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十章 邂逅・二

薄暗い王宮の廊下を皓緋達は歩いていた。乳白色の石で出来た廊下は、夜で静寂ということもあり、些細な靴音でも辺りにカツコツと響き渡る。

その音で誰かに気付かれるのではないかと彩音は緊張しながら、極力音をたてないように歩いていた。

「愛華達、来ないね」

ぽつりと心配気に彩音は呟いた。

「そのうち追い付いて来る。気にするな」

「うん……」

皓緋達は追手に追われることもなく、無事に王宮内に侵入し、氷蓮がいると思われる離宮へと向かっていた。

王宮へ入ることで、衛兵等の余計な接触は避けたかったが、王宮の外を回って離宮に行く場合は魔物と遭遇する危険が高い上、道が魔物避けにいりくんだ造りになっているため、迷う危険もあるとのことで安全と確実性をとり、王宮を突っ切る行程となった。

王宮内部はあまり人がいないとの説明は受けていたが、外壁の出入口に二人、王宮の出入口に二人、衛兵がいただけだ。

皓緋達は普段は使用されない隠し口を通ったため、衛兵と接触せず、拍子抜けするほど楽々と王宮に侵入出来た。

以前、皓緋が一人で侵入したときよりも警備が緩い。

おそらく獲物がかかりやすいように氷蓮がそうしたのだろう。

皓緋達という獲物を。

さらに内奥に入ると誰もいなかった。夜ということもあるだろうが、この世界の主の住まう王宮に、ここまで人がいないというのはおかしい。

「いつ出てくるのかねぇ、お迎えは」

王宮内部は壁に小さな灯りが等間隔であるだけなので、薄暗く、人の姿が見づらいが、見つかりにくいという利点はあった。

だが、油断はせず周囲の気配に注意しながら歩を進める。

「さぁ。手荒な案内人ならいりませんが」

先頭にいる朱艶がそっけなく返す。

彩音は二人の会話は右から左へと流れて行く状態だった。頭の中は祥護のことでいっぱいだったからだ。祥護の無事を信じながらも、この王宮の暗い雰囲気も相まって、どうしても悪い方向へと思考が傾いていく。

「どうした彩音、疲れたのか」

黙っていると、背後から皓緋が心配気に声をかけてきた。

「え? あ、ううん。ずっと同じ壁ばかりだからちょっとくらくらしただけ」

意識を引き戻され、心配をかけないように彩音は誤魔化した。実際に変わらない壁を見すぎて目がおかしくなり、視線を下に向けていたので嘘はついていない。

「大丈夫か?」

「うん、平気」

振り向かず、心持ち明るい声音で返事をした。

「そうか。何かあればすぐに言え」

「わかった。ありがとう」

彩音が嘘をついていることを皓緋はわかっていた。弟のことで心がここにはないことぐらいわかる。そんな痛ましい彩音をすぐにも抱きしめ、自分の温もりで独りではないと安心させてやりたい。

だが、皓緋達に心配をかけないよう、平静を保とうとしている彩音の心を自分が乱しては彩音の気持ちを無為にすることになる。それは絶対にしたくない。皓緋は、彩音の小さな背中を、ただ見守ることしか出来ない己の無力さが腹立たしかった。


「愛華さん! このまま真っ直ぐですか!?」

「はい……」

愛華は陽織の腕の中で、苦しげな声で答えた。

今、陽織と愛華は王宮のどこかを走っていた。

陽織がどこともわからない場所に瞬間移動したあと、愛華はすぐに移動した場所を把握すると陽織に指示を出した。

陽織は傷の手当を先にしたかったが、愛華が移動するのが先だと言って譲らなかった。

押し問答で時間を無駄にするぐらいなら愛華の言うことをきいてすぐに移動し、手当をした方がいいと判断した陽織は、素早く愛華を抱きかかえると愛華の指示通り移動を開始したのだ。

回廊を右へ左へ、進んだり戻ったりしながら、ある一角を指差した。

「そこの、窪みへ……」

「わかった!」

陽織は周りの様子を警戒しつつ、指示された場所へ滑り込んだ。

そこは大人二人が縦に並んで入れる程度の窪みで、身動きなんてほとんど出来ない狭さだ。

「で、次は? どうするの?」

「このまま、で……」

答える声の力が先程よりも、弱っている。

「このままって、こんな身動きも出来ない場所で何を、え、あっ!?」

愛華に問い詰めようとした時、陽織は自分の力ではない別の力で瞬間移動をさせられた。

「あっ、とおっ!」

陽織は突然の瞬間移動でバランスを崩して倒れそうになったが、踏ん張って転倒を回避した。

「あーびっくりしたって、ここ……? あ、愛華さん、大丈夫!?」

愛華は刺された胸をぎゅっと掴みながら、こくりと小さく頷いた。

だが、その様子はどう見ても大丈夫ではない。

瞬間移動は多かれ少なかれ身体に負担がかかる。自覚があろうがなかろうが、かかっている。

それを傷を負っている愛華に二度も行ったのだ。その負担は確実に、傷に悪影響を及ぼしている。

「待って、すぐに治療するから!」

当然陽織も愛華のその返事は嘘だとわかっているので、慌てて愛華を下に下ろして治療しようとしたその時、周りの風景が視界に入った。

「あれ、ここ……」

正面には戸棚があり、中には枯れた葉や花が入った瓶や、粉末や液体が入った瓶がしまわれていた。

左右を見回すと、水瓶や棚などがあり、後を向けば簡素な寝台もあった。

「寝台!」

陽織は急いで愛華を寝台に移動させ寝かせると、改めて血の滲む胸元を見た。

それはもう滲みではなく、左胸を赤色に染め上げていた。

このままではまずい! とにかく傷を見なければ。

傷を見るため愛華の衣装に手をかけたとき、あっ……という声とともに陽織の手が止まった。

愛華の衣装は陽織達の着ているものとは作りが違っていて、構造がよくわからない。

愛華の衣装は古代の日本人が着ていた様な感じの衣装で、上衣と下衣に分かれている。上衣は同じ様な上衣を何枚か重ねて着ている。下衣はふわっとした長いスカートの様なもので、胸よりやや下辺りを帯で留めて着ていた。

だが今は衣装の構造うんぬんではない。前の合わせを左右に開けば衣装ははだける。簡単だ。

問題は傷を見るということ、つまり愛華の胸元を晒し、年頃の女性の裸(胸だけだが)を見なければいけないということだ。

いくら緊急事態とはいえ、陽織に女性の裸を見るということはとても精神的ハードルが高かった。

「うえっ……と……、どうしよう!?」

着物の合わせに手をかけたまま、陽織の両手は固まっている。

(じょ、女性の服を、ぬ、脱がせるなんて、どうしよう、俺、無理かも……! どうしよう!)

傷が痛むのか、顔を顰め、小さく呻く愛華の顔を陽織は見、慌てて呼びかけた。

「愛華さん! 愛華さん! 俺だよ、陽織だよ。わかる!?」

愛華は瞑っていた目をうっすらと開け「はい」と答えた。

「よかった……」

心底ほっとした陽織はハッとして、愛華の胸元から手を引っ込めた。

「ご、ごめん! 傷の手当てをしようと思って、あの、服に手をかけただけで、その……」

陽織は顔を赤くしながら言い訳をした。

実際、傷の手当てをしようとしただけなので変な言い訳をする必要はないのだが、理由はどうあれ意識のない女性の服を脱がせようとしたことに陽織が罪悪感を持ったため、謝らずにはいられなかったのだ。

「大丈夫、ですよ。ご心配をおかけして、申し訳、ございません……」

そんな陽織の態度など気にも留めない風に、愛華は返事をした。

というか、陽織に裸を見られても気にしなかったし、さっさと手当てをしていてくれた方が良かった。その方が無駄に血を流すこともなく、体力を使わないですんだのにと内心で愛華は思ったが、現状を把握した愛華はまず傷の手当てをすることにした。

陽織に治療道具を渡して欲しいことを伝え、道具をもらうと直ぐに手当てを始めた。

服をはだけさせた愛華から陽織は慌てて背を向け、手当てが終わるまでじっと待った。

愛華は清潔な布で血を拭うと、手のひらに収まる程度の大きさの白いシートを傷の上に貼った。

傷は多少深い。というか、深くなった。刺されたときは浅い傷だったが、瞬間移動をするたびに傷が悪化していった。出血が酷かったのは、この場所へ瞬間移動したときだ。今はもう、そんなに出血はしていない。

愛華は血で染まった衣装を着直すと「終わりましたよ」と陽織に声をかけた。

「あ、うん」

ぎこちない返事と動作で、陽織は愛華の方を向いた。

愛華は身支度を整え、上半身を起こして寝台にいる。血を失ったせいだろう、顔色はよくなかった。着物も左胸の所、左半分は真っ赤に染まっていた。着物が淡い白系統のものだったので、赤がとても目立って傷の酷さを物語っていた。

「傷は……」

「はい、見た目ほど深傷ではありませんので大丈夫です。この貼り薬のおかげで、痛みももうほとんどありませんが、すぐに動くことはまだ出来ません。申し訳ございません……」

愛華は陽織の方へ身体を傾け詫びた。

「そんなこと気にしないでよ、愛華さん! それに横になってて!」

陽織は慌てて愛華に休む様促した。愛華は申し訳なさそうな顔をしつつも「お言葉に甘えます」とすぐに横になった。

「ところでここがどこかわかる? 愛華さん」

「ああ、そうでしたわね。ここは神殿の隠し部屋です。移動した場所は王宮の回廊でしたが、不測の事態に備えて、こうした隠し部屋に通じる仕掛けを施してあるのです。朔夜は仕掛けがあることは知っていますが、詳細までは知りません。ですので、すぐに見つかることはないと思います」

「そっか。とりあえずひと安心、か。とはいえ、いつまでもここにいるわけにはいかない。愛華さん、どれぐらいで動けそうですか?」

「そうですね……。おそらく一時間ほど休めれば、動けるようになると思います」

「わかった。じゃあそうして。俺も休むよ。ここじゃ何も出来ないからね」

「申し訳ございません、陽織様」

愛華は心底申し訳ない表情をして詫びた。

「ああ! いい、謝らないで! ごめん、そんなつもりじゃなくて……、えっと、今は傷を治すことに専念しよう、ね」

「はい……。では、少し眠らせていただきます」

「うん」

陽織は立ち上がると、寝台から少し離れた所にある椅子へ座った。

無防備な女性の側にいるのはどうにも落ちつかず距離を取ったのだ。

(皓緋達は無事なんだろうか。朱艶兄さんがいるから大丈夫だとは思うけど……)

出来ることならすぐにでも皓緋達の元へと行きたいが、傷を負った女性一人を置いて動くことなど陽織には出来ないし、勝手のわからぬ敵地を無闇に彷徨うことも出来ない。

気持ちは急くが、今はただ愛華の回復をじっと待つしかなかった。

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