8、終電(3)
電車には、誰も乗っていない。
(こんな時間に乗ってるやつなんていないよな)
自嘲気味に笑う。
ホームの薄明かりの中で見た電車は、まるで博物館に収められているような、古めかしいものだった。中に入ってみても、古めかしさは変わらず。今時には珍しい、ボックス席だ。
俺がひとつのボックス席に座ると、チビも隣のボックス席に座った。
誰もいない車内なのだから、どこに座ってもいいものだが、誰もいないからこそ、人の姿が確認できる位置に座りたくなるものらしい。
俺自身、チビが隣のボックスを選んでくれたことで、小さな安堵を覚えていた。
電車がゆっくりと動き出す。
車内は、駅同様薄暗い。それでも、窓から外の景色を楽しむには、難しい明るさだ。
俺は手にしていた切符を眺めてみた。
何の変哲もない切符ではあるが、駅名の下に書かれた文字に興味を引かれた。
そこには【終電】とあったのだ。
(終電って、切符に書いちゃってるよ。ありえねーだろう。大体、一日一本なんだから、始発かも知れないじゃないか。それともあれか? 一日の最後だから、始発だけど終電なのか? そうか! 11:59分だから、終電か! 始発がないのに、終電か)
一人ニヤニヤと笑っていた。誰もいないのだから、大声で笑ったところで、誰にとがめられるわけではないのだが、習慣なのだろうか。
いつもなら、電車に乗るとスマホを起動させる。つぶやきサイトを指先でくるくると動かし、面白そうなツブヤキをチョイスする。そして、どんなにおかしくても声を殺して笑うのだ。もちろんそれは、たくさんの乗客がいるからだ。
(チビはこれを知ってるのかな? あ、字が読めないか。それとも、親に教えてもらってるのかもしれないな。聞いてみるか。ちょっと、話しかけて……)
隣の席に目を向けると、さすがに安心したのか、毛糸を指に絡めたままコックリ、コックリと上体を揺らしている。
(なんだかんだ言っても、子供だよな。当たり前だけど)
俺は切符をポケットにしまうと、窓へと視線を這わせた。
その時、ひとつの疑問が浮かんできた。
それは、切符を買うときに行き先を見なかったということ。
いや、そうじゃない。
行き先がなかったことだ。
券売機は、たった一台だけだった。もちろん、あんな辺鄙な場所にある駅だ。一台あれば充分だろう。しかし、不思議なのは券売機の台数ではなく、購入金額のボタンがなかったことだ。
普通に考えれば、距離で金額が設定されているはずだ。それなのに、ボタンがひとつもなかったのだ。《350円》と紙が貼られていたから、その通りにお金を入れた。それだけだった。
俺はもう一度切符を手にした。
穴が開くほど、という言葉があるが、確かにそんな感じに俺は切符を眺めた。じっと、隅から隅まで。
ところが、【山の駅】以外に駅名がないのだ。
(てぇことは、どこの駅で降りてもいいし、終点まで行ってもこの金額で行くってことか? 超良心的じゃん)
しばらく、この良心的な切符を眺めていたが、俺はそこでもうひとつのことに思い当たった。それは、自分がどこで降りたらいいのかということだ。
どこで降りたら、自分の街に通じる電車に乗り換えることができるのか。
不安が募る。
だがよく考えれば、あんな辺鄙な山の中の駅よりもっと辺鄙な駅など、この日本のどこにあるって言うのだろう。
ということは、終点まで行ったとして、そこは山の中の駅よりも、はるかに都会だということだ。
そこまで思い至ると、あとは簡単だ。終点まで行けば、かならず乗り継ぎできるはずだから、俺はそこで路線図を確認すればいいということだ。
そう考えたら急に楽になって、眠気が襲ってきた。
当たり前だ、もう0時を超えているのだから。しかも、こんな状況で精神的にも疲労困憊だ。
俺は、たとえ寝込んだとしても、終点に着けば駅員が起してくれるだろうと考え、目を閉じた。
俺の脳はしびれるように、眠りに落ちていった。




