十二章 氷蓮・四
一ヶ月程過ぎた頃。
またあの男、春詠が現れた。
おそらくまた来るだろうとは思っていたが、こんなに早く来るとは思わなかった。
来るにしても数年後とか死に際とか、そういった頃に来ると思っていた。
「どうしたんだい、そんなに驚いた顔をして」
「可愛い従兄弟の敵の不様な姿を見に来る程暇なのかと思って呆れただけだ」
嫌味をのせて、鬱陶し気な視線を氷蓮は向けた。
「ふふ。暇ではないけれど、散歩をする時間ぐらいはあるよ」
春暖の様な、暖かで心地良くさせてしまう様な微笑を春詠は浮かべた。
「散歩か」
氷蓮は冷たい視線を向け、苦々しい表情になる。
「そう。散歩途中、たまたま会った人と世間話をするだけだよ」
「はぁ……。なら、散歩の邪魔はしないでおこう」
氷蓮は春詠の事を無視する事に決め、今していた作業に戻る。
氷蓮は岩で作られた簡単な椅子と、岩で作られた机で草を選別している。
椅子や机といっても、座れて物が置けて作業ができる程度の出来で、今まで氷蓮が使っていた椅子や机と同じ括りにすることなど烏滸がましい程、粗末な物だ。
机の上には草が無造作に山盛りで置かれている。
それを氷蓮は食べられるもの、食べられないもの、毒があるもの、毒がないものと選別していたのだ。
氷蓮は集中して、淡々と選別している。
以前の氷蓮ならこんなことなど真剣にやらなくても、一瞥しただけで瞬時に判別できたが今は違う。
この世界に来てから魔力は下がるし、魔術を使うには神経を削る程集中しないと、すぐに魔力が散逸して術が発動しない。
だから今の氷蓮は普通の人と大差ない状態だ。
以前は簡単だったこと、簡単どころかできて当たり前のことも、今はとても集中しないとできない大変な作業なのだ。
そんな氷蓮を春詠はただじっと眺めている。
春詠が餞別に与えた、甚平の様な形の衣装を着ている。袖は肘辺りまでしかなく、袖から出る腕には火傷の痕はなく、きれいに治っていた。
長かった髪の毛も肩より少し長いぐらいになり、組紐で一つに結んでいた。
表情も雰囲気もどこか険が抜け、少し神経質……気難しそうな青年といった感じだ。
「随分と手慣れているねえ」
当たり前だ、と氷蓮は心の中で返す。
毎日毎日繰り返し行なっている作業だ。手慣れもする。
春詠はふと、あることに気づいた。
「あれ、君の姉君は?」
氷蓮の手がぴたりと止まる。
「歌蓮に何をする気だ」
強い敵外心を込めた目で春詠を見上げた。
「怖いなあ。いつもいちゃついていたのに、そういえばいないなぁって思っただけ」
軽く笑いながら、ひらひらと手を振って何かする程興味なんて無いよと言外に表す。
「……通りすがりの者に教える必要などないな」
氷蓮は春詠から視線を手元に戻し、また選別作業を始めた。
春詠はくすっと笑うと氷蓮の側から離れ、辺りを見回した。
近くに岩山があり、白い布、いや白かったであろう少し薄汚れた大きな布が暖簾の様に垂れ下がっていた。おそらくあそこは洞窟になっていて、二人の住居なのだろう。
そこから少し離れた所は木が無く、力強い陽光が地面を照らしていた。その場所は自力で切り拓いた様で、切り株がいくつか残っている。そこは物干し場になっている様で、木で作った物干し竿があり、洗濯したタオルや衣装が干してあった。
それら以外にも、周りには生活するために必要な工夫等が見られ、思わずふっ、と笑みが浮かんだ。
「さて、そろそろ私は帰ろうかな。ああそうだ、重い荷物は捨てて行こう」
春詠は軽く手を振ると、前回餞別として置いていった木箱と同じ木箱が二つ現れた。
木箱が地面に着地した音に気づいた氷蓮が音の方に顔を向けた。
「おいっ!?」
だがもう春詠の姿はどこにもなかった。
「あいつ、一体……」
氷蓮は作業を中断し、新しく現れた木箱へ向かう。木箱を開けると中は前回同様、生活物資だった。
一体何の思惑があってこんなことをするのか、全くわからない。
というか、もう考える必要などないのかも知れない。今の氷蓮達は、何も持っていないのだから。だから何も考えず、使える物は使うでいいのだ。
氷蓮はそう考え、また草の選別作業に戻った。




