5、うしろのあの子(2)
もうすぐ暗くなるだろう。
そうなれば、このアヤという少女は帰ってしまうだろう。
(こんな寂しいところに俺一人かよ)
後ろは林、前も林だ。
舗装されている道路があるということのほうが、珍しい。
(こういう場所なら、道は砂利道って決まってないか?)
決まってはいないが、そんな気がするのだ。
あれこれと考えているうちに、徐々に日が傾き、暗くなり出してきた。
(なんだよ亜矢のヤツ。もどってこないじゃねーかよ)
ぐるぐる回っているとかいっていた割りに、自分が下りたら戻ってくる気配がない。
あれはやはり、道に迷っていたわけではないのではないか。そう思い込んでいただけなのではないか。ならば、あのハンカチは一体?
いくら考えても答えが出るはずもない。
俺は考えるのを止めた。
それにしても、いつになったらバスは来るのか。
「もうすぐだよ」
「そうか、もうすぐか」
―――え?
俺は少女の方を見た。
なぜ見たか。
なぜなら、俺はしゃべってなどいないはずだからだ。何も言わずに、心の中で呟いただけだ『いつになったらバスは来るのか』と。
それなのに、はっきりと答えを返されたのだ。
つい、普通に返事をしてしまったけど、俺は……。いや、そんなはずはないよな。しゃべりもしない言葉が分かるはずはない。
俺は、思わず唇をゆがめた。
どうしてか?
そりゃぁ、あまりにもばかげたことを思ったからだ。口に出してもいない言葉に返事をされたなんて、少女マンガじゃないんだ。そんなことがあるはずはない。
きっと、俺は知らず知らずのうちに独り言をいっていたんだ。それ以外に考えられない。
それにしても、しゃべれないのか、親に止められていたのか知らないが。全く口を利こうともしなかったのに、不意にしゃべってくると驚く。
しかも、空は暗くなってきて、林に囲まれ、朽ち果てそうなバス停にいるんだ。それだけでも、結構おっかなびっくりだったりするのに。
でも、口が利けることがわかって、少しホッとしてる。
これで、会話ができるということだ。会話ができれば、多少の恐怖心も収まるというものだ。
本当なら、スマホが生きててくれれば、ゲームに没頭できるから、時間なんてあっという間にすぎるし、恐怖心なんてゲームでぶっ飛んでしまうのに、残念ながらそうは行かない現実がある。だからこそ、こんなチビでも話し相手になってくれると思っただけで、嬉しかったりする。
それにしても、どんどん空は暗くなってきて、完全に日が落ちてしまった。
一体、今何時なのかすら分からない。
ただ、こんな時間に、こんなチビが一人でバス停にいていいのか?
俺が住んでる町なら、とっくに帰宅してなくちゃ、親が心配して警察沙汰に発展してる頃だ。
「おいチビ。いや、アヤちゃん。おうちに帰らなくていいのか?」
俺は、帰って欲しくないという気持ちを殺して聞いてみた。もしこれで、『帰る』と言って、この場から居なくなられたら、俺はたった一人で、果たしてくるのかどうかも分からないバスをひたすら待ち続けるしかないのだ。その状況を考えただけで、あまりの怖さに縮みあがる。
しかし、だ。
これで、俺が何も言わずにいて、誰かが今の状況を見たら。
もしも、親が心配して探してるとか、村人が総出で探し回っているとか。そういう状況で、今の二人の状況を見たらどうなる?
俺は完全に幼児誘拐犯とかに思われるじゃないか。
どうせなら、こんなガキを誘拐するより、可愛い高校生あたりを誘拐した方がいいじゃないか。いや、誘拐はダメだけど。どうせなら、チビと一緒にいてつかまるよりは、そっちの方がまだましだ。
だから、俺は一人にはなりたくなかったけど、聞いてみた。聞いておけば、いざと言うときに『俺は、ちゃんと帰らなくていいのかって聞きましたから!』と言い張れるじゃないか。
だから、もう一度念を押すように言ってみた。
「もう、こんなに暗くなってるんだ。お母さんが心配してるだろ」
チビは大きな目を開いて俺を見た。そして、唇をぐにゃりと歪ませると、
「もうすぐだよ」
そう言った。
一体何がもうすぐなのか。
俺には全く分からない。
でも、言うだけのことは言った。それに、相手は『もうすぐ』だと言っているのだから、これでいいだろう。
それにしても、変な笑い方をするチビだ。
これが昼間だったら、絶対にこんなチビと会話したいとは思わないだろう。例えば、夜だとしても、ネオンがきらめく街の中だったら、絶対にシカトするところだ。
でも、今はシカトできるほどの状況ではないので、俺は次の話題を振ってみた。
しかし、それっきりチビは俺を見ることもなければ、聞こえているはずの言葉にも、全く返事をしなかった。
虫の声が聞こえてくる。
静か過ぎる。
「参ったな……」
俺は少し大きな声で呟いてみては、チビの方を見る。
時間ってヤツがこんなに長いく、暗闇ってヤツがこんなに簡単に、人間を押しつぶすとは知らなかった。
亜矢との久々のデートだというのに、どうして俺は今こうしているのか、そればかり考え、後悔ばかりが浮かんでは消えていた。




