十章 歌蓮・一
大樹の根元で皓緋と氷蓮は戦っていた。
長剣とナイフ。
間合いの詰め方に氷蓮が慣れていないようで、皓緋の方が優勢だ。
「はっ! たいしたことないなぁ、氷蓮! ほらどうした!?」
皓緋が間合いを詰め、鳩尾にナイフを抉り込むが、紙一重でかわされる。
「痴れ者が!」
氷蓮はそう返すと避けざまに術を皓緋に放つ。
「ちっ!」
皓緋はナイフに風を纏わせ発動する前に術を切る。
そしてお互い離れてはまた攻撃を相手に叩き込む。その繰り返しを少し離れた場所で歌蓮は眺めていた。
「ふふ。氷蓮も強くなったわね。それに少し大人びたかしら? ずっと傍で見られなかったのはやっぱり悔しいわね」
歌蓮は戦う二人から視線を外し、別の方角へ視線を向ける。
その先には、緋月を守りながら戦う黒曜と陽織がいた。
「ふぅん、あの子が緋月ね。容姿や体形はまあまあなんだけど。でも私にはやっぱり劣るのよねぇ」
言いながら、歌蓮は自分の顔や身体を触って撫でる。元は緋月のものだった顔と身体を。
「この子と同じぐらいの頃、もう少し胸は大きかったんだけど……」
歌蓮は両手で胸を持ち上げ寄せてみる。
「うーん、足りない……。これじゃあ氷蓮が可哀想よね。あの子胸によく顔を埋めてたから……」
寄せた胸をじっと見ながら呟く。
「ああでも、氷蓮がこの身体を愛してくれれば胸ぐらいすぐに大きくなるわよね。ねぇ、氷蓮……んっ……」
歌蓮は寄せた胸をやわやわと揉み始め、甘い吐息を漏らすが、響く剣の音ではっとする。
「ああもう、駄目ね私。今はそれよりもあの子に会ってお礼を言わなきゃ」
胸から両手を離すと、黒曜と共にいる少女の方へ向かって機嫌良く歩き出す。
「私が産んだ娘、緋月へ、ね」
ふふ、と可愛らしく微笑んだ。
大樹へ向かう階段の下の開けている場所に、緋月と黒曜、陽織がいた。
こちらはまだ戦ってはいなかったが一触即発の状況の様だ。
「ねぇ、お前しつこいんだけど。緋月が殺すなって言うから逃げてやってるんだからさっさとどこかに行けよ」
黒曜が陽織から緋月を庇いながら言い放つ。
「は? そんなこと頼んでないし。ていうか留守番してろって言われたのに勝手にここまで来てさ。どういうつもり、緋月ちゃん」
二人との間合いをみながら、陽織が返す。
「当事者である私が残るのはおかしいと思い、ここに来た。それだけです」
悪びれた様子もなく、来て当然だという態度で緋月が答える。
その偉そうな態度が癇に障ったのか、陽織は嫌味を込めて言い返す。
「どうやってここまで来たかは知らないけど、皓緋が君を好きにならないのがよくわかったよ。確かに彩音ちゃんの方が可愛いいし、いい子」
どうやら嫌味は効いたようで、緋月の表情がほんの一瞬だが歪んだ。
「彩音か。確かに可愛いね。緋月なんて、暗くてぐずぐずしてるし、構って欲しいのに欲しくないふりしたりとか。面倒くさいよね。あ、でも僕はそんな緋月が大好きだから。安心してね」
黒曜は陽織よりも容赦なく貶しておきながら、嬉しそうな表情で横からぎゅっと緋月を抱きしめる。
いきなり抱きつかれて驚いた緋月が黒曜を押し返そうとするが、黒曜はするりと位置を変えて逃げ、今度は緋月の背後からぎゅっと抱きしめる。
「は、離れてよ! 動けないわ。それに今はこんな事をしている場合ではないわ」
言って、正面にいる陽織にきつい視線を向ける。
「仕方ないなぁ。でもこいつの相手が終わったら次は僕の相手してよ?」
最後にぎゅっと強く抱きしめ、黒曜は緋月から離れる。
「じゃ、さっさとやろうか。でも最後にもう一度だけ聞くけど、今すぐここから出て行く気ない?」
黒曜が満面の笑顔で言う。
「それはどうも。そっちこそ緋月ちゃんを置いて行くか殺すの黙って見ててくれないかな?」
「お断りだね」
「じゃあ仕方ないね」
二人ともすぐに臨戦態勢となり、踏み込む隙を窺う。
「待ってー! ちょっと待って!」
その緊張を破る声が唐突に割り込み、皆の意識がそちらへ向く。
「よかったぁ、間に、合ったみたい、ね……はぁ」
走って乱れた呼吸を整えながら、黒曜と緋月に声の主は近付いた。
「あんたは……」
黒曜が緋月を背後に隠し、声の主、歌蓮に向き合う。
緋月は黒曜の背中からほんの少しだけ顔を出し、自分の身体を持つ母親を見ると、すぐにまた黒曜の背中に自分を隠した。
「ふふ。初めまして、かしらね緋月。あなたの母、歌蓮よ。よろしくね」
歌蓮は可愛らしく微笑んだ。
娘、緋月の身体で。
緋月自身がみせたこともない、可愛らしくも毒を含んだ微笑みを見て、その身体はもう完全に自分のものではないのだと、緋月は本能的に悟った。
怒りと嫉妬と絶望と共に——。




