7、終電(2)
(バスが19;00出発だった……今は、22:00……)
なんと、三時間もバスに揺られていた計算になる。
(嘘だろ……。三時間も車で走ったら、かなりの距離走ってることなる。俺は一体どこに来てるんだよ)
嫌な汗が流れる。
「怖い? ククッ」
いつの間にか、チビがそこにいた。
(そうか、こいつもここまで来たんだった。でも、なんで駅にいる? あぁ、そうか。周囲に家なんてなかったな。でも、こんな時間だぞ! なんで、こんな小さい子が居るんだよ)
俺は、アヤという小さな女の子にさえ、恐怖が湧き出していた。
「怖いのね。ククッ」
のどの奥から出てくる、おかしな笑い。
「こ、怖いわけないだろ。俺は大人なんだからな」
(そうだ、怖いなんてことがあるはずがないんだ)
子供の頃に、死んだじいさんに言われたことがある。
―――お化けなんて居るはずがないんだ。あれは、自分が怖いと思っているからそう見えるだけなんだ―――
そうだよな、じいさん。
周りが木立で、暗いから変に怖いと思ってしまう。それだけだ。
俺はそれに気がつくと、急に気持ちが楽になった。
「怖いわけないさ。何も怖がることなんてないからな。お前こそ、怖いんじゃないのか?」
俺はチビに問いかけてみた。もちろんチビが怖いなんて思っているはずはない。そんなことは良く分かっていた。
「……怖いよ……」
「え?」
ひとつも怖そうにしていない少女の口から、『怖い』と言う言葉が出たことが意外だった。
「だって、人の恨みって……消えないからね」
まるで大人のような口ぶり。俺はぞっとするような感覚を感じ、少女を見た。ところが、そこにいる少女は、まるで何もなかったように、無邪気に綾取りに興じていたのだ。
(俺の気の迷いか……)
とにかく、電車の時間を確認するんだ。
俺は自分に言い聞かせた。
バスがついたのだから、じきに電車が来るはずだ。
ガラスケースの中にしまわれた時刻表は、紙が黄ばみ、文字も薄くなっている。ガラス自体も汚れ、薄い文字を余計に読みづらくしている。
(くそ! なんて書いてあるのか、分かりづれぇ! それにしても)
それにしても、空白の多い時刻表。
一日に―――
一本!!
(いくらなんでも、ローカルすぎるだろ!)
俺は、時刻表の最後に書かれている数字に目を凝らした。そこには、
23:59
と書かれていた。
「なんだよ! なんで、一日に一本の電車がこんな深夜なんだよ! おかしいだろ!」
俺は大声で叫んでいた。
言葉にするつもりはなかったのに、言葉にせずにはいられなかったのだ。
「ま・まぁ。それでも、この電車に乗らないと帰れないわけだし。ここで唯一の電車が深夜だろうが、早朝だろうが、俺には関係ないんだ。ここの村人がどんな生活をしていようと、俺には全く興味がないんだからな」
俺は、時刻表から離れると、力なく木のベンチに座り込んだ。
またしても、二時間近くを無駄に待たねばならないのだ。
ベンチに座り、目を閉じる。
音といえば、電球が切れかけている、ジジジッという音と、何の虫なのか聞き覚えのあるような鳴き声が聞こえてくるだけだ。
(静かだな)
こんな夜に、無人の駅で俺は小さな女の子と二人、電車を待っているのだ。妙な話だ。
アヤという少女は、どうしてこんな深夜の電車に乗るのか。それを親はどうして許しているのか。考えれば切がない。
(とにかく、待つしかないんだ。それにしても、最低な日だな)
亜矢に置いて行かれてから、待ってばかりだ。
一体、なんていう日なんだ。
いつの間にか、頭の中に霧がかかったように意識が遠のいていった。
何ものかに追いかけられているような夢を見て目が覚めた。
一体誰だったのか、恨みのこもった目をしていた。
俺は、森の中の冷気に触れているにもかかわらず、流れる汗を感じていた。
(こんなところにいるから、変な夢を見ちまったんだ)
手の甲で、額の汗を拭いながら、そんなことを考えた。
柱時計に目を向ける。
(後、三分もしないで電車がくるか……。嫌な夢だったけど、あの夢のおかげで目が覚めたな。目が覚めなかったら、こんな山奥で明日の深夜まで時間を潰さないとならなかった)
遠くの方から、かすかに聞こえる電車の音。
(来たか!)
無人駅の改札を抜ける。手には、【山の駅】と印刷された切符。
ホームに滑り込む電車を待って、俺はアヤというチビと二人乗り込んだ。




