一章 日常崩壊・一
厚い雲に覆われ、星一つ見えない暗い空の下。
彩音と祥護は並んで歩いていた。彩音は片手にコンビニの袋を持っていた。
「はー。誰もいないねー、祥護」
彩音は辺りをゆっくりと見回しながら楽しそうにしている。
「はあ……。当たり前だろ。こんな住宅街の中、しかもこんな時間、普通、歩いてる方が珍しいんだよ!」
呆れた表情をしつつ、溜息まじりで祥護が返事をする。
今は、もうすぐで日付けが変わろうとするような時間。
何故そんな時間に外を出歩いているかといえば、彩音がテレビでみたCMのプリンが今食べたい、コンビニに行きたいと言いだしたが、女の子一人で出歩くような時間ではない。
そのため祥護をボティガードとして付き合わせようとしたが、祥護は丁度ゲームの真っ最中。
それを無理矢理、晩御飯のことで恩を着せ、夜の買い物に付き合わせたのだ。
いつものように祥護が彩音にいいようにつかわれたという結果。
良く言えば面倒見がいいとも言うのだろうが。
「いいじゃない、祥護の分も買ってあげたんだから」
彩音が持っている袋を持ち上げ軽く揺らした。袋の中身はもちろん新作のプリンだ。
「それくらい当たり前だ」
まだ少し不機嫌な弟を見て、あー、やっぱりこういう拗ねてる表情が可愛いんだよねーとか思いつつ、不意に彩音が歩道から車道へと飛び出し、両手を広げて軽くのびをする。
「ん~。やっぱり何かいいよね。誰もいないって」
あらためて彩音が言う。
「そおかー? て、お前、何車道に出てるんだよ!?」
祥護が姉の突然の行動にぎょっとした。
「え? だって今車通ってないし」
そんな弟の態度とは逆に、姉はさらっと言いのけた。
「おまっ……! そりゃ、深夜の住宅街、通る車なんてほとんどないけど、たまに通るかも知れないだろ!?」
「その時はヘッドライトでわかるし、見えたらどけばいいんだよ。だってこんな大きくて、見通しのいい道路で気づかない訳がない」
彩音の歩いている道路は4車線もあり確かに広い。
「それにさー、こんな広い道路歩いていると、今この時間だけだけど、ここらへん私達だけの貸し切りみたいじゃない? 道路貸し切りなんて何か嬉しくない? 祥護もほら、こっち来なよ」
彩音がこっちこっちと手招きをする。
祥護は軽く溜息をつくと、仕方ないとあきらめ、きょろりと車が来ないか道路を見渡し、歩道から下りて彩音の少し後ろを歩く。
「別になー。貸し切りになったところでどうかなるわけでもないだろ」
彩音は少し駆け、十字路の真ん中で止まるとくるりと後ろを向き、両腕を伸ばして祥護にアピールする。
「えー!? 公道だよ、しかも道路! そんな簡単に貸し切りになどならない道路! そう考えると何かちょっと気分良くならない?」
「や、全然。」
即答で返す祥護に、何か言い返そうとしたそのとき。
初夏の熱気をはらんだ風がぶわっと吹いた。同時に今まで空を覆っていた厚い雲が風で流された。
「うわっ……。すげーなー、何あの月。真っ赤だなっ、て、彩音!」
はっ、と祥護が何かを思い出したように彩音に駆け寄った。