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九章 すれ違う想い・五

皓緋こうひは自室から出ると、そのまま浴室へと向かった。

自室にもあるのだが、今は彩音がいて使えないので王族専用の大浴場に向かい、そこで一旦頭を冷やし、それから遊焔ゆうえん燥焔そうえんのいる研究室へ向かった。


研究室へ入ると二人は楽しそうに雑談しながら、液体を混ぜたりしていた。

二人が皓緋の訪問に気づくと、作業をしていた手を止め雇用主を迎えた。

「作業は順調だよ~」

遊焔が作業台の上にひょいと座る。

「ユウ、試薬こぼすなよ」

言いながら、燥焔が素早く試薬や道具を遊焔の側から片す。

「んなことしないよ。酷いな~、ソウは」

「酷くない。前科者の言うことはあてにならない」

燥焔はぴしりと言い切る。

「う……。ソウのいぢわる」

「なんとでも。それより何か話があって来たんじゃないのか、皓緋」

燥焔が皓緋に話を向ける。

「ああ。実は……」

「お、何だ、全員いるじゃねぇか。向かう手間が省けていいぜ」

今度は爛熯らんぜんが乱入して来た。

「「ラン兄」」

双子がはもった。

「何か用?」

遊焔が問う。

「あるから来たんじゃねーか。バーカ」

爛熯は遊焔の額を指で軽く弾く。

「てっ! 何すんだよ!」

遊焔は不機嫌になり、爛熯にくってかかる。

「ハハッ! 頭が働くように刺激を与えてやったんだよ。感謝しろよ」

爛熯はニヤリと馬鹿にしたように笑んだ。

「このっ!」

その態度にキレた遊焔が爛熯に何かをしようとしたとき。

「はい、そこまで」

燥焔が二人の間にすっと入り、言い争いを止めた。

「いい加減にしなよ、二人とも。これじゃいつまでたっても話が出来ない。皓緋もラン兄も俺達に用があって来たんでしょ?」

燥焔が軽く溜息をつきながら言う。

「まあな。じゃ、俺から話すが構わねぇか、皓緋」

爛熯は何事もなかった様に、遊焔から皓緋の方へ身体を向ける。

兄弟のやり取りをまたかと傍観していた皓緋は「ああ」と返事をした。

もう爛熯の神出鬼没ぶりにも慣れたようだ。

「お前が欲しがってた商品、売れたぜ」

皓緋は一瞬眉を顰め「そうか」とだけ言った。

「全然取り乱さねぇな。こうなることは予想済みってか」

「想定内だ」

商品である以上こうなることもわかりきっていたことだ。

そうなったときの対応策も考えてあるので、痛手ではあるが問題はない。

「そうか。ああ、ついでだ。売り先も教えてやるぜ」

爛熯がいやらしい笑みを浮かべた。

「……氷蓮ひれんか」

「ご名答! ってもこの流れじゃわかるよな、普通」

「まあな」

「普通は売り先やら何やらっていった情報は言わねぇが、お前からは手付けももらってるし、ダチだからな」

「は?」

皓緋は思わず頓狂な声が出た。

「爛熯、俺はお前と友人になったつもりはないが」

商人と顧客の関係ではあるが、友人関係まで結んだ記憶はない。

「ひでぇなぁ、おい。ま、お前がどう思おうと、お前は俺のダチだ。ククッ」

皓緋は諦めの溜息を一つつき「話はそれだけか?」と訊く。

「つれなねぇなぁ。まあいいさ。で、話の続きだが、お前んとこのガキが欲しがってた男のガキ、アレ、もう一日と保たない状態だったから、少し延命しといた。これもサービス」

「そうか。で、あとどれぐらい保つんだ」

「そうだな、日にちにして大体三、四日か」

「それだけか?」

「ああ。だけどもう少しだけなら延命出来るぜ。ほら、こいつだ」

爛熯は空間から砂時計を取り出すと皓緋に見せた。

「この砂が落ちきったらガキは死ぬ」

それは何の装飾もない、シンプルで手の平にのる程度の小さなものだった。

砂はさらさらと、今も確実に下へと流れ落ちていく。

「ソウ」

爛熯はそれを燥焔に向かって投げた。

燥焔は砂時計を受け止めた。

「もしかして……」

遊焔が燥焔の手の中にある砂時計を見て嫌な顔をした。

「はぁ……。わかったよ。俺達がこの砂に力を入れればいいんだろ」

燥焔がやっぱりかという表情で答えた。

「いいけどさ。この分はラン兄からもらうからな」

遊焔も言う。

「冷てぇなぁ。俺の弟達がこんなに心ない奴らだったとはな」

「よく言うよな~」

「ああ」

爛熯は哀しそうな表情で言うが、その白々しい態度に双子は呆れを通り越し、冷ややかな視線と態度を向けている。

「対価を出せば延命できるのか」

このままではいつ本題に進められるかわからない。

皓緋は遮るように爛熯達に問う。

「いいよ。今回はサービスするよ。そのかわり、いつか俺達のちょっとしたお願いごとをきいてね♪」

遊焔が無邪気そうな笑顔でそう言ってくるが、絶対にちょっとした願いでないことは明白だ。

「俺はちゃんとした取引でいいんだが」

対価をけちって面倒なことを背負い込むなんてことはしたくない。

「いやいやいや! ほんっとにたいしたことじゃないし! な、ソウ!」

「ああ、本当だ」

言いきると、燥焔の手の中にある砂時計がほんのりと発光したが、すぐに光は消えた。多分力を注いだのだろう。

「一応三日分入れたけど、多分保たないね」

燥焔が砂時計を皓緋に渡す。

「え、マジで?」

遊焔が皓緋の手の中にある砂時計をじっと見る。

「あー、ほんとだ」

「そんなにあの子供は駄目なのか?」

「ああ。もう命数がつきているからな。穴の開いた器に水を入れるようなもんだ」

「そうか……」

であればぐずぐずしている暇はない。

術の行使は無理でも、あの子供だけは奪還しなければ。

彩音との約束だ。破るわけにはいかない。

だが奪還しても彩音には辛い別れしか残っていない。

そう思うとまた心が乱れ、苦しくなる。

彩音には泣いてほしくなどない。笑顔でいて欲しい。

たが絶対に彩音は……。

「泣くんだろうな」

ぼそりと皓緋の口から言葉が漏れた。

その言葉を爛熯は聞き逃さなかった。

面白そうだなという表情を一瞬見せただけで何も言いはしなかった。

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