十章 迷宮・三
陽織と愛花が隠し部屋で休んでいる頃。
皓緋達は愛花と決めておいた集合場所へたどり着いていた。
お互いに何らかの事が起こりばらばらになった場合、ここへ集まろうと決めた場所だ。
そこは王宮内にある庭園の一角にある東屋だ。
夜であれば当然、魔物が出て危険なのだが、愛花の指定した場所に出る魔物は力が弱いものだけらしい。力のない魔物は、力のあるものには寄りつかないそうだ。つまり、皓緋が居れば魔物は寄って来ないので、ここを集合場所にした。魔物が寄り付くとしたら彩音一人の時だけだ。彩音一人になることなど皓緋がさせないだろうが、万が一ということに備えて、皓緋の血を結晶化させたものを身につけさせられているので、その結晶を無くさない限りは襲われる心配はない。
「愛花と陽織さん、来ないね……」
彩音が皓緋の腕の中でぽつりと呟く。
「そうだな」
皓緋が自分の腕の中にいる彩音の頭を撫でながら答える。
「まあ、二人なので何とか切り抜けているとは思いますが……」
皓緋の甘やかしぶりを見せつけられながらも冷静に答える朱艶。
本当はこの緊迫した時に何をしているのだと叱りつけたいのだが、騒いで衛兵達に気づかれたくもないのでぐっと心を抑えている。
(彼女を護るにしても、何も背後から抱きこむ必要もないし、ましてや頭を撫でる必要などないだろうに。一体この弟はどうなったというのだ。まったく……)
見るにたえない弟から彩音の方へ視線をずらす。彩音は皓緋のそんな行動にも慣れたのか、いつものように抵抗などせず、されるがままになっている。特に不快感を感じている様な顔でもない。
ここで騒いではいけないということを理解しているから大人しくしているだけで、実際は皓緋を振りほどきたいのかもしれないが。ただ、今の皓緋よりしっかりと状況を把握しているところは褒めてやりたい。
これから命の危険も伴うことを為そうというのに、このていたらくを見せられると本当に大丈夫なのかと心配になる。
これから為そうとすること。
それは彼女の弟を奪還するだけではなく、同時に世界を一つにする儀式もすること。
会合の時、術はまだ出来てはいないと言ったが、あの時にはもう双子の術師が最後の仕上げに入っていたそうだ。夜に皓緋と術師の所に行った時にそう説明された。信用のおけない者達がいる前で本当のことを話すなど、ただの馬鹿だろうと。
信用のおけない者達。
皓緋曰く、緋月と愛花。
彩音はと問えば、彩音は俺の娘だ! あいつは俺を裏切る様なことは絶対にない! と怒りながらこちらに食ってかかる始末。
余所者で信用出来ないという意味では三人は同列だ。緋月は皓緋の娘で私達の姪ではあるが、あちらで育った娘だし、愛花もあちらの者だ。彩音は争いに巻き込まれた憐れな少女なだけで、二人と比べればこちらは害はないだろうが、皆無というわけではない。
皓緋の理性をとばしているという、誰にも出来ないであろうことをしている。
狂わされている当の王は、狂わされている自覚もないのか、娘という名の少女を度が過ぎるほど愛でることに夢中だ。見ていていたたまれない。
一体、あの少女の何が皓緋をああも狂わせるのか。
全くわからない。
だが、兄さんにはわかる様で、とても喜ばしいことだよと言われた。
何が喜ばしいのか。
わからない。
それがわからないのは自分が壊れているからだろう。
兄さんは分からなくても気にする必要はないと言ってくれた。お前達の面倒は全部自分がみるからと。だから気にする必要はないと。
そうだ。分からないことを考えても仕方がない。
兄さんの言った通り、考えるのはやめよう。
壊れている自分が今出来ることは、足手まといにならない様、学んだ通りの行動をすることだ。
朱艶は今の思考を振り落とすかの様に一呼吸置き、皓緋の左耳を引っ張るために、一歩右足を踏み出した。




