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十章 奪還・一

皓緋と彩音が使った通路とは別の、外へ出る隠し通路の外。

皓緋達の見送りのため、春詠と緋月が見送りについて来た。


「春詠、後は任せる」

「ああ。気を付けて。朱艶、陽織、皓緋と彩音ちゃんのこと頼んだよ」

「はい。兄さん」

「当然!」

「陽織に守られるほど、俺は落ちぶれていないがな」

「むっ! そんなこと言って後悔しても知らないからな!」

「ないない」

「お前達、いい加減にしろ」

朱艶が呆れ果てながら仲裁に入る。

いつものことらしく、朱艶が慣れきった感じで皓緋、陽織に小言を言い終わると、春詠が愛華に声をかけた。

「緋月のことは心配しなくてもいいよ。私が責任を持って面倒をみるから。安心して行っておいで」

春詠は俯く緋月の背後に立ち、両肩にそっと手をのせて柔らかに微笑した。

「……はい、よろしくお願いいたします」

愛華は春詠に深々と頭を下げながら、内心ではぞっとしていた。あんなに優しく気遣うように微笑んでいるのに、その気持ちがまったく伝わってこない。あのような表情をされればその想いの一部でも感じとれそうなのに、まったく想いが感じとれない。それなのに、あのような表情が出来る春詠が、愛華には心底怖ろしかった。

「緋月さん、具合い、まだ良くないですか?」

俯き、元気がない感じの緋月に彩音が近寄り、窺うように声をかけた。

「緋月さん?」

反応のない緋月にもう一度声をかける。

「あ……。ごめんなさい、彩音」

気付いた緋月が顔を上げる。

「やっぱりまだ体調が良くないですか?」

「問題ないわ。心配をかけてごめんなさい。私のことなら気にすることはありません。彩音こそ気を付けて。帰ってきたら、色々とお話ししましょう」

緋月は儚げに微笑んだ。

「緋月様、無理はなさらないで下さい」

愛華が緋月の両手を取り、自分の両手で優しく包み込んだ。

「ありがとう、愛華。私のことは気にせず、彩音を守ってあげて」

「はい……」

そう返事はしたが、愛華は緋月が心配で仕方がない。緋月自身にも問題はあるが、一番の懸念が春詠だ。

自分がいない間に春詠が緋月に何かするのではないかと気がかかりで仕方がない。彩音のことは皓緋に任せればいいし、宮殿の内情等についても知っていることは全て皓緋に話した。だから自分が残っても問題ないはず。

そう思い、昨日皓緋にここに残りたいと話したが却下された。予測外の出来事があった場合、咄嗟の対応が出来るのはその場所で暮らしたものだと言われた。確かにその通りではあると思う。だからといって引き下がるわけにはいかない。愛華はめげずに説得しようとしたが、皓緋は当然聞き入れない。

今の状況での最善策であることはわかっている。わかった上での行動だ。

わかってはいるが、今の緋月を見ると、やはり心配で仕方ない。どうしても一人残しては行けない。

「あの、皓緋様!」

「何だ」

「やはり私は……」

行けない、と、告げようとしたとき。

「愛華」

遮る者がいた。

「挨拶は終わりました。気を付けて行って下さい」

緋月だった。

貼り付けた様な笑みで、早く行くよう促してきた。

「ですが緋月様……」

「緋月の言う通りだ。皆、早く行きなさい。全員無事で帰ってくるんだよ」

春詠も追い立てるように続く。

「そうだな。お前達、行くぞ」

「じゃあ緋月さん、行ってきます」

「ええ、気を付けて」

「春兄、行ってきます!」

「兄さん、あとのこと、よろしくお願いします」

「ああ。皆、気を付けて。ほら、愛華さんも早く行かないと置いていかれるよ」

「愛華、行ってらっしゃい」

「っ……!」

心配な主が愛華はいらないと告げている。だけれども、それは春詠に脅されて言っているだけかもしれない。愛華は逡巡したが、決断した。迷いを振り切るように力強く言った。

「行って参ります、緋月様」

それだけ言うと、すぐに踵を返し、先を行く皓緋達を追った。


皆が去り、後には砂が風に舞う音だけが、微かに聞こえるだけ。

「さて。部屋へ戻ろうか、緋月」

誰の姿ももう見えない。この場にいる理由は何もない。

緋月は返事もせず、背後にある重厚な木の扉を開け、するりと中へと消えた。

春詠の存在などないかのように、一瞥もすることなく去って行った。

「おやおや、随分と礼儀知らずな姪っ子だ。まあ、母親がふしだらだしね。仕方がないのかもしれないねぇ。……さて、私も早々に準備をしないと。ああ、楽しみだねぇ」

歌でも口ずさもうかというぐらい、春詠の心は浮かれていた。この先の事を考えるだけで身も心も高揚するなど今までにない経験だ。

この壊れて狂った世界が進化、もしくは完全に消滅するかもしれないのだ。高揚するなという方が無理というもの。

「ふふっ、はははっ……!」

零れる笑いと躍る心を冷やしながら、春詠も扉の中に消えた。

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