十章 迷宮・九
皓緋達が大樹の根元につくと、そこには四人いた。
一人、ここにいてはおかしい者もいたが。
「やはり兄さんの言う通りでしたね」
朱艶が黒曜に守られている緋月を一瞥しながら言った。
「当然だろうな」
驚きなどなく淡々と返す。
「え、ていうかさ。何で二人はそんな冷静なの!? おかしくない、これ。おかしいよね!?」
陽織が前方、氷蓮達をびしりと右手を伸ばして指差しながら喚く。
「何が」
「だってあの人、二人いるよ!?」
手前の黒曜に、その奥の氷蓮。
確かに衣装が違うだけで、姿形は瓜二つだ。
同じ人が二人いると驚かれても当然と言える。
だが、皓緋と朱艶は冷ややかな目で騒ぐ弟を見る。
「まあ、ヒオだからな」
「本当に、どこで教育を誤ったのか……」
朱艶は額に軽く手を当て、頭痛がするといったような表情だ。眉間に皺も寄っている。
「な、何だよ、二人してっ! あれ見て何にも思わないの!?」
陽織は二人の方がおかしいと騒ぐ。
「煩い。何とも思わん。それにあれは……」
と、言葉を続けようとしたとき、黒曜が遮った。
「あーあ、最悪。何か馬鹿な客が来たよー、陛下」
黒曜は蹲っている緋月を抱き上げると、道を開けるように横へ移動した。
「ほら見ろ、お前のせいで馬鹿にされたんだが。そうだな、責任とってあの二人を始末してこい、陽織。命令だ、行け」
有無を言わさぬ威圧で、皓緋は命令する。
「うっ……! わかったよ。……緋月ちゃんは、いらないんだね?」
陽織は皓緋の目を見る。
「ああ、いらない。もう必要ないからな」
「わかった」
こくりと頷き、黒曜と緋月の方へと向かう。
「朱艶、お前は彩音とここで待て。最優先は彩音だ」
皓緋は気絶している彩音を朱艶に預けた。
「私がその命令に従うと思うか、皓緋」
皓緋から受け取った彩音を抱きかかえながら、きつい視線で朱艶が返す。
「王の命令は絶対だ。お前も陽織と同じような馬鹿か?」
挑発するように皓緋は言い放つ。
「私を愚弟と同列にするなど随分とお疲れのようですね、王よ」
にこりと朱艶が微笑むが、目は笑っていない。
「そうか。それならば王の命令に逆らうなど愚かな真似などするはずもないな、朱艶」
皓緋は朱艶の怒りなどさらりと受け流して返す。
「…………御意に」
朱艶は彩音を抱いたまま、王に膝を折る。
皓緋は屈み、気絶している彩音の頭を優しく撫でた。
「約束は必ず守る、彩音」
そう言うと皓緋は立ち、氷蓮の方へ歩き出す。
「ああ、待たせたな、氷蓮」
「厄介者め。神聖なるこの場まで来るとは忌々しいにも程がある……!」
氷蓮は見るのも汚らわしいといった表情だ。
「そちらこそ図々しい。この大樹は静欒の王族の物だ。つまり、俺にもこの大樹を愛でる資格はあるんだがな」
「はっ。お前こそ図々しい。この大樹は我が一族の物だ。つまり私と歌蓮の物だ」
氷蓮が隣にいる歌蓮の額に軽く口づける。
「歌蓮?」
訝しげに皓緋が問う。
「ええ、そうよ。皓緋」
歌蓮――、緋月が話しているようにしか、端からは見えないが。
「成程。お前、本当に気持ち悪いな、氷蓮」
全てを理解し、嫌悪感を露わに皓緋が言う。
「今すぐ殺してやろう」
「駄目よ、氷蓮。私がまだ話しているのよ」
殺気が露わな氷蓮を歌蓮が制止した。
氷蓮から離れ、一歩、歌蓮が前に出る。
「久しぶりね、皓緋。あの子は役に立ったかしら」
歌蓮が艶やかに微笑む。
「何も」
「あら酷い。私、頑張って産んだのよ?」
屈託なく笑い、可愛らしく小首を傾げる。
「礼でも言って欲しいのか。それなら最後に会ったときに言ったが」
「もう! 皓緋はわかってないわね。お礼や賞賛の言葉はね、いくらもらってもいいものなのよ。相手が女性なら尚更ね」
「そうか」
「もう、そっけないわね。久しぶりの再会なのに」
ころころと表情を変えながら歌蓮が笑う。
魂が違うだけでこうも受ける印象が違うものか。
こういう明るさや華やかさが多少でもあれば、もしかしたら道具ではなく、娘として多少は気にかけることが出来たかも知れないと皓緋は思った。とはいえ、可能性の話であり、今ではどうでもよいことだ。
それに、あれは見掛けは可愛らしい少女であっても中身は歌蓮だ。
氷蓮の姉の、歌蓮だ。
おぞましく、まともな女ではない。
「俺は話すことなどない。退け」
「あらあ、せっかちね。ならもういいわ、氷蓮」
歌蓮は幼子のように、無邪気に氷蓮に抱きついた。
だが、表情は無邪気とは程遠い女の顔だった。
清純そうなのに、滲み出る色は男を絡めとり、誘惑する女の顔だ。
「わかった」
氷蓮は歌蓮の頭に軽く口付けてから、皓緋へ顔を向けた。
「ああ。歌蓮、私の傍に」
「ええ、氷蓮」
歌蓮は氷蓮の後に下がり、氷蓮は腰に差した剣を抜き、皓緋へ向ける。
「お前を消し、全て終わらせる。死ね、皓緋!」
「それはこっちの言葉だ。歌蓮ともども殺してやる!」
言いながら、皓緋は腰に差しているナイフを抜き、氷蓮目がけて駆け出した。




