七章 砂の都・三
何処までも砂と岩壁しかない風景だったが、左側の岩壁に横穴を見つけた。
砂の河から約一メートル程上にそれはあった。
皓緋の目的地もその横穴のようで、横穴を目指して進む。
横穴の中に入ると、大人の男が二人程度通れる広さだった。
横穴は通路になっていた。通路の両側には燭台があり、通路の中を照らしていた。
よくみると岩壁にはレリーフがあったが、風化したのか、何か彫ってあったなのだなという状態のものになっていた。彩色もされていたようだが、退色し、名残が所々ある状態だ。
彩音はつい通路に気をとられてしまったが、今も皓緋に抱きかかえられたままで通路を歩いていた。
さすがにこのままの状態は恥ずかしい。
彩音は焦って皓緋におろしてくれるよう頼んだが、返事は「ダメだ」だった。
「どうして!? もう地面があるんだから自分で歩けるよ!」
「やっと会えた娘なんだ。もう少しこのままでもいいだろう?」
皓緋はとても不満そうな表情をする。
「それは……」
そう言われると、彩音としても無下に拒否をするのは心が痛む。
長い間、離れて暮らしていた娘とようやく再会したのだ。話したい事や、触れて存在を確かめたいだろう。
だが、自分は皓緋の娘ではないのでここで流される訳にはいかない。
「いいからおろして! 皓緋の娘は緋月さんであって、私じゃない。だからおろして!」
彩音はもう一度皓緋に訴える。
「断る。緋月がお前の中にいれば、俺にとってはお前も娘だ。それにここでの保護者は俺だ」
「う……」
彩音は言葉に詰まった。
確かに緋月さんは私の中にいるし、緋月さんの身体がない今、私の身体が緋月さんのものにもなる。
となれば、娘の世話を焼くこと=私の世話を焼くことになる。
だからといって、このまま押し切られる気はない。
「で、でもっ、保護者なら愛華がいるし! だから皓緋は私には構わないで!!」
「バカだな、お前。親がいるのに何故他人を保護者にする必要がある? 却下だ。お前がどう思おうが、関係ない。緋月と彩音、二人は俺の娘だ」
皓緋はこの話は終わり、これ以上話す気はないというオーラを出した。
話をする気がないならそれでもいい。とにかく今はおろして欲しい。
何としてもおろしてもらうため、彩音は暴れ始めた。
「もう何でもいいからとにかくおろして!」
「こら! 大人しくしていろ!」
皓緋は歩を止め、彩音を自分の方に引き寄せ動けない様に抑えつけようとして一瞬、腕の位置をずらした時、彩音が足を上げてそのまま強く皓緋の右腕に振り下ろした。
「っつ!」
皓緋もこの打撃は効いたようで、右腕の力が弱まり彩音の足から離れる。
彩音はそのまま下半身から落ちたが、皓緋が左腕で彩音を支えたので、よろめきはしたが盛大に尻餅をつくことは免れた。
「お前! 何、無茶をするんだ!」
皓緋が彩音を叱る。
彩音は自分を支える皓緋の左腕を解く。皓緋も、もう拘束する気はないのか簡単に彩音を離した。
彩音は皓緋から少し離れ、抗議する。
「それは皓緋がいけないからでしょ! おろしてってずっと言ってるのにおろしてくれないから!」
「お前こそ非道い娘だな。長く離れていた娘と触れ合いたいという、父親のささやかな望みも叶えさせてくれないとは」
皓緋がショックだ、傷ついたというような表情を作り、彩音を責める。
「う……」
皓緋のそんな表情を見てまたも罪悪感が湧くが、悪いのは皓緋であって自分ではない。罪悪感は振り切り、皓緋にびしりと言い切る。
「父親だったら本当に娘の嫌がる事はしない! そんな事もわからないんじゃ父親失格!」
「うっ」
今度は皓緋が言葉に詰まった。
「そう。娘が嫌がることをしつこくする父親なんて大嫌い!」
「大嫌い……。そうか……」
皓緋は『大嫌い』の言葉が相当効いたのか、大きな溜息をつくと黙り込んだ。
(しまった。ちょっと言い過ぎたかな……)
肩を落とし、右手を顔を隠す様に額にあてて俯いている。おまけに纏う空気は重苦しい。どう見ても落ち込んでいる。
(えーと、どうしよう? ん? あれ……)
彩音は、皓緋のシャツの袖に汚れがあることに気がついた。
(さっき蹴った時に汚しちゃったかな……?)
だとすれば、自分も少しやりすぎたかなと思い、悔しいが早々に折れてあげようかと思ったが、その汚れをよく見ると点々とついていてしかも赤茶けた様な色だった。
その時彩音は、何かを思い出した様にはっとした。
(あれってもしかして!)
そう思ったら確かめずにはいられない。
皓緋の右腕を掴むと、袖を肘の方に引っ張った。
「うおっ!?」
皓緋はいきなり袖を引っ張られ驚きの声を上げるが、彩音は気にせず、露わになった皓緋の腕をじっと見た。
「やっぱり……」
そこには半月の形をした四つの傷痕があった。
傷は深くはないが、血が出るほどには皮膚を傷つけていた。
そう、彩音がつけた爪痕だった。
彩音は皓緋を見上げ、その目を見たが、すぐに視線を傷に向け謝った。
「これ……、私がつけた傷だよね? ごめんなさい。すぐに気づけなくて……」
彩音は心底申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
自分が傷つけたのに、傷つけたことすら忘れていたなんて……。
彩音はすぐに衣装を探り、傷を手当て出来る様な布など無かったかを確認してみたが見つからず、それならと衣装の袖を切り裂いて傷の手当てに使おうとしたが皓緋がその手を止めた。
「いい。お前が気にすることはない」
「でも……!」
「いいと言っている。こんな傷、すぐに治る」
皓緋は捲られた袖を戻し、ぽん、と彩音の頭に手を乗せた。
「ま、どうしても気にするのなら、お前を抱っこさせてくれればいいぞ? ん?」
皓緋はニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべながら、頭をぐしゃぐしゃと撫でまわし始めた。
「ちょっと、やめてよ! 髪の毛が絡まる!」
彩音は皓緋の手をどかすと、キッと睨んだ。
(心配してあげればこの態度! もう、何なの!?)
とはいえ、彩音が皓緋を傷つけたのは事実なので、ここでまた文句を言っても後味が悪いので文句はぐっと飲み込み皓緋に言う。
「……じゃぁ、仕方ないから、手、を、つないであげる。ほら!」
彩音は顔を赤くしながら小声で言い、右手を皓緋に差し出す。
皓緋は一瞬きょとんとした表情をしたが、ふむ、と呟き、差し出された右手を左手で繋いだ。
「ま、仕方がないから今回はこれで手を打ってやる。俺は理解のある父親だからな」
機嫌は直ったようだが、何気に偉そうなこともさらっと言っている。
とにかく、皓緋はどうしても彩音に触れていたいらしい。
「それにしてもお前、もう少し淑やかにした方がいいぞ。あれじゃ嫁の貰い手がないぞ?」
ははっと皓緋は楽しそうに笑って話す。
「なっ……! あれは皓緋のせいで……!!」
彩音はかっとなった。
そもそも皓緋が自分の嫌がることをしなければあんなに暴れたりはしない。
「はぁ〜……」
彩音は脱力した。
もう怒る気も失せたし、文句を言うのも面倒くさくなってきた。
「どうした、彩音。疲れたのか?」
「そうね。とっっっても疲れた……」
皓緋の顔も見ず、言葉を返す。
「そうか。もう少しで城に着くから、着いたらゆっくり休むといい」
(誰のせいで疲れが倍増したのかわかってるくせに……)
彩音は心の中で毒づきながら、今は早く城に着くことだけを願った。




