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九章 すれ違う想い・二

夜。と、いっても次の日のだが。

皓緋は緋月の元を訪れた。

本当ならその日の夜に緋月の元を訪れるつもりだったが、民の視察等があり直ぐには訪れることが出来なかったからだ。


「昨日は悪かったな」

皓緋は対面に座る緋月に詫びた。

「気にしないで下さい、父様。国王であれば、公務が優先されてしかるべきです」

緋月は小さく首を振り、少し寂しげな表情だが、それでも何とか笑顔を作り、そう皓緋に返した。

「そう言ってくれるとありがたい。俺はいい娘を持ったな」

皓緋は優しい微笑みを浮かべた。

「いえ……」

緋月ははにかみながら返事をした。

そんな二人の会話を、緋月の後で愛華は聞いていた。

(親子、ね……)

外見上だけでいうなら、父と娘というよりは、歳の離れた兄と妹の方がしっくりくる。

だが、王族は外見年齢と実年齢は比例しないので、珍しい光景でもない。

それよりもこの空々しい芝居を見せられている方が苦痛だった。

多忙で、家族との時間もろくに取れない父親と、そんな父親に構ってもらえず、寂しいけれど心配はかけまいとする娘。

表面上はそんな風に見えるかもしれない。

だが、実際は違う。

実の娘を自分の望みを果たすための道具としてしか見ていない父親。

肉親からは道具扱いしかされず、受けるべき愛情を受けずに育ったため、貪欲に愛を欲してやまない憐れな娘。

(緋月様が痛々しくて、見ているこちらまで落ち込んでくるわ)

愛華は内心で呟く。

緋月は元々明るい性格ではない。

どちらかと言えば暗い方だが、今は皓緋のために無理矢理明るく振るまおうとしている。

それゆえ、自然と場の空気も不自然なものになり、どこかぎこちない。

(いつまでこんな茶番をするのかしらね。はぁ……)

もし、ここにいるのが彩音だったならば。

皓緋は彩音を可愛がり過ぎて、彩音を怒らせるだろう。

だがそれでもしつこく彩音にちょっかいを出して、春詠達に叱られる。

彩音も本気で怒りながらも、結局最後には皓緋を許してしまうのだろう。

お互いに本当の感情で接し、その度に二人の心の距離は近くなる。

実の娘の緋月より親子、家族らしくなっていくのだろう。

(不憫な方ね)

愛華はそう思った。

愛華としても緋月より彩音の方が接しやすいし、どちらかと言えば彩音の方が好きだ。

年頃の少女なだけに、多少難しい所もあるが、緋月より感情がわかりやすい分、対処しやすい。

だが、家族が受けた恩は返さねばならない。

それがいつまでかはわからないが、それまでは緋月を支え、仕えようとあらためて決意した。


しばらく他愛もない話をした後、皓緋が本題を切り出した。

「緋月。これからのことだが」

「はい。父様」

緋月は緊張した面持ちになる。

「まずはお前の身体を取り戻す。そうしないことにはどうにもならないからな」

「はい。ですが身体は商人さんに渡してしまいました。どうやって取り戻すのですか、父様」

「あいつに確認したらお前の身体は売り物だそうだ。だから俺がお前の身体を買う」

「ほう。いくらで買えるんだ、皓緋」

皓緋の後に控えていた朱艶が訊く。

「紅い砂四本だ」

「何だと!?」

朱艶は驚愕した。

紅い砂とは高純度の魔力の結晶だ。

それ故、安易に造れるものではないし、原料自体、一気に大量に集められるものではない。

原料は血と砂。

それを特殊な製法で生成したものだ。

血は皓緋のもの。

砂も特殊な製法で精製したもの。

約一リットルの血で、百グラム程度の量しか生成出来ない。

それを四本ということは、約四百から五百グラム程度は必要ということだろう。

王族の血、そもそも『皓緋』という存在自体がこの世界では特別なもの。

その特別な者から特別な物を造るのだ。

紅い砂の貴重性もわかるというもの。

それを四本。

これでどれだけ緋月の身体が高価なのかが窺えるというもの。

「仕方ないだろう。緋月の身体は絶対に必要なものだ」

皓緋は諦めろという表情で朱艶に返す。

「他の物ではだめなのか」

「ダメだろうな、多分」

「それなら確認しろ。お前だけがそんな負担を負うことはない」

「わかった」

皓緋はとりあえず返す。

そうしなければ朱艶が煩いからだ。

朱艶も皓緋が適当に返事をしているのはわかっているので「必ずだぞ」と念押しをした。

それには皓緋は返事をせず、また緋月と話の続き始めた。

「とにかく、まずはお前の身体を取り戻すのが先決。身体を取り戻したあとは俺が用意した術を使い、この世界と向こうの世界をひとつにする。いいな、緋月」

皓緋は緋月に反論させない厳しい声音で言った。

緋月は何かを言おうと口を動かしたが、それは声になることはなく、皓緋から顔を隠すように俯き、押し黙った。

皓緋は緋月からの返事を聞く気はないようで、朱艶と仕事の会話をすると席を立とうとした。

その状態を見かねた愛華が口開く。

「お待ち下さい、皓緋様」

「何だ」

皓緋は煩わしそうに返事をした。

「まだ緋月様はお返事をされていません」

「それがどうした」

「どうした、ではございません! この様な重要なお話、緋月様の承諾もなしに進めるつもりですか!?」

事もなげに言う皓緋に愛華は憤り、口調がきつくなる。

「関係ない。子が親に逆らうなど許さん。それに元の身体に戻れるのだ。不満などないだろう。あとは追って知らせる」

皓緋はもう言いだろうと愛華に背を向け部屋を出ようとし、朱艶は緋月と愛華に一礼をすると、皓緋の後に続く。

「お待ち下さい、皓緋様!」

愛華は出て行こうとする二人を呼び止めたが、二人は愛華の声など聞こえないかの様に、振り向くことなく部屋を出ようとした時、皓緋の足がぴたりと止まった所か、一歩下がった。

「皓緋、娘が寂しがっているよ。仕事は私達に任せてお前はもう少し緋月の側にいなさい」

「春詠」

「兄さん」

二人とも、予期せぬ訪問者に驚く。

皓緋はあからさまに嫌そうな表情をし、朱艶は何事かあったのかと問う。

「どうかしましたか、兄さん。何か急ぎの用件ですか?」

「いいや」

春詠は柔らかく微笑み「皓緋が緋月に会いに行ったと聞いてね。私もまぜてもらおうと思って。ほら」と、飲み物を乗せた盆を見せる。

それを見せられた皓緋は苦々しい表情になる。

「俺は仕事があるからお前と朱艶で話せばいいだろう」

言うと、皓緋は春詠の隣を通り抜けようとしたが「待ちなさい」と春詠が制止した。

当然、皓緋は無視して歩を進めたが、後から右腕を掴まれ歩みを止められた。

「兄さんの言葉が聞こえなかったのか、皓緋」

朱艶だ。

皓緋はチッと舌打ちすると朱艶の腕を振りほどき、首だけ少し後に向け「俺は忙しい。話したければお前達だけでしろ。じゃあな」と告げると皓緋は躊躇いなく歩を進めようとしたが「待て、皓緋」と再度春詠が皓緋を呼び止めた。

また無視してそのまま去る思われたが、今度はぴたりと歩みが止まった。

同時に朱艶の表情が固くなる。

「皓緋、兄はそんな風に育てた覚えはないよ」

春詠の表情は先程と変わらず、柔らかで穏やかだ。声も優しい。

それなのに、怖い。

確実に怒っていると感じる。

皓緋もそれを感じて歩を止め、朱艶の表情も固くなったのだろう。

だが皓緋も負けてはいなかった。

今度は春詠の方を向き、言い返す。

「俺は王だ。為すべき公務がある。娘一人にかまけている時間はない。それに臣下であるお前の命令などに従う気などない」

「そうだね。私はお前の臣下でもあり、兄でもある。そして今は兄として話している。家族のことだからね。わかるね、皓緋」

春詠は振り返らず話した。

「~~!」

皓緋は葛藤していた。

『家族として』と言われると、皓緋としてもそう簡単には逆らえない。

実際は従兄弟だが、王族は全員が家族同然。

そのため春詠は事実上、長男同然の立場だ。

そしてこの長男は優しげな顔をしながら容赦がないので、逆らうとろくな目に合わない。経験上、悟った事実だ。

そのため、余程譲れない事以外は皆逆らわない事にしている。

そうして一、二分過ぎた頃、皓緋はこれみよがしに盛大な溜息をついて春詠に言い捨てる。

「わかった。飲み物を飲んだら俺は直ぐに公務に戻るからな!」

皓緋は怒りの表情を隠す事なく春読に晒し、すれちがいざまに恐怖で動けなくなるほどの視線を春詠にぶつけて、また緋月の部屋に戻った。

愛華は期せずして皓緋を呼び戻せ、尚且つ、家族としての会話がもてる機会を得た。

この好機を有効に使わない手はない。

皓緋は緋月の対面にどかりと座ると春詠を催促した。

「春詠! 早くしろ!」

「わかったよ。ああ、皓緋、お前は緋月の隣に行きなさい」

「場所なんてどこでもいいだろう!」

「どこでもいいなら尚更だろう。ほら、早くどきなさい」

春詠は飲み物を卓に置きながら皓緋を退かそうとする。

「皓緋」

今度は朱艶が早く退けと圧力をかけて来る。

「ちっ」

皓緋は苛立ちながら、言われた通り緋月の隣に移動した。

緋月は皓緋の勘気に萎縮しながらも、この好機を無駄にしないよう何とか声をかけようとするが、怖くて怖くてどうしても声が出ない。

結局、声をかけることが出来ずまた俯き、更には少しずつ右側へと身体をずらす。

怖さといたたまれなさで、少しでも距離をおきたいと思ったからだ。

だがその行動は皓緋の勘に触ったらしく、余計に皓緋の不興を買い、更に勘気が増した。

「皓緋、緋月が怯えているよ。落ち着きなさい」

春詠が嗜める。

皓緋は返事のかわりに春詠をきつく睨む。

本当ならここで思い切り言い返すのだが、緋月の手前、これ以上の醜態を晒すわけにもいかないので睨み付けるだけに留める。

それでも充分に人一人殺せそうなほど鬼気迫るものがある。

緋月が怯えるのも当然だ。

春詠が緋月の向かいに座り、その隣、皓緋の向かいには朱艶が座った。

愛華は緋月の後に控えている。

「すまなかったね、緋月。我儘な父親が迷惑をかけて」

春詠が優しく声をかける。

その声にはっとした緋月は顔を上げた。

「いえ、私こそ色々といたらず申し訳ございません」

緋月は余程怯えていたのか、声が掠れていた。

緋月はこんな声を出してしまったことが恥ずかしく、恐縮して、頭を下げて「申し訳ございません」とか細い声でさらに詫びる。

「気にすることはないよ、緋月」

春読はこれ以上緋月が怯えないよう、優しく言う。

「ありがとう、ございます。春読様……」

緋月は目元にうっすらと涙を滲ませながら答えた。

「さて。まずは飲み物を飲んで落ち着きましょうか。せっかく兄さんが持って来てくれたんですから」

朱艶が空気をかえようと切り出した。

「ああ、温くなると美味しくないからね。さ、緋月も飲みなさい」

「はい。ありがとうございます」

「どういたしまして。さ、お前達も飲みなさい」

皓緋は無言でグラスを掴むと一気に飲み干すと、グラスが割れるのではないかという程の勢いで、叩きつけるようにコースターに置く。

緋月も二口程飲み、グラスをコースターに置く。

「どうかな、緋月。口に合うかい?」

春詠も手にしたグラスを卓に置く。

「はい、とても爽やかで美味しいです」

緋月ははにかみながら微笑した。

「そうか。それは何より」

春詠は満足そうに笑んだ。

同時に皓緋が「俺は公務に戻る!」と言って席を立つ。

もちろん春詠に睨みを効かすことは忘れない。

「ああ、もう止めやしないよ。けど……」

「緋月様!?」

愛華の悲鳴と同時で春詠の視線は動いた。

皓緋はっとして緋月の方を見る。

「緋月!?」

そこにはぐったりとして椅子に崩れ落ちている緋月がいた――。

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