アンノン
チ チ チ チ …… チ チ チ チ ……
部屋の中を、古い壁時計の針の音が満たしている。
時折すきま風が破れた障子を揺らす。
庭では鹿威しの乾いた音が定期的に響き、それに応じるかのように裏庭の笹の葉がくすぐったそうに囁いた。
「……すると……君は人間じゃないっていうの?」
「ですかねえ~そーいうことになりますかねえ~」
「じゃ、じゃあなんだって言うの?」
部屋の真ん中に敷かれた布団の上にソラは寝ていた。その横にハルヲが座っている。医者は呼ぶな、呼んでも無駄だとソラが弱々しい声で懇願するので、仕方なくそうしていたのだ。
「ワタシはキノトロープス……キノトロープスの……キノコノコ……青居……空……」
ソラは消え入りそうな声でうわ言のようにつぶやいている。手先など、体の末端からどんどん黄色くなっていきながら。
「キノトロープス?キノコノコ?よ、よく分からないけど……ど、どうすればいいの?キミ、ずいぶん具合が良くないみたいだけど……このままだと…………」
ハルヲは言いかけてやめた。言葉にすればソレが現実になりそうな気がして。
「ウン……そうかも……です……ワタシ……も……わからない……ケド……このままじゃ……消えてしまう……ワタシの……すべてが……」
「や、やっぱ、病院へ行こう!きっと病院へ行けば治るよ」
「ダメ……ソレだけは……やめて……お願い…………」
「じゃ、じゃあ、どうすればいいんだよ!このままじゃ、このままじゃ、キミ、死んでしまうんだろ?」
いつのまにか目を閉じてしまったソラの頬に、暖かい雫がひとつ、またひとつとこぼれた。その雫……ハルヲの涙が、ソラの頬をつたうと、その箇所がほんのりと紅く色づいた。するとソラが微笑んだ。
「……暖かい……優しいのね……さすがは……ワタシの……グーデン……ヘーデン……お願い……探して……キノコを……マザーモースの……実を…………」
そしてひと息、フゥーっと吐き出すと表情が消えた。
「ソ、ソラちゃん?ソラ!ソラーっ!」
ハルヲはそれを見てソラの肩を揺すった。しかし、反応はなく今度は胸もとへ耳をあてた。
トクン…… トクン…… トクン……
「聞こえる……」
小さいながらも、鼓動の音が聞こえた。
「わ、わかったよ。何を探せばいいのか……は、よく分からないけど……きっと見つけてみせるよ」
ソラの肩に布団をかけ、今にも立ち上がって出かけようとするハルヲに向かってソラが何か囁いた。ふりかえればほんの少し目を開いている。
「………を…………連れていって……キノコを……ワタシの……分身を…………」
そしてまた目を閉じると、ついに何も喋らなくなってしまった。
「キノコの鉢を持っていけってコトだね。わかったよ。わかった。ボクやるよ」
ハルヲは床にぶちまけられた青キノコと土をかき集め、近くにあった小さなブリキ細工のバケツのオブジェに入れた。それをまたエコバックに入れるとすぐ玄関に走った。かかとのくたびれた白いスニーカーに足をつっこむと一度、肩掛けのかばんをかけると一度、ソラのほうをふりむいてうなずいた。
「じゃ、じゃあ……行ってきます」
外へ出ると空を見上げ、またひとつうなづいて自転車に飛び乗った。




