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境界線  作者: 久乃☆
8/12

8、終電(3)

 電車には、誰も乗っていない。



(こんな時間に乗ってるやつなんていないよな)



 自嘲気味に笑う。


 ホームの薄明かりの中で見た電車は、まるで博物館に収められているような、古めかしいものだった。中に入ってみても、古めかしさは変わらず。今時には珍しい、ボックス席だ。


 俺がひとつのボックス席に座ると、チビも隣のボックス席に座った。


 誰もいない車内なのだから、どこに座ってもいいものだが、誰もいないからこそ、人の姿が確認できる位置に座りたくなるものらしい。


 俺自身、チビが隣のボックスを選んでくれたことで、小さな安堵を覚えていた。


 電車がゆっくりと動き出す。


 車内は、駅同様薄暗い。それでも、窓から外の景色を楽しむには、難しい明るさだ。


 俺は手にしていた切符を眺めてみた。


 何の変哲もない切符ではあるが、駅名の下に書かれた文字に興味を引かれた。


 そこには【終電】とあったのだ。



(終電って、切符に書いちゃってるよ。ありえねーだろう。大体、一日一本なんだから、始発かも知れないじゃないか。それともあれか? 一日の最後だから、始発だけど終電なのか? そうか! 11:59分だから、終電か! 始発がないのに、終電か)



 一人ニヤニヤと笑っていた。誰もいないのだから、大声で笑ったところで、誰にとがめられるわけではないのだが、習慣なのだろうか。


 いつもなら、電車に乗るとスマホを起動させる。つぶやきサイトを指先でくるくると動かし、面白そうなツブヤキをチョイスする。そして、どんなにおかしくても声を殺して笑うのだ。もちろんそれは、たくさんの乗客がいるからだ。



(チビはこれを知ってるのかな? あ、字が読めないか。それとも、親に教えてもらってるのかもしれないな。聞いてみるか。ちょっと、話しかけて……)



 隣の席に目を向けると、さすがに安心したのか、毛糸を指に絡めたままコックリ、コックリと上体を揺らしている。



(なんだかんだ言っても、子供だよな。当たり前だけど)



 俺は切符をポケットにしまうと、窓へと視線を這わせた。


 その時、ひとつの疑問が浮かんできた。


 それは、切符を買うときに行き先を見なかったということ。


 いや、そうじゃない。


 行き先がなかったことだ。


 券売機は、たった一台だけだった。もちろん、あんな辺鄙な場所にある駅だ。一台あれば充分だろう。しかし、不思議なのは券売機の台数ではなく、購入金額のボタンがなかったことだ。


 普通に考えれば、距離で金額が設定されているはずだ。それなのに、ボタンがひとつもなかったのだ。《350円》と紙が貼られていたから、その通りにお金を入れた。それだけだった。


 俺はもう一度切符を手にした。


 穴が開くほど、という言葉があるが、確かにそんな感じに俺は切符を眺めた。じっと、隅から隅まで。


 ところが、【山の駅】以外に駅名がないのだ。



(てぇことは、どこの駅で降りてもいいし、終点まで行ってもこの金額で行くってことか? 超良心的じゃん)



 しばらく、この良心的な切符を眺めていたが、俺はそこでもうひとつのことに思い当たった。それは、自分がどこで降りたらいいのかということだ。


 どこで降りたら、自分の街に通じる電車に乗り換えることができるのか。


 不安が募る。


 だがよく考えれば、あんな辺鄙な山の中の駅よりもっと辺鄙な駅など、この日本のどこにあるって言うのだろう。


 ということは、終点まで行ったとして、そこは山の中の駅よりも、はるかに都会だということだ。


 そこまで思い至ると、あとは簡単だ。終点まで行けば、かならず乗り継ぎできるはずだから、俺はそこで路線図を確認すればいいということだ。


 そう考えたら急に楽になって、眠気が襲ってきた。


 当たり前だ、もう0時を超えているのだから。しかも、こんな状況で精神的にも疲労困憊だ。


 俺は、たとえ寝込んだとしても、終点に着けば駅員が起してくれるだろうと考え、目を閉じた。


 俺の脳はしびれるように、眠りに落ちていった。



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