十二章 歌蓮・二
とうとう最後の日が来た。
数日前からそろそろかな、という予感はしていたのでなるべく氷蓮と離れないで過ごした。
あの人とはあの日、洞窟で会ったのを最後に姿を見せなくなった。氷蓮も会っていないそうだ。
この世界に来てからおそらく数百年——。
外見はほんの少し歳をとったぐらいで、この世界に来た時と殆ど変わらないまま、自由気ままに生きてきた。
睡眠、食欲、性欲——、本能に従って健全に。
氷蓮と出かけるときは、夕方から夜に出かけることにした。あの人の言う通り、氷蓮の体質は数十年経っても変わらなかったわ。だから、出かけるなら夕方からにすればいいじゃない、てね。
物資の中にあったランプと私の魔術で周りを明るくして未知の場所を探検して、お腹が空いたら食事して、寝る前には愛し合って。
その時気づいたんだけど、何百年もお互いだけしか愛していないのに、お互いに飽きる事がないわね、て軽い気持ちで氷蓮に言ったら真剣な顔で「飽きる要素なんて何も無い」て言ってすぐに不安な表情になったから、私は思いっきり抱きしめた。
「ごめんなさい氷蓮。勿論私だって氷蓮に飽きたりしてないわ! ただこんなにも長い時を過ごしているのに、氷蓮が私を愛してくれていると思ったら物凄く嬉しくてつい——揶揄いたくなっちゃったの。ごめんなさい、氷蓮」
私は、私の胸に頭を埋めさせた氷蓮を見下ろした。
胸はここに来た頃よりは、かなり大きくなった。氷蓮が沢山愛撫した成果ね。それでも以前の私よりも少し小さいけど。
胸から顔を上げ、拗ねた目で氷蓮が私を見上げた。
「意地悪だな、歌蓮は。でもいいよ、私がどれだけ歌蓮を愛して求めているか、毎日教えてあげるよ」
言うと、氷蓮はすぐ様私の胸を弄りだし、深く深く私を愛し始めた。
——なんてこともあったわね。
「ふふっ」
「どうした、歌蓮」
隣に座る氷蓮がちょこっと首を傾げて私を見る。
その他愛ない仕草がとても可愛い。何百年経っても、いつもいつも悶えてしまう。
「昔の事、思い出しただけっ!」
私は隣の氷蓮に抱きついて、その胸に顔を埋める。
「どうせくだらない事だろう」
顔を上げ、氷蓮の顔を見上げると苦々しい表情だった。
「そんなことないわ。氷蓮が可愛いかったなあって。勿論今も氷蓮は可愛いわ」
すると氷蓮の表情はますます苦々しくなった。
「やっぱりくだらない事だったな」
「そんなことないのにぃ」
私はぎゅっと氷蓮に抱きついて甘えた。
氷蓮は私を持ち上げ、横抱きにして自分の太腿に座らせる。
今私達は、住居から離れた高い山の頂にいる。
とても眺めがよく、この辺りなら一望できる程の山。
ここは景色がいいので時々来ていたの。
だからそれなりに過ごしやすく手を入れてある。
ごろごろとある岩を加工して、ちょっとした長椅子と食事をするための机を作った。
ちゃんと長椅子と机よと言える出来で、完成した時の達成感はもうなんとも言えなかったわね。
その力作の長椅子に座って、昼と夜の間の夕景色を私達は眺めている。
『夕方』という時間を初めて体験した時、私達はとても驚き、不思議だった。
昼と夜は繋がっていて、こんなにも美しく溶け合うなんて、と。
夜しか知らなかった私達には、これが当たり前になるまでは不気味な光景でしかなかった。
だって、昼でもなければ夜でもない、中途半端で気持ち悪い時間帯なんて必要ないじゃ無い。すぱっと昼、夜に切り替わればいいだけなのにって。でもね、よくよく考えると、昼と夜がある当たり前の世界を勝手に分けてしまったご先祖様の方がおかしいのよね。
思い出してみると、どういう理由で分けたのかという文献も言い伝えも無くて『時の皇帝が、静欒を厄災から守るため、やむ無く昼と夜の世界に分けた』としかなくて、正確な理由はわからない。
まあもう今更どうでもいい事だけどね。
「本当に綺麗よねえ。今までこんなに綺麗なものを知らなかったなんて、私達、随分損していたのね」
「そうだな。でも私は歌蓮の方が夕景色よりも、はるかに綺麗だと思うがな」
氷蓮は触れるだけの、小さな優しい口付けを頭にした。
「も、もう! 氷蓮てばそんな嬉しいこと言わないでよ。……何度聞いてもちょっと恥ずかしいわ」
私は少し赤くなったと思う顔を、氷蓮の胸元に隠す様に埋めた。
「ふふ。歌蓮は可愛いな。……可愛くて、綺麗で、優しくて、元気で、甘えん坊だったかと思えば、扇状的で淫らに私を誘って終わりの無い快楽の蜜に沈めて。本当に最高の私の、私だけの女だ、歌蓮は」
優しくて蕩けるような甘い声で氷蓮が言うから、私はますます照れて恥ずかしくなるけど、最高に誇らしくなって顔を上げると、声と同じぐらい優しくて甘い表情で私を見ている氷蓮がいた。
「どうしてそんな事、なんて無粋なことは訊かないわ。私もね、氷蓮の可愛くて甘えん坊なところ、私のためなら命を賭けても何でもしちゃう氷蓮が大好きよ。愛してる。氷蓮は私だけの最高の男よ。誰にも渡さない。だから……私の中に溶けて、一つになって。ううん、一つになりなさい、氷蓮。私の、私の半身、私の唯一、氷蓮——」
「ああ、勿論、勿論だよ、歌蓮。私はあなたと離れるなんて、失うなんて絶対に嫌だ。あなたを失ったあの日、私がどれだけ泣き喚き、あなたの後を追おうとしたか知っていたでしょう、姉様。それなのに姉様は私を黄泉へ誘ってはくれなかった。どれだけ辛かったか、いや、辛いなんて言葉だけでは表せないっ……。でも、姉様が私が生きる事を望んだから、私はこの世に留まった。それからは地獄の毎日でした。でも姉様、あなたは還って来てくれた。だからもう絶対にあなたを離さない、離すものか! 歌蓮、私は——、俺は全てはあなたのもの。だから、容赦なく奪ってくれ、歌蓮!」
氷蓮は熱のこもった激しい口付けをし、私は喜んで受けた。
熱情を分け合い、唇をどちらからともなく離した。
「ありがとう、氷蓮。さあ逝きましょう、あなたは私のものよ、永遠にね」
「ありがとう、歌蓮。俺は永遠にあなたのものだ」
私達をだんだんと睡魔が襲ってきたので長椅子に横たわった。
私は氷蓮の、愛しい男の腕の中でゆっくりと眠りについた。




