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九章 すれ違う想い・一

皓緋は遊焔と燥焔との話が終わると、執務室へと戻って来た。

三兄弟は仕事をし、緋月と愛華はソファに座り、茶を飲んでいた。

「父様!」

緋月は皓緋の姿を見るとばっと立ち上がった。

続いて愛華も立ち上がり、頭を下げた。

皓緋はそのまま真っすぐに緋月の元へと向かった。

「おかえりなさい、父様」

「ああ」

皓緋は優しく微笑み、緋月の肩を軽く叩くと、後に控えている三兄弟の方に踵を返し「会議だ」と告げる。

すると、背後で落胆を含んだ声が聞こえた。

「父様……」

「すまないな、緋月。仕事に目処がついたら会いに行くからもう少しだけ待ってくれ。愛華、後は任せる」

皓緋は振り向くことなく緋月に告げると、三兄弟と話し始め、緋月の入る余地などどこにもなかった。

「緋月様、今はお部屋に戻って待ちましょう。それに緋月様もお疲れではないですか?」

愛華はそう言って、部屋に戻るよう促した。

「…………」

だが、緋月は皓緋の背をじっと見つめたまま動こうとはしない

寂しくて、不安で、恨めしそうで、縋るような目でじっと父親の姿を見つめている。

皓緋は緋月の視線は感じていても無視し、春詠達に指示を出し、仕事を進める。

時折、陽織が申し訳なさそうな目をこちらに向けるが、緋月達の元に来ることはなかった。

十分程、皓緋達を見ていただろうか。

「……戻りましょう、愛華」

緋月はか細く沈んだ声で愛華に告げた。


「ねぇ、いいの?  皓緋」

陽織が非難するするような声で話しかけた。

「何がだ」

皓緋は書類を見ながら答える。

「何がって……」

陽織は呆れたようだ。

書類棚から皓緋の執務卓へと足を向け、皓緋の正面に立つ。

「彩音ちゃんのことだよ!」

皓緋は顔を上げずに返事をする。

「あれは彩音じゃないぞ、緋月だ」

「なら尚更でしょ! 自分の娘なんだからもっと優しくしてあげなよ!」

陽織は皓緋の態度が冷たすぎると非難した。

「陽織、口が過ぎるぞ」

自分の執務卓で仕事をしていた朱艶が陽織に注意するが、皓緋は構わないという風に朱艶を手で制する。

朱艶はそれを見て、はぁ、と溜息をついてからまた書類に目を通しはじめた。

「俺の娘なんだから俺がどう扱おうと構わないだろう、父親なんだから」

皓緋は顔を上げ、椅子に深くもたれ掛かると、鋭い視線で陽織を睨んだ。

「うっ」

陽織は皓緋の視線にたじろいだ。

「それに、今は仕事の方が先だ。緋月もしばらくは引っ込まないだろう」

仮に引っ込んでもまた引きずり出すだけだが、と皓緋は心の中で続けた。

「けど! けど、もう少し優しくしてあげなよ。彩、じゃない、緋月ちゃん、とっても心細いはずだから」

陽織は皓緋の迫力に怯みながらも言いたいことだけはきっちり言うと「じゃあね!」と告げ、逃げるように執務室を出て行った。

「すまないな、皓緋」

朱艶が皓緋に詫びる。

「いい。いつものことだ」

「そう。皓緋のことが怖いくせに、絶対に話しだけはきいてくれるのがわかっているから、しっかり言うだけは言うんだよねぇ」

飲み物を運んできた春詠が、皓緋と朱艶の机に飲み物を置きながらのんびりと会話に入って来た。

「甘やかし過ぎたか?」

皓緋が置かれた飲み物に手を伸ばす。

透明なグラスに入っている氷がガラリと音を立てた。

皓緋は飲み物を一口飲むと、コースターの上に戻す。

冷たさとほんのりとした酸味が喉に心地好い。

レモン水だ。

「まぁ、末っ子だからね。皆、どこかで甘やかしてたんだろうね」

春詠は自席ではなく、ソファーに座り、自分の分のレモン水を飲んだ。

「厳しくしてきたつもりですがね。確かに、否定出来ませんね」

はぁ、と朱艶は溜息をついてからペンを置く。

「いただきます」

「どうぞ」

朱艶も春詠が入れてくれたレモン水を飲む。

グラスの中の氷がカランカランと音を立て、レモン水だけが朱艶の喉に流れ込む。

「は……」

喉が渇いていたのか、一気に半分程飲み干して、グラスをコースターに戻す。

それを見計らったように春詠が話し出す。

「で、皓緋。緋月のことはどうするんだい?」

「当初の通り、二つ世界のために役立ってもらう」

「役立つのかい?」

優しく穏やかな表情だが、辛辣な言葉で春詠が返す。

「今のままじゃ、使い物にならないな」

「じゃあどうするんだい」

皓緋は冷笑した。

「決まってるだろ。使えないなら使えるようにするだけだ。何のために術師を呼んだと思っているんだ」

「それを聞いて安心したよ。娘可愛さに躊躇するかと思ったからね」

春詠は満足そうに優しく笑んだ。

「春詠、お前、俺を馬鹿にしているのか」

皓緋はぎろりと春詠を睨む。

「そう思われても仕方がないほどの親バカぶりを発揮していたからねぇ、誰かさんは。そうだろう、朱艶?」

「兄さんの言う通りですね。四六時中、彩音は彩音がとか言ってましたからね」

朱艶は冷ややかな視線を皓緋に送る。

彩音のことを言われたのが気に入らないのか、むっとした表情で皓緋は言い返す。

「彩音は大事な俺の娘だ! 可愛がって何が悪い!」

春詠が呆れた溜息をつく。

「皓緋、お前ね、彩音ちゃんはお前の娘じゃない。本当の娘は緋月の方だ。それとも、緋月を可愛がって情を移さないように、何の関わりもない彩音ちゃんを娘だ何だと言って可愛がっているのかい?」

「違う!」

皓緋は力強く否定した。

朱艶は声の大きさもあってか、ほう、という表情をしたが、春詠は平然としている。

「じゃあ、どう違うんだい。ちゃんと説明しなさい」

大人が我が儘を言う子供を窘めるような口調で問い質す。

「確かに緋月は血の繋がった実の娘だが、何の情も湧かない。あれは『娘』という存在だが、俺にはただの『道具』でしかない。この先どんなに時を重ねたとしても、あれに情は湧かない。断言出来る。だが、彩音は違う。彩音は何の繋がりもない赤の他人だが、可愛いんだ。それに彩音は実の両親にあまり構ってもらえなかったらしい。そんな話しを聞けば尚更俺が可愛がって大事にしてやりたい。血は繋がっていなくても俺にとって『娘』という存在は彩音だけだ。だから、計画に支障はない」

皓緋は熱く語り、どうだという顔で春詠の反応を待つ。

これには春詠も心底呆れ果てたようでこの馬鹿は……というような表情になった。

朱艶も同様だった。

まさか皓緋がここまで馬鹿なことを言うとは思わなかったらしく、唖然としていた。

おそらく今の皓緋を見たら、誰もが気が狂れたのかと思うだろう。

身内がそう思うのだ。民や他の臣下が見れば尚更だ。

あの、理知的な王が感情論を講釈するだなど。

無駄や非合理を嫌う王が、非合理なことを自慢げに言い出す日が来ようとは。

「何だ、どうしたんだ春詠」

何も言ってこない、臣下にして従兄弟に皓緋は問うた。

「皓緋、お前は馬鹿なのかい? 私は彩音ちゃんの可愛さを力説しろとは言っていないよ。何故、他人の彩音ちゃんを実の娘扱いするのかと訊いたはずなんだけどね」

「お前こそ馬鹿か。可愛いからだと言ったろう」

あからさまに馬鹿にした口調で皓緋は返す。

「可愛い、だけでお前は娘扱いするのかい? それなら民の子供も娘同然のはず。だが、お前はそこまで過剰な愛情は注いでいないね。それはどう説明するんだい」

「もちろん民は大事な家族だ。全員が俺の子供だが、彩音はその中でも一番可愛いいんだ。俺だって、お前達が言いたいことはわかっている。むしろ一番驚いているのは俺自身だ!」

最後はたたき付けるように言い捨てると、皓緋は立ち上がった。

「この話はまた後だ。俺は一旦部屋で休む」

このまま話し続けていても埒があかないと思ったからだ。

春詠もこの話は時間を置いてからまた話し合った方が良いと判断したらしく「わかった」と返事をし、皓緋を見送った。

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