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境界線  作者: 久乃☆
9/12

9、終電(4)

「おじいさん、おじいさん。ここに座りましょう」


「うんうん、そうだな」


「おじいさん、みかん食べませんか?」


「みかんか、いいねぇ」



 俺の鼻腔をくすぐるかんきつ類の香り。


 その香りに刺激されたのか、俺の脳はまたしても動き出した。


 ところが、動き出した途端に、目の前に座って仲睦まじそうな老夫婦の気配を感じた。



(なんだよ、こんなにガラ空きなのに、なんでよりにもよって俺の前に座るんだ? しかも、こんな時間に何食ってんだよ!)



 俺は腕を組みなおすと、多少わざとらしいため息をついて見せた。


 

「みかんと言えば、和君もみかんが好きだったな」


「そうですね」


 

 ため息の意味に気がつかないのか、老夫婦が話を止めることはなかった。



「よく、みかんをむいてあげたねぇ」


「ええ、みかんをむいてあげないと、大変な騒ぎでしたからね」



 ばあさんの声に小さな憎しみがこめられたのが分かった。



「あの子は、本当にわがままだったからな」


「あの子は悪魔の子ですよ」


「おいおい、一応私達の孫だから」


「だってね、おじいさん。私は爬虫類が大っ嫌いなのに」


「そうだな。お前は、爬虫類がいたら腰を抜かさんばかりになる」


「それなのに、それを知っていながらあの子は、私の布団にトカゲを入れてたんですよ!」


「トカゲか。あの時は大変だったな」


「それも、一匹なんて可愛いものじゃなかったんだ」


「あれは、酷かったね」



 じいさんが苦しそうな声で、ばあさんを慰めているように聞こえた。


 二人の手が止まっているのか、みかんの香りは強くはならない。



「おじいさんだって、酷い目にあわされたじゃないですか」


「酷いことだらけで、どれのことだから思い出せないよ」


「確かにそうですね。畑仕事中にカマで腰を殴られたり」


「あったねぇ。カマが切れなかったから良かった」


「それでも、さびたカマの先で怪我をして、一時は破傷風にかかるんじゃないかって、本当に心配しましたよ」


「確かにねぇ」


「それから、おじいさんが寝ている布団の裾をめくって、中にロケット花火を発射して、大やけどしたじゃないですか!」


「おかげで入院したんだった」


「どこまで、酷いことをすれば気が済むんでしょうね」


「画鋲を椅子の上にばら撒かれていて、座ったまま動けなくなって、あの時も大変でした」


「ワシはそのいたずらは知らないぞ」


「だって、おじいさんが入院中にやられたことですから」



 俺は、聞くともなく聞いていたが、あることに思い至った。それは、この二人が話している内容は、俺が子供の頃にやったことと同じだということだ。


 別に、じいさんやばあさんに怪我をさせようと思ったわけではなく、単にどうなるかを知りたかっただけだ。そして、それがどれほどオレを興奮させるか。


 全てが興味からの仕業だったのだ。


 しかし、それが元なのかどうか、じいさんは火傷して入院したまま、二度と帰ってこなかった。


 ばあさんは、その後も俺の研究材料として、いろいろとためさせてもらったけど、結局自分から老人ホームに入ってしまった。



(俺と同じことをしてるガキがいるんだなぁ。やっぱ、興味は抑えられないよな)



「おじいさんがいなくなって、私は毎日怖かったんですよ」


「老人ホームに入ってからは良かっただろう?」



(このばあさんも老人ホームに入ってるのか……ん? じいさんがいなくなって?)



「そうですねぇ。さびしかったけど、不安はなくなりましたね。和君が遊びに来るようになるまではね」


「遊びに来たのか?」


「小学校の高学年位になると、ひとりで来るようになって」



 ばあさんが涙を飲みこむように、言葉を詰まらせた。



「遊びに来ると、最初にお小遣いのむしんですよ。でも、ホームでは少しのお金しか所持できないことになっていましたから、私は五千円位のお金を財布に入れていたんですよ」


「まぁ、使い道もないだろうしね」


「ところが、あの子が来て、引き出しに入っている財布から、有り金全部を持っていくんです。いくら、それだけしかないからダメだと言っても聞きやしない。ダメだと強く言ったときに、私をベッドに押さえつけて、枕を顔に押し付けられて……」


「なんてことを……」


「怖いですよ……孫の和也に殺されたんですから」


「ワシも同じだ。孫の和也に殺されたんだ」



 俺は、自分の子供の頃を振り返っていた。二人の話を聞きながら、確かに自分も同じことをして、最後は同じ方法でばあさんを……。


 この二人の話は、俺の過去?


 そして、【和也】という名前は―――俺の名前……?


 

 俺は、ゆっくりと目を開けて二人を視界に入れた。


 俺の視界にいたのは、死んだはずのじいさんと、確かに窒息死させたばあさんだった。


 そして、二人は憎しみのこもった目で、俺を睨みつけていた。



(そんなはずない。二人は死んだんだ。死んだ二人が、どうしてここにいる!)



 俺の心が叫んだとき、目の前から二人が消えた。




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