの?」

「さあな。私たちはドコにも居ないようでドコにでもいる。見ようとすれば見え、見えざると思えば見えない。まあ、普通の人間ならば私のことも見えはしないがな」

「そんなあ……また振り出しじゃないか……」

「でもないだろう。ソラのヤツもきっとアマニタ姉様と会ったはずだ。そして相談したはず。でなければ、ノコノコと人の前に現れるほど社交的な性格じゃないからな。だから、思いだせ。ソラとドコで会ったかを?それをたどればきっと会えるさ」

「で、でも……どんな人かもわからないのに。どんな人なんだい?そのアニニタさんは」

「アマニタだ!アマニタ姉様は……まあ、会えばわかるさ。私の名前は黒肥地 一夜 (クロヒジ ヒトヨ)。さあ、私のコトも頼んだぞ」

「え?」


 振り返れば、その黒い女の姿は消えていた。道に、ところどころ黒いシミを残して……


「ソラの時とおんなじだ……」


 ハルヲの手の中にはまた、いつのまにか鉢があった。

 鉢には灰色いキノコがひとつ生えていた。


「そうだ……ソラとはじめて会ったのは……」


 つぶやくとハルヲは、また自転車を漕ぎだしていた。




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