七章 商人・二
「…………」
彩音はぽかんとしたまま、目は爛熯に釘付けだった。
それも当然だろう。爛熯はとても目を惹く容姿をしているからだ。
背はとても高く、精悍な顔立ち。身体も余分な肉はなさそうで、引き締まっている感じがする。
衣装も彩音や皓緋達の着るものと同じ様な物で、黒のシャツとパンツで黒のブーツ。
上には柔らかな感じのワインレッド色のストールを緩く纏っていた。
「何だ、オジョーチャン。俺に見惚れてるのか?」
爛熯がぽかんとしている彩音の方へ近付き、ずいっと顔を寄せる。
「え!? わっ!!」
「彩音様!」
いきなり爛熯の顔が目の前に来ていたので驚いて声を上げ、反射的に後へ下がるが、突然だったのでバランスを崩し、よろめいた所を爛熯の腕が彩音の腰へ回り転ぶ事は避けられた。
「おっと、気ィつけねーと危ねーぜ、オジョーチャン」
「え!? あ、はい、ありがとうございます」
彩音は体勢を立て直すと、爛熯に礼を言って離れた所を今度は背後から誰かに抱きつかれた。
「きゃあ!?」
思わず声を出したが、あまり驚きはしなかった。
こんな事をするのは、この場に一人しかいないからだ。
くるりと背後を振り返れば、そこには予想通りの人がいた。
「皓緋……」
皓緋は微笑を浮かべ、爛熯に礼を言った。
「悪いな、俺の娘を助けてもらって」
対して爛熯もニヤリと笑むと「どーいたしマシテ」と返す。
「ま、お前がいきなり近づかなければ、彩音が転びそうになる事はなかったんだけどな」
皓緋は彩音の頭を撫でながら、嫌みを込めて言う。
「ああ、そりゃ悪かったなぁ。間抜けヅラしてあんまりにも俺の方をじっと見てるんで、つい、な」
爛熯も同じ様に嫌みを込めて返す。
二人の間に微妙に険悪な空気が漂い始めた時、彩音が溜息まじりに皓緋の右腕を軽く叩いた。
「皓緋、商人さんに支払いするんじゃなかったの?」
自分の事でくだらない波風は立てて欲しくはない、そう思った彩音は話を戻すために二人の間に割り込んだ。
もう少し嫌みを言いそうだと思ったが、皓緋はあっさりと引いた。
彩音から離れ、パンツのポケットから取り出したガラス瓶を持って爛熯の側へと行き、そのガラス瓶を渡す。瓶の中で紅い色をした砂がさらさらと揺れる。
「お前が要求した量だ。それでいいか?」
ガラス瓶を受け取った爛熯は瓶の蓋を開け、中身を検分し始めた。
「ああ、問題ない。毎度アリ」
爛熯は目の前の空間を右手ですっと撫でると、受け取ったガラス瓶をその空間に投げた。
「え!?」
ガラス瓶が消えた。
ありえない。投げたガラス瓶はそのまま床に落ちるはずなのに。
彩音は床を見回してガラス瓶を探した。
だが、どこにもガラス瓶は見当たらなかった。それにこの固い床にガラス瓶が落ちたなら、確実に割れているはず。
「ククっ。ガラス瓶は落ちてねぇよ、お嬢チャン」
爛熯が可笑しそうに笑いながら教える。
「俺は空間を弄る事が出来るんだ。なんで、今俺の住処とここをつなげて住処にモノを送ったのさ」
「嘘!?」
「嘘なもんか。俺がどうやってここに来たのか覚えてるだろ?」
彩音はあっと! という表情をして「確かに……」と呟いた。
本来、少なくとも彩音の知る常識の中では、何もない空間から人が出てくるなどありえない。
だが、そのありえないことを爛熯はやってのけたのだ。それを思えばガラス瓶を移動させる事など容易い事だろう。
「納得したようだな。じゃ、次。皓緋、左手を出せ。俺の印、消してやる」
皓緋は爛熯の前に左手を出し、爛熯は右手を皓緋の左手の甲に翳す。
皓緋は印をつけられた時と同様に、一瞬だけ熱を感じたが、熱が引いたと同時に付けられた印が消えた。
爛熯は皓緋の手から印が消えたのを確認すると「俺はもう行くぜ。次の仕事の準備があるんでな」と言い、また空間に手を翳すと、今度は空間がぐにゃりと歪んだ。その中へ爛熯は進もうとしたが「待て」と言う言葉で足を止めた。
「何だ?」
首だけ声のした方へ振り向ける。
その先には皓緋がいた。
「お前に訊きたい。お前は商人で何でも用意出来るんだよな?」
爛熯は驕傲な笑みを浮かべた。
「お前、誰にモノ言ってんだ? この俺に用意出来ねぇモンはねぇんだよ」
「そうか。なら仕事だ、爛熯」
「いいゼェ。毎度アリガトウゴザイマス、お客様」
爛熯は振り返り、纏ったストールを靡かせ仰々しく皓緋に頭を下げた。




