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八章 黒曜・二

黒曜は異質な物を見る目で主である少年(今は)、氷蓮を凝視した。

それは当然だった。

何故なら、今の氷蓮は自分の知っている氷蓮とはあまりにも違う言動をするからだ。

黒曜の知っている氷蓮は、氷月にしか興味がない男。

常にこの自室に篭り、命を削って術を行使し、ただひたすら異世界に落ちた氷月を捜しつづける日々を送る陰気な王。

そんな氷蓮が、氷蓮自らの意思で散歩をしているという。

(ありえない……。一体何なの!?)

こんなありえないことをするならば、更にありえないことが起こりそうで怖ろしい。

黒曜は全身をピリピリさせながら、ぼんやりと外を眺めている氷蓮をやや遠くから見張る。

だが氷蓮はそんな黒曜の監視の目など気にもせず、物思いに耽っているようだ。

そんな状態が二、三十分程続いただろうか。

その緊張を破る者が現れた。


「氷蓮様!」


朔夜だ。

朔夜はつかつかと早足で氷蓮の側まで来、その姿を確認すると安心したのか脱力したようだ。

「どうした、朔夜」

氷蓮はまだぼんやりとした感じで、返事も上の空。

「どうした、ではありません! お飲み物を届けに部屋に行ってみれば、部屋はもぬけの殻。急いで離宮中探してみても見つからない。まさかと思ってこちらに来てみれば……」

言葉通り、離宮中を探し回ったのだろう。

朔夜にしては珍しく息が乱れている。

そして朔夜の小言は続く。

「少しは自分のお身体のこともお考え下さい! 今の氷蓮様は他人の身体を使っているのです。もっと、今の状況がどれだけ危険なのか認識下さい!」

言いたいことはひとまず言ったのか、息を乱したまま今度は黒曜に視線を向ける。

「お前もだ、黒曜! 氷蓮様がこちらにいることを何故すぐに知らせない!? 氷蓮様は今普通の状態ではないのだ。すぐに私に知らせるのは当たり前だろう!」

「はぁ!? そんなの知らないよ! 自分が目を離したのがいけないんだろ。僕は関係ない!」

黒曜はとばっちりを食って機嫌がまた悪くなる。

「何だと!? 氷蓮様に対してそのような態度を取ること許さぬ。たかが影の分際で」

「はぁ~、やだやだ! こんな器の小さい奴が静欒の大将軍だなんて! 自分のミスを人のせいにするんだから。だから皓緋に馬鹿にされるんだよ」

黒曜は侮蔑の視線と合わせてそう朔夜に言い棄てる。

「貴様っ!」

その態度が相当気に入らなかったのだろう。

元々気に入らなかった相手なだけに、何のためらいもなくスラリと剣を抜き、黒曜に向けた。

「へぇ、やる気? なら喜んで相手してやるよっ!」

言うが早いか黒曜は胸元から一枚符を取り、それを朔夜ではなく、氷蓮目がけて投げ放つ。その方が朔夜にとって、一番効果的な嫌がらせになるからだ。

「氷蓮様!」

朔夜は主を庇おうと前に出、前に出た朔夜の前で符はぴたりと止まると、ぼっと音を立てて焼滅した。

「邪魔しないでよ、陛下!」

黒曜は符を焼滅させた主をぎっと睨みつけた直後、朔夜の背後から冷たい声が聞こえた。


「止めろ」


氷蓮だ。

二人の喧騒さに現実に引き戻されたのか、はっきりとした声音で二人制止する。

朔夜は主の言葉で止まったが、黒曜は止まらない。

「うるさいっ! 朔夜から喧嘩を売って来たんだ。それなら買うのが礼儀だ、ろっ!」

黒曜は氷蓮の制止も聞かず、続けて符を胸元から出し朔夜めがけて投げ放つ。

最初に投げた符は氷蓮に燃やされたが、今度はそうはさせまいと十枚程に増やした。氷蓮が巻き込まれようと関係ない。

「ほら! 相手しろよ朔夜! お前から売って来た喧嘩だろぉっ!」

言うと、符は蒼い炎に変わり勢いよく縦横無尽に朔夜目がけて飛んで行く。

「ちっ!」

朔夜は苛立ちを隠さず舌打ちする。

「氷蓮様、お下がり下さい」

「…………」

氷蓮は朔夜の進言は無視し、その場から動かない。

朔夜は剣を構えると、一斉に向かって来た炎を容易く薙ぎ払う。

だが、薙ぎ払った炎は消えず更に増え、上から下からと、あらゆる方向から朔夜に襲いかかる。

「ちっ、鬱陶しい。はっ!」

気合いとともに剣に気も込め、次の一閃で炎を全部消滅させたが、目の前にいたはずの黒曜は朔夜の頭上にいた。

「愚か者が」

朔夜は吐き棄てるように言うと、上からくる黒曜を迎え討つ体勢をとり待ち構える。

黒曜は今度は符ではなく腰からクナイを取り出すと、両手にクナイを握って朔夜の眉間に狙いを定めて切りかかる。

だが朔夜は難なく黒曜の攻撃を受け止め流し、すぐに攻撃に切り変えた。

朔夜の剣は黒曜の首を切りつけた。

「つっ……!」

黒曜はクナイで受けたが、流しきれなかった。

致命傷ではないがそれなりの深さはありそうだ。

右手で押さえた傷から鮮血が流れ出る。

だが、黒曜は後退するどころか、ニヤリと微笑ってまだ朔夜に向かって来る。

「馬鹿め。これで終わりだ、死ね」

せっかく手加減してやったのに、まだ来るなら仕方がない。

黒曜の血を剣から振り払うと、朔夜も前に出、二度と自分に刃向かう気など起こらないぐらい徹底的に躾けてやると剣を繰り出そうとした時。

黒曜は嘲りの表情を浮かべる。


「ばーか。死ぬのはお前だよ、朔夜!」


「は、負け惜しみか」

黒曜は手についた血を朔夜めがけて振り撒くと、後に引いた。

「!!」

その血が朔夜にかかると、朔夜の動きが瞬時に止まった。

動こうとしても動けない。

全身が重い。何かに絡み付かれ、地に引きずり込まれる様だ。

「あははっ! 速攻効いたみたいだね」

黒曜はクナイを仕舞うと、憐れみと侮蔑の表情で朔夜に近づく。

「……っ!」

朔夜は立っていられないのか、その場に跪いた。

黒曜は朔夜のすぐ目の前で歩を止める。

「あーあ、この国最高の大将軍様が、こんなしがない陛下の影に屈するなんてねぇ~」

黒曜は血の付いた手を軽く顎にあて、くすくすと嘲笑う。

「……!」

だが朔夜は顔を上げることなく、黒曜の暴言に反論もせずただじっと跪いたままだ。

「あっれ~? どうしたのさ。さっきから跪いたままでさ。あ、そうか! 陛下じゃなく僕に仕えてくれる気になったの? この国一の大将軍に仕えてもらえるなんて僕、とっても嬉しいよ!」

黒曜は嘲笑いながら、白々しくも楽しそうに話し続ける。

「でもさぁ」

黒曜は左手を腰にあて、右膝で朔夜の顎を持ち上げた。

そして腰を屈め、朔夜の顔近くまで自分の顔を近づけ話しかける。

「こーんな弱くて馬鹿な大将軍様なんて、こっちから願い下げだね!」

あははっとそれはもう愉しくて仕方ないというように黒曜は哄笑した。

「…………」

朔夜は黒曜にここまで馬鹿にされながらも微動だにせず、憎悪の視線だけ強く黒曜に向ける。

今、朔夜は黒曜に対してかつてない程の憎悪と殺意を胸中に滾らせていた。

同時に自分に対しての愚かさに業腹していた。

まんまと相手の術にはまるなど。それも見下していた黒曜のだ。

しかし、術をかける素振りなどは見えなかった。

一体いつ術を展開したのだ。それとも黒曜の血が特殊なのか。

だがそれらを今考えても仕方がない。

今はこの術を破り、身体の自由を取り戻すことが先だが、破る術が見つからず苛立ちばかりが募る。

そんな朔夜の苛立ちをさらに煽るため黒曜は話しかける。

「ねーえ」

猫なで声で話しかけても、態度は真逆。

右足で朔夜を小突きながら話しを続ける。

朔夜は今にも後に倒れそうだが、立てた剣を支えに意地でも倒れまいと踏ん張る。

黒曜はそんな朔夜をくすくすと嘲り、見下す。

「早く動いてもっと僕と遊べよ。朔夜から誘って来たんだろ。ま、でもその状態じゃ無理か」

小突くのを止めると右足にぐっと力を入れる。


「死ねよ」


何の感情もなくそう言うと、爪先を喉に移動させ勢いをつけ突き殺そうとした時。


「止めろ」


黒曜はぴたりと止まった。

いや、止まらざるを得なかったのだ。

声の主は言うまでもなく氷蓮だ。

氷蓮は静かに座したままだが、その身から立ち上る気は今まで感じたことがないほど静謐で、どこまでも冷たかった。

そしてそれは怖ろしいほどの怒りであることを、黒曜と朔夜は瞬時に悟ったのだった。

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