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十二章 氷蓮・五

二回目の物資を置いてから、約二ヶ月後。

春詠はまた、氷蓮達の所に来た。

この前氷蓮が作業していた場所には誰も居なかった。夜ではないから何処かに行ったのかと思ったが、あの暖簾の奥には人の気配があった。


「失礼するよ」


春詠は遠慮なく暖簾を捲って何に入る。


「あら。あなた、確か皓緋と一緒にいた人ね」


歌蓮は軽く驚いた表情をしたが、特に気にする風もなく、寝台で眠っている氷蓮の頭を優しく撫で始めた。

春詠はぐるりと洞窟に中を見回した。

中はさほど広くはないが、二人が居住する分には十分な大きさで、家具らしきものもあってそれなりに整っていて、意外にきちんとしていることに春詠は内心驚いた。

例えば、木箱をバラして作ったのであろう棚や寝台があった。

中を見終えると、春詠は二人のいる寝台へと進む。

氷蓮は具合が悪い様で、眉間に軽く皺を寄せながら眠っていた。

そんな氷蓮の側で、歌蓮はゆっくりゆっくりと優しく慈愛に満ちた表情で氷蓮の頭を撫でている。


「ふうん。随分と弱っているね」


春詠は氷蓮を一瞥し、そう言った。

「ええ。この子、ここの環境になかなか慣れなくて、少しでも無理をしたり朝晩の寒暖差とかでもすぐに体調を崩すの。無理する必要なんて何も無いのに、ちょっと根をつめるだけでもこうなっちゃうんだから。ほんと困った子なんだから」

体調を崩しているというのに、それすらも愛おしくて可愛いと歌蓮は思っている様で、心配気な表情はなく、ただ愛おし気な眼差しで氷蓮を撫でいる。

その様はまるで——


「母親の様だね」


そう。夫婦というより、姉弟というより親子という括りが一番しっくりきた。

「あら、そんな風に見えたかしら」

歌蓮は気を悪くすることもなく答えた。

「ああ。病気の子を慈しみ宥める母親に、ね」

「ふふ。嬉しいわ。私、この子の母親もしてたもの」

「そうなんだ。でも普通、妻が母親みたいだなんて言われて喜ぶ女はいないんじゃないかい」

春詠は珍獣でも見るような目で歌蓮を見る。

「まあ普通はそうよね。妻が母親みたいだなんて言われたら、妻としては腹が立つわよね。でも私は氷蓮の中の全ての『女』の立場になりたいの。妻、姉、母、娘、妹、友——。氷蓮の想像する全ての『女』は私じゃないと嫌なのよ」

歌蓮は強かさ、傲慢さ、慈愛、色欲、母性——、何と表現すればいいのかわからないが、そういった全ての感情が滲み出るような、強い自信と勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

そしてその笑みに負けたとすら春詠は思った。

「強欲だな」

「そうよ。私は欲しいものは必ず手に入れるわ」

春詠は答えず、軽く肩を竦ませ、別の話を振った。

「君の体調はどうなんだい」

「私? 私は問題ないわね。毎日元気に楽しく生活しているわ」

「そうかい。やっぱり君は、というか緋月の身体か。身体はこの世界で生きていける様になっているね」

「そうね。そのために作った子だもの。ちゃんと役に立ってもらわないと困るわ」

「その身体も随分君と馴染んでいる。もうほぼ同化していると言ってもいい」

「あら、そうなの? あなた、よくわかるわね」

「まあね。一つ質問だけど、君はその子が亡くなったら一緒に逝くのかい」

「うーん、そうねぇ。その時の状況によるかしら」

「おや。てっきり一緒に逝くと思ったのに」

「だから、状況次第よ。子供がいなければ勿論すぐ一緒に逝くわ。でも子供がいたら、妊娠中だったらすぐ一緒には逝けないわ」

「おやおや、随分と愛情深い。緋月のことはあっさり捨てたくせに」

くくっ、と皮肉気に春詠は笑う。

歌蓮は春詠を見上げ、軽く睨む。

「当たり前じゃない。氷蓮と私の子よ。できる限り大事に育てたいわ。あんな子と比べるなんて論外よ、もう!」

「ふふっ、それは失礼したね。でも君に氷蓮の子供ができることはないよ」

「あら、どうして?」

「氷蓮に子種がないから」

「何故そんな事がわかるの?」

「うーん、わかるからとしか言いようがないかな」

「そう」

お互い暫く沈黙が続くが、歌蓮は相変わらず愛し気に氷蓮の頭を撫でている。

氷蓮の方は目覚める気配もなく、まだ少し苦し気な表情だ。

「ねえ、贈り物、ありがとう。とても助かったわ」

歌蓮が口を開いた。

「ああ。役に立ったなら良かったよ」

「氷蓮から話を聞いたわ。確かにこの世界には、生物はいない様ね。あちこち見て回っているけど、まだ一度も見かけないわ」

「そうだね。生物が産まれるにしてもまだ当分先の話だね。というか、君、そんなにあちこち回っているのかい」

「そうよ。氷蓮が動けない分、私が動かなきゃ。でもこの子、私ばかりが動き回るのを気にしてすぐ無理をするの。今まで色々頑張ったんだから、もっと私に甘えてのんびりしてくれればいいのに。ふふ」

歌蓮は愛おし気に氷蓮を撫でているが、その顔から慈愛の表情は翳り、淋しげな表情になる。

「でも本当はこの子、怯えているのよ。私が自分の知らない場所で死んでしまうんじゃないかって。だから私が帰ってくると心底喜んで、ほっとして抱きついてくるの。そんな氷蓮を見るともう、愛しく愛しくて愛し過ぎてちょっといじめたくなるぐらい可愛いのよ……て、あらごめんなさい」

歌蓮は春詠の何とも言えない生温い目と表情を見て、形ばかりだが謝った。

「そう。だからここで暮らす事に不満とかは無いけれど、氷蓮のその不安だけは取り除いてあげたい。……ん、私はここにいるわよ。安心して」

氷蓮が小さく「かれん」と呟いたので歌蓮は安心させ、額に優しい口付けを落とすと、氷蓮の眉間の皺が少しゆるんだ。

「ねえ、君。私が君の願い——、氷蓮と一緒に逝く様、魂を繋げてあげると言ったらどうする?」

「勿論お願いするわ!」

歌蓮は何の躊躇いもなく即答した。

「それで、私は何をすればいいのかしら」

「っふふ。君は本当に察しがいいね。緋月とは大違いだ」

春詠は軽く笑う。

「本当に失礼ね、あなた。私をあんな子と一緒にしないで頂戴! それに大きな願い程、タダで叶うはずなんてないわ。裏があって当然よ。で、何をすれば良いのかしら」

「ふふ、話が早くて本当に助かるよ。私が君達の魂を繋いであげよう。寿命は均等になり、逝く時は同時だ。ついでに彼の身体は多少丈夫にはなるだろうけど、日光に弱い体質は治らない。対価は君にこの世界の母となって欲しい」

歌蓮はきょとんとした表情になった。春詠の言うことが突拍子もないことだったので、いまいち想像ができない。

「知っての通り、この世界は産まれたばかり。生物なんて、君達しかいない。新しく生命を産むには栄養がいるんだ。本来であれば緋月の魂と肉体が二つの静欒の繋ぎになり、養分となるはずだったんだが——、予定通りには進まなかったから、この世界は生命が、生物がいないんだ」

「成程ね。わかったわ。でもそれはどうすればいいのかしら」

「特に何もしなくていいよ。君が逝ったら自動的にこの世界と同化する。完全に同化するまでは何百、何千年とかかる。それまでは君としての意識も残るから、この世界の成長する様も見られるよ」

「まあ。この世界の幽霊……ううん、お母さんになるのね、私。ふふ、楽しそう。ねえ、でも氷蓮はどうなるのかしら。私が死んだらこの子とは離れ離れになるのかしら」

「それは無い。彼の魂は君に同化する。彼の自我もゆっくりと君の魂に溶けこんで無くなるよ。一度繋いだ魂は分離できなく……はないけど、君達には必要ないだろう?」

「勿論必要ないわ。良かった。この子を一人になんて絶対にできないもの。ええ、喜んで契約するわ」

満面の笑顔で歌蓮は答えた。

「ありがとう、契約は成立だ。特に何もする必要はないよ。こちらで調整するから。ああ、そうそう。物資は定期的に届けるよ」

「よかったわ! 食べられる野草は結構あるけど、お肉やお魚はないからね、どうしようかなって考えてたの。だからもしまたあなたが来たらお願いしようと思ってたから助かったわ」

春詠はやや呆れ顔で歌蓮を見る。

「君は本当に強かというか、図々しいというか……まあいいよ。じゃあね」

春詠は立ち上がり、洞窟の外に出て行った。

歌蓮はその後姿を見送り、氷蓮に顔を戻す。


「氷蓮、ずっとずっと一緒。あなたは私のものよ」


氷蓮に言い聞かせるような口調で言うと、歌蓮は氷蓮の隣に入り、添い寝をする様に横になった。

歌蓮の胸が氷蓮の頬に軽く当たると、条件反射なのか、氷蓮は歌蓮の胸に顔を埋めて来た。しかも安心したのか、眉間の皺が完全に消え、穏やかな寝顔になった。勿論、氷蓮はまだ眠ったままだ。


「あらやだ、氷蓮てば。もう、仕方のない子ね」


歌蓮はくすっと笑うと、氷蓮の頭を抱え込む様にして、横向きになった氷蓮の背中を優しく撫でながら、目を瞑った。

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