七章 砂の都・五
大広間で少し休憩した後、今度は皓緋の執務室へと皆で移動した。
執務室は広々としており、整然としていた。
執務室の奥に皓緋の机があり、その少し手前の左右には向かい合わせで春詠と朱艶の机があった。
さらにその手前、部屋の大体中央に来客用のテーブルセットがあった。
この部屋だけ見ると、どこかのオフィスに居るようだ。
皓緋達の着ている洋服もそうだ。
シャツにパンツ、ブーツ等、彩音の住んでいた世界にあるものとあまり変わらない。
そのせいか、ここは異世界なのに自分の住んでいた世界に居るのではと思わず錯覚してしまう。
「そんなに珍しいか、彩音?」
彩音がじっと部屋の中を見回していたので、皓緋が声をかけた。
「ううん、何でもない」
彩音は首を振って答えた。
「そうか」
皓緋は返事をすると、自分の執務卓には向かわず手前にあるソファに座り、彩音に自分の対面に座るよう指示をした。
彩音はこくりと頷くとソファに座る。
「さて。約束通りお前の質問に答えようか、彩音。何から訊きたい?」
皓緋は椅子に深く座り、長い足を組み、軽く頬杖をつく。
こういう姿を見ると、偉そうに見える上にカッコイイ。
また見とれてしまいそうになる自分を戒め、質問を始めた。
「この世界の名前。何であっちの世界と同じ名前なの?」
「この世界が一つの世界が別れて出来た世界なのは覚えているな?」
「うん」
「元々その世界は静欒と言う名前だ。二つに別れたからといってこの世界の名前を変える必要はない。だが、今はその名で呼ぶ者はいないな」
「何で?」
「この世界に住む者にとっては、この世界が静欒なのは当たり前。その上、人が住んでいるのはここしかない。故に、静欒とか静雅とか言わず『ここ』としか言わない。何せ人口は五百八十三人しかいないからな」
「ええっ!?」
彩音は驚きのあまり、思わず声が裏返った。
(私の高校の生徒数より少ない!)
「その上、女は少なく出生率も低い。だから人は減るばかり」
「そんな……」
愛華も驚いたようだ。
「向こうの静欒は住める場所も多く、人口もある。そうだろう?」
皓緋が愛華に問う。
「はい。静欒には首都と合わせ六つの都市があり人口も三千人程かと」
皓緋の後に控えていた三兄弟が驚きで顔を見合わせる。
もちろん、向こうの静欒の人口等調べて知ってはいるが、向こうの住人からあらためて聞くと事実なのだという説得力が増す。
この場にいる全員が、それぞれの受けた驚きで呆然としていた。
そんな中、皓緋は淡々とした口調で彩音に問う。
「他には?」
本当はまだ細かいことを訊きたいが、この一つだけに構ってもいられない。
「何で浮けるの?」
「ストレートだな」
皓緋が失笑する。
「だってそれ以外に訊きようながないと思う」
「まあそうだな。俺達王族の血を持つものは、魔力、精神力……というのか、そういう類の力を強く持っているため、浮いたり術を使って普通の人には出来ない事が出来る。浮く事が出来るのは、俺が大気の力をコントロールすることが出来るから浮いて移動とかが出来るワケだ」
「なるほど……。あ、でもそうしたら愛華も王族の血を引いているってこと?」
愛華は神殿の副祭司を務めているのだ。能力のない人間には務められない役職だ。
「いいえ。私はただの庶民です。稀に王族以外でもそういう人が産まれるのです」
愛華は軽く首を振って否定する。
「だが、遠い祖先が王族の血を引いている可能性はあるな。数千年も経っているんだ。知らず交じっていても不思議はない」
皓緋が横から補足した。
「わかった。これが最後の質問」
「何だ。もういいのか」
「とりあえずは。あとはその都度訊く」
「そうか」
「うん。で、質問だけど、私はここで何をすればいい?」
彩音は緊張した面持ちで、皓緋の目をじっと見て返事を待つ。
「……そうだな。お前はどうしたい?」
皓緋もそんな彩音に応えるように表情を引き締め、彩音の答えを聞く。
「私は祥護を取り戻したい。でもそれにはどうしても力が必要。だけど、具体的にはどうすればいいのかわからない……。体力だって人並みだし、皓緋達みたいに術が使える訳でもない」
彩音は膝に置いた両手をぎゅっと握りしめる。祥護を助けることが出来なかったあの時のことを思い出す。目の前で大事な弟を酷い目にあわされたのに、何も出来なかった無力な自分が嫌で嫌で腹が立つ。
悔しさのあまり、いつの間か目元には涙まで滲んでいた。
「何だ、わかっているじゃないか。体力がなければつければいい。身を護る術が欲しければ教えてやる。術は素養の問題だから仕方ないが」
皓緋はソファから腰を浮かせ、彩音の滲んだ涙を指で優しく拭い、頭も撫でる。
「ひゃっ! も、もう! いきなり何するのよ!」
彩音は皓緋の手を払い、物凄い照れと恥ずかしさで思わず身体を後に反らしたが、勢い余って反らしすぎ、ソファまで動かしてしまってソファごと倒れそうになる。
「え、きゃっ!?」
「彩音!」
皓緋が彩音の腕を掴み、自分の方へ引き寄せる。
ソファは愛華が支えたので倒れずに済んだ。
「あ、ありがとう」
「何やってんだ、気をつけろ」
皓緋が軽い呆れとともに窘める。
「はい……、ごめんなさい。て、それより! そもそもは皓緋がいきなりあんなことをするからいけないんじゃない! だからびっくりして……」
助けてもらった事は確かなので一応礼は言うが、元はといえば皓緋があんな事をするから悪いのだと反論する。
「あんなこと?」
皓緋は覚えがないというような口調できき返す。
「え、と、それは……」
彩音は言うのが恥ずかしくて言葉が詰まる。
「その、つまり! あんまり子供扱いしないでってこと! 確かに皆からすれば子供だけど、あんなふうにされる程、子供でもない」
「あんなふう?」
(う、結局言わなければだめなのか……)
彩音は諦めて恥ずかしさを我慢して言う。
「頭を撫でたりとか、いい子だとか、な、涙を拭いてくれたり、とか……」
皓緋はおや、という表情をした。
「泣いている自分の子供を見れば、涙を拭って慰めて安心させてやりたい。親としてそう思うのは当然だろう。お前の世界では違うのか?」
「違わない。普通はそうだと思う。けど……」
「けど?」
「うちは違った」
「何故だ?」
「うちは、両親とも私達が小さい頃から働きに出ていたの。だからそういう風に慰めてもらったり、褒めてもらったりとかされたことがあまりなくて。だからちょっとそういうのは止めて欲しい。何も出来ない小さな子供と思われて、馬鹿にされているようで恥ずかしくなる」
彩音はもどかしげな表情をし、俯いた。
「そうか。なら、なおさら子供扱いしてやらないとな」
彩音はぎょっとして顔を上げた。
「何でそうなるの!? ちゃんと私の話を聞いてたの!?」
「もちろんだ。聞いたからこそ、子供扱いが必要なんだ」
皓緋は真剣な眼差しで彩音に向き合う。
「お前は小さい頃、両親に行動に出して面倒をみたり可愛がったりしてもらえなかった。そして俺にはやっと手元に帰って来た娘がいる。となれば今までの分も沢山面倒をみて可愛いがりたい。だからこれから思い切り、褒めて叱って可愛がって甘やかしてやるから覚悟しておけ」
彩音は唖然とした。
この人はよく恥ずかしげもなく堂々とそんなことが言えるのかと。
普通はそんなことを言える人はあまりいない。
聞いている方が恥ずかしいし、いたたまれない。実際、彩音はこの場から今すぐにでも逃げ出したかった。
皓緋の方はといえば、さすが王様と言うべきなのだろうか。
余裕の笑みを浮かべ、全てを受け入れ包み込むような表情で彩音を見ている。
我慢なんかしなくていい、好きなだけ泣いたり笑ったり我儘を言っていいのだと、全身でそう言っているようで。
そんな皓緋を見ていると、彩音は何だか胸が詰まって涙が出そうになった。
本当の親ではないのに、親にしてもらいたかったことをしてくれると言ってくれる大人がいたなんて。
「っ……!」
これ以上この雰囲気の中にいたら、大泣きしてしまうと彩音は思った。
たとえそうなっても、皓緋は抱き寄せて気がすむまで泣かせてくれるだろうことはわかる。
だがそんなみっともないことは出来ない。
彩音は気持ちを切りかえるように大きな声で皓緋に問う。
「それで! さっきの続きだけど! 教えてくれるの?」
皓緋はふ、と柔らかく笑むと「ああ。お前が望めば」と。
「じゃあ教えて、教えて下さい! 私は絶対に祥護を取り戻したい! そのためなら何だってする!」
彩音はソファから立ち上がり、深く頭を下げた。
それを見た皓緋も立ち上がり、彩音の側に来ると「わかった」と言って、まだ下げている彩音の頭を撫でる。
「だ、だから!子供扱いは……!」
彩音は頭を上げ、皓緋の手を振り払う。
「俺も言ったよな。思い切り褒めると」
皓緋はニヤッと口角を上げる。
「皓緋に従っといた方がいいよ、彩音ちゃん。言い出したら絶対にその通りに実行するから」
陽織がひょいと皓緋の後から顔を出して話しかける。
「私も陽織様と同じ気持ちですわ。お一人でしようとするのは大事な事だと思いますが、彩音様はもっと周りを頼ってもいいと思います」
「愛華まで……」
この世界に来て一番迷惑をかけ、面倒をみてもらっている愛華にまでそう言われてしまっては、彩音も引かざるを得ない。少なくとも今は。
「はぁ……」
彩音は納得はいかないけど仕方ないという表情で溜息をついたが、心の中は皆への感謝の言葉を述べていた。
(ありがとう……)




