止まらぬ想い
今日も灯は人間の男を追う。
これが他のキノコの娘にバレれば、皆から怒られるのは間違いないだろう。
灯にもこれがどんなに悪いことか分かっていたが、やめることは出来なかった。
どうしても彼に会いたい。
それが、灯の気持ちだった。
「どこに行くんだろう?」
今日は珍しく、彼は山の奥にまで来ていた。
草木が生い茂り、人間が歩くような開けた道はない。彼は行く先を、手でかき分けながら進んでいた。
いつもなら、彼はこんな山深くまで入って来ない。
「今日の探し物はいつもと違うのかな?」
彼は地面を見ることなく、真っ直ぐ前を見ている。ここもいつもと違うところだ。
「探し物しているというより、目的地があって進んでいるみたい」
灯は隠れずに、彼の後を追っていく。
隠れながら追っていたのでは、彼に置いて行かれると判断したからだ。
見つかる可能性が上がりそうだったが、彼は地面を探ることなくずんずん進んでいるので、その危険もなさそうだった。
「この先にあるのは……」
灯は山の地形を思い出す。
ここは山の崖沿いで、山頂に近い位置にある。このまま突き進めば、山頂への道に出る。
「山頂に行こうとしているのかな?」
だとしても、ここを通る理由がない。
山頂への道はふもとからきちんと続いている。こんな道なき道を通るのは、逆に遠回りになるはずだ。
「目的地は山頂じゃないのかな?」
考えながら、灯は背の高い草の間を進む。彼が踏んだ後を通れば多少楽ではあったが、彼の姿を見失わずに走るのは大変だった。
油断したら、置いてかれそう。
と、灯が思った時だった。
「きゃわっ!」
足元を見ずに彼を必死に追っていた灯は、土の中から出っ張っていた石につまづいて、派手に転んでしまった。ゴロゴロと前転で転がっていき、木に衝突して止まる。
「ううう……」
ペタンと座り込み、灯は頭をフラフラさせながら身体を起こした。
「痛たた……」
打った額を押さえつつ、灯は立ち上がる。そして、周りを見回した。
「いない……」
灯の見える範囲に彼の姿はなかった。
彼が進んでいた方に歩いてみるが、一向に探す姿は見えてこない。
灯はショボンとして立ち止まった。
「見失っちゃった……」
その場にしばらくたたずんでいたが、灯は踵を返した。
「帰ろう」
灯には彼の目的地が分からない。
追うことは出来ないし、ここにいてもしかたがなかった。
「次はいつ来るかな」
彼のことを思いつつ、灯は来た道を戻る。
「いつ会えるかな」
彼はいつ来るか分からない。
灯は彼に会えるかどうかも分からないのに、山の入口で一日中待つという生活を繰り返していた。
「すぐ来てくれるといい――」
灯は言葉を切りパッと振り返る。
「今の声……」
灯の耳に、叫び声が聞こえてきた。
それは、男の低い声だった。
灯の胸に不安がよぎる。
「まさか……」
灯は叫び声がした方に走り出した。