十章 迷宮・七
皓緋達一行は愛華の案内により、氷蓮の居るであろう王宮の地下にある神殿に到着した。
そこは王家の者が行う儀式に使用される神殿なので、立ち入れる者も限られる。
王族と司祭長と副司祭と皇帝の許可がおりた者のみ。すなわち、氷蓮と司祭長、愛華、朔夜、愛砂のみがここに立ち入ることが出来る。
だが、そこには誰もいなかった。
人の気配もない。
「誰もいないけど、本当にここでいいの……?」
愛華の背後でぼそりと陽織がこぼす。
「人の気配も怪しい感じも無いようですが」
朱艶も内部を見回しながら言う。
皓緋は無言だが、思う所は先の二人と同じだ。と同時にやはりな、とも思った。
あの儀式を行う場所は氷蓮しか知らないはずだ。皓緋にはここが違うということしかわからない。目指す場所には大木があるということだけ。大木のことについては皓緋しか知らないことだ。他の四人には教えていない。
(アテにはしていなかったが。やはりこれを使うか)
皓緋はパンツの右ポケットに手を入れると、二つの玉を取り出した。赤い玉と青い玉だ。赤い玉は、青い玉より一回りぐらい大きい。赤い玉は必要ないらしく、またポケットに入れた。
「皓緋、それ綺麗」
皓緋の左隣にいた彩音が興味深々といった感じで、皓緋の右掌にある青い玉を凝視する。
「ああ、これか。これはな……」
彩音の可愛いらしい表情に和んだのか、張っていた表情がふっと緩み、微笑みながら青い玉を使おうとしたとき。愛華の声でその手を止めた。
「皆様、こちらです」
先に祭壇に向かった愛華が皆を呼ぶ。
祭壇には、木製で高さ五十センチ程の男性の像が祀られていた。年季を感じさせる代物だが、丁寧に手入れをされている様で、傷みなどは無いようだ。
祭壇の前まで来ると、祭壇の前の石床が横に動いていた。開いた石床の所には地下に通じる階段があった。
陽織、朱艶、皓緋に彩音は周囲を警戒しつつ、階段を囲むように移動した。
「え、この階段なに!?」
驚く陽織を横目にしつつ愛華が答える。
「この下にもう一つ、儀式場があるとのことです。おそらく、そこに陛下がいらっしゃるはずです」
「お前は行ったことがないのか?」
「はい、皓緋様。私も祭司長様にその存在を知らされているだけで、そこに行くことは禁じられておりますので」
「ではこの先に氷蓮がいない可能性もあるわけですね」
「はい。それは打ち合わせの時にも申した上げた通りです、朱艶様」
愛華は淡々と答える。
「そうですか。まあ想定内のこととはいえ、少し苛つきますね」
「少しどころかめっちゃイラついてるじゃん……」
「陽織、言いたいことがあるならはっきり言いなさい。言葉とは、自分の気持ちを相手に伝えるためにあるのですから。さあ、陽織?」
「んっ、な、何でもないよ? さっさと先に行こう!」
焦った陽織は皓緋に身体を向け、早く行こうと促す。
本当にお前は……という馬鹿だなという表情に呆れを含んだ視線を陽織に向けつつも「そうだな」といい、愛華を先頭にし、階段を下りるよう命令した。
(にしても、何でいつも墓穴を掘るようなこと言うんだろう、陽織さん)
彩音は前を歩く陽織の背中を見ながら思う。
(まあ、世の中にはそういう人もいるし、性格なんだろうけど)
「と、わっ!?」
「大丈夫か、彩音!?」
「だ、大丈夫。……ありがとう、皓緋」
石段の少し窪んだ所に爪先を引っかけ、前に転びそうになった所を後にいる皓緋が右腕を掴んで助けてくれたのだ。
「薄暗いからな。気をつけろ、彩音」
「うん」
「いい子だ」
皓緋がよしよしと頭を撫でる。
「わかったからもうやめて」
後は向かず、不貞腐れた声で彩音が言う。下手に後を向いてまた転ぶとかはしたくないからだ。
「残念」
彩音の機嫌を損ねないために、名残惜しそうにしつつも手を戻す。
(あ……)
すっと離れていく温かな重さに、何故か寂しいと思ってしまった。離せと言ったのは自分なのに。
(これって、もしか……して……。やっぱり……)
違う違う、違うに決まってる。それに今はそんなこと考える暇なんてない!
頭に浮かんだ単語を気のせいだと強く否定する。
(祥護、絶対助けるから!)
そう、気持ちを切りかえなおしたとき。
「彩音ちゃん、大丈夫……?」
前方から心配そうな声が聞こえた。おそらく声をかける時機をみていたのだろう。恐る恐る、といった雰囲気を感じる。
「え、あ、ああ。大丈夫です。驚かせてごめんなさい」
「いや、大丈夫ならいいんだ、うん」
陽織もそれ以上は言わず、また歩くことに集中し始める。
余計なことを言って、皓緋や朱艶の小言等を回避したいのだろう。
(一応、学習はしてるんだ)
余計な一言が出なかった陽織を見て、失礼だとはわかっていてもそう思わずにはいられない彩音だった。




