九章 すれ違う想い・七
双子と別れた後、皓緋はまた自室に戻って来たが、部屋には入らず入口の扉の前にいた。
(彩音はもう落ちついているだろうか……)
そう。彩音が気になってすぐ部屋に入りたいが、入れないという状況に皓緋は陥っていた。
皓緋は戸惑っていた。
何故彩音にだけ、身内の誰にも抱いたことのないような感情が湧き上がり、その感情が制御出来なくなるのか。
それともそれは娘になら抱いてもおかしくない感情なのか。
いくら娘だと言っても、実際の子育て(?)は始めてだ。
だが、感情を乱されるのは彩音だけで、緋月に対しては何も感じない。
それ故に戸惑い悩むのだ。
同じ『娘』なのに平等に接することができない。
やはり彩音は血がつながっていない『他人』であるからか。
それならば、血のつながっている緋月にこそ、あのような制御出来なくなるほどの感情が湧くはず。
大事な家族である春詠達にも、あそこまで心乱される様な感情はない。
それならば彩音は家族とは違う存在になるということだろうか――?
と、逡巡しているその時。
目の前の扉がガチャリと音をたてて開いた。
扉の内側から辺りを窺うようにしながらそっと彩音が顔を出して来た。
皓緋ははっとして扉を見ると顔を上げた彩音と視線が合う。
「……! こ、皓緋……」
彩音の顔が林檎の様に赤くなる。
「あ、ああ」
つられて皓緋の顔も薄っすらとだが赤くなった。
「え、えと……、どうしたのこんな所で」
彩音は皓緋から視線を外し、少し早口で問う。
「いや……。お前こそどうした?」
悩んで部屋に入れなかったなどと言えるはずもなく、皓緋は自分のことには答えず彩音のことを逆に問うた。
「あ、うん。自分の部屋に戻ろうかと思っ……」
「彩音! 一人で出るなと俺はきつく言ったはずだが忘れたのか!?」
「っ!」
皓緋は彩音の話を最後まで聞かず、怒鳴り付けた。彩音は皓緋の剣幕に身体が竦み、思わず目を閉じてしまうほどだった。
彩音の姿を見た皓緋ははっとした。
彩音は身体を竦め、俯いていた。その身体は微かに震えている。
(チッ……!)
皓緋は心の中で舌打ちした。
大声を出すつもりも、こんなに怯えさせるつもりもなかった。
王宮内、王族しか入れない場所とはいえ、王族以外にも人はいる。不慣れな彩音が迷って下働きの者と出会う可能性もあるのだ。
きつく言いきかせたのに、その上で部屋を出ようとした彩音に思わずカッとなり、気がつけば責めた後だった。
「……悪かった。が、一人で出歩く危険は教えたはずだ。なのに何故この部屋を出ようとした?」
皓緋は冷静になろうと努めながら彩音に問うた。
彩音は皓緋に怒鳴られたのが余程堪えたのか、顔は俯いたままだ。
「ご、ごめんなさい。皓緋に一人で出歩くなって言われたのは覚えてる。でも……、どうしても部屋に帰りたくて、外に誰かいないかと思って、とりあえず扉から覗いてみようと思って。で、丁度扉を開けたら皓緋がいて……」
そうだったのか。
皓緋は自己嫌悪に陥った。
何故ちゃんと最後まで話を聞かなかったのか。聞いていれば、叱りはしたが怒鳴り付けることはなかっただろうし、彩音を怯えさせることもなかったはずだ。
これが緋月なら最後まで話を聞き、再度言いきかせるだけで済んだはずだ。
だけど彩音にはそれが出来なかった。
何故――?
皓緋はさらにその理由を考え、思考が深くなりかけたとき、自分の右袖を引っ張られていることに気づいた。
見ると、彩音がおずおずとしながら皓緋の顔を見上げていた。
「彩音……」
彩音は皓緋と視線が合うと、さっと目をそらし、また顔をやや下に向ける。
「あ、え……と、何度か名前呼んだんだけど、気づいてくれなくて……」
言うと、掴んでいた右袖から慌てて手を離す。
「え? あ、あぁ。悪い……」
(気づかなかった……)
皓緋は動揺した。
考えることに意識を奪われ、彩音の存在を忘れるという失態をおかすなどという愚行を晒すとは。自分自身が信じられない。
「すまない」
皓緋は彩音に謝った。
詫びを入れた皓緋を見て緊張がとけたのか、彩音の表情が緩み、ほっと息をついた。
「私こそごめんなさい」
彩音は皓緋に頭を下げた。
「でも……、ちょっと、びっくりしたし、ほっとした。こんな風に怒られたことって、祥護以外には滅多になかったから。よっぽど心配かけたんだなって」
「心配……」
皓緋はその言葉をおうむ返しの様に呟く。
(え、あれ、もしかして勘違いした!?)
心配していなければあんな剣幕で怒ることもないだろうと思ったのだが、今の皓緋の反応を見ると、心配して怒ったのではなさそうだ。
(あ、私じゃなくて緋月さんの方を心配してあんなに怒ったのかもしれない)
だとするなら自惚れもいいとこだと思い、羞恥で彩音の顔がまた赤くなる。
「へ、変なこと言ってごめん! もう一人では出歩かないから!」
彩音は早口で捲し立て急いで部屋に引っ込もうとしたが「待て!」と皓緋が彩音の肩を掴んで引き留めた。
「そう、俺はお前が大事だから心配だった。だから危険なこととわかりながら、部屋を出ようとしたお前が赦せなくて。だから……」
皓緋は言いながらそうだったのかと納得しながら、真剣な目差しで彩音に言う。
「お前が無事で良かった、彩音」
言うと、固くなった心ですら一瞬でとけるのではないかと思うぐらい、皓緋はとても優しくて甘い笑顔を浮かべていた。




