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十章 奪還・二

皆、私の気持ちなど考えてはくれない。それなら私も皆の気持ちなんて考える必要などないはず。

緋月は地下実験室に向かいながら、そう考えていた。

だから自分も勝手に静欒に行く。何も問題はない。一つあるとすれば、それは ――。

緋月は地下実験室の重い扉を開け、ここにいるはずの双子を捜した。

確かこの本棚の奥に実験場があったはずだと本棚の森をさ迷い歩いていると、少し先の方から声が聞こえた。

「ねぇ、いいだろ、ソウ」

「駄目だ」

「えー、いいじゃん! もう全然してないんだよ! 無理。絶対無理。我慢できない」

声の元に着くとテーブルとソファーがあり、ソファーの上で双子がじゃれあっていた。

緋月は嫌なものを見たという風で眉を顰めたが、すぐに無表情に戻る。

「貴方達にお願いがあります」

挨拶もなく双子に声をかけると、双子はじゃれあったまま、鋭い視線だけ緋月に向けた。

「何?」

「私を静欒に送ってください」

「は? お前、皓緋に留守番してろって言われてたよね」

遊焔がソファーから面倒くさそうに身体を起こした。

「ええ。それがどうかしたのでしょうか」

親の言い付けを破ろうというのに、緋月は平然と答えた。

「へーぇ。父親の言うこと無視する度胸があったんだ、お姫様」

あきらかに馬鹿にした口調で遊焔が言い返す。

「父様はああ仰いましたが、氷蓮はとても強い。助けとなる力はいくらあっても困りません」

「はっ! アンタさぁ、今の自分がどういう状態かわかって言ってるわけ? 身体もない、何の力もないお前に何が出来るのさ」

「出来ます。術を行使する力はなくても城の内部について等、力になれることはあります」

緋月は毅然と言い放った。

何の根拠も無いくせに、揺らぎもしない緋月の傲慢な態度に嫌悪と怒りがわき、今すぐにでも眼前から排除したかったがなんとかその気持ちを抑え、嗤った。

「ああ、いいぜ。受けてやっても。だが払えるものがあればな」

「ありません」

緋月は即答した。

「だろうなぁ。なのに俺達の所に来るんだから、とんでもない世間知らずのバカ娘ってことはわかってるぜ。対価もない、払えるアテもないくせにノコノコ来やがって! ウザイんだよ! お前……」

すっ、と声のトーンが平淡になり「殺すよ」と剣呑な空気を纏わせ告げた。

これには緋月も戦慄を覚えた。

背筋がすっと冷え、言葉を発することも出来ず、相手の出方を注視した。今迂闊な行動や言動を発すれば容赦なく殺されるだろう。それほどの殺気を遊焔は緋月に向けていた。

自分で招いた事態とはいえ、緋月は遊焔に対して下手に出ることは嫌だった。

「もういいだろう、ユウ」

この無駄な睨み合いを燥焔が破った。

「ソウ」

遊焔の意識が緋月から逸れた。

燥焔が優しく遊焔を引き寄せ、自分の肩に頭を凭れかかせた。

緋月は警戒しつつ、二人に視線を向けた。

「はぁ……。もう好きにしなよ、ソウ」

飽きたらしい遊焔が燥焔の太腿に頭を移動させ、ふてくされた表情を燥焔に向けた。

燥焔はそんな片われの頰をあやすように左手で愛おしげに撫でながら、緋月に答えた。

「お前の願い、聞いてやらないでもない」

「本当ですか?」

緋月は自分で訊きながらも半信半疑の気持ちは隠せず、探るような目を燥焔に向ける。

「ああ。お前の代わりに対価を払う者を言え。そいつから俺達は対価を貰う」

「私の代わり……」

呟き、緋月は考えた。

それは自分の我儘の対価を相手に無理矢理押し付けるということになる。流石に躊躇う内容だ。

「後で払うというのでは無理なのですか?」

「駄目だ」

きっばりと燥焔は拒否した。

緋月は口を閉ざし、考え込んだ。

それしか方法がないならば諦めるしかない。他人を犠牲に何かをするなど考えられないことだからだ。

以前の自分ならそう思った。

だが今の自分は違う。

他人がどうなろうとどうでもよかった。

「わかりました。対価を払う方は誰でもよいのですか」

「お前の身近にいる者だ」

「身近……」

「そうだ。血縁、従者、お前に親い者。血縁なら皓緋、氷蓮、次いで春詠、朱艶、陽織、愛華。この中から選べ」

「……それでは愛華から。足りなければその中から適当に選んで下さい」

緋月は迷うことなく相手を指名した。

心に呵責の念がわき上がるが、それでも依頼を取り下げようとは思わなかった。

「わかった。それで受けよう」

「では契約は成立しました。私を静欒へ送ってください」

この双子の気が変わらない内に早く行かなければ。

そして氷蓮を止めなければ。それが出来るのは父様ではない、私だけなのだから――。

遊焔は起き上がり、燥焔はソファーから立ち上がった。

燥焔は遊焔から符を一枚受け取り、空に貼り付けた。紙は落ちず、ぴたりと空に浮いている。

その紙に向かって二言、三言呟くと符が光って消え、その場の空間がぐにゃりと歪んだ。

「向こうに気取られない距離の城近くに繋げた。あとは好きにしろ」

「ありがとうございます」

頭を下げ、緋月はすぐに歪みに入り、この場から消えた。


「これでいいのか」


燥焔が言った。


「ああ。上出来だよ」


遊焔ではない声が二人の背後から返事をした。

くるりと声の方に首を向けると、どっしりとした柱の後から、穏やかな微笑を浮かべた春詠が姿を現した。

春詠は優美な足取りで双子の方へと歩み出す。

「料金分の仕事はしないとな」

「まぁな。すっごい気持ち悪かったけどね」

遊焔がうぇっ、と顔を歪ませた。

「ふふ。ご苦労様。でもまあ君達の言う通りみたいになりそうだね」

「なるって! 魂を視た俺が言うんだから確実」

「あの女性の血を引いているのだから信用はしていなかったけどね」

「アイツのココロの中はドロッドロのネバネバでベトベト。ほんっとに気持ち悪かったよ!」

不機嫌に歪んだ表情で、遊焔は立っている燥焔の腰を引き寄せ、腹に顔を埋めた。燥焔は慰める様に左手で遊焔の頭をぽんぽんと優しく叩いた。

「あの年頃の娘は恋愛に夢中になるものだろうし、仕方ないだろうね」

「それにしたって、アレは最悪。内心溜め込みまくってるだけにタチ悪い」

腹から顔を上げ、遊焔が言う。

「ふふ。そんなに酷いなら一度見てみてもよかったかな?」

春詠が愉しそうに笑う。

「うえっ、なんつー悪趣味」

遊焔は呆れて物も言えないという表情だ。

「じゃあこれで仕事は完了でいいな」

二人の会話を黙って聞いていた燥焔が口を開いた。

「問題ないよ、ありがとう」

双子の顔を見ながら春詠が微笑した。

「ではこれで仕事は完了する。対価をもらうぞ」

二人の間に燥焔が入る。

「問題ないよ。はい、どうぞ」

春詠が左腕に持っていた品のいい籠から、赤い砂の入った小瓶と薄紅色をした液体の入った小瓶を取り出し、燥焔に渡した。

燥焔は受け取った小瓶をしばらくじっと見つめて検分していたが、小瓶から視線を春詠に向け「確かに」と言った。

「じゃ、手出して」

言われた通り、春詠は刻印をつけられた左手を遊焔に差し出した。

遊焔は刻印の上に右手を翳すと、刻印がふっと光り、光が消えると同時に刻印も消えた。

「ほい、完了。しっかしアンタも変わってるよね、あんなバカ娘の代わりに対価を払うなんてさ」

「身内として、補佐としての義務かな。他所に迷惑をかけるわけにはいかないからね」

「あー、まあ、その気持ちはわかるかけどさぁ」

「特に不出来な者ほど身内で始末はつけたいものだしな」

春詠は返事の代わりに、二人の言葉を肯定するような微笑を浮かべた。

「アンタ、怖いなあ」

春詠を見た遊焔は肩を竦め、戯け「また何かあれば言ってくれ」と、燥焔は淡々と告げた。

「ありがとう」

「こちらこそ、ご利用いただきありがとうございます。今後ともご贔屓に、ってね」

春詠は答える代わりにひらひらと軽く右手を振って、研究室を後にしようとしたが、歩みが止まった。

「ん、どしたの? 忘れ物?」

遊焔が何かあったっけ、という顔をする。

「うん、気が変わった。君達、もう少し私に付き合ってくれないかな?」

双子は顔を見合わせるとにっ、として春詠に顔を向けた。


「「ご利用、ありがとうございます」」


双子は軽い足取りで、春詠の後に続き部屋を出た。

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