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九章 すれ違う想い・十

彩音は今皓緋の部屋にいた。

大広間で明日の打合せをした後、話があると言われ皓緋に部屋に連れてこられたのだ。

椅子に座り、皓緋が来るのを待つ。

(ああ、一体何の話なんだろう。早く終わらせて部屋に帰りたい……!)

この部屋に来るとあのときのことを思い出してしまう。

視界から外してはいるものの、一度ベットが視界に入ってしまうとあのときのことが思い出され恥ずかしくて落ち着かない。

「待たせたな、彩音」

皓緋は冷たい飲み物の入ったグラスを二つ持ってやって来た。

「え! ああ、うん!」

あのときのことを思い出してしまっていたときにいきなり本人が現れたため、驚き、声が上ずる。

「どうかしたのか? 顔が少し赤いみたいだが」

テーブルにグラスを置き、彩音の向かいに座った。

「え? 気のせいじゃないの?」

彩音は慌てて目の前に置かれたグラスを取ると、ぐいっと飲み物を飲む。

「ん! 冷たっ!」

焦りを落ち着かせるために飲んだ飲み物は、氷など入ったいないのにとても冷たかった。

「え、何これ、すごく冷たい」

彩音は思わずグラスの中を覗きこむ。

「ああ、これは特別なんだ」

「特別?」

「そうだ。普通の水だが冷やし方が特別なんだ」

「へぇ……」

彩音はじっと不思議そうに水を眺めていたが、ふと思いだした表情になり皓緋に話しかけた。

「ね、緋月さん、具合い大丈夫かな。やっぱり様子見に行ってもいい?」

「必要ない」

皓緋は冷たく却下した。

「でも……」

「春詠がついている。彩音、お前を呼んだのは話があるからだ」

皓緋はこれ以上緋月のことを取り合う気はないようで、別の話を始めた。

「あ……、はい」

こうまで言われたらいくら緋月のことが気にかかっても、もう緋月のことは訊けない。彩音は諦めて、皓緋の話に気持ちを向けるようにした。

「今回の奪還は非常に厳しい。誰かが怪我をする可能性が高い。お前を含めてな」

彩音はこくりと頷いた。

「本当ならお前を向こうに連れて行くのは本意じゃないが、この機会を逃すわけにはいかないからな。すまない、彩音」

「ううん、皓緋が謝ることじゃない。謝るなら私の方。私なんてまだ何の役にも立ててないし、足手まといなんだから……」

体術を教えてもらうという約束もまだ果たされないままの出発だ。何かあるとすれば彩音が一番危険な立場だ。むしろ彩音の存在が皆を危険に晒すことになる。

「でも……」

「お前が謝る事じゃない。こっちの都合連れて行くんだ。気にするな。それに、お前は何があっても俺が守るから安心してろ」

ぽんと彩音の頭に右手を乗せて、そのまま安心させる様に撫でた。

「うっ……。だからもう子供扱いはやめてってば!」

彩音は皓緋の右手を鬱陶しいとばかりに払い除ける。

「ハイハイ。わかったわかった」

にやにやと意地悪そうに笑みながらも、皓緋が彩音を見る目は穏やかで優しい。

彩音も本当は皓緋に頭を撫でられて心地良かったのだが、昨日の事もあり、羞恥心が勝り、嫌がる振りをした。子供扱いされるのは嫌だったはずなのに、いつ、あの手に撫でられるのが嫌じゃないと思う様になってしまったのか。彩音は何だか負けた様な気持ちになって悔しかった。

「でっ! 話はそれだけ!?」

羞恥心と悔しさを隠すため、きつい口調で皓緋にあたる。

「ああ、そうだ」

「じゃあ部屋に帰……、やっ!?」

さっと立ち上がり、逃げる様に部屋へ帰ろうとした彩音の左腕を皓緋は引っ張り、自分の膝の上に引きずり入れた。

「んっ!」

痛くはないが、柔らかくない男の筋肉の上に座らされた彩音は、そのままぎゅっと抱きしめられた。

「なっ、ななな何なの!?」

一連の動作に驚き、硬直した彩音はそう言うのが精一杯だった。

「行くな。休むまでにはまだ時間がある。それまでお前の話をしてくれないか?」

抱きしめられながら、頭の上で低いけどよく通る声が降ってきた。

「はっ、はなしっ!?」

ちぐはぐな声のトーンで彩音は聞き返す。

「そう。話だ。もっとお前の事を教えてくれ。お前のいた世界には何があってお前はどう過ごしていたのか……」

「皓緋……?」

彩音は顔を上げて皓緋を見上げた。

その声が何だか切なく聞こえて気になった。

皓緋は彩音を見てはいなかった。少し顔を上向けて、何処か遠くを見ている様な感じだった。

「皓緋」

不安になった彩音は強く名を呼んだ。

行かないで。

そんな思いが無意識に込み上げてきた。

その声に皓緋ははっとしたのか、すぐに彩音に顔を向けた。

「いいよ。話、聞かせてあげる」

皓緋は一瞬、驚いた様に目を見開いたが、すぐにいつもの意地悪そうな笑みを浮かべて彩音の頭を撫で回した。

「ちょっと! 髪の毛がボサボサになるからやめてよっ! やめないと話なんかしないからね!?」

「わかったわかった。ほら、これでいいだろう?」

撫で回すことはやめたが、すでに彩音の髪の毛はボサボサに乱れていた。

「あーもうっ! 絡まるでしょっ! ていうかもう絡まってる……」

乱れた髪の毛を手で直しながら皓緋の膝の上から降りようとしたとき、皓緋が彩音の腰に手を出そうとしたが、その手はペシリと彩音の右手で叩かれた。

「てっ!」

「向かいの席じゃないと話さない」

冷たく皓緋に告げると、彩音は向かいの席に戻った。

「酷い娘だな。冷たい」

拗ねた口調で彩音に抗議するが、彩音は知らんふりをする。

「過度の干渉は娘に嫌われるんだからね。特に男親の場合は。覚えておくといいよ、皓緋」

怒った顔で皓緋を睨むと、ぷいっと顔を皓緋から逸らす。

「仕方ない。今回は引いてやる。だから話してくれ、お前の事を」

皓緋は座り直し、長い足を組んで不敵な笑みを彩音に向ける。

「っ……! 仕方ないな、もう……」

いつもの皓緋だ。

偉そうで、人の話など聞きなどしない静欒さいらんの王。

彩音は、傲岸だが自分には甘い王様のために、ぽつぽつと思い浮かんだ事から話し始めた。

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