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七章 砂の都・六

「退屈だなぁ……」


彩音はあてがわれた部屋で、椅子に深く座ったまま呟いた。

戦って氷蓮から祥護を取り戻す。

そのために必要な体術とかを教えてもらうことになったが。


「お前はまだこちらの世界に慣れていない。それに心身疲れている状態で訓練を始めても意味はない。二、三日は休め」


そう皓緋に言われ休息を得、心身共に充分に回復したが、肝心の教師が多忙のためまだ教えてもらえない。

こちらの静欒さいらんに来て早くも四日目。

彩音は焦っていた。

こうして休息している間にも祥護は酷い目にあわされていないだろうかとか、気になって仕方がない。

だから彩音は一秒でも早く訓練をして欲しかったが、皓緋の言うことも正しいとわかる。

こんな風にもやもやとしている時は愛華が話し相手をしてくれるのだが、愛華は春詠はるよみ達の手伝いで彼らの執務室に篭っている。

気を紛らわすために散歩でもと思えば、部屋からは一歩も出るなと皓緋に言われている。

皓緋達以外の人間には会わせられない。私の安全のためだと。

こちらの静欒の住人は人数が少ない上、住んでる場所も一ヶ所。

そのため、余所者が来ればすぐにわかる。余所者が珍しいとか嫌われるとかで会わせられない訳ではない。

そんなことではなく本当に危険なのだと。

こちらの世界は女性が少ない。だから、未婚の女性であれば無理矢理でも自分のものにして子供を産ませようとする者がいるからだと。

それが本当なら迂闊に外など歩けない。

見知らぬ誰かに無理矢理……など、考えただけでもぞっとする。

ましてや、身を守る術すら持っていない彩音などは、なす術もなくあっという間にものにされてしまうだろう。

何もする事もなく話し相手もいないのでは、寝るか、ただぼーっとしているしかない。


「はぁ……」


何度目かの溜息をついた時、ドアをノックする音が聞こえた。

「彩音、入るぞ」

皓緋だった。

皓緋は彩音の返事は待たずに、ドアを開けて入って来た。

彩音は慌てて椅子から立ち上がり皓緋を迎えた。

「お、やっぱり暇だったか」

「そりゃまあ……。で、どうしたの?」

彩音は皓緋を見上げて訊く。

「いや。俺の方も一段落したからな。お前がいい子にしているか見に来た」

言いつつ彩音の頭を軽く撫でる。

「また子供扱いする!」

頬を膨らませ、彩音は抗議する。

「ははっ。いいだろ? 子供なんだから」

「それで。体術、教えてくれるの?」

仕事が一段楽して来たのなら自分の相手をしてくれるのだろうと思い、期待を込めた瞳で彩音は皓緋を見つめる。

「いいや、まだだ」

そう告げられた彩音は、あからさまに肩を落としてがっかりとした。

それを見た皓緋は苦笑しながら彩音の頭を慰める様に撫でた。

「悪いな。もう少し待ってくれ。ちゃんと教えてやるから」

「わかった。でも、なるべく早く教えてね?」

本当はごねたかったが、ここでそんなことをすれば本当にただの小さな子供だ。

逸る気持ちをぐっと堪えて、皓緋の目を見て返事をする。

「ああ」

皓緋は彩音の頭をもうひと撫でし、名残惜しそうにしながら手を戻した。

そして一呼吸置いてから、皓緋は話し始めた。

「今来たのは、お前にも立ち会ってもらおうと思って呼びに来た」

「別に構わないけど……。何に?」

彩音は少し警戒した。

余所者の自分が立ち会わなければならない事など、今あるのだろうか。

これが皓緋ではなく、別の人から言われたのであれば警戒などしなかったかも知れない。

だが皓緋が言うと、嫌な予感がしてならない。

すでにそういう目にあわされているからだ。

そんな雰囲気に気づいたのか、皓緋は左手を彩音の目の前に出した。

左手の甲には爛熯らんぜんの残した紋章がある。

「あの商人を呼ぶ。払うものはさっさと払ってしまいたいからな」

「ああ……」

彩音は納得した。

それならば自分が呼ばれてもおかしくはない。

正確には『緋月ひづき』の方にいて欲しいのだろうが、緋月はまだ彩音の中で眠ったままだ。

「でも待っていれば頃合いを見て取りに来るとか言ってなかったっけ?」

「ああ。だが奴には訊きたいこともあるしな。それにさっき言った通り、払うものはさっさと払ってしまいたい。そう言う事だから、ほら行くぞ」

皓緋は彩音を引き寄せ、肩を抱くとドアの方へと歩き出す。

「え、ちょっ、一人で歩けるし、歩きにくいから離れてよ!」

彩音は皓緋を押し退けようとしたが、びくともしなかった。

「はぁ……。お前は冷たいな、彩音。二日ぶりにようやくお前に逢えたんだ。本当は抱っこして大広間まで行きたいのを我慢しているんだぞ。くっついて歩く事ぐらい、どうと言うことはないだろう? ああ、それとも抱っこの方がいいか? それなら歩きづらい事はないぞ?」

皓緋は嬉しそうに笑みながら話す。

「お断りします! それに二日も逢ってないとか言ってるけど、夜、私が寝てる時に部屋に来たんでしょ? 知ってるんだからね!」

彩音はじろりと皓緋を睨んだ。

「それがどうした? 日に一度、親が娘の様子を見に行って何がいけない?」

皓緋はしれっと言い返す。

「良くない! 年頃の女の子の部屋に、しかも眠っている時に来るなんて非常識!」

彩音はデリカシーがないと怒り出した。

自分の一番無防備な姿を見られたかと思うと恥ずかしくて仕方がない。

変な顔をして寝ていなかっただろうか、寝相は悪くなかっただろうか、寝言は言ってなかっただろうか、泣いてはいなかっただろうか……と。

いくら親だと本人が言っていても、彩音は親だとは思ってはいない。

何せ、見かけが二十七、八歳ぐらいの美形の男性。親というよりは、せいぜい歳の離れたお兄ちゃんだ。

もちろん、自分を心配してくれている事はとても有り難いと思っている。

だが愛華も同じ部屋なのだ。寝ている女性二人の部屋に訪れて来るのは論外だ。

これはもうきつくきつく言わなければいけない。

「いい? 今後は夜中に部屋には絶対に来ないでね。来たらもう口きかないから」

彩音は皓緋を力いっぱい睨みつける。

口をきかない、なんて子供っぽい事だが皓緋に対して効果的な対応がこれしか思いつかない。

子供扱いするなと言っても説得力のない行動で矛盾するが仕方がない。

「はぁ……。本当に冷たい娘だな。俺はただ、お前が心配なだけなのに」

皓緋は大袈裟に傷付いたという表情で彩音を見る。

「う……。そんな顔をしても駄目なものは駄目なんです! それに、親だから何しても許される訳じゃないんだからね!」

美形に悲しそうな顔をされると、それだけで相手に訴えかける効果はかなり高い。

思わず謝ってしまいたくなったが、それでは相手の思うつぼ。意味がない。

揺らいだ心を叱咤して、自分は怒っているのだという事をわからせるためにも強気で対応しなければ駄目だ。

「わかった。もう夜中に部屋は行かない。だがその代わり、これからお前は俺の部屋で一緒に寝る事」

「はぁ!?」

彩音は驚きのあまり声が裏返った。

「これからも日中お前に逢いに行けない日がある。そうなると俺はお前の事が心配で仕方がない。だが夜中、お前の寝顔すらも見に行けないとなれば俺は安心して眠れなくなるだろう。となれば、お前への体術の指導などにも支障が出るが、いいのか?」

「うっ。それは……困る」

「そうか。じゃあそうならないためにもお前はどちらを取る?」

「どちらを取るって……」

彩音は言葉に詰まった。

どちらも嫌だが、一緒に寝る事に比べれば、寝顔を見られるだけの方がましではある。

だからと言って、眠っている時に部屋に来るのを容認する気もない。

ああ、つい最近もこんなやり取りをして困らされたな、ということを彩音は不意に思い出す。

「さあ、どうする、彩音?」

「うう……」

皓緋はにやにやとしながら彩音を追い詰める。

「決められないなら、俺の好きな様にさせてもらうが」

「それは駄目!」

彩音は慌てて止める。

「じゃあ早く決めろ。そうだな、大広間に着くまでに決めないと俺の好きな様にするからな」

「ええ!? 大広間なんてもうすぐじゃない!」

そう。気付けば大広間まで、あとニメートル程の距離だ。

ぎゃあぎゃあと話しているうちに、目的地まで着実に進んでいたのだ。

「ほら、早くしないとドアは目の前だぞ?」

そう言いながら、皓緋はいきなり歩くスピードを速めた。これではもう数十秒もすればドアの前だ。

「ずるい! 皓緋の馬鹿!」

「余計な事を言えるとは余裕だな、彩音。ほらもうドアだ。さあどちらだ!?」

「え!? ああっ!!」

もう彩音の目の前にはドアがあり、タイムリミットだった。

皓緋がドアを開けると同時に彩音は叫んだ。


「夜! 来てもいいから、一緒の部屋は駄目っ!」


バタンと重くて大きい音を響かせて開いたドアの先には、春詠はるよみ朱艶しゅえん陽織ひおりの三兄弟と愛華がぽかんとしながら彩音達に視線を向けた。


「残念。今まで通りか。俺としては一緒の部屋の方が良かったが」


皓緋は少しがっかりとした表情をしたが、まあ娘の意見は尊重しないとな、とか言いつつ彩音の頭を撫でる。

彩音は肩で息をしつつ、皓緋の手を払って正面に回った。

「何が尊重よ! いきなり早歩きにしたりして大人気ないことして!」

彩音は怒っていた。

無茶な事を言われた次は、いきなり早足をされて答えを急かされる。自分は何も間違った事は言っていないはずなのに、何故またこんな目に合わされなければいけないのか。彩音はまだまだ抗議をしようとしたが、背後から「彩音様……」と控えめに名を呼ばれて、それは中断された。

彩音ははっとして振り向くと、そこには心配そうな表情をした愛華と、呆れた表情をした三兄弟が立っていた。


「愛華……」


彩音は四人の顔を見ると、一気に顔が赤くなり、恥ずかしさのあまり急いで皓緋の後に隠れた。

本当は皓緋の後になど隠れたくもなかったが、他にすぐに身を隠せる場所がなかったので仕方なくでだ。

「あ、愛華、え、えっと……」

あんな醜態を愛華のみならず、まだ会って間もない三兄弟にまで見られていたのかと思うと、恥ずかしくて皆の前になど出られない。

そんな彩音の気持ちを察して陽織が優しく声をかける。

「大丈夫だよ、彩音ちゃん。俺達、気にしてないし。だから君もそんなに気にする事ないって。ほら、俺達に顔見せて?」

「ああ。どうせ皓緋がまた何か絡んできたのだろう。お前は悪くないのだから気にする事などない」

「何だそれは。俺が悪いのは決定か、朱艶」

皓緋がむっとして反論する。

「当たり前だろう。そんな事は聞かなくてもわかる」

陽織が同意して、うんうんと首を縦に振っている。

「陽織、お前、後で覚えてろよ」

じろりと皓緋に睨まれると、陽織は顔色を変えて春詠の背中にささっと隠れる。

「まあ、どうせ皓緋が大人気ない事をして、彩音ちゃんを困らせたんだと思うけど。ごめんね。大丈夫、彩音ちゃんが恥ずかしがる事はないよ。ほら、おいで?」

四人に代わるがわる宥められてはこちらも恥ずかしがってはいられないと思い、皓緋の背中からそっと正面を窺うと、春詠がにっこりと微笑みながらおいでおいでと手招きしている。

「そうですよ、彩音様。これからここで生活していくのです。こんな事で恥ずかしがっていては生活していけませんよ? さあ、出ていらして下さい」

愛華がすっと、彩音に向かって腕を伸ばす。

「愛華……」

確かに愛華の言う通りだ。

よく考えれば、もうすでに陽織には醜態を晒していた。祥護を奪われた時に。それに自分を隠していては、相手に信用してもらえない。ましてや、これからは危険な事をするのだ。こんな事で恥ずかしがったり、怯んだりしていてはいけない。

彩音は深呼吸すると皓緋の後から出て来た。

「心配かけてごめんなさい……。あんなところを見られて恥ずかし過ぎて動揺、しちゃって……。でも、もう平気だから」

彩音は何とか笑顔を作ろうとしたが、やはりまだ恥ずかしく、皆の顔をしっかり見ながらは話せなかった。

「はい。彩音様、あちらに席を用意していますので、まずはそちらへ」

見ると、大広間の中央辺りに簡単な椅子とテーブルが用意されていた。

「うん」

「おい、俺は置き去りか」

後を振り向くと、皓緋が憮然とした表情で腕を組んで佇んでいる。

「皓緋、お前は反省しろ。こうなったのも、元はお前が原因だろう」

「そうですよ、皓緋様。彩音様が可愛いのはわかりますが、過度の愛情は相手への負担になります。朱艶様の言う通り、少し反省して下さい」

「愛華、お前、この俺に対して随分言うなぁ」

皓緋は癇に障ったようで、声に凄みを含ませた。

「はい。相手がどなたであろうと、彩音様に害を与える方には容赦しません」

愛華はそんな皓緋の脅しなど意にも介さず、椅子のある方へと進み始める。

「おい、ちょっと待て」

皓緋が愛華の肩を掴もうと腕を伸ばしかけたとき。

パンと手を合わせた音が響いた。

「はい、皆そこまで。愛華さんと彩音ちゃんは席の方へ」

春詠だった。

二人は言われた通り、そのまま席の方へと進む。

「じゃあ、俺も先に行くね」

陽織は焦った様な感じで、足早に二人の後に続いた。

「皓緋。お前もいい加減にしないと、僕も怒るよ?」

春詠は春の日差しのように暖かな笑顔を浮かべながら穏やかに言う。

「うっ」

その言葉を聞いて、皓緋の顔が微かに引き攣る。

皓緋だけではない。朱艶の顔も引き攣り、凍った。

「わかった。ここは引いてやる」

皓緋は手を引くと、そのまま足早に春詠と朱艶の横を通り過ぎようとしたが、朱艶が皓緋の腕を掴んで引き止めた。

「何だ、朱艶。離せ」

朱艶は厳しい表情で黙ったまま、腕は離さず視線を隣に立つ春詠の方へ流した。

皓緋は朱艶の意図を察し、強引に腕を振り払おうとしたが遅かった。


「皓緋」


春詠が先程と変わらず、穏やかな口調で名を呼んだ。

皓緋はあからさまにまずいという表情をして、名を呼んだ主の方へ顔を向けた。

「皓緋は王様なんだから、面倒をかけるんじゃなくて、面倒を見てあげないといけない立場なんだよ? それはちゃんと自覚しているよね」

「ああ、わかってる」

「ならいいけど。もしまた、彩音ちゃんを困らせる様な事をしたら……」

「くどい! わかっている」

「その言葉、忘れるんじゃないよ、皓緋」

「ああ」

皓緋は苦々しく返事をし、朱艶から腕を振りほどくと彩音達のいる席へと二人を置いてさっさと向かう。

「まったく、どっちが子供なんだか」

はあ、と春詠は溜息をつく。

「さて。ここにいても仕方ない。僕らも向こうに行こうか、朱艶」

「はい、兄さん」

そう言うと、二人は並んで皆の元へと歩を進めた。

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