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七章 夜の都

時は遡り。

皓緋こうひ達が夜の世界の静欒さいらんを去った後。


氷蓮ひれんは離宮に着くと、最奥の部屋に行くよう朔夜さくやに命じた。

朔夜は命令された部屋へと行き、中に入るとそこは研究所のようだった。

それなりに広さはあるが、壁に配置された本棚や机、さらには何かの儀式まで行っているのか部屋の中央には呪文の描かれた円があり、その中央には大人一人が横たわれる大きさの祭壇のような台があった。

そのため、部屋は結構狭く感じる。

氷蓮は台の上に置いてあった道具を手近な机に退かすと、そこに自分の身体を寝かせるよう指示する。

朔夜は言われた通りにし、氷蓮は作業机とおぼしき所で何かを調合していた。

ニ、三分後、調合が終わったのか、手には透明な液体の入ったガラス瓶を持ち、急ぎ足で自分の身体の所へと向かった。

ガラス瓶を側に控える朔夜に持たせると、氷蓮は横たわる自分の身体を触り、検分し始めた。

(当然か)

身体は氷のように冷たく、心臓の鼓動も少ない。

ほぼ仮死状態だ。

「朔夜」

氷蓮は朔夜に手を出す。

「どうぞ」

朔夜は先程預かった瓶を氷蓮に返す。

「朔夜、私の身体を抱き起こせ」

「はい」

朔夜は指示通り氷蓮の身体を抱き起こす。

氷蓮は受け取った瓶の中身を口に含み、朔夜に抱かれている自分の身体――、顔を自分に向け、少し顎を上向かせると唇を重ねた。

「!」

その光景には朔夜も少し驚いたのか、一瞬頬が引き攣る。

慣れ親しんだ本来の氷蓮の身体に、氷蓮の魂が入っているとは言え、はたから見れば少年が氷蓮に口づけをしている光景。

自分の主が自分の本来の身体に口づけているだけなのだと頭ではわかっていても、感情的には少し複雑な気持ちになる。

氷蓮はそんな朔夜の心情など知る由もなく、口に含んだ液体を自分に飲ませながら、脈をとる。

(案の定だな)

氷蓮は液体を飲ませながら思った。

身体は外見も中身もぼろぼろで、今生きているのが奇跡な程だ。

だが、それは当然の結果だった。

今日という日までこの身体を酷使し、限界を超えたりと無理を重ね過ぎた。

(まだこの身体を、私を死なせる訳にはいかない)

そう。

祥護の身体には氷月の力が譲渡されており、祥護は氷月の力で生きている。

身体から力を抜けば長くは生きられないだろう。

せいぜい一~二日というところだろうか。

氷蓮にとっては祥護の命などどうでもいいが、氷月や皓緋達とのいい取り引き材料にはなるだろう。

液体を全て飲ませると、氷蓮の身体に少し体温が戻ったのか暖かくなり、鼓動も強くなり始めた。

氷蓮が顔を離すと、朔夜にまた身体を寝かせるよう指示をする。

朔夜が指示通りにすると「離れろ」と、円の外に出させる。

氷蓮はその場に残り、鳩尾に左手を翳し、呪文を唱え始めた。

すると床に描かれた円が白く輝き出した。

氷蓮は呪文を唱え終わると円から出る。

先程よりは弱いが、円は白く発光したままだ。

氷蓮は作業机の近くに行くと、置いてある椅子に倒れ込むように座る。

朔夜も氷蓮の側へと寄り、気遣いの言葉をかける。

「氷蓮様、お身体の方は」

「ふ。それはどちらの身体のことだ?」

氷蓮は悪戯をして楽しそうな子供のような表情で笑いかける。

「両方です」

朔夜は即答する。

それが氷蓮には可笑しかったのか、くくっと笑い出した。

「氷蓮様?」

自分は何かおかしなことを言っただろうかと、朔夜は悩む。

「すまない。お前は何もおかしくないよ、朔夜。本当にお前はいい子だな」

朔夜はいい子呼ばわりされたのが恥ずかしいのか、照れを隠すように「そんなことより! 私は氷蓮様のお身体の方が心配です」と話題を元に戻す。

「そうだな。良い、とは言えない」

氷蓮は真顔に戻り、台に横たわる自分の身体を見る。

「とは言え、私の身体はしばらく使わない。今は治癒に専念する」

「はい。しかし、氷蓮様の身体に入っている子供の魂はそのままで?」

「ああ。あの円陣の中にいる限り目は醒めない。しばらくはこのままでいてもらう」

「そうですか……」

「朔夜はこの姿では不服のようだな。私は、朔夜ならこの身体でも慕ってくれると思ったのだが」

氷蓮が少しがっかりとしている朔夜をからかう。

「当然です!」

思わずムキになって言い返し、はっとしてすぐに詫びる。

「大声を出してしまい、申し訳ございません」

氷蓮はくすくすと笑いながら「構わない。ここには私とお前しかいないのだから」と声をかける。

「ふふ。朔夜は私の本来の身体が好きなのだな」

「愚問です。もちろん、どんなお姿の氷蓮様でも変わらずお慕いしております。ですが……」

「ですが?」

「ですが、やはり本来のお身体と魂が揃ってこそ、私のお慕いする氷蓮様です」

朔夜はきっぱりと言い切った。

「朔夜は正直だな。私はお前のそういう所が好きだよ」

朔夜は恐縮し頭を下げる。

「勿体ないお言葉です」

「まあ、私も自分の身体に早く戻りたいがな。それが出来ぬ今は、この身体を楽しもう。だが、今日は疲れた。朔夜もそうだろう? もう休むとしよう」

そう言って椅子から立ち上がろうとしたが、よろめき倒れそうになり、朔夜がすかさず支える。

「氷蓮様!」

「大事ない。目眩がしただけだ」

氷蓮は朔夜を押し、離せと言外に伝える。

「いいえ、離しません」

だが、朔夜は譲らず、氷蓮をゆっくりとまた椅子に座るよう誘導した。

氷蓮も今度は押し退けようとはせず、椅子に座った。

(先程の術のせいか)

慣れていない身体で術を使えば当然の結果だ。

(もどかしい)

先程発動させた術は高度な部類に入るものだが、氷蓮からすれば簡単な部類に入るものだ。

そんな程度の術でこの有り様とは。

情けなく、無様だ。

「はぁ……」

心と身体を落ちつかせるため、氷蓮は深く息を吸い、吐いた。

目眩は治り、幾分具合が良くはなったが、まだ身体は怠い。

側では朔夜が氷蓮の身を案じながら控えている。

そんな朔夜を安心させるために氷蓮は声をかけた。

「大事ないと言ったはずだ。さ、部屋に戻るぞ」

氷蓮はゆっくりと立ち上がり、朔夜に微笑んだ。

主の身が心配で落ちつかなかった朔夜だが、その微笑みで幾分安堵する事は出来たが油断は禁物だ。

主は果たすべき目的のためなら、どんな無茶でもする方だから。

だがとりあえずは氷蓮の言う通り部屋へと戻ろう。

身体を休めること、今はそれが一番の薬だ。

朔夜も「はい」と返事をし、二人は部屋を後にした。

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