9、終電(4)
「おじいさん、おじいさん。ここに座りましょう」
「うんうん、そうだな」
「おじいさん、みかん食べませんか?」
「みかんか、いいねぇ」
俺の鼻腔をくすぐるかんきつ類の香り。
その香りに刺激されたのか、俺の脳はまたしても動き出した。
ところが、動き出した途端に、目の前に座って仲睦まじそうな老夫婦の気配を感じた。
(なんだよ、こんなにガラ空きなのに、なんでよりにもよって俺の前に座るんだ? しかも、こんな時間に何食ってんだよ!)
俺は腕を組みなおすと、多少わざとらしいため息をついて見せた。
「みかんと言えば、和君もみかんが好きだったな」
「そうですね」
ため息の意味に気がつかないのか、老夫婦が話を止めることはなかった。
「よく、みかんをむいてあげたねぇ」
「ええ、みかんをむいてあげないと、大変な騒ぎでしたからね」
ばあさんの声に小さな憎しみがこめられたのが分かった。
「あの子は、本当にわがままだったからな」
「あの子は悪魔の子ですよ」
「おいおい、一応私達の孫だから」
「だってね、おじいさん。私は爬虫類が大っ嫌いなのに」
「そうだな。お前は、爬虫類がいたら腰を抜かさんばかりになる」
「それなのに、それを知っていながらあの子は、私の布団にトカゲを入れてたんですよ!」
「トカゲか。あの時は大変だったな」
「それも、一匹なんて可愛いものじゃなかったんだ」
「あれは、酷かったね」
じいさんが苦しそうな声で、ばあさんを慰めているように聞こえた。
二人の手が止まっているのか、みかんの香りは強くはならない。
「おじいさんだって、酷い目にあわされたじゃないですか」
「酷いことだらけで、どれのことだから思い出せないよ」
「確かにそうですね。畑仕事中にカマで腰を殴られたり」
「あったねぇ。カマが切れなかったから良かった」
「それでも、さびたカマの先で怪我をして、一時は破傷風にかかるんじゃないかって、本当に心配しましたよ」
「確かにねぇ」
「それから、おじいさんが寝ている布団の裾をめくって、中にロケット花火を発射して、大やけどしたじゃないですか!」
「おかげで入院したんだった」
「どこまで、酷いことをすれば気が済むんでしょうね」
「画鋲を椅子の上にばら撒かれていて、座ったまま動けなくなって、あの時も大変でした」
「ワシはそのいたずらは知らないぞ」
「だって、おじいさんが入院中にやられたことですから」
俺は、聞くともなく聞いていたが、あることに思い至った。それは、この二人が話している内容は、俺が子供の頃にやったことと同じだということだ。
別に、じいさんやばあさんに怪我をさせようと思ったわけではなく、単にどうなるかを知りたかっただけだ。そして、それがどれほどオレを興奮させるか。
全てが興味からの仕業だったのだ。
しかし、それが元なのかどうか、じいさんは火傷して入院したまま、二度と帰ってこなかった。
ばあさんは、その後も俺の研究材料として、いろいろとためさせてもらったけど、結局自分から老人ホームに入ってしまった。
(俺と同じことをしてるガキがいるんだなぁ。やっぱ、興味は抑えられないよな)
「おじいさんがいなくなって、私は毎日怖かったんですよ」
「老人ホームに入ってからは良かっただろう?」
(このばあさんも老人ホームに入ってるのか……ん? じいさんがいなくなって?)
「そうですねぇ。さびしかったけど、不安はなくなりましたね。和君が遊びに来るようになるまではね」
「遊びに来たのか?」
「小学校の高学年位になると、ひとりで来るようになって」
ばあさんが涙を飲みこむように、言葉を詰まらせた。
「遊びに来ると、最初にお小遣いのむしんですよ。でも、ホームでは少しのお金しか所持できないことになっていましたから、私は五千円位のお金を財布に入れていたんですよ」
「まぁ、使い道もないだろうしね」
「ところが、あの子が来て、引き出しに入っている財布から、有り金全部を持っていくんです。いくら、それだけしかないからダメだと言っても聞きやしない。ダメだと強く言ったときに、私をベッドに押さえつけて、枕を顔に押し付けられて……」
「なんてことを……」
「怖いですよ……孫の和也に殺されたんですから」
「ワシも同じだ。孫の和也に殺されたんだ」
俺は、自分の子供の頃を振り返っていた。二人の話を聞きながら、確かに自分も同じことをして、最後は同じ方法でばあさんを……。
この二人の話は、俺の過去?
そして、【和也】という名前は―――俺の名前……?
俺は、ゆっくりと目を開けて二人を視界に入れた。
俺の視界にいたのは、死んだはずのじいさんと、確かに窒息死させたばあさんだった。
そして、二人は憎しみのこもった目で、俺を睨みつけていた。
(そんなはずない。二人は死んだんだ。死んだ二人が、どうしてここにいる!)
俺の心が叫んだとき、目の前から二人が消えた。




