十章 決別・一
「いいか嬢ちゃん。ここは夢の中だ」
「夢?」
「まあ正確にはちょっと違ぇんだけどな。で、だ。ここは色んな奴らと繋がってる場所なんだ」
「え。それじゃあ何で商人さんのこと、こんなにはっきりわかるの? 夢なのに」
そう。夢だというのに、商人との会話や質感、そういったものが現実と同じ様な感じなのだ。夢なのに夢ではないという感覚。
「あー、だから言ったろ。正確にはちょっと違ぇって。ま、そんなことはいんだよ。大事なのはお前の弟がここに居るってことだ」
「祥護が!? どこ、どこ!?」
彩音は辺りを見回すが、ただ白い空間が広がっているだけだ。
「ねえ、祥護、祥護はどこ!?」
見つからない苛立ちと焦りで、商人に掴みかかろうとしたとき頭をがしりと強く掴まれた。
「痛、痛い痛い! 離してよ!」
「落ち着いたら離してやるぜ?」
面倒くさそうな声が頭の上から降って来た。
「落ち着いた! もう落ち着いたから離して! 痛い痛い!」
頭を掴む爛熯の左手を両手で叩きながら、彩音は大声を出して言った。
爛熯はぱっと手を離し、話しを続けた。
「弟見つけられるのは嬢ちゃんだけだ。探し方は簡単。弟のことを強く考えればいい。どこに居るんだとか、弟との記憶を思い出すとか」
「それで見つかるの?」
「ああ。ただし、強く強く思わねぇとダメだ」
「わかった」
そんなことで見つかるのなら何て簡単なんだろうと思った。
この世界に引き摺り込まれてから、祥護のことを考えなかった日は一日だって無かった。
ずっとずっと、ふとした時にも思い出すのは祥護のこと。
最近は可愛いげがなくなってきて、ちょっと生意気だったけど。
それでも私に何かあったときは必ず側にいてくれた。
大事で大好きで、いつだって側にいた双子の弟。
会いたい、逢いたい、私の側に来てよ。
私、こんなに淋しくて怖い思いしてるんだよ?
だから……
「祥護!」
彩音はありったけの想いを込めて弟の名を叫んだ。
「お、見つけた。ほら嬢ちゃん、アレだ」
爛熯が指を差した方向、1mぐらい先の所にほの白い光に包まれた弟、祥護が横たわっていた。
「祥護!」
彩音は勢いよく走り出した。
「祥護!」
すぐに祥護の元へとついた。
横たわる祥護はここに落ちて来た時のまま。姿形も、洋服も向こうのだ。
汚れたところもない、破れたところもない。
氷蓮に刺された傷もない様に見える。
彩音はその場へへたりこんだ。
ずっとずっと会いたかった弟に会えて安心し、気が緩んだ。
「祥護……」
横たわる祥護の頬を撫でた。
その感触は間違いなく大事な弟のものだった。
頬から耳、耳から髪の毛へ。
どれもこれも、生まれた時から側にいた祥護の感触だった。
「祥護、祥護、起きてよ。ねえ祥護」
彩音は祥護の身体を揺すった。
だが祥護が起きる気配はない。
まさかと、嫌な想像が頭をよぎると、一瞬にして安心感が恐怖感に変わる。
「祥護、祥護!」
先程より大きな声で名を呼び、強く揺する。
「ねえ、起きて。起きて、起きてよ……、起きてってばぁ……! 祥、護……!」
泣きながら、祥護のシャツを強く握りしめる。
溢れる涙は祥護の胸元に落ち、シャツを濡らす。
「っう……う……」
ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らし、ただただ祥護、祥護と呼び続ける。
祥護は絶対に起きる。起きて、何泣いてんだ、仕方ねぇなって言ってぎゅっと抱きしめてくれる。
姉の私が祥護のためにこんなに泣いてるんだから早く起きてよ。
早く起きて慰めてよ。
馬鹿。
馬鹿馬鹿、馬鹿祥護!
もう、やだ、やだ、やだよぉ……。
起きて、起きて帰ろうよ。
「しょうごぉ……」
「あや、ね……。うる、さい……泣く、な……。ほら……」
彩音の動きが止まった。
声が聞こえた。
か細いが、ずっとずっと聞きたかった声。
そして彩音の手の上に、ゆっくりと彩音より少し大きな手が置かれた。
「ほら……頭、こっち」
重ねられた手が離れ、ゆっくりと彩音の頭に届くと、祥護が胸元へと引き寄せた。
彩音は逆らわず、祥護のなすがままに頭を胸に置いた。
小さくて弱々しいが、心臓の音も聞こえる。
「あ……」
鼓動が、聞こえる。
小さい音だけど、聞こえる。
それは生きているという証。
生きてる。
やっぱり死んでなんかいなかった……!
「ゔっ、ふっ……」
嗚咽が漏れた。
そして。
「祥護、祥護! 馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿! すごっ、すごっ、く、心配、した、んだから……! それ、そ、あ、ぅあーー!!」
彩音の大号泣が響き渡る。
祥護は彩音の頭に手を置いたまま、声もかけず、ただじっと泣き続ける姉を受け止めていた。




