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十章 迷宮・一

皓緋達が王宮内に侵入した頃。

氷蓮達の住む皇華殿こうかでんよりやや離れた場所に、一人の少女が暗闇の中からぽっと現れた。


「ここは……」


少女――、緋月は辺りを見回した。

緋月のいる場所は、自分を呼び起こした儀式を行った所だった。

そこはまだ所々崩れた石壁のかけらなどが場の隅に置いてあり、まだ復旧作業中のようだが、見た感じでは粗方修復されていた。


「嫌な場所」


緋月は不快感と共にぼそりと吐き捨てた。

ここに転移させられたのは多分適地だったからではなく、嫌がらせでこの場所を選ばれたと緋月は感じた。

あの双子は自分を嫌っているから嫌がらせをされたのだろうと。

修復された祭壇中央に立ち、辺りを見回した。まだ残っているあの日の爪跡が視界に入ると、氷蓮への複雑な想いが苦く甦る。

そんな想いを振りきるように、真っ暗な空を見上げた。

「暗い、わね……」

辺りに灯りはない。

ただ、暗闇があるだけだ。

ここが祭壇だなど見分けもつかないどころか一歩踏み出すにも躊躇うほどの暗闇。その闇の中に突如淡い金色の丸い灯りが二つ、緋月の足元近くに生まれた。

暗闇の中で美しく輝くそれらは緋月めがけていきなり飛んできた。

「きゃっ!?」

「にゃあ」

緋月の腕の中にすっぽり潜り込んだ金の灯りは猫の瞳だった。

猫は緋月の右胸に頭をすり寄せ喉をごろごろと鳴らして甘えていた。

「まあ、お前どこから来たの? よく魔物に襲われなかったわね」

突然の出来事に驚いたが、自分の腕の中で甘えてくる猫を見ると、緊張も一瞬で解けた。遠慮なく甘えてくる黒猫の姿に、思わず笑みがこぼれる。

「ふふ。そういえば……、あの子もこうやってよく甘えてきたわね。色も同じ黒だし、似ているわね……」

「にゃあ!」

突然、黒猫は何かを訴えるかのようににゃあにゃあとうるさく鳴き始めた。

「どうしたの? お家に帰りたいの?」

緋月は黒猫をあやしながら問いかけた。

黒猫は緋月の腕の中から飛び出し、祭壇から離れるように数歩進んだところで振り返り、にゃあと鳴いた。

「もう帰ってしまうの? それなら気を付けて帰りなさいね」

魔物に襲われないか心配だが、かといって連れて行くわけにも行かない。

緋月に出来ることはただ無事に帰る場所に戻れるよう祈るだけだ。

だが当の黒猫は動かず、じっと緋月を見つめている。

「どうしたの? お家に帰らないの? まさかどこか怪我でもしているの?」

先程触った感じではおかしなところなさそうだった。

心配になった緋月は黒猫の所に行くと、しゃがみこみ、もう一度抱き上げようとしたが、黒猫はするりと緋月の腕を避けた。

黒猫は数歩進むと立ち止まり、また緋月の方を振り返り一声鳴く。

まるでついてこい、と言っているように見える。

緋月もそう感じたのか、黒猫の方へ歩き出す。

黒猫は緋月が自分の方へ向かって来るのを確認すると、またどこかへ向かって歩き出す。時折、緋月を確認するかのように振り向いてはまた進む。黒猫は祭壇を下って行き、祭壇下のある場所で止まり座りこんだ。そこは特に何のへんてつもない石壁だ。

黒猫は可愛らしくお座りをして、右の前足で目の前の石壁をガリガリと引っ掻いていた。

「駄目よ! そんな固い石を引っ掻いてわ」

緋月は慌てて黒猫の前足を掴み引っ掻くのを止めさせる。

「にゃあ」

黒猫は大人しく引っ掻くのをやめ、緋月を見上げた。

「もう……、びっくりしたわ。爪は痛めてないかしら。見せてちょうだい」

緋月が黒猫を抱き上げようとしたが、黒猫はするりと緋月の手から逃げ、また同じ石壁を引っ掻き始めた。

「こら、駄目よ!」

慌ててまたその前足を掴んで止めると、大人しくやめるが、緋月が抱き上げようとするとその腕から逃げ、また同じ石壁を引っ掻かこうとする。

流石に何かおかしいと感じた緋月は、黒猫の引っ掻く石壁を見る。

今さっきついた引っ掻き傷ぐらいしか違和感を感じさせるものはない。

「こんなに傷をつけて……」

浅い傷のついた石壁を何の気なしに撫でるとその壁、積んだ石のレンガが、ガコリと後に動いた。

「えっ」

動いたレンガはすぐに元の位置に戻った。

動いたレンガの辺りも何の変化も気配もない。

「何だったのかしら……」

何か、の装置を起動させてしまったということはわかった。王宮でも同じ様な仕掛けがいくつもあり、それらと同種のものであるとの確信があった。多くは有事の際の逃走経路だが。

「にゃあ」

鳴き声にはっとすると、いつの間にか黒猫は、少し先の低い茂みの所にいた。

元の身体であれば探すのに多少の苦労はあっただろうが、今の身体はこの暗闇の中でも難なく闇と同じ色の猫を見つけることができた。

黒猫は茂みの中に入って行った。緋月もその後を迷わずついて行く。

すると、石壁の一部が開いていた。通路だ。大人が一人通れるぐらいの広さだ。先程の仕掛けはこの通路のものだったようだ。

「こんなところに……」

緋月は通路を覗きこんだ。

通路は下り階段になっていた。

「この下には何が……」

何があったのか思い出そうとしてみたが、この通路の存在は知らなかったし、建物的にも祭壇以外に何かあるとは教えられてはいない。

「にゃあ」

黒猫が鳴き、階段を降り始めた。

「まさかお前、私を本当にどこかへ連れていきたいの?」

「みゃっ」

そうだと言うような顔で、黒猫は鳴いた。

「……わかったわ」

まだ半信半疑ではあるし、わかりもしない猫の言葉(?)を信じるなど馬鹿げている。

それよりも、一刻も早く氷蓮の元に行かなければならない。

けれどかつての愛猫に似た子が導く先にある何かが知りたいという欲求にも抗えず、緋月は意を決し、階段を下りた。

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