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二章 出会い・三

「何やってんだよ!」

「ほ~ら、くやしかったらここまでこいよ!」

路地の奥、声の発生地近くについた。

通りの方までは出ないで建物の影からこっそりと様子を窺う事にした。

まだ少し薄い靄がかかってはいるが、闇に目もなれてきたので何とかわかる程度には見えた。

声の主は子供だった。三人の子供が一人の子供を囲んでからかっているのだろうか。

囲まれている子供は顔や腕などに怪我をしている。怪我をしている子供が、右手の甲で切れた唇から流れる血を拭った。

「ちっくしょー! 返せよ!」

「金をよこしたら返してやるって、さっきから言ってるだろ? ほら、早くだせよ!」

囲んでる三人の子供のリーダー格らしい子が 、怪我をした子供からとった物を頭より高く持ち上げたまま言った。

「ふざけんな! お前らにやるような金なんてどこにもねえよ!」

怪我をした子供がそう言い放った。

「お前、生意気なんだよ!」

子分の子供が怪我をした子供の態度にムカついたらしく、怪我をした子の顔を殴ろうとしたが、あっさりとかわされてしまい、前によろめいた瞬間、逆に殴られた。

「へんっ! とんがいなきゃ何も出来ないやつに、俺が殴られると思ったのか!?」

殴られた子供は頬をおさえ、目に涙を滲ませながら沌の後ろに素早く隠れ、その背中から自分を殴った子供に言った。

「お前何かなぁ、沌にかかれば一発で負けるんだからな!」

言われた子供は呆れて溜息をつきながら「お前なあ、人の後ろに隠れながら言ったって全然説得力ねーよ」と言い返す。

沌は殴られた子分など眼中になく、ずいと一歩前に踏み出し、怪我をした子供との間合いを詰めた。

「お前、か……」

ガランガラン……!

沌が途中で言葉を止めた。

桶が落ちた音だった。沌が音の発生地の方を向いた。子分や怪我をした子供も一斉に振り向いた。

そこには水を溜めている大きな桶があり、落ちたのはその水を汲み出す為に置かれていた手桶だった。

桶を落としたのは、もちろん彩音だった。

「やばっ……!」

と思ったときにはもう遅かった。

半身ほど桶の後ろから覗かせていた身体を急いで引っ込めようとしたが、子供達の全ての視線はすでに彩音に向けられていた。こうなってはどうしようもない。彩音は覚悟を決めて、子供達の前に出た。

「こらっ! 何やってるの!!」

「やべっ! 大人だ! いいか庚賀こうが、次、あったらこれだけじゃすまないからな!」

そう沌が言い捨て、素早く子分達とともにその場から逃げて行った。

庚賀はその場に落ちている自分の荷物を拾い、ついた汚れをぽんぽんと叩き落とす。

「へんっ! そっちこそ次にあったら覚えてろ!」

庚賀は負けず嫌いらしいセリフを去って行った子供達の背中に投げ付けた後、立ちつくしている彩音の方に視線を向けた。

「礼は言わないからな。俺だけで勝てたんだ。あとそこ邪魔だからどいてよ、姉ちゃん」

「え、ああ」

庚賀の行く手を丁度遮るように立っていた彩音。

すぐに脇へと退き、庚賀は何事もなかったように立ち去ろうとしていた。

(じゃない! あの子呼び止めなきゃ)

ここが何処なのか訊かなければ。

「あ、ちょっとまって!」

庚賀が立ち止まり、首だけ少し後ろに向けて彩音のほうを振り返る。

「え……と、あの……」

呼び止めたはいいが、何から訊けばいいのか。

「……?」

思考がぐしゃぐしゃの彩音を後目に、庚賀は再び歩を進めようとした。

「あ……!」

(早く何か言わなきゃ行っちゃう!)

「あ、あのっ!」

もう一度、歩き去ろうとする庚賀を呼び止めた。

「何? 姉ちゃん。言いたい事があるなら早く言ってよ」

今度は首だけでなく、しっかりと彩音の方に向き直って返事をした。

「あ、ご、ごめん。だけど、そのっ……、そう、怪我! 怪我してるみたいだから大丈夫かなって……」

「怪我? ああ、こんなの平気だよ」

そう言って、庚賀の怪我をしている箇所に視線をやる。

「でも、ちゃんと手当てしないと良くないと思うから……」

彩音は何とか必死に話を続けようとした。ここで今、一人にされたら非常に困るのだ。

「大丈夫だよ。こんなのしょっちゅうだし。それより、姉ちゃんのほうが痛いんじゃないの?」

「え?」

「ほら、その腕の怪我」

「ああ……」

逆に指摘され、ここに着いたときに怪我をした腕を見る。たいしたことはないのだが、少し赤く腫れて見る者には痛そうだ。

「姉ちゃんこそ早く家に帰って手当てしなよ。送ってってやるからさ。家、どこ?」

庚賀が彩音のそばまで歩み寄って来た。

「ほら早く。もう夕方なんだから」

「え……?」

夕方? 何を言っているのだろう。今、彩音達のまわりは暗い闇に包まれている。

どうみても「夜」と形容したほうが相応しい暗さだ。なのに、これを「夕方」というのはおかしいのではないだろうか。

「姉ちゃんてば」

庚賀が焦れて、彩音の腕を引っ張った。

「えっ、あ……」

引っ張られたほうをみると、庚賀の催促する顔が彩音を見上げていた。

「ご、ごめん。じゃあ行こうか」

そう言って庚賀と一緒に歩きだしたが、行くあてなどない。

これは夢であってほしい。早く、目醒めてほしい。

そんな不安な思いを抱えながら一歩一歩前に進み、路地裏から大通りに出たが、やはり世界は何も変わらなかった。

何よりも、怪我をした腕の痛みがそれを物語っていた。

彩音の目に映るのは、暗い闇の中、見た事もない人達が行き来する光景。

異国の衣装を纏い、足早に彩音の前を通り過ぎて行く人々。

広い通りの両脇には店らしき建物が静かに並んでいる。

木と石で建てられた、もちろん、今では見る事がないような建物。

どこをみても彩音の知っているものは何一つなくて、泣きたくなった。

いや、心の中ではもう泣いている。

どうすればいいのかまったくわからない。

知っている人は誰もいない。帰る方法もわからない。わからない!

そんな思いが心から溢れ出た瞬間。彩音の頬を涙が伝い、落ちた。

「姉ちゃん?」

それに気付いた庚賀が彩音を見上げる。

「姉ちゃん、やっぱり怪我が痛いんだろ? 大丈夫?」

「あ……」

彩音は頬に手をあてた。

涙が指を湿らせた。今も途切れる事なく指を伝う。

いつの間に……。

彩音自身も、庚賀に言われるまで気付かなかった。

普通なら気付くはずのものだが、気付けないぐらい緊張が極みに達していたのだろう。あわてて涙を手で拭う。

「ご……、ごめん。びっくりしたよね? 私もびっくりしちゃったけど」

何とか笑顔を作って庚賀に言う。だが、庚賀は気遣うような目で彩音をみる。

「無理すんなよ。オレん家、すぐ近くだからさ。着いたらすぐに手当てしてやるよ」

「ありがとう……」

彩音の目からまた涙が流れた。

庚賀の言葉に心が少しほっとしたのか、涙腺が緩んだみたいだ。

知らない世界で優しくされたことが、今の彩音にはとても嬉しかった。

「気にすんなよ、姉ちゃんは女なんだから。男が守ってやるのは当然だよ」

ちょっぴり誇らしげに胸を張って彩音に言う。

そんな庚賀をみて、彩音からくすりと笑みがこぼれた。

(祥護に似てる……)

彩音は今、自分の傍にいない弟の事を思い出した。

生意気で可愛げのない弟だが、自分の事を自分以上によく知っていて、困っていたり悩んでいる時は必ず一緒に考え、解決してくれた。

彩音が心配をかけないようにと、どんなにうまく隠しても何処から察するのか、さりげなさを装っては助けてくれる。

仮に助けてくれなくても、祥護が傍にいてくれるだけで安心できた。何とかしよう、何とかできると思える力をわけてもらえるようで。

大事な、大事な弟。

だが今は、彩音一人。

彩音の知る人は誰一人いない。

しっかりしなければ。

まずはここが何処なのか、どうやったら自分のいた世界に帰れるのかを考えなければと思った時、今まで明るく通りを照らしていた灯りが次々と静かに消え始めた。

よく見ると、つい先程まで開いていた店々も灯りを消し、戸を閉め始めていた。

「やべっ……! もうそんな時間か」

庚賀が顔をしかめ、呟いた。

「どうしたの?」

彩音が屈み、庚賀に訊ねた。

庚賀が驚いた表情をして彩音を見返した。何当たり前の事をきくのだ、というような顔だ。

「どうしたのって……。姉ちゃん、夜になるんだよ? 夜が危ないのは知ってるだろ?」

「え……。まあそう、よね……」

確かに夜はそれなりに危険だろう。変な人や場面に出くわした時など、女性や子供には抵抗する術はあまりないだろうから。

そんな会話をかわしている間にも通りの灯りは消えていく。灯りが減るにつれて庚賀が焦り出した。何かに怯えているような感じもする。

庚賀が彩音の腕を強く引っ張った。

「姉ちゃん、家は遠いの?」

「う、うん、まあ……」

「じゃあ、今日は俺ん家に来なよ。話は家できくからさ」

そう言うが早いか、庚賀は彩音の腕を掴んで走り出した。

「え、何!?」

いきなり腕を掴まれたかと思えば急に走り出されて混乱した。

大通りを抜け、細い路地を何本か曲ったあと、また別の大通りへと出た。

今まで足を止める事もなく走り続けていた庚賀がいきなり止まった。

「わっ、今度は何!?」

腕を掴まれたまま庚賀の後ろを走っていた彩音が言った。

急に止まられ、勢い余って庚賀にそのままぶつかりそうになったが、かろうじて衝突は避けられた。

「もう、止まるなら止まるって言ってよ~」

荒い呼吸を整えながら彩音が文句を言った。

「ああ、ごめん。でももうすぐで家に着くからさ。ほら、あそこ」

庚賀が目の前の大通りの向こうにあるらしい通りの一画を指して言った。

らしいというのは、もうまわりにある灯りがほとんど消えてまわりがかなり暗い為、彩音にはその通りがよく見えないからだ。

家がもう近いせいか、庚賀から走る前に感じたぴりぴりした雰囲気が少し和らいだように思えた。

(そういえば、何であんなに焦ってたんだろう。確かに夜に一人歩きとかは危ないかもしれないけど、怯えるほどではない……よね?)

「さ、行こう、姉ちゃん。こんなとこで落ち着いてもしょうがない。早く家に帰んないとやばいからな」

「あ、うん」

先に声をかけられ、彩音は今訊こうとした言葉を呑み込んだ。

(ま、いっか。あとでまた訊けば)

そう思い、また庚賀に腕を掴まれ軽く走り出した。

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