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十章 邂逅・一

朔夜が氷蓮の元を出た頃、皓緋達は城壁を越え、城に入ったばかりだった。

「気を付けて下さい。城の中でも魔物は出ます」

先頭を走る愛華が続く皆に注意を促す。

今は月のない、闇深い夜。

愛華の言う通り、木々の隙間から人とも動物とも違う気配がこちらを窺うようにじっと纏わりついてくる。隙を見せればすぐにでも襲いかかってくるだろう。

「でもさ、魔物ってどんなのだろう?」

陽織がぽつりと呟いた。

「魔物は魔物です」

愛華が返す。

「ああ、うん。それはわかるんだけど、どんな姿なのかなって……」

言いつつ、気配のする闇にちらりと視線を流す。

「大半のものは漆黒で大きな綿の様な形をしています。少数ですが、獣や人の様な形をしたものもいます。そういった形を成したものは知恵もありとても危険ですので、もし出会ったらすぐに逃げて下さい。とはいえ、宮殿にはその類いのものは結界に阻まれて出会うことはありません」

「そうなんだ。よかった……」

陽織は強張った表情を崩し、ほっと息を吐いた。

「何だ、怖いなら朱艶兄ちゃんに守ってもらえ、陽織」

完全に馬鹿にした口調で皓緋がからかう。

「お断りです。自分の身ぐらい守れない弟なんて私はいりません」

間髪入れずに朱艶が返す。

「なっ! だれも怖いなんて言ってないだろ、皓緋!」

むっとした表情と声で、首だけちらりと後に向けて突っかかる。

「そうかそうか。俺の気のせいか、彩音?」

くっくっと、笑いを噛み殺しながら皓緋は彩音に投げた。

「そんなの、私に振らないでよ……」

彩音は背後の大人気ない大人に絡まれ、げんなりした。こんな敵陣の只中で、くだらない喧嘩をしないでほしいと思った。

「お前達、くだらない喧嘩はするな。これ以上何かするなら兄さんに報告するぞ」

朱艶も彩音と同意見のようで、ひどくなる前にさっと釘を刺す。

『兄さん』の一言は絶大らしく、陽織はすぐに黙りまた集中して走るが、皓緋はそれが気に入らずさらにつっかかる。

「ふん。言いたいなら言えばいい」

「そうしますよ。兄さんからたっぷりといいお話を聞きなさい」

「何がいい話だ。説教だとハッキリと言えばいいだろ」

「私にはいい話なんですけどね。お前には説教に聞こえるのか、皓緋」

冷笑とともに朱艶が返す。

「あれがいい話に思える方がどうかしている」

「それは聞く者の心の有り様の違いでしょうね。さ、これ以上のくだらない話は終いです」

皓緋はまだ何か言いたげだったが、すっと表情が変わった。

それに呼応のするかの様に朱艶と陽織の表情も消えた。

先頭を走っていた愛華が急に止まり、彩音は背後の皓緋に引っ張られ、その腕の中に抱き込まれた。

いつもの彩音なら抗議の声をぶつけるところだが、逆に、抱き締める皓緋の袖をきゅっと両手で掴んだ。

怖いから。誰かにすがらないと怖くてどうにかなってしまいそうな気配を感じたからだ。

「俺がいる。大丈夫だ」

皓緋が優しく声をかけた。

「うん、ありがとう、皓緋」

その優しい声音に彩音の緊張が少し解けた。怖いけど、今は一人じゃない。皓緋もいるし、愛華や朱艶さん、陽織さんもいる。祥護はもっと大変な目にあわされたのだ。それに比べたらこれぐらいで怯んではいられない。

彩音は皓緋の袖から両手を離し、少し顔を上げて「離して」と言った。皓緋は素直に腕を離したが、彩音を庇うように前に出た。

「ほう、駄犬を迎えに寄越すとは、客のもてなしが相変わらずなってないな、氷蓮は」

「黙れ、痴れ者が」

悪態をついた相手――朔夜も、辛辣に返してきた。

「飼い犬は飼い主に似ると言うしな。仕方ない」

「黙れと言っている!」

朔夜はその場で構えていた剣を横へ一閃した。

「はっ!」

その剣風は愛華の術で霧散した。

「そこを退いて、朔夜」

「裏切り者が」

「仕方ないわね。皆様! 私が朔夜の相手をしますので、早く先へ」

愛華が声を上げた。

「そうはさせるかっ!」

皓緋めがけて朔夜が走り出すが愛華の術によって足が止まる。

「私が相手だって言ったでしょ、朔夜」

「ちっ。ならばお前から先に斬るまで」

愛華は間断なく朔夜の足を止めるべく術で強風を起こすが、朔夜はそれを剣で相殺し、体勢を立て直すために後に下がる。

「陽織、お前はここで愛華の援護をしろ。朱艶と彩音は俺についてこい」

各々返事をすると、皓緋が彩音を抱き上げた。

「暴れるなよ」

「うん」

彩音もそれは心得ている。

皓緋の首を両腕で抱きしめた。

「いい子だ。行くぞ」

「うん」

愛華が術で隙を作った瞬間を見逃さず、三人は先に進んだ。

「逃がさん!」

愛華の相手をしつつも、横を通り過ぎようとする皓緋達を黙って通すわけには行かない。

朔夜が横へ大きく剣を振ると赤い炎が発生し、それは皓緋達めがけて勢いよく走って行く。

「彩音様!」

「させないよ! 曲がれ!」

陽織が愛華の背後から炎を掴むような動きをしながら炎に向けて叫んだ。

すると炎は朔夜の方へ進路を変えた。

「何!?」

朔夜は炎を薙ぎ払った。

愛華も陽織の術には驚いたが、出来た隙は逃さず、すぐに術で風を作り、それを朔夜の腹部に叩き込んだ。

朔夜もこれを完璧にかわすことは出来ず、一メートル程後方に飛ばされた。

「静欒の大将軍ともあろう方がこんなものとはね。拍子抜けしたけど、これで終わりよ」

「自惚れるな」

朔夜はごほっと軽くむせたが、すぐに体勢を戻し、剣先を愛華に向けた。

愛華の眼前には二つの赤い円が浮かび、円の内外に呪文が浮かび上がる。

「行きなさい!」

言うと同時に円から物凄い勢いで何かが飛び出した。

それらは捩るように一つになり、朔夜の心臓めがけて突進する。

「甘いっ!」

朔夜は剣で心臓を庇ったが、何かは剣をすり抜け朔夜の心臓に勢いよく吸い込まれた。

「何!? うっ!」

朔夜が顔を歪め、左手で心臓の辺りを強く掴んだ。

痛みか、苦しみか、両方か。

身体が少し前に傾くが、視線は愛華達から外さない。

「やぁだ、本当に朔夜なの? ううん、朔夜だわ。何度忠告しても変わらない。これだから武人て駄目なのよね」

陽織も拍子抜けした。静欒の大将軍がこんなにあっさり倒されるとはあまりにも予想外だった。

そんな陽織を置き去りにし、勝者の余裕か、愛華は微笑みながらゆっくりと朔夜の元へ歩き出す。

「愛華さん」

まだ行かない方がいいという顔で陽織が呼び止める。

「平気よ。陽織さんは早く先に行って下さい」

「それは出来ない。行くなら愛華さんも一緒に」

愛華は陽織を見なかったが、陽織が引かないことは気配でわかった。

「もう少し、朔夜の苦しむ顔を見ていたかったけど……。さようなら、朔夜」

愛華は朔夜のすぐ側で止まり、懐から短刀を取り出すと朔夜の心臓めがけて躊躇なく突いた。

「えっ?」

「今度は私がお前に傷を贈ってやろう、愛華」

「愛華さん!」

地面に血が滴り落ちた。

その血は朔夜ではなく愛華の胸元から落ちていた。

「うっ……」

朔夜が愛華の腕を掴み、その短刀を自分ではなく愛華の胸元に向け、刺したのだ。

「女に傷を贈るなんて最低、ね……。くっ……!」

愛華は自分を刺している朔夜の腕を力を込めて掴むと、朔夜は顔を歪ませ、後に下がり剣を抜き、すぐさま止めを刺しに来た。

「そうはさせるかっ!」

陽織はよろめく愛華を抱き上げると、素早くこの場から姿を消した。


朔夜は届かなかった剣を鞘に納めると、二人が消えた場所に立ち、胸元に手を入れると一枚の紙を取り出した。符だ。

それは赤黒い色をし、端が少し焼け焦げていた。

「符に頼るなど癪だがな。だが氷蓮様のためなら己などいくらでも捨てられる」

符を見て呟き、右手でぐしゃりと握りつぶした。符は、ぼろりと崩れ落ちた。

「愛華、逃がしはしない」

左頬にある傷痕をゆっくりと愛おしむ様になぞると、暗い瞳に愉悦が仄かに灯る。

「ああ……愛華……。私の……」

少し上ずった声でそう呟き、朔夜は漆黒の空を見上げた。

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